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第220話「海中の攻防」【挿絵あり】

海の中に閉じ込められてしまったリリ。絶体絶命のピンチを彼女は乗り越えられるのか!?

“とりあえずアレン君は助けられたけど、どうしよう……このままじゃ死んじゃう!”


 海中では、リリはすでに限界を迎えようとしていた。もう10分以上彼女は新しく空気を体内に取り込むことが出来ずにいる。すでにリリの意識は朦朧としていた。ナサニエル・ジュライを倒すどころか、このままではナサニエル・ジュライにすら関係がないところで命を落とすことになってしまう。


“まだまだこんなところで死ぬわけにはいかないのに……”


 リリの意識は間も無く失われた。海中で意識を失えば、待つのは死のみ。イゴール・フェブラリーの氷が海を閉ざしたせいで、誰も彼女を救うことも出来ない。悲願を果たす前に、若い少女の命が失われようとしていた。


 リリが体内の空気を吐き出しながら沈み始めたその時、何か巨大なものが彼女の目の前に現れた。サメに姿を変えているナサニエル・ジュライだ。この時ナサニエルの身体に、ピンクのクラゲは絡みついていなかった。氷で海中の様子を目視出来なくなったロコが、クラゲたちに命令を下せないのだ。


挿絵(By みてみん)


「イヒヒヒ……目を潰されても、美味しそうな血の匂いで分かるんだな〜」


 意識を取り戻したナサニエルは、匂いを頼りにリリの居場所を突き止めた。粗い鮫肌で擦れて傷ついたのがきっかけで、リリは僅かながら出血していたのだ。


「いっただっきま〜す‼︎」


 大口を開けたナサニエルは、ついにリリを丸呑みしてしまった。すでに意識を失っているリリは抵抗することも出来ず、巨大サメに食われた。

 リリの初めての戦いは、受け入れがたい結末を迎えようとしている。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「ぶはあっ‼︎」


 それから数十分が経った頃、リリは大量の海水を吐き出しながら目を覚ました。目覚めたばかりで意識が朦朧としている彼女は、上半身を起こして周囲の景色を確認する。


 幸い、ナサニエルが丸呑みしたおかげで、リリは大きな怪我をすることなく、ナサニエルの胃袋に到達していた。ナサニエルの胃の中には空気が存在している。不幸中の幸いで、リリは一命を取り留めた。


「ここ………どこ?」


 リリはナサニエルに呑み込まれた記憶を持ち合わせていなかった。海の中で気を失い、目を覚ましたら見知らぬ場所にいた。リリはそう思っている。彼女には、ここがどこなのか全く分かっていない。


「もしかして、覚えてない間に領域(テリトリー)使ってたとか……なの?」


 リリは、自分が知らないうちに黒魔術(グリモア)を使ってどこか知らない場所に瞬間移動したのではないかという結論に達していた。何も覚えていないのだから、そう考えるのも無理はない。


「とりあえず海から出られたけど、ここどこなのよ?」


 正確に言えば、リリは海から出たわけではない。少しでもヒントを得るため、リリは周囲を注意深く観察した。しばらくして立ち上がると、彼女はこの見知らぬ場所を歩き始めた。


「………」


 リリは当てもなく歩きながら、この場所の正体を突き止めようとしていた。この空間には、鼻の曲がるような匂いが充満していた。足元にはなぜだか不規則なリズムで海水が流れ込んでくる。


「……動いてる?」


 そして、リリは壁だと思っていた部分が動いていることに気がついた。赤みがかったこの洞窟のような場所は、一定のリズムで動いている。それに加えて異臭と、流れ込む海水。


「もしかして……ここってあのサメの中?そうよ!絶対そう!」


 観察から得られた要素から、ついにリリはこの場所の正体を突き止めた。ナサニエルに呑み込まれたのだと悟った彼女は、さらに注意深く周囲の様子を観察し始めた。


「この変態カエル男!私をここから出しなさい‼︎」


 ひと通り観察を終えたリリは、両手を高く挙げて、“苦痛(ソーン・)創造(クリエイション)”を発動した。リリを中心にして、無数のイバラが放射状に広がっていく。発生し続けるイバラは、ナサニエルの腹の中のあらゆる箇所を刺激した。


「うわあぁぁぁぁ!」


 するとすぐに、周囲が激しく揺れたり、振動し始めた。強固な鮫肌で守られているサメでも、身体の中は柔らかい。リリの黒魔術(グリモア)は、確実にナサニエルを苦しめていた。


「いいわよ〜そのまま私を吐き出しなさい!」


 リリの作戦は上手くいっていた。このままイバラを出し続ければ、ナサニエルは確実にリリを吐き出す。

 しかし、その先に待っているのは閉ざされた海。腹の中にいても、海に吐き出されても、状況はさして変わらない。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 それから数分もしないうちに、ナサニエルはリリを吐き出した。この絶望的な状況を脱する作戦を、リリは思いついているのだろうか。


 ナサニエル・ジュライの口から飛び出したのは、リリではなくイバラの塊だった。幾重にも重なったイバラは丸い形を成し、まるで繭のようにも見える。


「よっし!とりあえず脱出成功!」


 イバラの繭の中には、リリがいた。繭の中にはナサニエルの腹の中にあった空気がある。海に戻っても息が出来る状態を保つため、彼女が考え出した妙案だった。これまでに類を見ないほどイバラは何層にも重なっていて、それなりの耐久性もありそうだ。隙間なくイバラが重なっているため、リリのいる空間に海水が入ってくることもない。


 ただひとつの難点は、リリの方からナサニエルの姿が見えないこと。腹の中から抜け出せても、このままでは防戦一方だ。


「そんな黒魔術(グリモア)じゃ僕ちんの牙は止められないよ〜」


 リリをあざ笑うように、ナサニエルは何度もイバラの繭に噛み付く。鋭い牙が何層にも重なった巨大サメの口は、いとも簡単にイバラの繭を破壊し始める。イバラも何層にも重なってはいるが、ナサニエルの牙の方が遥かに頑丈だ。


「来たわね‼︎」


 噛み付かれた衝撃により、リリはナサニエルから攻撃を受けていることを知った。壊されても、リリは壊された分以上にイバラを生やして、繭を補強する。無尽蔵の魔力があるからこそ為せる業だ。


 それだけでなく、接触した瞬間にリリはナサニエルの巨体にイバラを絡ませ始めた。ただただ防御に徹するだけではない。相手の攻撃を利用して、彼女はナサニエルの動きを止めようとしている。相手の姿が見えなくても、向こうから接触すれば攻撃のチャンスはいくらでもある。


「ぐぅ……しぶといね。でも、僕が“変幻自在の怪人”だってこと、忘れてないかい?」


 あっという間に巨大な身体を縛り上げられたナサニエルは、奇妙な笑顔を浮かべていた。


 その直後ナサニエルの身体は一瞬にして縮小し、イバラの拘束からいとも簡単に逃れた。次にナサニエルが姿を変えたのは、長くて大きな1本のツノを持った、イッカクのような海洋生物だった。

 自由を取り戻したナサニエルは、勢いをつけてイバラの繭に突進する。


「あぁぁぁぁ‼︎」


 その瞬間リリは悲痛な叫び声をあげた。


 ナサニエルの長いツノが何層にも重なったイバラの繭を突き破り、リリの左肩に突き刺さったのだ。リリは、ナサニエルがまた姿を変えたことを知らない。外界から遮断された状態のリリは、非常に不利な状況に立たされている。


「ぐっ……‼︎」


 1度突き刺さったツノは、すぐに引き抜かれた。ナサニエルのツノは、リリの身体だけでなく、イバラの繭にも風穴を開けた。今の一撃で気が動転していたリリは、瞬時に行動を起こすことが出来ず、繭の中にどんどん海水が流れ込み始めた。


 身体が濡れたことでようやく我に返ったリリは、急いでイバラの繭を修復した。その後に彼女の視界に入ったのは、大量の血を流す左肩。その傷を見て、一瞬気を失いそうになったが、彼女は自分を奮い立たせた。これは本当の戦い。大きな怪我をすることは当然ある。


「こんな傷、大したことないんだから!」


 リリは自分にそう言い聞かせながら、すぐに治癒(アマリア)黒魔術(グリモア)を使った。肩の傷は、これまで彼女が経験したことのないほど激しい痛みを伴う大きな傷だったが、温かな光に包まれると、痛みはすぐに引いた。


 左肩に開いた大きな風穴は、ものの数分で綺麗に塞がった。痛みも消え去り、もう血が流れることもない。とは言え、海中ではたった一撃くらってしまうだけでも、致命的なダメージに繋がる恐れがある。


 ナサニエルは“変幻自在の怪人”。機転を利かせた姿になり、そのうちリリの生命線であるイバラの繭を完全に破壊してしまうかもしれない。それに、すでに繭の中は5分の1ほどが海水に浸かっている。

 突飛な奇策に打って出ない限り、リリに勝機はない。リリが必死に考えを巡らせている間も、ナサニエルは攻撃の手を休めなかった。


 分厚い氷の下で、リリはギリギリの攻防を繰り返していた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


海中での死闘はまだ終わらない!圧倒的に不利なリリは、ナサニエル・ジュライを倒して海上に出ることが出来るのか!?


(瞬間移動すればいいじゃんと思う方も少なからずいると思います。ですが、リリの魔法は不完全。自分を跳ばす場合に関しては、下手すると全く知らない異国の地に跳んでしまうこともあります笑 だから彼女は脱出にテリトリーの魔法を使っていません)

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