第231話「呪うもの」【挿絵あり】
戦場に駆けつけたリリ。そして、明かされる過去。
「あ!ステラの娘!」
マリスをイバラの檻に閉じ込めたのは、もちろんリリ。ナサニエル・ジュライとの戦いを終え、因縁の敵の姿を追ってここまで来たのだ。仇敵を目の前にし、怒りに身体を震わせている彼女は、もう誰にも止められない。
マリスの姿が隠された直後、イバラの檻は突然燃え上がった。あっという間にイバラの檻は全体が炎に包まれ、崩れ去ってしまった。
そこから現れたのは当然マリス。無数の棘の生えたイバラの檻に閉じ込められていたはずのマリスの身体には、一切傷がついていない。
「あなただけは……あなただけはどうしたって許せない」
「リリ・ウォレス。ということは、すでにM-12が1人脱落したと言うことか」
「何でママだったの?何でママが犠牲にならなきゃいけなかったの⁉︎」
仇敵を目の前にして、リリは怒りの炎を燃え上がらせる。かつてないほどの怒りを抱いているリリは、これまでに見せたことがないほどの険しい顔をしていた。いざ正面から対峙してみれば、怒り憎しみは増すばかり。少女の感情は爆発寸前だ。
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この時、マリスの1年ほど前の出来事を思い起こしていた。
1年ほど前。マリスは騎士団長の命を受けて、リミア連邦の港町リオルグに来ていた。なぜだか港町にはあまり人気がなく、辺りはしーんと静まり返っている。
コンコンコン。
「はい〜!どちら様でしょう?」
マリスが1軒の玄関をノックすると、すぐに住人が顔を出した。扉を開けたのは、ステラ・ウォレス。リリの育ての親だ。
「私は黒魔術士騎士団のマリス・ジャニュアリーと申します」
「あら…騎士団の方が何のご用かしら?」
ステラには、マリスがここに来た理由が分からなかった。ヨハン・ファウストの存在を除けば、ここは黒魔術とはあまり馴染みのない町なのだから。
「隣町のラヴィトニーから、凶悪犯が脱獄したことはご存知でしょうか?」
「確か、ファウストさん家のお子さんだったかしら。もう10年もラヴィトニーに閉じ込められていたんでしょう?まだ子どもなのに可愛そうだわ……」
「黒魔術の力は強大で、恐ろしい。子どもだからと言って同情していれば、つけ込まれますよ」
「私はよく分からないけど、騎士団の方がそうおっしゃるのなら、そうなんでしょうね。立ち話もなんですから、どうぞ中にお入りください」
「それでは、お言葉に甘えて」
ベルの脱獄を口実に、マリスはステラの家を訪ねていた。マリスの狙いを知らないステラは、彼を家の中へ招き入れてしまった。客人が騎士団の人間ということもあるのだろうが、ステラは少々警戒心の薄い女性だった。
お茶を用意し、ステラはマリスをソファーに座らせた。その間も、ステラはずっと柔らかな表情を絶やさなかった。
「凶悪犯ベル・クイール・ファウストが脱獄したのは、つい数日前のこと。奴の故郷でもありますし、この町のどこかに奴が潜んでいる可能性は十分にあります。失礼ですが、ご家族は?」
「ファウストさんのお子さんと同じくらいの娘がいます。夫は数年前に他界してしまって……」
この頃、ステラは女手一つでリリを育てていた。そんな時に脱獄犯の情報。不安にならざるを得ない状況だ。
「それは大変だ。我々でもファウストの行方は把握出来ていない。リオルグの皆さんの安全を守るためにも、我々がしばらく駐在いたしましょう」
「それは頼もしい限りですけど、なぜリミア連邦じゃなくて騎士団の方が?」
「凶悪犯を脱獄させてしまったリミア連邦は、今躍起になって脱獄犯を探しています。あらゆる場所の捜索に人員を割いているので、我々に協力を要請して来たんですよ。リミア連邦と騎士団は協力関係にありますから」
マリスは涼しい顔で嘘をついた。すでにベルはリリと接触していて、この町にはいない。リリがベルと接触しているからこそ、マリスはこの家を訪れたのだから。
「まあ、それは大変ですわね……あら、随分喉が渇いていらしたのね。すぐに補充して来ます」
「どうかお気になさらず」
「いいえ、私たちのために頑張って下さっているんですもの。お茶くらい好きなだけお召し上がりください」
「ありがとうございます」
用意したお茶を補充するため、ステラは席を離れた。まだ家の中に通されてからあまり時間は経っていないが、お茶の減りが異常に早い。マリスがお茶を早く減らしたかった理由はただひとつ。
「⁉︎」
「ありがとうございます……犠牲になっていただいて」
ステラが背を向けた途端、マリスは彼女の背中に触れた。
その瞬間、紫色の魔法陣がステラの全身を包み込んだ。紫色の光に包まれた途端ステラは目をつぶり、そのまま床に倒れ込んだ。これが、ステラが“眠りの呪い”にかけられた瞬間だった。
ステラが深い眠りに落ちたことを確認したマリスは、懐から紙の切れ端を取り出した。そして、その紙切れはマリスの手からはらりと床に落ちていった。
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「それは、お前がファウストと接点を持っていた数少ない人間だったからだ。お前の役割は、ファウストを騎士団に連れて来る導き手。お前はその役割を立派に果たした。今となっては、それも間違いだったかもしれないが」
リリとは対照的に、マリスは落ち着き払っている。騎士団に忠誠を誓うこの男は、自分がしたことに何の罪悪感も抱いていないようだ。
「役割?間違い?ふざけないで‼︎私の人生は私のもの。他の誰のものでもないわ!私と、私のママは騎士団とは何の関係もなかったはずよ!」
「歴史を大きく動かすには、多少の犠牲は付き物。今回はたまたま運悪く、お前とお前の母親が選ばれたと言うだけのこと。これから築き上げられる歴史の礎となれるのだ。むしろ喜ぶべきだと私は思うが」
「何よそれ……呆れて怒鳴る気力も無くなったわ。あなたとは何を話しても無駄みたいね。私があなたに望むことはたった1つ。ママに掛けた呪いを解いて!」
いくら話したところで、マリスから望む言葉を引き出すことは出来ない。リリは最初からそれが分かっていたが、爆発した想いは止められない。
それでも、リリは無闇矢鱈に相手を傷つけるような人間ではなかった。激しい怒りの中でも理性を保つことが出来ている。母ステラにかけられた呪いが解ければ、少しは彼女の怒りも収まるはずだ。
「それは出来ない相談だな。私も代償を払って呪いを掛けたんだ。今さら取り消すことは出来ないし、取り消すつもりもない」
「……分かったわ。それなら私がこの命に代えてでも、呪いを解く!騎士団は間違ってるって、私が思い知らせてあげる」
マリスの答えは、リリが想像した通りのものだった。呪いを掛けた張本人が、わざわざ呪いを解いてくれるわけがない。騎士団は黒魔術士の救いの場でも何でもない。犯罪者紛いの悪質な組織だ。
「何を言い出すかと思えば……いくらお前がリリスの娘だからと言って、小娘1人の力でこの世界の流れを止められるわけが無い。騎士団だけではない、世界は次のフェーズに向けて、大きく動き出している」
マリスは、リリたちが知る以上にこの世界のことを知っている。きっと今もなお革命家ギギはどこかに存在していて、この世界を影から動かそうとしている。マリスは、ギギが導く世界の流れを知っているのだろう。
「どいつもこいつもリリス、リリスってうるさい‼︎私はね、たった1人の小娘なんかじゃない。私には共に戦う仲間がたくさんいる。その世界の流れを止めようとしている人たちは、あなたが思っている以上にたくさんいるのよ!」
大きな流れに巻き込まれながらも、必死に幸せのために生きている人がいる。前に進み続ける人がいる。これまでベルと共に旅をして来て、リリはそれを知った。
「たくさんだと?お前の仲間など高が知れている。そんな数少ない人間どもに、止められるわけがないだろう。お前たちはここで騎士団に敗れ、流れに抗う者はやがて淘汰される。流れに身を任せろ、無駄な足掻きはよせ」
マリスは高を括っていた。ギギの意志に賛同している者は、騎士団のように抗う者を抑え込む。世界中でこのようなことが起きているのだとすれば、彼の言う通り抗う者はやがて居なくなってしまうのかもしれない。
「そもそも次のフェーズに進んだ新しい世界が間違っていると、お前は言い切れるのか?この先には、より良い世界が待っているかもしれないぞ?」
「関係のない人たちを平気で犠牲にして、その人たちのことを何とも思わないあなたたちが作る世界なんて、より良くなるわけがない。そんな世界、良いはずがない‼︎」
エルバが言っていた。この世界に黒魔術を広めたのは、帝国を崩壊させたギギ。そして、黒魔術は人間には到底制御出来ないほど強大な力。
力に溺れた人間は、やがて身を滅ぼす。リリは、これまでの旅でそれを思い知った。
「それはお前の主観の話だ。何とも思っていないことはない。さっきも言ったが、彼らは次の世界を作るための貴重な礎。全てはお前を含めた犠牲があってこそ」
「もう良い。これ以上話しても無駄。私があなたを止める。そして、この国を出て暁月の調べを作るんだから‼︎」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
リリの母ステラが呪いに掛かった日の出来事がようやく明かされました。あの日、リリの旅が始まった。
因縁の敵に、リリの黒魔術は通用するのか!?




