第240話「双剣の豪傑」【挿絵あり】
アイザックとローランドは、凍った海のその先にいた。
Episode 19: The Possessed Sword/悪魔の剣
凍り付いた海のその先を、アイザックは飛行していた。デル・モアは黒魔術の吸収・放出の他にも機能を兼ね備えた万能な魔剣だった。
ブレスリバー港周辺の海面は広範囲に渡って氷結していて、港に停泊している船舶までもが、全て凍り付いている。かなり広い氷の海を超えて、アイザックは凍っていない海の上を飛んでいた。
「おいボウズ。いつまで逃げるつもりだ?」
優雅に飛行するアイザックの背後には、彼の父ローランドの姿があった。海中を移動しているウルスラ・オーガストの背中を足場にして、ローランドは海上を走っていた。そのスピードは異常なほど速かった。
「ったくバケモンだな。ここまで来ればアイツらに影響はねえだろ。いいぜ、そろそろ逃げるのはやめてやる」
アイザックは戦う覚悟を決めた。デル・モアの最大の弱点は、一緒に戦っている仲間の黒魔術を吸収してしまうこと。仲間と十分距離を取って初めて、デル・モアは真価を発揮する。
「容赦はしないぞ。お前がどれだけ成長したか、俺に見せつけてみやがれ!」
微笑を浮かべると、ウルスラ・オーガストの背中から高く跳躍した。背中に交差させて背負っている2本の大剣を、ローランドはそれぞれの手で引き抜いた。
攻撃に備え、アイザックも足場にしている魔剣デル・モアの柄を握る。
ローランドが握っているのは、魔剣デル・モアと同じくらい巨大な刀身を持つ2本の大剣。そんな巨大な剣を2本も操れるのは、素直にその剛腕のおかげだ。
巨大な双剣は、その名を“チェルナボーグ”という。“黒い神”を意味するその名の通り、2本の大剣の刀身は真っ黒だった。
ローランドは両腕を交差させてチェルナボーグを構え、すぐさま腕を開いて、2つの刃を剛力で振るった。
アイザックは即座にデル・モアから降り、握った大剣を振り下ろして迎え撃つ。
鈍い音を立てて、3本の刃がぶつかり合う。
刃を交え、ローランドは一旦真下にいるウルスラ・オーガストの背に戻った。
「お前のデル・モアは、黒魔術を吸収しちまう恐ろしい魔剣。だが、俺が黒魔術を使わなきゃ、何も怖かねえ」
ローランドは再び高く跳躍し、一対のチェルナボーグを振り上げる。空中にとどまったままのアイザックはデル・モアを構え直し、再び振り下ろした。
「ナメてもらっちゃ困るね。もう昔の俺じゃねえんだよ!」
小馬鹿にしたようなローランドの言葉は、アイザックの癇に障った。
アイザックは、デル・モアを握る両手に、より一層力を込めた。怒りが、瞬間的にアイザックの腕力を向上させたのだ。
どちらが押されるでもなく、3本の刃はその場で一瞬プルプルと震え、すぐに離れる。状況的にローランドが不利なはずなのに、力は拮抗していた。ローランドの腕っぷしは、アイザックとは比べ物にならないほど強かった。
決着がつかないまま、ぶつかり合っていたデル・モアとチェルナボーグは、同時に弾き飛ばされた。そのまま、アイザックとローランドは力を込めていたのとは、反対方向に飛ばされてしまう。
アイザックは瞬時にデル・モアの刀身に乗って、体勢を整えた。一方のローランドは、そのまま落下し、海上に浮かぶウルスラの背中に着地する。
「少しはやるじゃねえか。カイザにべったりだった頃より堂々としてやがる」
実子と刀を交えたローランドの気分は高揚していた。
「兄貴は関係ないだろ」
「いちいち気ぃ悪くすんなよ。もっと楽しんでいこうぜ」
対照的に、アイザックは気分を悪くしていた。ベルに離れて暮らす兄がいるように、アイザックにも兄がいた。
それから何度か魔剣をぶつけ合うと、アイザックは一旦攻撃するのを止めた。デル・モアの上で、アイザックは有効な策を捻り出そうと、思考を巡らせている。
「おいおい、もう休憩か?まだ始まったばっかじゃねえか」
「黙ってろクソ親父!」
挑発に乗ったアイザックは、海上に立っているローランドに向かって一直線に飛んで行く。それを見たローランドはウルスラの背中を蹴り、再び空中に飛び出した。
ローランドに接近したアイザックはそのまま斬りかかるのではなく、デル・モアに乗ったままローランドの真下に潜り込んだ。アイザックはそのままローランドの真下から、魔剣を振り上げた。
ところが、一瞬の隙を突こうとしたアイザックの作戦は失敗した。歴戦の豪傑は、戦闘中のあらゆる可能性を想定していて、隙もほとんどない。
振り上げられたデル・モアに対して、チェルナボーグが振り下ろされた。重力が加わる分、今度はローランドの方が優勢だった。それだけではなく、デル・モアを攻撃手段として使っているアイザックには、足場がない。それはさっきまでとは正反対の、圧倒的に不利な状況。
海中では、もう1人のM-12がアイザックを待っている。このままでは、力の流れに従って、アイザックはすぐにでも水中に落ちてしまう。
「ナメんな‼︎」
アイザックが叫ぶのと同時に、デル・モアから真っ黒な雷光が放たれた。バレンティスで白い少年から吸収した黒魔術が、まだ魔剣の中に残っていたのだろう。
黒い稲妻は、瞬く間にローランドの全身を駆け巡り、空中に消えて行った。いくら屈強な肉体を持つローランドと言えど、雷の直撃を受けて無事でいられるはずがない。アイザックは微笑んだ。
黒魔術を放出したアイザックはすぐさま魔剣デル・モアに乗り、落下を免れた。
「マジかよ……どうなってやがる」
そして、アイザックは目を丸くした。確かに雷が直撃したはずなのに、ローランドは表情すら一切変えず、平然としている。ただ、空中に浮遊出来るわけではないローランドは、すぐに落下してウルスラの背中に乗った。
「それそれ!まさに“黒”魔術だよな。痺れたぜ」
ダメージを受けるどころか、テンションの上がったローランドはむしろ元気になっているようにも見えた。
「見たところアンタは黒魔術を使ってない。何でだ」
「何でだって何がだ」
「何がって、何で黒魔術浴びてピンピンしてやがんだよ!」
アイザックは、ローランドが無事でいる理由が気になって仕方がなかった。チェルナボーグが魔剣だとしても、何か黒魔術が発動したようには見えない。
「あぁ〜それな。俺も黒魔術使ったからに決まってんじゃねえか」
ローランドの答えは意外なものだった。
「どういう黒魔術だよ……まさか、全身を強化する超化なんて言うんじゃねえだろうな」
「馬鹿にすんな。この肉体は鍛錬の賜物だ。俺の黒魔術は超化なんかじゃねえよ」
超化であれば、予め発動していれば見た目には分からない。だが、その仮説もローランド本人によって否定されてしまった。
「じゃ、じゃあ黒魔術を吸収する黒魔術とか……?」
「んなわけねえだろがよ。そんな特殊な力を持つのは、俺の知る限りお前だけだ」
どれだけ予想してみても、アイザックはローランドが無事でいる理由を当てることが出来なかった。肉体で雷に耐えたわけでも、雷を吸収したわけでもない。だとすれば、他に一体どんな方法があると言うのだろうか。
「じゃあ何なんだよ⁉︎俺の黒魔術だけ知られてるのは不公平だ。さっさと教えろ!」
「ったく鈍い奴だなお前は。“混沌”だよ。チェルナボーグはあらゆるエネルギーに混沌を与える」
「何だそれ?」
ローランドは魔剣に込められた力を明かしたが、アイザックは唖然としている。
「魔力……いや、全てのエネルギーは秩序をもって構成されている。その秩序を乱し、エネルギーを掻き乱す。掻き乱すだけじゃなく、無秩序の状態を作り出すことで、搔き消すことさえ出来る」
「まさか」アイザックの表情が曇る。
「てめえの雷は真っ先にチェルナボーグに当たった。だから掻き消されたんだ。分解されたと言った方が正しいかもしれねえが」
「おいおい、なんつー黒魔術だよ」つまり、さっきアイザックが放出した黒魔術は無効化されたと言うことだ。
「お前のもなかなかバケモンじみた黒魔術だが、俺のも負けちゃいねえってことさ」
ローランドは豪快に笑った。黒魔術を吸収してしまう黒魔術に、黒魔術を無効化してしまう黒魔術。これは、異質な魔法を操る者同士の戦い。
「いちいち掻き消されてちゃ埒が明かねえ。剣と剣で勝負つけるしか……」
アイザックが真っ先に思いついたのは、黒魔術を封印すること。無効化されるのであれば、どれだけ黒魔術を使っても勝ち目は無い。
「いいや、それはどうかな?」
ローランドは、サングラスを外して不敵な笑みを浮かべる。何か企んでいる父親を見て、アイザックは不安にならざるを得なかった。
「ふんっ!」
ウルスラの背中の上から跳び上がり、海面に向かってローランドは罰点を描くように、チェルナボーグを振り下ろした。
「一体何する気だよ」
アイザックは冷や汗をかいた。ぶんと音を立てたチェルナボーグの刃は、そのまま海に到達した。
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ついに始まった親子対決。吸収の魔剣と、分解の魔剣の激突!ローランドが次に仕掛ける一手とは!?




