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BLACK MOON〜脱獄からはじまる黒魔術戦記〜【全話挿絵あり】  作者: T&Bear
第1章番外編「探究心の起源」
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第35話「不穏な気配」【挿絵あり】

最高の釣り日和だったはすが……

 どんなに下手な釣り師でも、この海では鼻高々でいられることだろう。釣り針を落とせば必ず魚がかかる。まさに宝の海だった。


 1人の乗組員が鼻歌を歌いながら水面を眺めていると、釣り竿に引きがかかった。


「おっ!今日最初のお客さんは誰かな〜?」


 乗組員は上機嫌で釣り竿を引っ張る。ところが、いつもの感覚で引っ張っても一向に獲物は上がって来なかった。


「こりゃとんでもない大物かもしれないぞ!」


 乗組員は興奮して夢中で釣り竿を引っ張り続けた。釣り針が何かに引っかかっている。その何かがとても大きな魚なのだろうと、彼は期待している。


 やがて、何の前触れもなく乗組員の身体が大きく後ろへのけ反る。


「うわぁっ!」


 彼が必死で引いていた釣り竿が何かを海上に釣り上げたのだ。それは大物かそれとも…


 獲物を海上に引き上げてからは、今までの引きが嘘であったかのように軽くなった。まるで、釣り針の先に何も引っかかっていないかのようだった。


 乗組員は不審に思い、逸る気持ちを抑えながら、釣り竿から伸びる糸を引き揚げていく。徐々に獲物が彼に近づいて来る。もちろんそれが大きな魚である可能性もあったが、それにしては重さが感じられない。


 彼は違和感を抱いていた。それはもうすぐ、獲物を船上まで引き上げれば分かる事だ。

 恐る恐る、そしてゆっくりと糸を引き上げる。


 そこに現れたのは、くすんだ白色をした、いびつな丸い物体だった。明らかに魚ではない。一見したところ胸びれも、尾びれもない。見るからに硬そうなこの物体は、貝のようなものである可能性があった。


「何だ、これは?」


 乗組員は正体不明の獲物を両手で掴んだ。今見えている面を見ていても、目の前にあるそれが何なのか判断がつかなかった。彼は、それを回転させて裏側を見ようとする。


「っ!」


 それを見た途端、乗組員の目は見開かれ、口からは言葉にもならない音が漏れた。


 “それ”は静かに彼の手から主甲板に落ちる。落ちた瞬間、何かその物体から飛び散ったようにも見えた。その正体を目撃した乗組員は、微かに口を開けたまま、呆然と立ち尽くしている。それに、どうやら震えているようだ。


 一体彼は何を見たと言うのだろうか。彼の異常な行動に、徐々に他の乗組員たちも注目し始めた。

 やがて周りにいた彼らも、それが何なのか理解し始めた。


 主甲板に転がっているのは、海藻やフジツボのこびり付いた頭蓋骨だった。誰が見てもそれは明らかであった。


 下あご部分が欠けているものの、2つの大きな穴と1つの小さな穴。そして無数の歯が確認出来る。先ほど飛び散ったのは、その歯の1つだった。

 その汚れ具合から、死んでかなりの時間が経過している事が分かる。

 それを見た乗組員らは、途端にざわめきだした。中には、月の神に祈りを捧げている者もいる。


「何で、あんなもんが引き上がるんだ……」


 それを見たレイヴンも愕然としていた。まだ新人とは言え、彼も何度も漁に出ている。こんな収穫物は初めてだった。異質な収穫物をその目で確認したジョーは、言葉を失っていた。


 この船に乗船している人間のほとんどが、背筋に寒気を感じている。


「何か不吉な事の前兆に違いない」


 誰かが呟いた。その言葉は小さいながら、瞬く間に船上に広がった。そして混乱をもたらす。


「落ち着け!不運にも海で死んだ者を引き上げてしまっただけだ!大したことはない!」


 船上の混乱を和らげるため、すぐにアンダーソン船長は大声で叫んだ。彼にとっても人骨を引き上げるなどと言うのは、珍しい出来事であった。

 しかし、あり得ないことではない。


 海で死んでしまった者を引き上げてしまう事だって、長年海に出ていれば経験し得る。それも、かなり低い確率ではあるが…


 船長の声が届いているのか、そうでないかは定かではないが、乗組員の混乱が和らぐ事はなかった。


 それから間もなく、海の上を走る風が強くなった。はじめは誰も気にしないほどだったが次第にそれは強くなり、やがてびゅんびゅんと音を立て始めた。


 その風によって、大きく船体は揺れ始める。帆を閉じていても風の影響は大きかった。風によって舷縁に立てかけられていた釣り竿は、甲板に飛ばされたり、海に落ちたりしている。


 乗組員たちが慌てて釣り竿を追いかけていると、今度は黒い雲が近づいて来た。


「船長!荒れますよ!」


 マストの上で船の周りの様子を見ていたトップマン(見張り役)が大きな声で報告する。トップマンからの報告を受けずとも、これから大きく天気が崩れることはそこにいる誰もが理解していた。


「そんな事は分かっている!皆急いで網と錨を引き揚げろ!すぐに引き返すぞ!」


「アイ!キャプテン!」


 すぐさま乗組員は返事をして、両舷縁へと向かう。そんな中、ジョーは胸騒ぎを感じていた。今日この時、何かが起こりそうな気がしてならない。

 だが、そんな根拠のない事をいちいち悩んでいる暇はない。今はすぐに網を引き揚げて、帰港の準備をしなくては。


「船長!遠くにバーク(3本マストの大きな帆船)が見えます!こっちに向かっているようです!」


 トップマンが叫んだ。それに対し、アンダーソン船長は不快そうに顎ひげを撫でて何やら考えている。


「得体の知れない船に構っている暇はない!さっさと帰るぞ!」


 アンダーソン船長は、最もな指示を出した。こちらに向かっている船が何であったにせよ、そんなものに構っている場合ではない。これから天気が崩れる。それが嵐であれば、厄介な事になるのは明白だ。


 すぐにでも、この海域を抜け出さねばならない。


 ただちに仕掛けられていた網が全て引き上げられた。

 ところが、そこにあるはずの収穫は一切なかった。これだけ恵まれた海で、魚が1匹もかかっていない。何かがおかしい。


 そこに掛かっているのは、最初に誰かが引き上げた頭蓋骨のものと思われる下あご。それに、腕や足の骨。売りに出せるようなものは何ひとつない。それを見た乗組員たちは、より一層不安を募らせる。

 海の中で死んで骨になった者が引き上げられた。それも海流に流される事なく、ほぼ全ての骨が揃って。


「船長!さっきのバークが異常な速さで近づいて来ます!もうすぐ追いつかれます!」


 乗組員ほぼ全員が、網にかかった収穫物に注目していたその時、トップマンが報告した。トップマンは、あり得ない速さで近づいて来る船にばかり気を取られ気づいていなかったが、その船とほぼ同じ速度で、黒雲が進行して来ていた。


 船上には不穏な空気が流れる。さっきまでは米粒ほどにしか見えなかったバークが、今ではこぶし大に見えるほど近づいていた。

 それは普通の船ではありえない速度だった。そのあまりの異様さに、ジョーとレイヴンは右舷縁から身体を乗り出して、その船を見ていた。


 網を広げた乗組員たちは気味悪がって引き上げられた人骨の数々を、次々と海へ投げ捨てた。そんなものは誰でも見たくない。


「一体全体どうしたって言うんだ。今日は絶好の漁日和だと思っとったのに!」


 アンダーソン船長は毒づいていた。それもそうだ。出港した頃はあれほど晴れていて、皆が浮かれた気分になっていたのだから。


「すぐに、あの船とは反対方向に進んでくれ!今はちょうどいい向きに風が吹いている。帆を目いっぱい広げて帰るぞ!」


 船長も、あの船が普通ではない事に気づいていた。


「…………船長!あの船やっぱりおかしいですよ!乗組員も見当たりませんし、何しろ船体がボロボロなんです!それなのに、こんな速さで近づいて来るのは異常です!」


 トップマンはその船のあまりの異様さに一瞬言葉を失い、思い出したかのように報告を行った。彼は、望遠鏡越しに見える奇怪なバークに恐れ慄いていていた。


 こんな経験はした事がない。いち漁師がこんな経験をする事はこの先も、そうある事ではないだろう。


 アンダーソン船長が右舷側に目線を移す頃には、バークはすでに残り200メートルほどまで近づいていた。本当にありえない速さだ。船長は思わず息を呑んだ。あれは幽霊船だ。彼は悟っていた。噂話や伝説でしか聞いた事のない幽霊船が、今そこにいる。


 帰港の準備は整っているのだが、向かい風に煽られて漁船はなかなか進まない。漁船の速度と反比例するように、幽霊船は速度を上げているようにも見えた。このままでは、あの不気味な船から逃れることは出来ないだろう。


 乗組員のほぼ全員が持ち場を離れ、舷縁から迫ってくる幽霊船の様子を見守っている。その中に、ジョーとレイヴンもいた。


 望遠鏡を持っていたレイヴンは、逸る気持ちを抑えてポケットから望遠鏡を取り出すと、伸縮筒を最大まで伸ばして右目に当てる。


 トップマンの言う通り、幽霊船の甲板の上を見回しても、誰の姿も見当たらない。もし人がいるとしても、外から見えないほどの少人数でこれほど機敏に船を動かせるわけはなかった。


 未だに何も視界に捉えていないレイヴンは、根気強く人影がないか探した。ひと通り船上を見る。

 そして、何度も何度も幽霊の船上を見回した。


 しかし驚いた事に、誰ひとり船上にはいない。


 レイヴンは、もしかして自分が覗いている事に気づいた船員たちが、船倉に隠れているのではないかと思いもしたが、すぐにその考えを振り払った。

  こちらに向かってきている船の船員が、わざわざ隠れる必要性は、どう考えてもない。


 幽霊船の謎を解く事を諦めたレイヴンは、惰性でもう1度だけ船上に人影を探そうと、望遠鏡を覗いた。

 その直後、彼は言葉を失った。レイヴンが驚いている様子は、ずっと彼を見ていたジョーにはすぐ分かった。


挿絵(By みてみん)


 レイヴンは、あまりの驚きと恐怖で望遠鏡をそのまま手放してしまった。それを見逃さなかったジョーは舷縁から手を突き出し、望遠鏡をしっかりと掴んだ。

 望遠鏡を落とさずに済んだ事に安堵の息を漏らすジョーだったが、当のレイヴンは自分が望遠鏡を手放した事にさえ気づいていない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


レイヴンが目撃したものは一体何なのか!?

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