第42話「赤い壁」【挿絵あり】
セルトリア王国に到着したジョーとレイヴンは、開拓の地アドフォードへ向かう。
改稿(2020/06/14)
Episode 3: Distance between Dreams/夢への道のり
ほどなくして、ミセリコルディアはブレスリバーの港に入った。周りを見やれば、見渡す限りに連なる船。さすがは世界中から船が集まる港だ。
世界中の人が集まるこの港に見えるのは、多種多様な人種。これぞ貿易の街。肌の色が違う人々がいるのは当たり前で、中には獣人もいる。
とても自由な街だ。嵐に閉ざされたリオルグとは比べものにならないほど、ブレスリバーは希望を感じることの出来る港だった。
活気づいた街、行き交う人々の笑顔を見ているだけで、こっちまで幸せになる。全ての住人が暗い気持ちで満たされているリオルグでは考えられないほど、ここは明るい場所だった。
かつては、リオルグでもこんな風に皆笑っていたのかもしれない。だが、それは過去のこと。今のリオルグの人々は暗い気持ちで満たされている。ここまで来て良かった。ジョーとレイヴンは、心からそう思っていた。
「俺たち、ここに来られて本当に良かったな」
「あぁ。あのままリオルグに残っても、きっと何も変わらなかっただろうね」
2人は喜びを噛み締めていた。リオルグに今もなお残り、嵐の中に閉じ込められている人々はたくさんいる。そんな中、そこを脱出できたこと自体が幸運だった。
もし、このまま嵐が終わらなかったら…
そんなことになれば、間違いなく港町リオルグは衰退する。他の国から船が入って来ることは出来ないし、住民は簡単にあの町を離れることは出来ない。リミア政府が何か手を打ち、リオルグを救う手立てを見つけてくれない限りは。
「船旅ご苦労だったな。途中あり得ない事象にも見舞われたが、無事に目的地にたどり着くことが出来た」
ジョーが考え事をしていると、ランバートが声を掛けてきた。
「お疲れ様です」
ジョーとレイヴンは声を揃えた。それ以上の言葉は、発することさえ、ためらわれた。ジョーにとっては興味深い経験だったようだが、彼自身も周りの人間にとっては恐ろしい出来事だったことを理解していた。
「ほら、アドフォード行の切符だ。ブレスリバー駅から何本も汽車が出ている。海路の次は鉄路だ。お前らの旅路はまだ終わっちゃいねえ」
ランバートはすぐさま2枚の切符を差し出した。
「ありがとうございます!」
レイヴンが2枚の切符を受け取った。そこには、“セルトリア王国国営鉄道ブレスリバー駅3番線 アドフォード行”と記されていた。
キャプテン・ランバートとミセリコルディア号とは、これにてお別れ。名残惜しさを抱きつつ、2人はセルトリア国営鉄道ブレスリバー駅に向かう。その道中、嫌でも活き活きとした船乗りたちの姿が、2人の目に飛び込んで来る。彼らは、世界中の、幾つもの海域を乗り越えて来た船乗りたちだ。
その顔を観察していると、どれもが活気に満ち溢れていている。声をかければ、そのまま船に乗せてくれるようにも思えた。トーマスの言う通り、ここでは簡単に仕事が見つかるかもしれない。リオルグを離れるまでのレイヴンだったら、ネルソン社長とアンダーソン船長の好意を無下にして、ブレスリバーで乗船する船を探していただろう。
しかし、ミセリコルディアの甲板での出来事が、彼の気持ちを少なからず変えてしまった。彼にとって、あれほどまでに恐ろしい経験は初めてだった。しばらく海に出るのはやめよう。幽霊船の船長との出会いは、レイヴンを海から遠ざけた。
ブレスリバー駅はその外観も多様性を感じさせるものだった。ひとつの様式にまとめられるのではなく、世界中の様々な様式を組み合わせて駅舎は建てられていた。視線を移す度に、違う建築様式が垣間見える。外観だけでなく、内装までも。まさに、貿易都市と言ったところか。多様性を受け入れる姿勢が建物にも表れていた。
「3番線、3番線…」
レイヴンはつぶやきながら、アドフォード行の汽車のホームを目指す。切符を持っているレイヴンに、ジョーはただついて行く。3番線アドフォード行のホームにたどり着くのは、そう難しくなかった。
3番線ホームに8両編成の汽車が、煙を焚きながら入って来る。それも、もの凄い轟音と共に。ずっと海辺で過ごして来たジョーとレイヴン。汽車を見るのは初めてのことだった。
ずっと小さな港町で過ごして来た2人。広い世界には、まだまだ知らないことがたくさんある。ホームに停車した汽車を、2人は口を開けたまま見つめている。
「ブレスリバー、ブレスリバー。3番線アドフォード行の列車は、17時23分の発車です」
間も無く、そんな車掌のアナウンスが流れた。車内の乗客がひと通り出てくると、周囲の人々が一斉に車内に向かって動き出す。まだ出発まで時間はあるが、2人も流れに身を任せて汽車に乗り込む。
車内に入ると、壁の無い小部屋が2列にずらっと並んでいるのが確認出来た。それは列車内の座席のことだが、2人にとってはそう感じられた。2列にずらっと並ぶ、壁のない部屋の間に、1本の通路がある。
2人は周りの人々を観察しながら、彼らと同じように空いている座席に腰を下ろす。ジョーとレイヴンは向かい合うように座った。
「アドフォード行、出発しまーす!」
数十分後、車掌が叫んだ。目に入ってくるものが全てが、2人の目には新鮮に映る。そんな彼らには、出発までほとんど時間が経っていないかのように感じられた。
汽車はゆっくりと動き出す。
やがて、車窓から見える景色は目まぐるしく移り変わり、ジョーとレイヴンが退屈することはなかった。見たこともない風景が次々に飛び込んで来る。情報量が多すぎて、頭がクラクラしそうだった。
いつかリオルグに戻って、嵐が終わっているか確認しなくては。終わっていなければ、これからアドフォードで稼ぐお金で、少しでも人々の力になろう。そう思っていたジョーだったが、次々に飛び込んで来る信じられないような異国の景色を前にして、そんなことは頭の片隅に追いやられてしまっていた。
アドフォードに到着するまで、2人が交わした言葉はわずかだった。真新しい景色を楽しむのに、言葉は不要だった。
ブレスリバーからアドフォードまで、実際は5時間ほど掛かっていたが、2人はあまり時間を感じていなかった。彼らにとって、この鉄路の旅はたった1時間ほどにしか感じられなかった。新しい経験の連続、彼らにとってはとても楽しいものだったのだろう。
列車から降りた2人を待っていたのは、開拓の地アドフォード。セルトリア王国の西部に位置するアドフォードは、その先に過酷なアムニス砂漠が存在していることもあって、セルトリアの他の地域より開発が遅れていた。
この頃のアドフォードでは、採鉱業が盛り上がりを見せていた。宝石やその他多くの鉱物が大量に採掘出来ることが発見されて以来、アドフォードの人々は日夜、赤い壁に通い詰めていた。
お金を求めた人々がアドフォードに限らずその周辺地域からも集まり出し、レッド・ウォール周辺は混乱を極めていた。
そこで、採鉱に秩序をもたらすために幾つかの採鉱会社が設立された。会社が設立されてからは、許可のない者がレッド・ウォール地区に立ち入ることが禁じられ、周辺地域の混乱も次第に収束して行った。
当時のレッド・ウォールには、掘っても掘り尽くせないほどの財宝が眠っていた。掘れば掘るほどお宝がザクザク出てくる。それはまさに夢のような商売だった。採鉱をビジネスに変えた会社は、莫大な利益を生み出していた。
採鉱業に無限の可能性を感じていたバートン採鉱会社はさらなる人手を募ることとなる。そこで、バートン社長は知り合いだったネルソン社長に連絡をした。これが、ジョーとレイヴンに炭鉱夫という仕事が与えられるに至った経緯である。
ジョーとレイヴンには、アドフォードに到着した翌日から、炭鉱夫としての生活が待ち受けていた。毎日決まった時間に起床し、作業着に着替えてレッド・ウォールへ向かう。炭鉱で作業するには、ライトのついたヘルメットと、つるはしも必需品だった。
来る日も来る日もレッド・ウォール炭鉱に赴いては、炭鉱長から指示された場所を掘る。ただそれだけで、大量の財宝が掘り出された。採鉱業は力仕事。朝から晩まで、力いっぱいつるはしを振るわなくてはならない。毎日毎日硬い壁を掘り進めなくてはならない。
そこは、2人の水夫としての経験が活かされた。船上での仕事も、同じく力仕事だった。そんなこともあって、2人にとってこの仕事はそこまで苦にならなかったが、窮屈な現場に彼らは次第に嫌気が差し始めていた。四方を赤い壁に囲まれた現場は、とても圧迫感がある。そして毎日変わらない景色。それが漁業との大きな違いだった。
海は毎日、違った顔を見せてくれるが、炭鉱は掘り進められるだけで、大して代わり映えがしない。最初の頃こそ、全てが新しい景色に魅了されていた2人だったが、それも今となっては苦痛に変わり始めていた。唯一、親友が傍にいることだけがお互いの癒しだった。
「なあジョー。この仕事楽しくないよな」
レイヴンは夜空を見上げながらそう言った。2人が話しているのは、バートン採鉱会社寮の1室。
「そうだね、レイヴン。でも、呪われたリオルグで暮らすより、ずっと恵まれた環境だと思うよ」
「確かに。あのままあそこにいても、少しずつ貯金を切り崩して行ってただろうな……でもやっぱり俺はブレスリバーで仕事を見つけた方が良かったと思うんだよな…」
レイヴンは、とにかくレッド・ウォール炭鉱で働くことへの不満を吐き出したい様子。
「レイヴン。忘れたのかい?海は危険だ」
「………」
この言葉は、レイヴンにとって大きな意味を持っていた。これだけで、レイヴンの忘れたかった記憶を呼び覚ますことが出来るのだ。彼はこの言葉を聞くだけで、あの異形の船長の顔を思い浮かべてしまう。
「何にせよ。今こうして働けていることに感謝しよう。そう言えばレイヴン、君はもう報酬をもらったかい?イマイチ仕組みが分からなくて…」
ジョーは話題をすり替えた。バートン採鉱会社は定額の給料を支払うといった形式は取っておらず、採掘した鉱物の一部を自分で換金する、出来高制の給与形態を採用していた。
「あぁ。俺はとっくに換金して来た。町の宝石商に、採れたものを換金して貰えばいい」
レイヴンはすでに報酬を受け取っていた。バートン採鉱会社は、この頃アドフォードで最も勢いのある会社。従業員にも、多大な利益が出るような仕組みを取っていた。もちろん収穫の規定量は会社に納めなくてはならないが、それ以外は自分の資産となる。
宝石も重要な資産となり得るが、普段の生活での支払いに宝石は使えない。バートン採鉱会社に勤める炭鉱夫は、採れた財宝のほとんどを換金していた。
「うん……でもやっぱりよく分からない。確か、その宝石商によって受け取れる金額が変わってくるんだったよね?」
ジョーは、レイヴンほど金銭面に関心が強くなかった。
「その通り。ぼったくってくる奴もいれば、妥当な値段を申し出て来る奴もいる。分からないんなら、今度俺が連れて行ってやるよ」
レイヴンはすでに町の宝石商を調べ尽くし、最も良い店を見極めていた。夢が大富豪の男は一味違う。ジョーが変わらない毎日を送っている間、レイヴンはすでにアドフォードの町の一員になっていた。
「そうしてくれると心強い」
ジョーはレイヴンに関心していた。流石はレイヴンだ。
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数日経った後、ジョーはレイヴンに連れられ、町の商店街を訪れていた。その一角に、レイヴンお墨付きのアマンド宝石商があった。
レイヴンは頻繁に宝石商を訪れていたが、まだ1度も宝石商を訪れていないジョーは、貯まりに貯まった宝石を大きな袋に入れて抱えていた。
アマンド宝石商の暖簾を潜ると、中には小綺麗なカウンターが待っていた。宝石の換金表が辺り一面に張り出され、奥の方に宝石商アマンドがいた。
「おぉ!これはこれは。ゴーファーさん。ん?その方は随分と重たいものをお持ちのようだが」
「えぇ、はい。そうなんです。俺もバートン採鉱会社の者でして、これを換金したくて来ました」
ジョーはそう言って、アマンドの目前のテーブルに大きな袋を置いた。とてもズッシリ重たい音がした。
「随分と貯め込みましたね。ここへ来るのも、ひと苦労だったでしょう。次からはもっと早く来ると良い」
アマンドは袋の中身を確認して、口許を弛ませた。アマンドはすぐにカウンター裏に周り、チャリンチャリンとお金の音をさせる。
「お待ち遠様。あなたが持って来た宝石、しめて120万ポンゴだ」
アマンドはジョーが持って来たのと同じように、大きく膨れた袋を抱えて持って来た。それは、ズシンと言う音が聞こえてきそうなほどの、重みを持っていた。
「え?そんなに⁉︎」
ジョーは純粋に驚いた。大した仕事はしていない。そういう自覚があったからだ。まだ、たった1ヶ月そこらしか働いていないのに、これほどの大金が手に入るとは思っていなかった。(ポンゴは円と同じような感覚)
「ようこそ、炭鉱夫の世界へ」
それを見ていたレイヴンは満面の笑みでそう言った。
それからも、今までと同じように炭鉱に通い続けた2人は、とても順調にお金を稼いでいた。唯一の悩みは、炭坑夫の日常は本当に代わり映えがしないこと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
炭鉱夫としての生活を始めたジョーとレイヴン。彼らは夢への道を、確実に歩み始めていた。




