第46話「染血の牙」【挿絵あり】
ベルを掴む手の正体とは⁉︎
改稿(2020/04/16)
Episode 2: The White Gligoli(白の黒魔術士)
その瞬間、小さな光が辺りを照らした。ロウソクだ。その小さな明かりによって、ベルの手を掴んだ人間の正体が明らかになる。気品のある、ウェーブのかかった紫髪。耳にはピアス、力強いまつ毛と赤く塗られた唇。
ベルを睨みつけるのは、見るからに力強そうな婦人だった。歳は60歳前後だと思われる。
「コソコソ盗みに入るとは、とんだ不届者だね。それもこんなに可愛い女の子と、子どもを付き合わせて……何て男だい!」
婦人は、ベルの右手を掴んだまま溜め息をついた。タイミング良くこの婦人が現れたと言うことは、目の前にあるローストチキンは罠だったのだろう。
「あは、あはははは」
突然ベルは笑い出す。このような局面では、もう笑うしかなかった。リリの言うように、自ら犯罪に手を出す必要などどこにもなかったのだ。
「まったく……アンタら何なんだい?そんなに若いのに盗みを働くなんて、うちの息子みたいだね!」
「…………」
易々と名乗るわけにもいかないベルたちは、黙り込んでしまう。
「なんだい、何か事情があるのかい?黙ってても仕方ないじゃないか。ほら、座りな」
黙り込んだベルたちを見て、婦人の物腰は途端に柔らかくなった。彼女は器の大きい女性らしい。
それから、テーブルを囲むように並んだ椅子を、婦人はベルたちに指し示した。
「アタシの息子は大馬鹿者でね。とうとう手錠かけられてロッテルバニア行きだよ。自業自得だね」
ベルたちを座らせると、婦人はさっそく、身の上話を始めた。彼女の話の中には、何か引っかかる点がいくつかあった。
「おばさん。もしかしてその息子って豪炎のロックですか?」
思わずベルは口を開く。盗みに入った上に、名前も名乗っていない。それでも、ベルはこの家の住人と会話を始めようとしている。
「アンタら、あの馬鹿を知ってるのかい?」
「つい最近までアドフォードにいたんで」
「そうかい……あんな凶悪犯の母親が、こんな可愛い犯罪に、とやかく言う筋合いはないのかもしれないね…」
突然婦人の表情が曇った。凶悪犯ロック・ハワードの親として、少なからず罪悪感を抱いているのだ。
「罪に大きいも小さいもありませんよ。俺はベル・クイール・ファウストです。俺は最低なことをしました。罪は償います」
真剣な表情になると、ベルは落ち着いた声で謝意を表した。いつも子どもっぽく、平気で犯罪に手を染めてしまうようなベルだが、その行動が代償を伴うということは理解している。
「ごめんなさい!」
続けて、リリとアレンも頭を下げた。自ら思い立ってここに忍び込んだわけではないが、最終的にベルの考えに乗ったのは紛れも無い事実だ。
「アタシはバーバラ・ハワード。兄ちゃん、色々事情があるみたいだけど、アンタ黒魔術士だろ?」
「はい」
「罪を償いたいって言うんなら、実は頼みがあってね」
バーバラは含みを持たせた笑みを浮かべた。もうベルは嫌な予感しかしていない。
「頼みって?」
説明を待っているベルに、バーバラはとある新聞の記事を突きつける。
“迫る吸血鬼の脅威”
バーバラが以前読んでいた新聞記事だ。
「このルナトの町には、吸血鬼が潜んでる」
「ヴァンパイアって、あの吸血鬼ですか?」
リリは目を丸くしている。彼女は絵本や物語などで吸血鬼という存在を知っていたが、実際に見たことはなかった。
「あぁ。文字通り、人の生き血を吸う化け物だよ」
バーバラの目つきが鋭くなった。彼女は吸血鬼に対して嫌悪感を持っているようだ。
「この記事に書いてあることが、この町で起こってるんですか?」
「その通り。もう何人の同志が死んだことか……」
再びバーバラの表情が曇る。この町では何人もの死人が出ている。しかもその全てが首筋に噛み付かれて、死に至った。
「犯人の手がかりは何もないって……ホントに何もないのか?」
ベルは記事にひと通り目を通して、浮かんだ疑問を口にした。何人もの被害者が出ているのに、犯人の手がかりが何もない。相当頭のキレる知能犯の犯行だとでも言うのだろうか。
「残念だが、何もない……殺害の瞬間を目撃した奴もいるが、それでも証拠は何もない」
「ちょっと待ってください。それって変じゃないですか?その瞬間を目撃した人がいるのに、何の証拠もないはずないじゃないですか?」
リリはバーバラの言うことが理解出来なかった。
「嬢ちゃん、何の証拠もないんだ。そいつが言うには、死んだ奴は急に首から血を噴き出して倒れたそうだよ」
「それって透明人間ってことですか?」
ベルも、この不可思議な状況を理解出来ていない。人の目に映らずに命を奪う。恐ろしい殺人犯だ。
「吸血鬼で透明人間?あーっ!もう意味分かんない!」
リリも頭を抱える。
「変だろ?見えない吸血鬼の牙は血に染まってるのに、尻尾は全然掴めない。アタシは、犯人は黒魔術士だと思ってる」
「なるほど。標的に気づかれずに殺す能力を持った黒魔術士もいるかもしれませんね」
バーバラの考えに、リリは大いに納得していた。
「あの〜、まだバーバラさんの頼みが何なのか聞いてないんですけど?」
吸血鬼に関する議論が盛り上がり始めたところで、ベルは申し訳なさそうに話を戻した。この町が正体不明の吸血鬼の被害に苦しんでいることは分かったが、まだバーバラの頼みが何なのかは明らかになっていない。
「吸血鬼の正体を突き止めて、捕まえて欲しい」
バーバラはついにベルに告げる。その内容は、大方ベルの予想通りだった。
「分かりました」
「すでにアタシの知り合いの黒魔術士が探してるけど、この町の黒魔術士じゃ限界があるんだ。だから、その子と協力して探して欲しい」
「この町にも黒魔術士がいるんですね。その人は今どこに?」
リリは、ルナトの黒魔術士に興味を示す。彼女の1番の目的は、母にかけられた呪いを解くこと。新しい黒魔術士との出会いは、何か呪いを解く手がかりに繋がるかもしれない。
「今はパトロールしてると思うよ。あぁ…それと、アンタたち黒魔術士には、同志たちの警備もしてもらうよ」
「えぇー⁉︎」
ベルは大きく口を開ける。てっきり吸血鬼を探せば良いだけだと思っていたら、警備までしなければならないらしい。
「文句言うんじゃないよ。アンタは犯罪者なんだから、しっかり罪は償ってもらうよ?」
バーバラはにやりと笑う。凶悪犯の母親としての顔を見せたのも、もしかしたらベルを油断させるための彼女の計画だったのかもしれない。
「…………さっきから気になってたんですけど、同志って何ですか?」
「あぁ、ルナト教を信じない同志だよ」
婦人の口から出た言葉は、ベルとリリが全く予想だにしないものだった。
「えっ?」
ベルとリリは、ほぼ同時に声を上げる。
「なんだい?ルナト教発祥の地だからって、信じなきゃいけないのかい?」
バーバラは怪訝な顔で、2人を見つめている。
「………何でバーバラさんはルナト教を信じないんですか?」
「そう言うアンタは信じてるのかい?」
「あの、それは……」
リリは言葉を詰まらせる。信じていると言えば信じている。信じていないと言えば信じていない。ルナト教は彼女にとって、その程度のものだった。一般常識として知っている程度だ。熱心に信仰しているわけではないが、ブラック・ムーンが本物である以上信じる他なかった。
「……そんなもんだろうよ。アタシは別に月の教えを全否定するつもりはない。ただ、どうも教皇が気に食わなくてね」
バーバラがルナト教を信じない理由。それは、教皇にあった。
「何でかって?大体、あんなに高い塔に閉じこもって毎日アタシたちを見下してるような男だよ?そんな奴を好きになれるもんですか」
ベルとリリが“何で?”と表情で訴えてきたのを感じ取ったバーバラは、続けてその理由を話した。
「理由はそれだけなのか?」
ベルは疑問に思った。気に食わないのなら、もっと色んな理由があると思っていたのだ。何となく嫌い。本当に、ただそれだけの理由なのだろうか。
「それだけじゃないさ。教皇は、怪しげな黒魔術で何百年も生き永らえてる。神に近い存在だから誰よりも高い場所に住んで、神のように生き永らえてるって言われてるけど、そんなもの信じられるわけないだろ」
「………………たしかに怪しい。悪魔は存在するけど、俺は神なんて見たこともない」
ベルは大きく頷いていた。リリのように、余計な固定観念がないベルは、客観的にルナト教を見ることが出来た。今まで散々悪魔に苦しめられてきたベルだが、それを救ってくれる神の存在は知らないし、信じていない。
「アンタ、意見が合うね。この世に蔓延る悪魔を裁く神なんて、アタシはいないと思ってるよ」
バーバラもベルと同意見だった。彼女が言う悪魔とは、おそらく吸血鬼のことなのだろう。
その直後、台所に足音が響く。それをきっかけに、ここにいる4人の視線が一点に集中した。
「バーバラさん。いいお湯でしたわ」
聞き覚えのない上品な声が、3人の耳に届く。
「ぶほっ!」
その声の主を見て、ベルは思わず鼻血を吹き出してしまう。
「まあ…」
見知らぬ顔があることを知ったその人物は、恥ずかしそうに、両手で顔を覆った。
ベルたちの目の前に現れた人物は、素肌に長いタオルを1枚巻きつけていた。その身体からは湯気が立っており、まさに今風呂から出てきたばかりと言う感じだった。
柔らかな曲線に、膨らんだ胸。台所に入って来たのは、美しく流れる茶髪に、宝石のような黄眼の女性だった。歳はベルと同じか少し上だろうか。その顔は白雪のように透き通っていて、絵画のように端正な顔立ちからは、どこか憂いを感じる。
「エミリア。今お客さんが来てるんだよ。服を着ておいで」
湯上りの女性の名前はエミリア。彼女の登場はバーバラも予期していなかったようで、ベルたちに向かって苦笑いして見せる。この時バーバラの指は、台所の外を指していた。
「こんばんは」
エミリアは上品に挨拶すると、柔らかく笑った。そこにあったのは、ずっと見ていたくなるような、引き込まれてしまいそうな笑顔。
丁寧にお辞儀をした彼女は、優雅に台所を去って行った。ひとつひとつの所作から、彼女の上品さ、おしとやかさが感じ取れる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ロックの母親が経営する食堂に、謎の美女が登場。彼女は何者?




