第227話「虚空の月兎」【挿絵あり】
煙の中に閉じ込められたキドウは無事なのか!?
「あれ……もう終わっちゃった?」
これまでとは違い、今度と言う今度はビアトリクスの魔法はキドウに致命的なダメージを与えたようだ。
それからもしばらく彼女はその場でキドウの反撃を待ってみたが、一向に変化が起きる様子は見られない。戦いが終わったものだと判断したビアトリクスは、その場から離れようとする。
「へ?わーっ!」
その直後、突然現れた青い手がビアトリクスの肩を掴んだ。巨大な青い手は、そのまま彼女を煙の中へと引きずり込んでいった。
「やってくれるじゃないか、少しは頭がキレるようだな」
「へ〜随分と丈夫な身体なんだね」
「あぁ。トレーニングは欠かさないからな」
最初の頃とは違い、この時のビアトリクスは至って冷静だった。戦いはまだ始まったばかり。まだまだこの展開も彼女の想定の範囲内なのだろう。
「でもダメージを受けないわけじゃない。少しずつ分かってきたよ、アンタのことが!」
ビアトリクスは驚異的な脚力を使って、再び高く跳び上がった。前と同じくらいの高さまで到達すると、彼女は再び、あの卵爆弾を大量に投下する。
今度の爆発は、これまでにないほど大規模なものだった。それは、さっきキドウが引っかかったトラップよりも巨大で、激しい爆発。
激しい爆発の後、周囲は再び濃い煙に包まれた。最初に辺りを覆っていた煙は消えてしまったが、今度の煙はなかなか消えそうにない。
「……お前には本当にこの爆弾しかないのか?」
ビアトリクスが微笑を浮かべていると、これまでと同様にキドウは涼しい顔で、煙の中から姿を現した。やはりビアトリクスの攻撃は彼に通用していない。
「ななな、何で⁉︎強がりはよして。本当はとーっても痛いんでしょ?アンタの演技力認めてあげる」
「俺は演技が下手でな。嘘をつけるほど器用じゃないんだ」
「ラビット・ライオットをくらってピンピンしてる奴には初めて会ったよ。だけど、アタイの技はこれだけじゃないんだから!……あれ?」
ビアトリクスが狼狽えていると、キドウは煙の中に姿を隠してしまった。キドウは2メートルを超える巨体の持ち主。そんな彼を容易に隠してしまうほど、辺りを覆う煙は濃い。
「くぅ〜……完全に煙を逆手に取られた!これじゃアタイもアイツの居場所が分からないよ…」
ビアトリクスは再び頭を抱えたが、今度は演技ではない。爆発により発生した煙はずっとその場に留まり、なかなか消えない。この煙も、彼女の魔法のうちのようだ。
「こうなったら!」
自縄自縛に陥ったビアトリクスは、持ち前の脚力で高く跳び上がり、ひとまず煙の檻から脱出した。その脚力は驚異的なもので、一蹴りするだけで彼女は地上20メートルほどの高さに到達していた。
「嘘でしょ⁉︎きゃあぁぁぁぁ!」
脱出したのも束の間、煙の中から青い手が伸びて来て、ビアトリクスを煙の檻の中に引き戻してしまった。キドウの仕業だ。
「逃げたら俺たちを止めることは出来ないぞ?」
煙の中、ビアトリクスの目の前に現れたのは、もちろんキドウの赤い顔。キドウは一瞬だけ彼女の前に姿を見せると、再びどこかに消えてしまった。
「一体どうなってるの?アタイはアイツの居場所が分からないのに、アイツはアタイの居場所が分かってる……?」
キドウは、明らかにビアトリクスの位置を把握している。煙から抜け出せば引き戻され、煙の中では相手の姿が見えない。ビアトリクス・エイプリルは、今度こそ本当に焦燥しきっていた。
キドウはビアトリクスの魔法を逆手に取り、彼女を翻弄している。おまけに、少しもダメージを受けていない。ビアトリクスは確実に追い詰められている。
「これはもうちょい後に取っておきたかったけど、仕方ないね」
俯いたビアトリクスの足元にはピンク色の魔法陣が出現した。出現した魔法陣からピンク色の光が放たれ、彼女の全身を包み込んだ。他のM-12同様、彼女にも隠された力があるのだろう。
「アタイが本当に止めなきゃいけないのは、ファウストと隊長なんだよ!」
ピンク色の光が消え、ビアトリクスの身体には明確な変化が起きていた。全身が薄桃色の体毛に覆われ、頭部には長い耳が2本生えている。臀部にはふわふわの尻尾が生え、手足は獣のように変化していた。
黒魔術により、ビアトリクスはウサギ人間と化していた。彼女は獣化する前もウサギのような人間だったが、今ではウサギそのものになっている。可愛い見た目とは裏腹に、獣化した彼女の実力は計り知れない。
「反撃しちゃうんだから!」
新たな姿になったビアトリクスは、目にも止まらぬ速さで、煙の中で高速移動を始めた。持ち前の脚力が、獣化によりさらにパワーアップしている。
ビアトリクスの様子をよく観察してみると、彼女は地面ではなく、空中を蹴飛ばして方向転換している。爆発的な跳躍力と、何もない空中でさえも足場にしてしまうその特殊な能力で、ビアトリクスは目にも留まらぬ速さでキドウの居場所を探る。本来何も無いはずの空中を蹴飛ばしながら、彼女は縦横無尽に煙の中を駆け巡っていた。
そしてそこには、これまでとは明らかに違う変化が起きていた。ビアトリクスが蹴飛ばした箇所には、卵爆弾が破裂した後に現れるのと同じようなペイントが施されていたのだ。空中のあらゆる箇所に、発光するペイントが施されている。
発光するペイントは、その全てがウサギの形をしている。光り輝くウサギのペイントのおかげで、煙の中の視界は幾分か良くなっていた。
超高速で煙の中を移動するビアトリクスは、1度たりとも立ち止まらずにキドウの姿を探していた。
「見ぃつけた‼︎」
獣化してから数十秒と経たずに、ビアトリクスはキドウの居場所を特定した。これまでの高速移動の勢いを殺さないまま、彼女は強烈な脚力でキドウを蹴りつけた。
「姿が変わっても、力は大して変わっていないな」
「強がっちゃって〜今までよろけてなかったじゃん」
元々強力だった脚力も、確実に強化されていた。これまで蹴られても微動だにしなかったキドウが、よろけて体勢を崩したのだ。
「お前はだいぶ魔力を消費しているようだが、俺はまだほとんど攻撃を仕掛けていない」
ようやくビアトリクスの攻撃が通用し始めたとは言え、キドウはまだまだ余裕を見せている。追い込まれて奥の手を使っているビアトリクスと違い、キドウはまだ攻撃を仕掛けてさえいない。
「むぅ……ムカつくね。確かにその通りだけど、さっきまでとはアタイ全然違うんだからね!」
「そろそろ退屈していたところだ。新しい力があるなら、さっさと見せてくれ」
「くぅーっ‼︎ムカつく‼︎ボッコボコのギッタンギッタンにしてやる‼︎」
キドウの挑発が、ビアトリクスに火をつける。挑発に乗ったビアトリクスは不敵な笑みを浮かべ、キドウを睨みつけている。
「後悔しても知らないよ」
ビアトリクスがタン!と足を鳴らすと、煙の中のあらゆる場所に施されていた光のウサギが一斉に動き出した。その数は、少なく見積もっても50以上はある。
「ほう」
息つく間も与えず、無数のウサギは一斉にキドウに体当たりした。光るウサギの群れの動きは、先ほどのビアトリクスのように目にも留まらぬ速さを見せた。
それからウサギの群れは、キドウを巻き込みながら螺旋状の軌道を描き、あっという間に煙の外の上空まで駆け上がっていった。キドウは抵抗することも出来ず、光のウサギの体当たりを受け続けている。
「どうや?どうやーっ⁉︎アタイのウサギちゃんたちを舐めんな!」
無抵抗のまま、どんどん上空に上らされていくキドウを眺めながら、ビアトリクスは満面の笑みを浮かべていた。獣化によって強化されたのは脚力だけではない。
「そろそろ終わりにしよ」
ビアトリクスが再び足を鳴らすと、一斉にウサギたちは攻撃を止めた。かと思えば、目にも留まらぬ速さで、ウサギたちは一斉にキドウの身体から離れていく。
「フィナーレはド派手に決めるよ!バニー・バニー・ファイアーワークス!」
もう1度ビアトリクスが足を鳴らすと、1度は離れたウサギたちが、一斉に空中のキドウに向かって突進する。地に足をついていないキドウは、未だに抵抗することが出来ずにいた。
ウサギたちはキドウの身体に体当たりすると、再び一斉にキドウのもとを離れる。体当たりしては離れ、体当たりしては離れを何度も繰り返した。
その様子は、さながら大空に咲く花火。巨大な花火が、ブレスリバーの海の上で何度も咲き誇っている。ド派手で美しく、強力な黒魔術。
「さすがにこれはマズいか……」
花火の中で、キドウは苦悶の表情を浮かべていた。敵の実力を測るためにわざと技に掛かったのかもしれないが、今までと違い、キドウの身体には確実にダメージが蓄積されている。
「そろそろ飽きた。花火と一緒に散りな」
足を鳴らすのが、トドメの合図。ビアトリクスの号令を聞いたウサギたちは、キドウの身体に衝突した瞬間、一斉に爆発した。花火のように見える攻撃が、本当に花火になったのだ。
ビアトリクスが作り出した花火は、大空に咲き乱れる。獣化により、きっとその爆発1つ1つの威力も、飛躍的に上がっているはずだ。
度重なるウサギの猛襲を受けたキドウは、超巨大な花火によってトドメを刺された。
咲き誇る花火が消えた後、空に見えたのは、力なく落ちていくキドウ。その身体は傷だらけで、閉じた瞳は一向に開かれない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
追い詰められたビアトリクス・エイプリルはウサギの姿に!美しい見た目とは裏腹に強力な黒魔術が、キドウを追い詰める!!
次回、キドウVSエイプリル戦決着です!




