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第228話「赤鬼と青鬼」【挿絵あり】

獣化により形成逆転したエイプリル。この戦いはこのまま終わってしまうのか……

 キドウが空中を落下している頃には、もうすでに地上を覆う煙は薄れていた。


「へっへ〜ん!アタイに刃向かうと、こうなるのだ!」


 高い場所から落ちていくキドウを、ビアトリクスは満足そうに眺めていた。あっという間に形成は逆転した。さっきまで圧倒的強者だったキドウだが、今や見る影も無い。

 ビアトリクス・エイプリルは、騎士団側の初の勝者となる。


「は⁉︎え⁉︎」


 勝利の余韻に浸っていたビアトリクスの身体を、突然衝撃が襲う。何かに吹き飛ばされるようにして、ビアトリクスは少し離れた地面に倒れ込んだ。


「イテテテ……」


 予期せぬ衝撃を受けて転んだビアトリクスは、お尻を(さす)りながら急いで立ち上がった。戦いはまだ終わっていない。今の出来事により、一瞬にしてビアトリクスは思い知った。


「なかなかやるじゃないか。流石はM-12の一端をなす者」


「ままままま、まさか⁉︎」


 立ち上がったビアトリクスの目の前に現れたのは、キドウだった。ただ、今彼女の前にいるキドウは、いつもと様子が違う。赤かった肌は青く染まり、頭部には一対のツノのようなものまで見受けられる。


「安心しろ。流石に今の花火は効いた。見てみろ、俺はまだ空中を落ちている最中だ」


「え?ホントだ。そう言えば、アンタ青いね。なんかツノも生えてるし……ってまさか、それがアンタの黒魔術(グリモア)?幽体離脱⁉︎」


 さっきまでビアトリクスと戦っていたキドウは、空から落ちている真っ最中。つまり、それは彼女の目の前にいるキドウは、さっきまでのキドウとは別物と言うこと。


「幽体離脱か。そう言われれば、確かに似たようなもの。空中では身動きが取れないから、こうしてお前の前に姿を現したと言うわけだ」


 今ビアトリクスの前にいるのは、キドウの分身のようなもの。卵爆弾をガードしたり、ビアトリクスを引っ張ったりしていたのも、この分身の一部だったようだ。


「もしかして、アタイの黒魔術(グリモア)が通用しなかったのって、その幽体離脱が関係してる?」


「いいや。それは全く関係ない。単に俺の方が強かったと言うだけのことだ」


「さっきから何なのさ、その俺強ぇアピール‼︎強がりは無駄なんだよ。アンタの本体はダウンしちゃってるじゃん」


「お前は俺の話を聞いていたのか?俺は空中では身動きが取れないだけだ。ダウンしていたら、こうして分身体をお前の前に出現させることすら出来ないだろう」


 驚くべきことに、キドウはあの連続した大爆発に巻き込まれても、無事だった。


「むぅ……確かにそうか。それはさておき、ようやく本気同士でぶつかり合えるってわけだね!」


「あぁ。お前とは十分に遊んでやった。もうこれ以上時間をかける必要性はない」


「2度とその生意気な口を叩けなくしてやる!」


 いつまで経っても余裕を見せつけて来るキドウの態度が、またもビアトリクスに火をつける。これからが本当の戦い。これまで様子見をしていたキドウも、もう黙ってはいない。


「お前にはもうあれ以上の黒魔術(グリモア)はないのだろう?」


「ある!断じてある!あんまりアタイを甘く見てると、後悔した頃には死んでるよ?」


「威勢が良いのは良いことだ。最後まで、この戦い楽しませてもらうぞ!」


「望むところだ!」


 そして、2人の戦いの最終ラウンドが幕を開けた。

 戦いを再開した途端、煙の中でしたのと同じように、ビアトリクスは高速でキドウの周りを駆け巡る。何度も何度も空中を蹴飛ばし、キドウの周辺にはあのウサギのペイントが瞬く間に施されていく。


「フン…やはりそれしか出来ないか」


 ビアトリクスの動きを観察していたキドウは、溜め息をついた。言っていることと、やっていることが矛盾している。ビアトリクスの動きは、キドウにとって見覚えのあるものだった。


「いや、違う?」


 ビアトリクスの動きを観察していると、彼女がこれまでとは違う動きを見せ始めていることに、キドウは気がついた。これまでと違うのは、ビアトリクスがその動きを止めないこと。さっきはある程度光のウサギを生み出して静止していたが、今度は違う。


 これまでとは違う点は他にもあった。さっきまでと違い、まだビアトリクスは動き続けているのに、光のウサギたちは彼女が立ち止まる前に、一斉にキドウに襲いかかったのだ。半永久的に増え続けるウサギたちが、生み出された直後にキドウに飛びかかる。


「今度は数で勝負というわけか」


 キドウには、すぐにビアトリクスの考えが分かった。キドウはあまりダメージを負っていないが、ビアトリクスの攻撃は全く効いていないわけではない。ダメージを蓄積すれば、いずれは勝利が見えてくる。それが彼女の考えだ。


「アタイはM-12で1番しつこいんだからね!アンタが動けなくなるまで続けてやる!」


「こんなお粗末な黒魔術(グリモア)では、いつまで経っても勝敗は変えられんぞ」


 次々と飛んでくる光のウサギを、キドウは涼しい顔で避ける。ウサギたちは絶え間なく生み出され、半永久的にキドウを襲うが、1匹も当たる気配がない。


 キドウに避けられたウサギは地面に激突し、そのままその場で爆発する。ウサギが爆発することを知っているキドウは、その爆発をも事前に察知し避ける。


「これで……どうだ‼︎」


「何⁉︎」


 しばらくして、キドウを襲うウサギのフォーメーションが一変した。これまではバラバラに飛びかかっていたウサギたちが急に編隊を組み、動きに規則性を持ち始めた。


 予想外の変化に対応しきれなかったキドウの身体に、初めてウサギが衝突する。当たった瞬間に大きな爆発が巻き起こり、それをきっかけにして生み出され続けるウサギたちは次々とキドウに襲い掛かった。ビアトリクスは巧みにキドウを騙し、罠にはめたのだ。


「幽体離脱してんなら、爆発に巻き込まれるとヤバいんじゃないの〜?」


 キドウが爆発に呑み込まれた瞬間を見ても、ビアトリクスは攻撃の手を緩めなかった。これまでキドウは、何度も彼女の想像を超えてきた。ここで手を止めてしまえば、これまでのように平然とした顔で戻って来る可能性は大いにある。


 それからしばらくビアトリクスが動き続けていると、キドウの身体が爆発の範囲外に飛び出して来た。それはキドウの本体ではなく、分身体の方だ。


「ありゃりゃ。こんなんになっちゃったら、もう終わりだね」


 ビアトリクスが目撃したキドウの姿は変わり果てたものだった。確かにキドウの姿は彼女の前に現れたが、すでにキドウの分身体はバラバラになっていた。絶え間ない爆発の連鎖が、分身体を引き裂いたのだろう。


「そうでもないぞ!」


「え?」


 今度という今度は、完璧な形で勝利した。そう思い油断していたビアトリクスの顔面を、強い衝撃が襲った。青い色をした巨大な拳が、彼女の頰を殴りつけたのだ。


 バラバラになったと思われたキドウの分身体は一瞬にして元通りとなり、反撃を開始した。


「こっちも忘れてもらっちゃ困る!」


挿絵(By みてみん)


「⁉︎」


 そしてキドウは、ビアトリクスにさらなる攻撃を仕掛ける。さっきとは反対側の頬を今度は赤い拳が殴りつけていた。ビアトリクス・エイプリルを挟むようにして、そこには2人のキドウが存在していた。


 最初にビアトリクスを殴ったのは、キドウの分身体。後から殴ったのが、キドウの本体だった。赤いキドウと青いキドウ。ビアトリクスがキドウの分身体に気を取られているうちに、ずっと空中を落ちていたキドウが地上に戻っていたのだ。戻って来たキドウの頭部にも、分身体と同じように一対のツノが生えていた。


 2人のキドウの拳に挟まれたビアトリクスは、そのまま卒倒してしまった。


「さっきの説明は訂正しておこう。幽体離脱と言うより、分身と言った方が正しい。分身がいくら攻撃を受けたところで、俺自身にダメージは無いんだ」


 結果的に、戦況は何も変わってはいなかった。本格的に分身を作り出す前、キドウは青い手だけを出現させていた。彼は、たとえ分身体がバラバラになっていても自在に操ることが出来るらしい。


「安心しろ、殺しはしない。俺にはお前を殺す理由がない。俺たちが出港するまで、そこで寝ていろ」


 キドウがビアトリクスにそれ以上の危害を加えることはなかった。無益な争いや殺生を好まない海賊も存在するのだ。


 ビアトリクスに圧勝したキドウは、船が停泊している沖の方を目指して歩き出した。

 気を失い、魔力も大量に消費しているビアトリクスは、簡単には戦線に復帰出来ないはずだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


結局キドウの能力の詳細までは明かされませんでしたが、臨海決戦第3戦も反乱者の勝利。


次回は臨海決戦第4戦。決戦も折り返し地点!


次にぶつかり合うのは誰と誰か!?

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