第233話「ミスティック・アイ」【挿絵あり】
確固たる信念のもと、リリは再びマリス・ジャニュアリーに挑む!
「誰が殺されるもんですか!少しは自分の心配をしたらどうなの?」
呼び起こされた記憶は、リリの闘志を燃え上がらせた。絶対にこの場で負けるわけにはいかない。その想いが、彼女を突き動かす。
敵意を剥き出しにしたリリが、苦痛の創造を発動する。おびただしい数のイバラが正面からマリスを襲う。さっきまでの攻防で、イバラによる攻撃はマリスにとって大きな脅威とはならないことは分かっている。
溜め息をつきながら、マリスは今まで通り弓を構えた。その時だった。
面と向かって放たれたものとは比べ物にならないほど大量のイバラが、マリスすぐ後ろに迫っていた。
“陽動か……!”
最初同じようにマリスを包んだ時、イバラの檻はいとも簡単に破られてしまった。マリスの矢の威力を知っているリリは、イバラを幾重にも重ね、強度を上げた。マリスの動きを封じることが出来れば、一気に反乱者側が有利になる。
「っ⁉︎」
しかし、最初と同じようにイバラの檻は燃え上がった。その中から、涼しい顔をしたマリスが姿を現した。イバラを重ねた程度では、マリスの炎の矢を抑え込むことは出来なかったと言うことだろう。
「それ良いね!ボクにも使わせてよ!」
「……え?」
必死に有効な戦法を捻り出そうとしていたリリに、ロイズが声を掛けた。ロイズの言葉の意味が分からず、リリは間の抜けた顔で彼女の方を振り返る。
「ボク、風の魔法が使えるんだ!その瞬間移動のやつ貸してくれない?良い考えがあるんだよ!」
「え?良いけど……」
「じゃあ、ボクが風を出したら、風だけアイツのところに跳ばして!」
「分かった!」
「じゃあ行くよ!」
合図と共に、ロイズは自身を強風の渦で包み込んだ。マリスの矢を切り刻んだあの渦だ。
手はず通り、リリはすぐにその強風の渦を、領域の魔法でマリスの方へ跳ばした。今度はマリスの姿が隠され、ロイズの姿が露わになった。
「言われた通りやったけど、あれでマリスを止められるの?」
「ボクの刃風渦は、自分を護るためにしか使えない。リリ姐の魔法のおかげで、こんな応用が出来るんだ!」
マリスが飛ばした矢から身を護るために使った刃風渦は、リリの力により新たな効果を得た。脅威的な殺傷力を持つ竜巻は、完璧な防壁にも成り得る。
「でも、竜巻で包んだくらいで止められるの?」
「そっか、リリ姐は最初いなかったもんね。ボクの風の刃は強いんだよ!」
リリはまだ、ロイズの黒魔術を知らなかったが、彼女の無邪気な笑顔がリリを納得させた。
「流石に複数人の黒魔術を組み合わせられると厄介だな……」
一方 刃風渦の中では、マリスが脱出を試みようとしていた。そのまま出ようとすれば、風の刃に身体が切り刻まれてしまう。脱出には黒魔術を使う他ない。
「そろそろ炎の矢も尽きるな」
渦巻く強風の中に閉じ込められたマリスは、これまで通り炎の矢を弓に番えた。
刃風渦は少し前にマリスの矢を消し去ったが、あの時とは状況が違う。右目の力を解放したマリスの黒魔術は、当然パワーアップしているはず。
これまでと同じように、マリスは炎の矢を放って、ロイズの黒魔術を消し去ろうとする。
「何?」
ところが、炎が強風の渦を包み込むことはなく、反対に矢の上で燃え盛る炎の方が、強風に掻き消されてしまった。これは、マリスにとっても想定外の事態だった。
「アイツの炎の矢は逆効果。渦の中と外の温度差が大きくなればなるほど、風は勢いを増すんだ。黒魔術を使えば使うほど、アイツはあそこから逃げられない」
「なるほど〜!ロイズちゃん天才だね!」
「へへ〜そうでしょ〜!」
これまでと違い、一向に強風の渦から脱出出来ないマリスを見て、ロイズは自慢げな笑顔を見せた。渦の内側が熱されれば熱されるほど、内外の温度差は大きくなり、風の防壁はより強固になる。
「……へ?」
その直後、マリスを包む強風の渦は突然凍りついた。マリスが使えるのは、炎の黒魔術だけではなかったのだ。
巨大な氷塊と化した刃風渦は、複数の矢に射抜かれて砕け散った。陽の光を反射させ煌めきながら散っていく氷の中から、マリスが姿を現した。
それから間髪入れず、雷光をまとった矢がリリ目掛けて飛んで来た。稲妻を従えるその矢は、これまでの矢とはスピードが桁違いだった。雷の属性を付加された矢は、リリの身体の反応速度を遥かに超えていた。マリスは、リリに領域を発動させる間さえ与えなかった。
たった一瞬の反応の遅れが、命取りになる。雷の矢から逃げ切れないと悟ったリリは、覚悟を決めて目をつぶった。
「……あれ?」
それから数秒後、何か違和感を覚えたリリはすぐに目を開いた。
すると、そこには全身を青い光で覆われたロビンの姿があった。ほんの一瞬のうちに、ロビンはリリを護るために飛来したのだ。
雷の矢は、リリの代わりにロビンを射抜いて…はいなかった。雷をも凌ぐ光速の蹴撃で、ロビンは雷の矢の軌道を逸らしたのだ。
「ほう、このスピードに対応し、なおかつノーダメージ。さすがはヴァルチャーだな」
マリスはロビンに感心していた。ロビンが居なければ、リリは雷の矢の餌食になっていた。様々な属性に変化するマリスの矢は、想像以上に厄介だ。
「しっかりしろリリ・ウォレス。ここは本物の戦場。一瞬の隙は死に繋がるぞ」
「そんなの……分かってる!」
リリは悔しさを隠せなかった。目の前にいるのは、リリの人生を狂わせた憎き敵。今まで蓄積された怒り、憎しみをぶつけたくても、今のリリにはそれが出来ない。力不足なのだ。
「マリス。なぜお前は様々な黒魔術が使える?複数契約にしては、それぞれの威力が高過ぎる」
「もう呼び捨てか……まあ、良いだろう。カラクリを知られたところで勝敗が変わるわけではない。教えてやる。私は複数契約をしているわけではない。全ての秘密はこの右目“ミスティック・アイ”にある」
「ミスティック・アイ?」
「この右目には、他人の黒魔術を5つまで保管しておくことが出来る。5つ全てを使ってしまえば右目は閉じ、また5つ保管し直すまでは使えない。Dr.ブルクセンのキュリアスの研究を応用したものだ」
マリスが実に様々な黒魔術を操ることが出来る理由は、当然その右目にあった。マリスの種明かしにより、彼が普段から眼帯を付けている理由も明かされた。
「5つってことは、あと2つ。いや、若返った身体と飛空を加味すれば、もう使い果たしたか……?」
「侮るな。若返りはオプションのようなもの。格納してある5つには含まれない。ちなみに中を浮くこの力は、私自身が契約して得たもの」
「つまり、あと2つも別種の黒魔術を隠し持っていると言うわけか」
「その通り。ここまで来たら、残り2つでお前たちの意表を突いて殺すしかない」
マリスは冷ややかな笑みを浮かべた。炎の矢、氷の矢、雷の矢。どれも自然の黒魔術であり、強力なもの。此の期に及んでも余裕が感じられるその笑顔からは、マリスがさらに強力な黒魔術を隠し持っていることが伺える。
「要は、あと2つあなたに黒魔術を使わせれば、私たちの勝ちってことでしょ?」
「舐めるな。残り2つを使った頃には、お前たちの誰かが必ず命を落としている。お前たちを1人でも減らすことが出来れば、ミスティック・アイが無くとも、私の勝利は確実だ」
リリは強気だった。彼女と同じく、マリスも強気な姿勢を崩さない。
「舐めてるのはどっち?私は治癒も使える。あなたが何をしても、私が治してみせるわ!」
「いつまで経っても威勢の良い女だ。よし、お前に先制攻撃のチャンスをやろう」
“一体何を考えているの?これは……罠?絶対罠だ。でも、何にも構えてない……無防備。少しでもダメージを与えられるのなら、このチャンスを逃す理由はない。たとえ罠だとしても!”
絶好のチャンスが訪れたが、リリは不信感を拭えなかった。マリスは本当に先制のチャンスを彼女に与えているだけかもしれないが、何か別の思惑がそこに隠されている可能性は十分にある。
しかし、そんなことについて考え込んでも、何も解決しない。
リリは再びイバラを使って、マリスの拘束を試みた。今度は念には念を入れて、彼女は休むことなくイバラを発生させている。
絶え間なく生み出され続けるイバラは幾重にも重なり、これまでにない強度を実現した。
今度こそ、マリスは完全にイバラの檻に閉じ込められてしまった。少し時間が経過しても、マリスがイバラの外に出て来る気配は全くない。
「何をやっている?私はこっちだぞ」
リリが固唾を呑んでイバラの檻を見張っていた時、突然彼女の後方からマリスの声がした。確かにマリスは目の前で閉じ込められているはずなのに、声は後ろからする。
「どう言うこと⁉︎」
振り返ると、そこにはさっきと全く変わらないマリスの姿。リリの頭はパンク寸前だった。後ろにいるマリスが本物だとすれば、リリが捕らえたのは一体何者なのか。
リリは逸る気持ちを抑え切れず、すぐさま絡み合ったイバラを解き、中に閉じ込められている人物の正体を知ろうとした。
「……え⁉︎」
すると、そこには獣化したロビンの姿があった。自分が味方を攻撃してしまった事実を知ったリリは、言葉を失った。幸い、この時ロイズはロビンの背に乗ってはいなかった。
「なるほど幻想か。だが残念だったな。俺は無傷だ」
「ふん……一筋縄ではいかないか。まあ、これも想定内だ」
ロビンのそのひと言が、リリを安心させた。トゲだらけのイバラの檻に囚われていたロビンは、不思議なことに無傷だった。彼にもまだ、隠された力があるのだろうか。
「次で本当に終わりだ。この矢は、確実にお前の命を奪う」
これまでで1番冷ややかな瞳でリリを睨みつけながら、マリスは青く輝く矢を放った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
放たれた最後の矢。隠されていた5つめの黒魔術の正体とは!?




