第4話「キュリアス」【挿絵あり】
司令部にたどり着いた2人の悪魔。彼らを待ち受けていたのは……
あっという間に、アローシャとベルゼバブは司令部を目前にしていた。
有刺鉄線が張り巡らされたフェンスにベルゼバブが穴を開けると、2人の悪魔はついに司令部の敷地へに足を踏み入れた。
間髪入れず、2人の近くに砲弾が撃ち込まれた。それはまるで、わざと狙いを外したかのようにも見えた。
「我、ミッチェル・ヘルズ少佐なり!邪悪な魔術士よ。お前達の逃げ場はもうどこにもない!」
高らかに声を張り上げるのは、黒い髭を綺麗に整えたヘルズ少佐。
この町を統括している司令官が、自ら2人の脱獄犯の前に現れたのだ。
その数秒後、2人の目前に着弾した砲弾から、光が放たれる。その光は青い輝きを放ち、光の筋となるとヘルズ少佐の背後にあるカプセル型の機械へと伸びていった。リュックくらいの大きさのカプセル型の機械からは、複数の金属の枝が伸びていた。
弾丸から放たれた青い光線は、カプセルから伸びる枝のひとつに繋がった。
そして、カプセル内の結晶が、その光に共鳴するように輝き出した。
輝くカプセルは浮上し、遥か上空まで到達すると、そこで止まった。
次の瞬間、一際大きな輝きが放たれると、カプセルの枝から一斉に光の筋が伸び始めた。無数の光線は瞬く間に空間を覆い尽くし、やがて半球状のシールドを形成した。
上空に広がったシールドは、司令部の敷地を完全に覆っている。
「なるほどね。逃げ場がないとはそういうことか。そもそも逃げるつもりなどないが……それがキュリアスで間違いないようだな!」
ベルゼバブはキュリアスを奪取するために、ヘルズ少佐に飛び掛かった。一方笑みを浮かべるヘルズ少佐からは、余裕がかんじられる。
ベルゼバブが動き出したのと同時に、広がった上空のシールドから雷のような光の筋が飛び出した。あっという間に雷はベルゼバブの身体に接触。その瞬間、ベルゼバブは完全に動きを止めてしまった。
「無駄な抵抗はよせ!この空間は我の絶対領域。この空間の中では、私の思い通りに敵の動きを制限できる」
「絶対領域か。面白いではないか」
アローシャは、キュリアスに秘められた力に感心していた。身体は人間と言えど、それを動かしているのは悪魔だ。悪魔の動きをも止めてしまう兵器。それがキュリアスだ。
アローシャは、右の掌をヘルズ少佐に向けた。
すると、右の掌にある魔法陣から赤々と燃え上がる炎が放出される。放出された炎は人間の手のように形を変えると、ヘルズ少佐に向かって飛んで行った。
「フフフ……どんな魔術を使おうが、状況は変わらない」
ヘルズ少佐に近づいた“炎の手”は、間も無くひと筋の雷に捕らえられた。
しかしながら、アローシャの炎はベルゼバブとは違い、動きを止めなかった。何事もなかったかのように、炎の手はヘルズ少佐に襲い掛かろうとしている。
この状況に焦りを隠せなかったヘルズ少佐は、雷の数を増やし、アローシャの炎を抑え込もうとする。
それでも、アローシャの炎は絶対領域に支配されなかった。赤々と燃える炎は、青白い雷に呑み込まれるどころか、反対に呑み込んでいった。
キュリアスの力を打ち破った炎の手は、まるで何事もなかったかのようにヘルズ少佐へに向かって突き進む。
難なくターゲットに到達した炎の手は、握りつぶすようにヘルズ少佐の身体を包み込んだ。
「ぐわぁぁあ!ぐぐぐ…我が絶対領域は、絶対なり‼︎」
ヘルズ少佐は悲痛な叫び声をあげ、もがき苦しんでいる。
ところが、全身を炎に焼かれようと、まだ脱獄犯に立ち向かおうとしている。ヘルズは根性のある男だった。絶え間なく悲痛な声を漏らすヘルズは、炎の中からアローシャを睨みつけていた。
その直後、彼の強い意志に呼応する化のように、上空のシールドから光の雨が降り注いだ。死の淵に立っているヘルズは、この期に及んでもなお、アローシャの炎を打ち破ろうとしていた。
光の雨はアローシャにも降り注いだ。光の雨に触れたアローシャの身体は、途端に動かなくなってしまった。使う魔法は悪魔のものでも、肉体は人間のもの。アローシャの器となったベルの身体は、完全に動きを止めてしまった。
しかし、それも束の間のことだった。1分も経たずに、ヘルズの身体は燃え尽きてしまった。絶え間なく聞こえていた悲痛な声も、もう聞こえない。
ヘルズの身体を焼く炎が消えるのと同時に、降り注ぐ光の雨も消えた。その様は、さながら夜空に儚く消え行く花火。
やがて、司令部全体を覆っていたシールドも崩壊した。ヘルズ少佐の絶対領域は、炎の悪魔アローシャの前に敗れ去ったのだ。絶対領域の崩壊により、アローシャとベルゼバブは身体の自由を取り戻した。
自由を取り戻したベルゼバブは、さっそくキュリアスを手に入れようと動き出す。ヘルズ少佐の焼死体を横目に通り過ぎ、ベルゼバブは宙に浮かぶキュリアスの真下で立ち止まった。
上空に浮かんでいたカプセル型のキュリアスはゆっくりと下降し、ベルゼバブの両手に降り立った。地上へ戻ったキュリアスは、先ほどまでとは打って変わって、輝きを失っていた。
「……おかしいな。何の魔力も残っていない」
「触れずとも分かる。今ので、キュリアスの力を使い切ってしまったのだろう」
「そんなことあるか?キュリアスは使い捨ての兵器なのか?」
「人間が作ったものだ。所詮その程度だったと言うことだろう」
「クソッ、ヘルズめ」
ベルゼバブは、苛立っていた。その隣にいるアローシャは笑みを浮かべている。他人の不幸は蜜の味だ。
「……?」
ベルゼバブはアローシャの嫌味が聞こえて来るのを待っていたが、いつまで経っても何も聞こえて来ない。
ふとベルゼバブが後ろを振り返ってみると、そこには地面に横たわったアローシャがいた。これまでと同じように、アローシャが人間の肉体を動かす主導権を失ったのだ。
「おいおい嘘だろ。こんなとこでアローシャさんはオネンネかよ!」
ベルゼバブは溜め息をついて、その場に座り込んだ。想定外の事態ばかりが続いて、彼は頭を抱えている。
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しばらくして、ベル・クイール・ファウストが目を覚ました。目を覚ました少年の顔の右半分は前髪で隠されている。痛ましい火傷と、真っ赤な瞳はもう見えない。
少年の瞳に映ったのは、ベリト監獄とは全く違う光景だった。彼が目を覚ましたのは、静寂に包まれた森の中。そこはベルにとっては見覚えのある森だった。幼い頃、兄弟や友達とよく遊んだ森。ここまで来た経緯を、当然ベルは知らない。
「……アローシャではないな」
ベルの傍には、フードを被った怪しい男がいた。ベルゼバブだ。
「………?」
目覚めたばかりで、ベルはまだ自分の身に起こった事を理解していない。眠りから覚めたばかりの彼の頭はまだ、ぼんやりとしていた。
「お前は脱獄した。人も殺した。これからどう生きようがお前の自由だ。だが、一生逃げ続けることになるだろう」
「ちょっと待てよ…何がどうなってるんだよ⁉︎」
まだ虚ろな目をしているベルに、ベルゼバブは突然残酷な現実を突きつけた。それがあまりにもショッキングな内容だったため、ベルはしばらく呆気に取られていた。
アローシャが覚醒している間の記憶は、ベルには一切無い。
「とにかく、お前は凶悪な脱獄犯だって事だ。中身が人間だろうが悪魔だろうが関係ない。リミア政府にとって、お前は危険な存在だ。恨むならアローシャを恨むんだな」
「俺が何したってんだ‼︎」
非情な現実を突きつけて来るベルゼバブに、ベルは感情を爆発させた。ぼやけた頭にショッキングな情報を詰め込まれ、ベルはパニックに陥っていた。“脱獄”、“人を殺した”。その言葉だけがベルの脳内をぐるぐると駆け巡り、恐怖が広がっていく。
時間が経つほどに、ベルは今自分が置かれている状況を理解出来るようになっていった。状況を理解したベルを襲ったのは、底知れぬ恐怖。ベルは自分自身をひどく恐れた。怖くてたまらなかった。
ベルは、がくりと顔を落とした。あまりにも大きいショックのせいで、彼は顔を上げる事が出来なかった。ベルは地面を見つめたまま、一切動かない。目をつぶって現実から目を背けようともしたが、彼にはそれも出来なかった。
「………」
ベルを恐怖のどん底に突き落としたベルゼバブは、何も言わずに去って行った。
その場に残されたのは、ベルの恐怖を掻き立てる静寂のみ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
自分の意思とは関係なく投獄され、脱獄したベル。少年は無実の脱獄犯となり、追われる身となった。