第37話「終わらない嵐」【挿絵あり】
無事に帰港したジョーとレイヴン。彼らを待っていたのは……
改稿(2020/06/14)
Episode 2 :The Origin of Inquiry/探究心の起源
それからと言うもの、水平線の彼方の黒雲が消える事はなかった。魚が獲れそうな1番近場の海上にまで、黒雲は広がっていた。嵐が起こす強風はリオルグの町にも届くようになり、住民は悩まされていた。
何週間、何か月経っても、リオルグ沖の海上の天気が変わる事はなかった。ずっと嵐なのだ。これでは漁に出る事さえ出来ない。
宝の海は、あの日を境に本当に消え去った。
呪われた海。今のリオルグの海は、そう呼ばれるのに相応しかった。水夫にとって最悪の海だ。
あの嵐の中、海に出ようとする者はいない。漁に出る事は出来ない。それは、アンダーソン率いる漁船の漁獲は全くないと言う事だった。
アンダーソンやジョーやレイヴンが所属する“ネルソン水産”の商売材料は、一切無くなってしまった。
今まで、必要以上の漁獲量を誇っていたネルソン水産。
しかし、魚介は新鮮でないといけない。そもそも以前余分に獲った魚は全て売り払っている。
ここ数か月、ネルソン水産に収入はなかった。それと同時に、レイヴンとゴーファーも収入源を失っていた。
レイヴンとジョーは毎日港に来ては、海上の黒雲を見ていた。消えてくれと願いながら、2人は毎日同じ事を繰り返した。
それでも、状況は何も変わらなかった。今や2人は無職同然。収入のない会社は、もちろん給料を払ってくれない。レイヴンは夢のための貯金を切り崩し始めていた。これでは、大富豪になるという夢は遠のいていく一方だ。
運命というのは悪戯なもので、レイヴンは毎日頭を抱えていた。あの日を境に、一瞬にして全てが変わった。悠々自適な漁師暮らしも、今や夢のまた夢。このまま先の見えないリオルグで暮らすのも、難しくなり始めていたのだ。
「久しぶりだね」
そんな中、虚ろな目で海を見つめる2人に声をかける者がいた。
「アンダーソン船長!」
2人の傍に現れたのは、呪われた航海を共にしたアンダーソン船長だった。今では自信たっぷりに命令していた頃の面影が薄れていた。ふくよかだった身体は幾分か細くなり、瞳の光は霞んでいる。
船長ではない今の彼は、帽子も被っていない。毛のない頭頂部がツルツルしている。
「よしてくれ、俺は何か月も船に乗っていない」
アンダーソンは不快そうな表情を浮かべる。こんな憂鬱な町で、不快な顔をしない者はいない。
海に恵まれていたリオルグの住民の仕事は、ほとんどが海に関わるものだった。かなり多くの人が職を失ったのだ。このままでは、リオルグは暗くなる一方。
ここで暮らせなくなった住人が町の外へ出て行けば、無いも同然の活気はさらに失われていく。まさに絶望の町だ。
あの日離れていった絶望は、少し時間を置いてリオルグ全体を包んだ。
異形の船長は絶望を呼び込む者で、最初から漁船を襲うつもりなどなかったのではないか。ジョーはそう思っていた。異形の船長と、この異常な天候を結びつけずにはいられない。どこかで関係していると思わざるを得なかった。
「君たちに話があるんだ」
「何でしょう?」
変わりない毎日。新しい会話があるのは、良いことだ。
「本日を持って、ネルソン水産は君たちを解雇する」
アンダーソンの口から出た言葉は、ちっとも良い事ではなかった。ただでさえ無職のようなものなのに、本当に無職になってしまった。
「……そうですか」
ジョーは相槌を打つように返事をした。別に驚く事ではない。会社に所属していようがいまいが、どのみち仕事はないのだ。
「心配するな。私もじきに解雇される。ネルソン水産は倒産寸前なのだよ」
アンダーソンは自嘲した。これまでアンダーソンは迷信を笑い飛ばすような男だった。それが今ではすっかり迷信深くなり、ちょっとでも不吉な予兆とされるものがあれば、それを忌み嫌って遠ざけていた。
「そこでだ、君たちに提案がある。ネルソン社長からの提案だ」
それを聞いた2人は顔を見合わせる。てっきり、解雇通告されるだけだと思っていたからだ。
「隣国セルトリアのアドフォードで、多くの男手が必要になっているらしい」
アドフォードと言えば、アムニス砂漠を越えたその先にある隣国の玄関口だ。ここリミア連邦からは1番近い外国。
ただ、それは近くて遠い外国だった。
2つの国の間には、アムニス砂漠がある。昼間は焼けるような暑さと強風、夜は凍えるような寒さが待ち構えている広大なアムニス砂漠。そんなアムニス砂漠を越えようとする者は笑われる。
事実、この砂漠を越えようとして永遠に帰って来なかった者もいる。アムニス砂漠には、巨大で恐ろしい化け物が砂の下に潜んでいると言う者もいた。今となってはアンダーソンをはじめ、ジョーとレイヴンもそれをすっかり信じ込んでいる。
「しかし船長。アムニス砂漠を越えろと言うのですか?それはあまりにも危険すぎます」
レイヴンは抗議した。魔の砂漠など、越えたい者がいるものか。その先に仕事が待っているとしても、命を懸けて砂漠を越える気は、レイヴンにもジョーにもなかった。
「まず第1に、私は船長ではない。そして第2に、砂漠を越える必要はどこにもない」
「それはどういうことですか?」
レイヴンは、アンダーソンの言いたい事が分からなかった。
「船に乗れば良いではないか」
アンダーソンは、当たり前だと言わんばかりの顔をしている。それを聞いたジョーとレイヴンの目には、海上に広がる黒雲が映っていた。
「リオルグの海は呪われています。こんな海を渡れるはずがないでしょう」
ジョーは大きな溜め息をついた。仕事を失い、職を失いかけている船長は、とうとうおかしくなってしまった。そんな事さえ、彼は考えていた。
「なるほど。お前たちは知らんのだな。私は知っているぞ、お前たちが毎日ここに来ているのを。それなのに気がつかんとは……お前たちの目は節穴か」
アンダーソンは、ひと通り2人を侮辱した後に続けた。
「セルトリア王国東都ブレスリバー行の船だけは、この呪われた海を航行しているのだよ。その船に関わっている者たちは、かろうじて仕事を失わずにいる」
ジョーとレイヴンの目に、一瞬微かな輝きが生まれた。
毎日海を眺めていた2人。2人が見つめていたのは、遥か水平線の彼方だけだった。それに、2人が海を見に来る時間には、都合よくブレスリバー行の船がこの付近にいなかったのかもしれない。
「それじゃあ、その船でブレスリバーへ行き、アドフォードに向かえば、俺たちに仕事があるんですね!」
レイヴンの顔は一気に明るくなった。先の見えないほど濃い霧が立ち込めていた彼の夢への道は、ようやく晴れ渡ったのだ。長く立ち止まっていたが、やっと夢への歩みを再開することが出来る。
「あぁ。お前たちがこれから向かうのは、アドフォードの炭鉱だ。そこで採鉱をしてもらう」
「採鉱ですか?」
ジョーとレイヴンは、聞きなれない言葉に首を傾げる。それを見たアンダーソンは溜め息をついた。
「鉱物や、金やらを掘り起こす仕事だ。一攫千金も夢じゃないとも言われている」
それを聞いた2人の目の輝きが、一瞬増したように見えた。お金が稼げるのならば何であろうと挑戦する。それがレイヴンの考えだ。
「そこに行けば、炭鉱夫として雇ってもらえるんですか?」
レイヴンは目を輝かせながら、アンダーソンに顔を近づけた。金が貰えると聞いては、落ち着いていられなかった。
「お前たちが働きたいと言うのなら、今からアドフォードに連絡を入れておく。あっちに着く頃には、お前たちの席が用意されてるだろう」
「行きます!」
「レイヴンが行くのなら、俺も行きます!」
アンダーソンは、2人が出す答えなどとっくに分かっていた。この港町では誰もが職を求めている。この話を町中の人間にすれば、たちまち隣国の炭鉱に人が殺到して供給過多になってしまうだろう。
彼は目を掛けていた2人に、特別に仕事を紹介したのだ。他のネルソン水産社員に、この仕事を紹介する気は最初からなかった。
「そう言うと思っていた。明朝7時リミア観光リオルグ支部の乗船場へ行け。この町で唯一の船長となったランバートがお前たちを待っているはずだ」
アンダーソンの顔は、少し憂いを含んでいた。まだ船長と名乗る事は出来る。だが船がない。
終わらない嵐に覆われたこの町では、空を見て時間を判断する事が出来なかった。
暗雲立ち込めるこの町は、朝も夜も薄暗く、頻繁に雷によって明るく照らされる。時間を確認するには、時計を見るしか方法がなかった。
レイヴンとジョーが話を終える頃には、すでに夕暮れ時になっていた。名残惜しそうに、アンダーソンとの会話を続けていた2人は、彼に促されて帰路についた。
この町の嵐が終わらない限り、2人はもうこの町に帰って来ないかもしれない。それとも、帰れないと言った方が正しいか。何にせよ、今のこの町に2人の未来はない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ジョーとレイヴンがアドフォードに移り住むことになった理由がついに明らかになってきました!




