第235話「知らないこと」【挿絵あり】
かつての仲間がナイトの前に立ちはだかる……
Episode 18: Seeker of Knowledge/知識の探求者
ハリーたちの戦いが始まったのと同じ頃、別の場所でナイトとエリオット・セプテンバーの戦いも始まろうとしていた。ずっとナイトのことを慕って来たエリオットは、とても複雑な気持ちで彼の前に立っていた。この時エリオットの手には、分厚い本があった。
「そう。もう後戻りは出来ない。あなたを止められるのは僕だけだ」
己に言い聞かせるように、己を鼓舞するようにエリオットは言った。
「君に敬意を払って、全力でいくよ。君は騎士団のために本当によく働いてくれた」
「裏切り者の言葉なんて聞きたくありません。さっさと始めましょう」
「そうだね……」
ナイトは寂しそうな顔をした。これまでずっと騎士団で過ごして来たナイトにとって、エリオットは愛弟子のような存在。共に戦って来た仲間から向けられる明らかな敵意は、ナイトの心を抉る。
「行くよ」
「いつでもどうぞ」
ナイトが戦いを始めようとすると、エリオットは手にした本を徐に開き始めた。たった1度だけ開く動作をしただけで、まるで風が吹いたかのように、本のページが次々とめくられていった。
そこから、文字や数字の形をした光がとめどなく溢れた。本から飛び出す光はエリオットの周囲をぐるぐると周り、やがて彼の全身を包み込んだ。
その様子を見ていたナイトは一瞬だけ動きを止めたが、すぐにエリオットを夢の中へと誘った。エリオットはこれに素直に応じた。ナイトの黒魔術により、戦場は夢の世界へと移された。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「ここが本来の夢幻の世界……あの時とは全く違う」
「夢は人々の無意識の集合体。ここにあるのは、世界中の人の記憶や思念。普通の人間なら、ここにいること自体が耐えられない」
「この程度、僕にはどうってことありません」
夢の世界に入り込んだエリオットは平然としていた。
「さすがだね。でも、ここでは僕が絶対。僕が決めたルールに従ってこの世界の摂理は決まる。これがどういうことか分かるかい?君はとても不利な状況に立たされているんだ」
「僕のことを見くびらないでいただきたい。余計なおしゃべりは不要です。さっさとやりましょう」
ナイトとは対照的に、エリオットは早々に戦いを始めようとしている。抱いている様々な想いを振り払うためにも、そうしているのだろう。
「本当に君は分かりやすいね」
「そうやっていつまでも戦わないつもりですか。僕だって幻想の力でM-12まで上り詰めたんだ。今の僕の力は、あなたに届くと思っている」
「そうかい。せいぜい僕を敵に回したことを後悔しないことだ」
ナイトにとって、これは出来ることならば避けたい戦い。
だが、どれだけ始まる前の時間を引き延ばそうとしても、この戦いはいずれ始まってしまう。無意味だと分かっていても、ナイトはいつもより口数が多くなっていた。
諦めがついたかのように大きな溜め息をつくと、ナイトは魔法の力で夢の塊を動かし始めた。ナイトがほんの少し指を動かすと、周囲を覆い尽くす夢の塊の中から無数の鎖が出現し、エリオットの四肢を拘束した。ベルが記憶を消された時と全く同じ光景だ。
「ここが誰にも干渉されない空間だと分かっているから、もう1度聞きます。なぜ、あなたは騎士団を裏切ったのですか?此の期に及んでも、まだあなたを信じたいと思う自分もいる」
動きを封じられて冷静になったのか、エリオットの口からは彼の本心が飛び出した。騎士団と反乱者の衝突はすでに始まっていて、もう止められない。それでも、エリオットは真実を知りたがった。
「おいおい。そんなこと言われると戦いづらくなっちゃうでしょ」
「どうなんです⁉︎」
困り顔のナイトに、エリオットが叫ぶ。
「エリオット。君は騎士団のことを何も分かっていない。僕も騎士団の全てを知っているわけじゃない。でも、少なくとも君よりは知っている」
「僕は、自分に知らないことがあることが許せない。教えていただけませんか?僕は一体何を知らないと言うんです?」
エリオットは“知識の探求者”。常に自分の知らない知識を追い求める男。エルバの存在により、これまでエリオットは未知の脅威に恐れを抱いて来た。彼にとって、無知は恐怖でもあった。
「……エルバと出会ったことで、僕の全てが変わった。ここで詳しく話し込むつもりは毛頭ないが、グレゴリオの思い通りにさせてはならない。それだけは確かなことだ」
「そんな曖昧な言い方じゃ、何も分かりません!あなたは、エルバにそそのかされているのではないですか⁉︎一体奴に何をされたのです⁉︎」
ナイトが思っていた通り、その言葉をエリオットが理解することは出来なかった。エリオットには知らないことが多すぎる。
「まるで悪者扱いだな。まあ、世の中じゃそう言うことになってるから仕方がない」
エリオットが心からの叫びを口にした時、ナイトの身に異変が起こった。まるで液体が滲み出るかの如く、ナイトの身体の中から単眼のエルバが現れたのだ。
夢の塊に包み込まれると、すぐにエルバは本来の青年の姿になった。夢の世界では、現実と違って自由に見た目を変えることが出来る。
「⁉︎」
突然の出来事に、エリオットは驚きを隠せなかった。彼の想像を超えた現象が、今目の前で起きている。ナイトの身体から現れたその人物こそがエルバなのだと、エリオットは瞬時に悟った。
「エルバが隊長の中に……分からない。今までそうやってずっと隊長の中に隠れていたと言うのですか?」
目の前で起きていることを把握出来ていても、エリオットの理解は追いついていなかった。騎士団が血眼になって探していたエルバは、ずっとナイトの中に隠れていたのだ。夢の中ではなく、エルバはナイトの中に隠れていた。
「そう。だから、どれだけ探しても騎士団がエルバを見つけることは出来ないはずだった。君が繋がりを利用して夢の中に入り込むまではね。逆に言えば、君がいたからこそ、騎士団は今こうして僕たちの邪魔が出来ているんだ」
「ますます分からない。なぜエルバの侵入を許したんですか?エルバは騎士団を脅かす存在。なぜそんな……やはりあなたはエルバの魔法に囚われているんだ‼︎」
ナイトの言葉を聞けば聞くほど、エリオットは混乱する。エルバは悪。幼い頃からずっとそう言い聞かされ、エリオット少年はずっと騎士団のために尽くして来た。真実を断片的に突きつけられても、彼にそれが理解出来るはずもなかった。
「僕は至って正常だ。むしろ、彼の存在があったから僕は本当の自分に気づけた。とにかく、僕はもう騎士団には居られない」
「教えてください‼︎僕が知らないことを!一体今この世界で何が起こっているんですか⁉︎なぜ騎士団は間違っていると言えるんですか⁉︎」
エリオットは知りたかった。目の前にいる、ずっと慕って来たナイトが真剣な表情で語る信じがたい真実。そこにある自分の知らないことを知りたい。そんな想いを、エリオットは募らせていった。
「君は知らなくて良い。ただ全力で、僕に立ち向かってくれ」
「……よく分かりました。もう僕の声はあなたには届かないんですね」
ナイトの言葉が、エリオットを諦めさせた。どれだけ話そうと、ナイトがエリオットの知的探究心を満たしてくれることはない。それはよく理解したエリオットは、寂しそうな声を漏らした。
「あぁ。もう話は終わり。始めるよ」
ナイトとエルバが手をかざすと、周囲の夢の塊が、エリオットに向かって一斉に動き出した。
「………」
鎖で自由を奪われているエリオットは、為す術もなく夢の塊に呑み込まれていく。まだ戦いは始まったばかりだと言うのに、エリオットは一切抵抗する素振りを見せなかった。
徐々に、夢の塊がエリオットの身体を覆っていった。その中で、風に揺れる髪の下にある、ナイトの左目を彼は目撃した。
「あなたが……“エルバの左目”だったのですか」
黄金に輝く左目を見たその時、エリオットは完全に夢の塊に呑み込まれてしまった。エルバの復活と“エルバの左目”の言い伝え。この2つの要素が、エリオットを瞬時に納得させた。
それでも時すでに遅し。エリオットは夢の塊に覆い尽くされていて、その姿はもう見えない。エリオットに残された道は、ベルの時と同じように、記憶を奪われて何も知らずに過ごしていくことのみ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
いとも簡単に捕まってしまったエリオット・セプテンバー。ナイトとエルバの力が強大過ぎるのか、それともエリオットには何か作戦があるのか……
次回、ナイトVSエリオット戦の行方は…!?




