第230話「爆発する怒り」【挿絵あり】
マリスの矢に翻弄されるロイズの次の手は?
「こうしている間にも、俺の魔力は消えていくんだぞ」
「あ〜もう!めんどくさいな‼︎」
嫌味ったらしく呟くロビンの声を掻き消すように、ロイズは叫んだ。彼女が叫ぶのと同時に周囲に緑の魔法陣がいくつも出現し、上空には猛烈な風の渦を巻き起こす。
空を飛ぶロビンとロイズは、一瞬にして強風の渦に包まれた。
魔法の矢は、風の渦に飛び込んだ途端バラバラに切り刻まれてしまった。
ロイズが発生させた風の渦は少し変わっていた。それは単なる竜巻のようなものではなく、流れる方向の違う風の渦が幾重にも重なったもの。回転する刃が幾重にも重なっているのと同じで、渦の中に侵入しようとするものは、一瞬で引き裂かれる。
風は何かを吹き飛ばすだけではない。使いようによっては、世にも恐ろしい凶器となる。
追尾式の矢は次々と風の渦に飛び込み、1つ残らず消え去ってしまった。
「なるほど……ただの小娘ではないようだな」
矢が全て消されてしまったと言うのに、マリスが新たな矢を生成することはなかった。彼は、空を舞うロビンとロイズを見つめている。
しばらくして、マリスは自身の右目を覆う眼帯に手を掛けた。
「久しぶりに右目を開けてみるか」
感慨深いというような表情を浮かべて、マリスは眼帯を外そうとする。これまで、いつ何時も眼帯を付けていた男が、ついにそれを外す。眼帯に隠されたその右目には、どんな秘密が隠されているのだろうか。
「お前の敵はアイツらだけじゃねえからな‼︎」
今にもマリスが眼帯を外そうとしていた時、マリスの視界にハリーの姿が現れた。
ハリーの姿に注目してみれば、彼の周りには無数の武器が浮かんでいた。剣、槍、ダガー、ナイフ、ハンマー、矢などなど、ありとあらゆる武器がハリーと一緒にマリスに向かって飛んでいく。
その武器の全ては、マリスの弓矢と同じく青く光っていた。マリスの黒魔術と酷似した魔法だ。
「私と同じ黒魔術。お前も、ただのぬいぐるみではないようだな」
「聞いて驚け!おいらはお前と同じ力を持ってるんじゃない!この黒魔術はおいらのもんだ!」
「言っていることがよく分からん」
「だから!それはおいらの黒魔術!おいらは悪魔ハルファスなんだぞ‼︎」
「……何だと⁉︎」
ここに来て、マリスはようやくハリーの正体を知ることになった。どこからともなく武器を生成する黒魔術は、悪魔ハルファスのもの。
つまり、マリスが操るいかなる黒魔術も、ハリーの力を上回ることはないと言うことだ。
「へへへ……驚いたみたいだな!」
「いや、悪魔ハルファスはそんなヘンテコなぬいぐるみなんかではない。もし本当にお前がハルファスだとして、なぜそのような姿になったのだ?」
「うるせえ!ステラのために、おいらはこの姿になった。おいらの大切なステラに、よくも呪いを掛けてくれたな!」
「ハハハ……ハハハハハ!ステラ・ウォレスが大切な存在だと?悪魔がそんな言葉を口にするわけがないだろう。それとも、大切に思えるほど、ステラ・ウォレスのオーブは特別だったのかな?」
ハリーがステラに抱く想いは、決して悪魔が人間に対して抱くはずのない感情。組織のために見ず知らずの人間に呪いを掛けるような男に、その想いが理解出来るはずもなかった。
「お前……ふざけるなよ」
「ほほう、怒りで震えているのか。悪魔とは言え、そんな小さな姿で何が出来る?」
ハリーの怒りはふつふつと沸き上がり、今にも頂点に達しようとしている。マリスは人間のみならず、悪魔からも怒りを買う“悪魔”のような男だった。
「お前、大事なことを忘れてないか?その力はおいらのもの。おいらがお前に分け与えたもの!今すぐその力を剥奪してやる!」
「何?…………や、やれるものならやってみるがよい」
「黒魔術を剥奪されるだけで済むと思うな。お前が力を失った後、ゆっくり時間を掛けて、なぶり殺しにしてやる……」
悪魔と人間の間に契約が存在する場合、悪魔は絶対的優位に立つ。悪魔が人間に対する力の貸与を止めれば、当然人間は力を失う。
黒魔術の貸し借りは原則契約によって行われるが、細かい部分は全て黒魔術を有する悪魔に委ねられる。通常そんなことをする悪魔はほとんどいないが、気分次第で契約者から黒魔術を剥奪することも十分に可能なのだ。
「………」
「……………」
「…………………あれ?」
「何だ、ただのハッタリではないか。やはり、お前はハルファスではない」
「そんなことはない!おいらは紛う事なくハルファスだ‼︎何で力を剥奪出来ないんだ⁉︎」
しかし、いくら待ってもハリーはマリスから黒魔術を剥奪出来なかった。
「もしお前が本当に悪魔ハルファスだとすれば、原因はその身体じゃないのか?」
「何ぃ⁉︎」
その様子を見ていたロビンが、2人の会話を口を挟んだ。
「人間に憑依した悪魔は、その後もあらゆる契約を変更することが出来る。俺はそう聞いたことがある。もしお前が本当に悪魔であるとすれば、原因はその身体以外に考えられない。人間に憑依した悪魔とお前の違いは、憑依する対象が生けるものか、ただのものか。
つまり、お前はそのぬいぐるみに閉じ込められて本来の力が制限されてしまっているのではないか?」
「何だと⁉︎そんなことがあってたまるか‼︎待てよ、じゃあおいらが眠っちまったのも、そういうことなのか……」
最初はロビンの仮説を受け入れられなかったハリーだったが、これまでのことを思い返すと、腑に落ちる点がいくつもあったことに気づかされる。憑依する対象が生物か道具かで、中に宿る悪魔の力は大きく変わってしまうと言うことなのだろう。
「ハハハハハ!本来の力を発揮出来ないハルファスなど、敵ではない」
力を剥奪されずに済んだことを知り安堵したマリスは、ひときわ大きな笑い声をあげた。
「お前は邪魔だ。騎士団のために消えてもらおう」
ハリーを鋭く睨みつけ、マリスはついに眼帯を外し、ずっと閉ざされていた右目を開いた。眼帯を外した瞬間、右目の周囲に青筋が浮き出し、マリスの身にある変化が起こった。
眼帯を外したマリスの姿は、明らかにさっきより若返っている。顔に刻まれていたはずの深いシワは消え去り、以前よりもエネルギッシュな印象の青年へと姿を変えた。
「オッサンが若返った⁉︎」
「あれは俺も初めて見る……まさか、右目にこれほどの膨大な魔力を封印していたとはな……」
ロビンでさえも、眼帯に隠されたマリスの右目を見たことはなかった。わざわざ隠して魔力を抑え込んでいたと言うことは、右目自体が特別なのだろう。
「若返っただけではないぞ。こう言う時のために、この右目に力を蓄えておいたのだ」
マリスの左目は緑色だが、眼帯に隠されていた右目は青い色に輝いていた。その青い色の中に、十字型の模様が浮かんでいるようにも見える。
「飛んだ⁉︎」
そして、マリスの身体はゆっくりと浮上した。羽が生えているわけでもないのに、マリスは宙に浮かんでいる。これも、右目に蓄えられた魔力の為せる業なのだろうか。
「カフカ、風の黒魔術に長けた小娘、それに悪魔ハルファス。力を出し惜しみする理由はどこにもない。さあ、さっさと終わらせようじゃないか」
ロビンよりもさらに上へと浮上したマリスは、両手を大きく広げて反乱者たちを見下ろした。右目から発せられる青い光が、その姿に神々しさを与えていた。
「何だ⁉︎」
これまでと同じようにマリスが弓矢を手にすると、突然彼の背後から無数のイバラが現れた。
突如として出現した大量のイバラは、瞬く間にマリスの全身を包み込んだ。不意を突いたその攻撃を、マリスは避けることが出来なかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついにマリスの眼帯に隠された右目が解禁されました!肉体を若返らせるほどの魔力を秘めたその目には、どんな力が隠されているのか!?
そして、戦場に駆けつけたのは……




