第226話「最弱のウサギ」【挿絵あり】
臨海決戦第3戦。ビアトリクス・エイプリルの行手を塞ぐのは、新たな仲間キドウ。
Episode 16: A rabbit under the moon/月下の兎
「やだ〜デカいし、ムキムキだし、強そ〜怖い〜」
「………」
「何だよノリ悪いな〜……嘘だよウ・ソ!」
「何だ嘘か。怯える女子と戦うのは気が引ける。嘘で良かった」
「やっぱりアンタ苦手」
相手が誰であろうと、無意味な嘘をつく。それがビアトリクス・エイプリル。彼女の前に立ちはだかるキドウという男は見え透いた嘘でさえも真に受けるほど真面目な人物だった。
「戦に好きも嫌いも関係ない。俺たちの行く手を阻もうと言うのなら、容赦はしない」
「アンタの言い方、いちいちムカつくね!説教垂れてんじゃないよ!」
先手を取るビアトリクスは、どこからともなくカラフルな卵を取り出して、キドウに向かって投げつけた。それは、病室で彼女がベルに投げたのと同じもの。
「⁉︎」
無数の卵は、軌道に触れた途端次々と爆発した。いずれも小規模な爆発だが、重なり合えば大きな力となる。避ける間も無く爆発に巻き込まれたキドウを見て、ビアトリクスは微笑を浮かべた。
「なるほど。実用的な爆弾だが、相手に致命傷を負わせるには程遠いな」
「なっ……⁉︎」
ビアトリクスの予想に反して、さっきの爆発は大してキドウに効いていなかった。それどころか、この大男の身体にはかすり傷ひとつ付いていないようにも見える。
「嘘だ……効いてないなんてそんなわけ……」
ビアトリクスは自分自身に言い聞かせるように呟きながら、もう1度卵爆弾を投げつけた。さっきと同じように、無数の卵爆弾はキドウ目掛けて宙を舞う。
「馬鹿のひとつ覚えか」
飛んで来る卵爆弾に、キドウは手をかざす。すると、卵爆弾の進行方向に突如として青くて大きな手が現れ、卵爆弾をはたき落した。それから卵爆弾は地面に叩きつけられた。
卵の誤爆で、一瞬にして地面には何やら芸術的なペイントが施されていた。よく見てみれば、そのペイントにはウサギや、いくつもの美しい曲線が描かれている。キドウはそれに気づいていたが、大して気に留めなかった。
「脱兎の癖!」
圧倒的な力の差を受け入れられないビアトリクスは、一気に距離を詰めてキドウに蹴りを浴びせる。少し前に病室で彼女がベルに披露したのと同じ技だ。
「大したことないな」
「ぐぬぬ……黒魔術を使って飛躍的に威力を上げてるのに効いてないなんてことある?アンタ、本当の化け物だね」
ビアトリクスの攻撃は、ことごとく通用しない。嘘をつき続けるビアトリクスの本心は知れないが、彼女が焦っているのは確かだ。
「お前の力はその程度か?」
「そんなわけないじゃん‼︎」
力の差を見せつけられても、ビアトリクスは諦めない。さっきの蹴りを応用して、ビアトリクスは空高く跳び上がった。
地上10メートルほどの高さまで跳び上がった彼女は、今度は上空から卵爆弾を絶え間なく投げ続ける。上空から地上のキドウに向かって、卵の雨が降り注ぐ。
「どうやら、もう手を出し尽くしたらしい」
溜め息をついたキドウは、これから起こる爆発の連鎖に備えた。考えもないがむしゃらな攻撃とは言え、油断は禁物だ。落ちて来る卵爆弾の数は、これまでの比ではない。
しかし、数え切れないほどの卵爆弾は、ひとつとしてキドウには当たらなかった。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。いくら狙いが定まっていないとは言え、ひとつくらい当たってもいいはずだが、ひとつもキドウには当たらなかった。
「くっ……これで、どうだ‼︎」
焦燥しきっているビアトリクスは、最後に狙いを定めて卵爆弾をキドウに向けて投下した。
「全く……拍子抜けするな」
今度という今度はビアトリクスの狙いは正確だったが、キドウはさっきと同じように青い手を出現させて、爆発から身を守った。キドウが出現させた青い手にも、地面にあったのと同じようなペイントが施されたが、青い手の消失と共に、それも消えてしまった。
キドウに全然攻撃が通用しないことを痛感したビアトリクスは、地面に降りて力なく屈んだ。
「もうダメ……」
小さな声でそう呟きながら、ビアトリクスは頭を抱えた。キドウに一切ダメージを与えることが出来ていないが、ビアトリクス・エイプリルは正真正銘M-12の一員。本当にキドウがビアトリクスを圧倒するほど強いのか、それともビアトリクスはまだ何か嘘をついているのか。
「何だ、もう終わりか?」
「認めたくない……認めたくないけどアンタの言う通りだ。アタイは弱すぎる。M-12の中で1番弱いかもしれない……」
あろうことか、ビアトリクス・エイプリルはここで戦意を喪失した。あれだけベルたちを止めようと躍起になっていた彼女が、1番肝心なところでやる気を無くしてしまっている。
「負けを認めるか。ならば、さっさと俺の前から消えろ。戦う意思のない者を傷つける理由はない」
キドウは優しい海賊だった。無用な争いは避ける平和主義者なのだろう。
キドウがその場を立ち去ろうと1歩踏み出したその時、何かが光ってキドウの視界を奪った。その瞬間、ビアトリクス・エイプリルは悪戯な笑みを浮かべた。
戦場を去ろうとしていたキドウの足元に視線を落としてみると、そこにはさっきのペイントが施されていた。上空から落下した無数の卵爆弾が、キドウの足元を囲むように芸術的なペイントを施していた。
ビアトリクスは卵爆弾をがむしゃらに投げていたわけではなく、わざと狙いを外していたのだ。全てはそのペイントを施すため。そう思わざるを得ないほど、キドウの足元のペイントは綺麗なドーナツ型になっていた。
キドウがそのペイントの一部を踏むと、輝きが連鎖し、やがてドーナツ状に施されたペイントは全体が眩しく輝き出した。
「抜かったか」
気づいても時すでに遅し。
息つく間もなく、大規模な爆発が起きた。その爆発は、卵爆弾が起こすものとは比べ物にならないほど広範囲に及んだ。キドウと言えど、その爆発から逃れることは出来ない。
「アタイの演技にまんまと騙されてやんの〜優しい男は騙されるんだよ」
ビアトリクス・エイプリルは、嘘と黒魔術を自在に操る策士。嘘を本当だと相手に信じ込ませてしまうほど、ビアトリクスは芝居上手だった。
爆発が起こると、爆心地の周囲は濃い煙に包まれた。煙に包み込まれているため、爆発に巻き込まれたキドウがどうなったか知ることは出来ない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
嘘で相手を出し抜くのがビアトリクス・エイプリルの戦法。まんまと彼女に騙されたキドウの運命は……!?




