表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
384/388

第242話「ローランド・レストーレ」【挿絵あり】

知られざるレストーレ親子の過去……

 気を失ったまま、アイザックはどんどん深いところへ落ちて行く。アイザックの心と身体は、どんどん深淵へと落ちて行く。


 深い暗闇に消えて行くアイザックの意識は、過去の記憶を訪れていた。


 それは、まだアイザック・レストーレがアレンくらいの年頃の話。まだ幼く無邪気だったアイザックは、家族と共に太陽の国ディオストラで暮らしていた。ディオストラは、セルトリア王国から遠く離れたイシーリア大陸に位置する王国。


 辺境の田舎の片隅に、レストーレ家の家はあった。簡素な木造の家。周囲には人気(ひとけ)もない。そこに、レストーレ親子3人が暮らしている。広さは十分にあり大きい家なのだが、見るからにおんぼろ。屋根や壁にはところどころ穴が開いてしまっている。


「ねえお父さん。美味しいお肉が食べたい!お腹空いたよ」


 そう訴えるのは、まだ10歳にも満たないアイザックだった。今ではひょうきんな変わり者だが、この頃はまだ何色にも染まっていない無邪気な少年だった。


「贅沢言うな。パンで我慢してくれ……」


 何気ないアイザックのひと言で、父ローランドの表情は暗くなった。


 レストーレ家は3人暮らし。家長ローランド・レストーレ、長男カイザ・レストーレ。そして、次男のアイザック・レストーレ。何よりも特徴的なのは、3人に共通する“悪魔の眼”。


 3人がおんぼろの家で暮らしている理由は、その“眼”にあった。ローランドは男手ひとつで、幼い息子2人を養っていた。


 少し前まで、ローランドはディオストラ国内でも有名な鍛冶屋で鍛治職人として働いていた。“悪魔の眼”を隠し通してこれまで働いて来たが、ついに鍛冶屋の主人に“眼”のことを知られてしまった。


 最初の頃、主人は戸惑いながらもローランドを働かせ続けていたが、その異様な“眼”の噂は瞬く間に他の鍛治職人に広がり、やがて国中に広がって行った。真っ白な眼をした人間は、レストーレ家以外には存在しない。その異質さが、ディオストラ人に恐怖を抱かせた。


 人々はローランドを恐れた。その眼に最初は呼び名はなかったが、いつしか誰かが“悪魔の眼”と呼ぶようになった。ルナト教とは対照的に、ディオストラの人々は太陽を信仰している。常に光を求める人々は、異質な眼を悪魔と結び付け、恐怖した。その恐怖が、ローランドを苦しめた。


 “悪魔の眼”のことが主人に知られて数ヶ月も経たないうちに、ローランドは鍛冶屋を解雇されてしまった。ローランドの為人(ひととなり)を十分知っていた主人だったが、噂と国民の恐怖の影響は凄まじく、解雇せざるを得なくなったのだ。言わずもがな、それからローランドが働ける場所は無くなった。


 加えて、この家には母親がいない。きっとそのことにも、“悪魔の眼”が絡んだ原因があるのだろう。


「何で俺たちはずっと家の中にいるの?何で外に出ちゃダメなの?」


 カイザは頰を膨らませて、ローランドの顔をじっと見つめる。


 特に“悪魔の眼”の噂が広まってからは、カイザとアイザックはこのおんぼろの家に閉じ込められた生活を送っていた。それはひとえに、ローランドの愛情だった。周囲の人間から拒絶されるのは自分だけで良い。ローランドはそう思っていた。


「それは……皆、この眼が嫌いみたいなんだ」ローランドは俯いて言った。“悪魔の眼”を隠し通していれば、息子にこんな生活を強いることはなかったかもしれない。ローランドは強い自責の念に駆られていた。


「どう言うこと?俺たちの眼が白いから、外に出ちゃ行けないってこと?」


 当然、カイザにはローランドの言うことが理解出来なかった。全く外に出ていないカイザとアイザックは、自分たちの眼が国中の人に恐れられていることを知らない。


「とにかく、外に出ちゃいけないんだ。今は我慢してくれ」ローランドは伏し目がちに答える。


「今はって……いつまで我慢すれば良いんだよ!」


 幼いカイザの苛立ちは募るばかり。遊び盛りの年頃の子どもが、2人も家の中に閉じ込められている。カイザの我慢も限界だ。


「ねえお父さん。もうずっとパンばっかりだよ。美味しいもの、いっぱい食べたい!」ローランドの目の前まで来て、アイザックが裾を引っ張る。純粋無垢なアイザックには、この家庭が抱える問題など分かるはずもなかった。


 何の穢れもないアイザックの言動が、ローランドをさらに苦しめた。外で上手くやって行けなかったせいで、小さな子どもが2人も苦しんでいる。しかしながら、悔やんでも後の祭り。広まってしまった悪い噂を無かったことには出来ない。


挿絵(By みてみん)


「我慢しろアイザック。うちには金が無いんだ」アイザックにそう言い聞かせるカイザの視線は、ローランドに向けられていた。


 長男の冷たい視線が、父親に突き刺さる。カイザは年齢の割にしっかりしていて、物分かりがいい。アイザックよりずっとこの家庭が抱える事情を理解しているに違いない。


 アイザックはともかく、カイザは外で上手くやれなかった自分を恨んでいるのかもしれない。ローランドはそう思い、ただでさえ下を向いているその顔は、さらに俯いた。


 それから来る日も来る日も、ローランドは息子2人を家に置いて、どこかに出掛けた。ローランドが外に出るのは必ず日中で、夜には家に帰って来ていた。


 ローランドは必ず毎日些細な食料を持って帰って来た。ローランドは決してそれを自分では食べず、全て息子たちに与えていた。現在のローランドの姿からは考えられないほど、この頃の彼の身体は細かった。


 数日が経ったある日、ローランドの姿は、自宅から遠く離れたとある鍛冶屋の戸口にあった。この時、ローランドはサングラスを掛けて、忌み嫌われる眼を隠していた。


 ローランドがドアをノックすると、初老の鍛冶屋が出て来た。


「あの、こちらで鍛治職人を募集していると聞いたのですが」ローランドは丁寧な挨拶を心掛けていた。“悪魔の眼”を持つ者として、国中にローランドの悪い噂が流れている。1度も会ったことのない雇い主であれば、噂の人物とは気づかずに採用してくれるかもしれない。


「おぉそうかい!アンタ職人さんかい。待ってたよ」鍛冶屋は嬉しそうに笑うと、ローランドは家の中に招き入れた。


 鍛冶屋の話によると、つい最近専属の鍛治職人が辞めたばかりなのだと言う。


 この頃すでに噂には尾ひれが付いていて、ローランド以外の人間も噂によって悪い影響を受けていた。ただ、すべての噂に共通していたのは、“悪魔の眼”を持つ者が鍛治職人であると言うこと。とりわけ、鍛冶屋の風評被害は大きかった。この鍛冶屋にも、その影響が少なからずあるのだろう。


「君のようにメンタルの強そうな男なら大歓迎だよ!」


 これまでは採用される前に“悪魔の眼”を持つ者だとバレて、再就職の機会を逃して来た。だが、今度と言う今度は、ローランドは手応えを感じていた。


「それで、いつから働かせてもらえるでしょうか?」逸る気持ちを抑え切れず、ローランドは話を先に進める。鍛冶屋はローランドに好印象を抱いている。このまま契約を結べば、晴れてローランドは無職から卒業する。


「……悪いけど、帰ってくれないかね。アンタ、“悪魔の眼”の男だろ」ところがローランドの予想に反して、鍛冶屋の態度は急に冷たくなった。


「で、ですが」ローランドの顔からすっと血の気が引いていく。


「アンタの話はもう聞きたくない。アンタが鍛治職人だったせいで、国中の鍛冶屋は迷惑被ってるんだよ。殺されないだけ有難いと思うことだ。さあ帰った帰った」


 どう言うわけか、鍛冶屋はローランドの正体を見破っていた。サングラスの隙間から覗く真っ白な虹彩を、運悪く鍛冶屋が見てしまったのだ。虹彩が白い鍛治職人は、ローランド以外存在しない。


 舞い上がっていたローランドの心は、一気に絶望の底に突き落とされた。


 ローランドはそのまま何も言わず、鍛冶屋を去った。結局、今回もこれまでと変わらなかった。


 来る日も来る日もローランドはめげずに新たな職場を探し続けていたが、噂が広まってしまったこの国で、“悪魔の眼”を隠し通すことは不可能に近かった。両目を塞いで働くわけにもいかず、ローランドは途方に暮れた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


悪魔の眼の噂は広がり、ローランドは段々と追い詰められていった…


次回、親子のその後を描きます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ