第239話「夢の外」【挿絵あり】
暴走するエリオットを止められるのか!?
「⁉︎」
ナイトが赤い光に完全に呑み込まれそうになっていたその時、突然エリオットの身体が吹き飛ばされた。まさしく、先ほどまでナイトがそうであったように。
「一体何が……?」
この出来事は、ナイトだけではなくエリオットをも救った。たった一瞬の衝撃により、エリオットは正気を取り戻したのだ。
冷静になったエリオットが周囲を見回すと、夢幻の世界を呑み込まんとする赤い閃光は、波が引いて行くように、次第に消えていった。
コントロールを外れたイマジネーションの力に大きな恐れを抱くと同時に、エリオットはエルバの姿が見当たらないことに気がついた。
「君の天下は、もう終わりだ」
たった一瞬の出来事が、ナイトに作戦の成功を知らせていた。2人の推測は当たっていた。
「……気づいたんですね」
エリオットは、諦めがついたかのように口許を弛ませた。ナイトはエリオットが指摘するドリーマーの2つの欠点を克服したのだ。
「僕たちが気づいていなかった重要な点。もうひとつは、夢の外の問題だ。ドリーマーの最大の弱点は、現実世界からの攻撃。通常夢の世界にいる人間は現実世界では動けない。だから、僕は外界からの攻撃を想定出来ていなかったんだ」
「その通り、お見事です。夢幻の世界のルールが改変出来なければ、僕は今頃あなたに勝っていた。しかし案の定、あなたは僕の予想を超えてきた。これはあなたを確実に負かすための切り札だった。あなたは、必ず僕の想像を超えてくる。僕はそれを見越して、あなたの想像を超えたんです」
エルバが夢の外に飛び出したことにより、ナイトは黒魔術使用中の無防備な状態をカバーすることが出来たのだ。
「でもどうやって?どうやってここにいながら、外からも攻撃が出来たんだ?まさか、それもイマジネーションの力なのか?」
「眠らされる直前の光。あれが不測の事態を想定した“ちょっとした対策”だったわけです」
「やっぱりあれが……君と戦うまで、僕は自分の力を過信し過ぎていたんだね」
エリオットとの戦いを通して、ナイトは自身の重大な欠点に気づかされていた。黒魔術の種類は数え切れないほど存在し、常にドリーマーが最強だとは限らない。
「それだけじゃありません。あなたに勝つため、僕は修練を重ねてきた。修練の末、夢の世界での自分と、現実世界での自分を切り離すことに成功しました。外で起こっていることは分かりませんが、夢の外にいる僕は、夢の中で起こっていることをリアルタイムで把握している」
「まさに明晰夢の進化版。本当に君は凄いよ」
現実世界と、夢の中の精神の分離。それこそが、ナイトがエリオットに翻弄されて来た最大の理由だった。夢の中で激しい戦いを繰り広げている間も、現実世界のエリオットは起きていて、ナイトの行動を妨げていた。
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その頃夢の外では、エリオットの前にエルバが現れていた。
「あまりにもタイミングが良過ぎる。一体あなたは何者なんです?」
現在のエルバの姿を知らないエリオットは、目の前にいる真っ黒な人物の正体が分からなかった。
「あぁ、そうか。夢の中とは姿が違うからな。私はエルバ。現実世界ではこの通り、単眼の化け物だ。帝国の崩壊後、ナイトに左目を託し、私はずっとこの姿で生きて来た」
「帝国の崩壊後……隊長に左目を託した……なるほど、今まで全く理解出来ませんでしたが、少しあなた方の秘密が分かって来た気がします」
正体を明かしたエルバの言葉が、これまでエリオットが抱えて来た謎に答えを与えていた。エリオットが生まれて来るずっと前から、エルバとナイトは切っても切り離せない特別な関係にあった。
「それはそうと、もうお前の負けは確定したぞ」
「あなた方が気づかないはずはなかった…そう言うことですね。帝王エルバ。あなたが隊長の中に存在していたことは、僕の計算外だった」
「そうだろうな。もしもナイトの中に私がいなければ、お前は勝っていたことだろう。だが、残念ながら私がいた。加えて、私はナイトの身体から自由に出入り出来る」
今だからこそ、ナイトはエリオットに勝つことが出来た。エルバと再会する前は戦う機会すら無かったかもしれないが、少しでも前に2人が戦っていれば、結果は大きく変わっていたことだろう。
「僕だって現実と夢の中、それぞれ1人ずつ存在する。2対1ではなく、1対1と1対1です。まだ勝負の結果は分からないんじゃないですか?」
「此の期に及んでもまだやるつもりか?全く、諦めの悪い小僧だな」
「僕だって、あなたを超える可能性を秘めているんだ!」
「ナイトめ、余計なことを思い出させたな……」
ナイトの思い出話はエリオットの注意を引くだけでなく、諦めない心を思い出させていた。カラクリが全て暴かれてもなお、エリオットはまだこの戦いに勝とうとしている。
「こんな姿になったからこそ出来る芸当もある」
エルバが右手を目の前に突き出すと、黒い手はエリオットに向かってぐんぐん伸びていった。タコの触手のように長くなったエルバの手は、あっという間にエリオットの全身に巻き付いて、自由を奪った。
「僕があなた方の作戦を止めて見せる‼︎」
「ほう。イマジネーションというものは便利だな」
縛り上げられたエリオットの身体からは、真っ白な光の線がいくつも飛び出した。真っ白な光は巻きつくエルバの手を消し飛ばし、エリオットは自由を取り戻した。
これによりエルバは一時的に右手を失ったが、消えた右手はすぐに再生した。
「想像力さえあれば、何でも出来るんですよ!」
飛び出した光は1か所に集まり、真っ白な光の剣を創り上げた。光の剣を手にしたエリオットは、エルバに襲いかかる。
「確かに1対1と1対1かもしれないが、お前は重要なことを忘れている」
「⁉︎」
ところが、エルバに到達する前に、光の剣はぴたりと止まってしまった。真っ白な光の剣の刀身には、エルバの真っ黒な手が巻き付いている。長く伸びたエルバの手が光の剣を締め付けると、光の剣はパッと消えてしまった。
「夢と現実は表裏一体。そして、現実の出来事は夢に影響する」
エルバの手は伸び続け、そのままエリオットの身体を縛り上げる。足の先から頭頂部まで、エリオットの全身に黒い紐状の手が巻き付いていた。
歴然たる力の差を思い知ったエリオットは、抗うことを止めた。
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夢と現実は表裏一体。夢の外で身体を縛り上げられているエリオットは、夢の中でも同様に動くことが出来なくなっていた。夢の中ではエリオットの身体に巻き付いているエルバの手は見えない。
「どうやら、あっちでエルバが上手くやってくれたみたいだ」
「僕は、いつまで経ってもあなたには敵わないんでしょうか……」
敗北したことを思い知ったエリオットは、悲しげな笑顔を見せた。M-12まで上り詰めても、ナイトはエリオットの超えるべき壁としてあり続けていた。
「勝ち負けじゃないんじゃないかな?君はとっくに僕を超えているよ。君は、僕には無い強さを持っている」
「……ありがとうございます。戦ってみて、ようやく分かった。グレゴリオ様の言うことより、あなたの言うことの方が正しい。僕はそう思います。何か僕に出来ることはありませんか?」
戦いを通して、エリオットは心の奥に抱いていた本当の気持ちを確かめていた。裏切られたという大きなショックが彼の心を惑わせたが、エリオットが最も信頼を寄せる人物は、今も昔も変わらずナイトただ1人。
「グレゴリオの力は未知数だ。僕と戦って負けたと言うことにしておくのが、君にとって1番良いと思うんだ。僕の力になりたいと言ってくれるのなら、これからも騎士団に残ってグレゴリオの計画を阻止するための協力をして欲しい」
「分かりました。ここで一旦お別れですね」
エリオットは納得して頷いた。夢の中では本心で語り合えるが、夢の外に出てしまえばエリオットが口にする言葉は全て、グレゴリオに筒抜けになってしまう。
「うん。僕たちは夢の中でまたすぐに会える。それまで少しだけお別れだ」
少し悲しそうに笑うと、ナイトはエリオットに手をかざした。
すると、周囲の夢の塊が花びらに形を変え、エリオットを取り囲んだ。複数の花びらは蕾となり、エリオットを中に閉じ込めた。
そして蕾は忽然と姿を消した。蕾の中から現れたエリオットは、目をつぶったまま立っている。
「また会おう」
ナイトのひと言を合図に、エリオットの身体の至る所に美しい花が咲き乱れた。美しく光り輝く花々が、エリオットの身体を美しく染め上げる。
花はエリオットの全身を覆い尽くすように咲き乱れると、風に吹かれるように散っていった。花の消失と同時に、エリオットは静かに倒れた。
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「終わったか」
「はい」
ナイトが目を覚ますと、現実世界ではエルバが彼を待っていた。
「立ち止まっている時間はない。先に進むぞ」
エルバはそう言い残し、再びナイトの身体の中に戻って行った。
さっきまでエルバがいた場所の近くに、エリオットが倒れ込んでいる。気を失っているエリオットは、どこか満足げな笑みを浮かべていた。戦いに負けはしたものの、エリオットの心は青空のように晴れ渡っていた。
地面に倒れ込んだエリオットの姿をしばらく見つめた後、ナイトは沖に停泊する船に向かって歩き出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回で、ナイトVSエリオットの戦いに決着がつきました!
次回は久々にアイザック師匠の出番です。バレンティスではちょっと戦っただけですが、今度はアイザック師匠も本気で戦っちゃいます!




