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第212話「黒いリボンとぬいぐるみ」【挿絵あり】

悪魔ハルファスのもとに呼び出されたステラの運命は…!?

 恐ろしい悪魔を目前にしているが、なぜだかステラの身体の震えは止まっていた。今からオーブを奪われるというのに、不思議な事にステラの涙は止まっていた。もう怖がっていないとでも言うのだろうか。


「ハルファス?あなた、ハリーちゃんなのね!ハリーちゃんが一緒なら、何も怖くない!」


「ハリーちゃん?おいらはお前の魂を奪おうとしているんだぞ?怖くないのか?」


 ハルファスは、戸惑うばかり。ステラは、いつも一緒に過ごしていたぬいぐるみと、目の前にいる悪魔ハルファスを同一視している。それに、以前からステラはぬいぐるみのことを“ハリー”と呼んでいたらしい。


「怖くないよ!あのね、夢の中に大切な友達が出て来たの。それがぬいぐるみだって事はもちろん分かってたんだけど、夢の中では、その友達は生きてたの!名前も教えてくれたんだよ。ハルなんとかって言ってたから、私が、じゃあハリーちゃんだね!って言ったんだ!」


「………」


 ステラは、とても可愛らしく、元気いっぱいの笑顔を浮かべている。


 ステラは夢の中で、生命を宿したぬいぐるみと出会っていた。それも不思議な事に、ステラは夢の中で、本来知り得ないはずの悪魔の名前を知った。夢の世界には、悪魔にも理解出来ない不思議な力が宿っている。夢というのは、様々な記憶が整理され、結びつく場所。その中で知り得ない記憶と繋がってしまう偶然も、あるのかもしれない。


 この日、ハリーはステラの魂を奪う事が出来なかった。無防備な人間が目の前にいるのに、魂を奪わない悪魔はいない。人間と契約までしてオーブを欲する悪魔が、無条件で手に入るチャンスを無駄にした。ハリーの中でどんな感情が渦巻いていたのか定かではないが、これがあり得ない状況なのは確かだ。


 何も危害を加えないまま、ハリーはステラを元の世界に帰した。その間ハリーはずっと上の空で、虚ろな顔をしていた。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 それから数ヶ月が経過した。日常を取り戻したステラは、いつものように、あのぬいぐるみと一緒だった。今まで通り、どこへ行くのも一緒。ステラは、ぬいぐるみにありったけの愛情を注いでいた。


 そんなある日。ステラは再び、深い暗闇の中に召喚された。ハリーが彼女を呼んだのだ。暗闇の中にハリーが潜んでいると知っているステラは、キョロキョロと周囲を見回した。


「あ!ハリーちゃん!」


 巨大なハリーの姿を見つけたステラは、たちまち笑顔になった。あれからしばらく時間が経っているが、もう彼女がこの場所で恐怖を抱く事はない。ここはステラにとって大切な場所。大切なハリーと本当に喋る事の出来る場所なのだから。


「久しぶりだなステラ」


「何言ってるの?私たちはいつも一緒でしょ?」


「……ステラを嫌な気持ちにさせたくないけど、おいらはそのぬいぐるみの中にいるわけじゃないんだよ」


「え?そうなの?」


 ステラは、ハリーがぬいぐるみの中にいると信じ込んでいたが、事実は違っている。あのぬいぐるみは、人間を誘き寄せるための召喚道具に過ぎず、その中に悪魔が潜んでいるわけではない。


「あぁ……でも、おいら、ステラと一緒に過ごしたいんだ」


「うん、これからもずっと一緒だよ!」


「だから、おいらと契約してくれないかい?」


「契約?」


 あの日ハリーが魂を奪わなかった理由は、ステラの優しさにあった。

 悪魔にとって、人間はご馳走の乗った器でしかない。だが、ハリーの場合は違った。底知れぬその優しさに触れたハリーは、人間を騙して魂を奪う事より、ステラと共に過ごす温かな時間を欲したのだ。ハリーは、悪魔らしからぬ優しさを持っていた。


「悪魔が人間の世界で動けるようになるためには、人間との契約が必要なんだ。でも、契約には代償が伴う。その代償っていうのは、ステラがずっと、おいらの傍にいる事。嫌なら断ってくれ」


「じゃあ私が契約してあげる!ずっと一緒にいる事なんて、全然嫌じゃないから」


「本当か⁉︎おいら、あのぬいぐるみの中に入って、ステラとずっと一緒に過ごしたい!」


「もちろん!ハリーちゃんがぬいぐるみに入ってくれたら、こうやってずっと喋れるんだよね!これからも、ずっと一緒だよ!」


「ありがとうステラ!」


 ここに、奇妙な契約関係が結ばれようとしていた。普通悪魔は人間に、血や肉体、魂といった必要不可欠なものを代償として要求する。

 だがハリーが求めたのは、ぬいぐるみを依り代とし、ステラと共に過ごす事。それは“時間”という必要不可欠な代償かもしれないが、ステラにとってそれは代償と言うほど辛いものではない。


「ところで、結局契約って何だっけ?」


「契約っていうのは、本当は人間が悪魔から魔法を借りるために行うもの。だから、形式上おいらはステラに魔法を貸さなきゃならない。ステラ、何か使いたい魔法はあるかい?」


「魔法⁉︎素敵ね!どんな魔法が使えるの?」


 契約する上で必要不可欠になって来るもうひとつのもの。それは、魔法の貸し借り。そこにどんな事情があろうと、人間が少なからず黒魔術(グリモア)を使えるようにしなければならない。


 ハリーが有しているものの中から黒魔術(グリモア)を選択する事で、ステラとハリーの間に契約が結ばれた。

 これによって、ぬいぐるみという器を手に入れたハリーは、オズの世界で自由自在に動き回る事が出来るようになった。


 その日を境に、ハリーはステラと一緒に過ごすようになった。これまではステラが言葉を発さないぬいぐるみに一方的に言葉をかけていただけ。空想上でしか会話は出来なかったが、今は違う。ステラが想像力を働かせなくても、ハリーが言葉を返してくれる。


 ステラにとってもハリーにとっても、新しい生活は以前よりもずっと楽しいものになっていた。特にハリーの生活は激変していた。あちら側の景色は朝も昼も晩も、見えるのは一面の暗闇。何も刺激はない。それに、他の悪魔との関わり合いもない。ハリーはずっと、暗闇の中で孤独に暮らしていた。


 ステラと出会い、ハリーは眩しくて温かい光を知った。自分が悪魔である事さえ忘れて、ハリーはステラとの日々を楽しんでいた。ステラに感化されて、ハリーはどんどん優しい性格になっていった。


挿絵(By みてみん)


 しかし、微笑ましいその光景が、いつまでも続く事はなかった。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 初めてハリーがぬいぐるみとしての生活を始めてから数年が経ったある日。運命は大きく変わってしまった。


 ウォレス一家は、隣国のセルトリア王国・東都ブレスリバーに旅行に来ていた。もちろんステラは、ハリーと一緒。


 偶然なのか必然なのか、この日ウォレス一家はリリが泊まったのと全く同じ宿を訪れていた。一家が宿泊したのは、これまたリリが泊まった部屋。まるでプリンセスの部屋のような、豪華な内装をしたあの部屋だ。


「うわあぁぁぁぁ!見てハリーちゃん!」


 微笑ましい事に、その部屋を見た時のステラの表情も、リリとそっくりだった。血は繋がっていなくても、ステラとリリはとてもよく似ている。


 その夜、あの日リリとアシュリーとハリーがしていたように、ステラとハリーは枕を投げ合って遊んでいた。散々遊んで疲れ果てたステラは、深い眠りについた。


 そして迎えた次の朝。あまりにも深く眠っていたため、ステラはほとんど眠ったまま、宿を後にした。何度もあくびをしながら、両親から手を引っ張られて、リリはそのまま帰りの船に乗った。とても眠かったのだろう。船に乗ってすぐ、リリは再び深い眠りについた。


 よく見てみると、船の1室で寝ているステラの隣には、ハリーの姿はなかった。


 ハリーの姿は、あの宿の1室にあった。ベッドから落ちて、ベッドと壁の隙間に挟まっている。何とかそこから抜け出す事は出来そうだが、なぜだかハリーは微動だにしない。ハリーはそこから抜け出せなくなったのではなく、動けなくなってしまったのだ。


 優しい悪魔のハリーは、ステラと出会う前から、ずっとオーブを食べていなかった。あのぬいぐるみがホコリを被って、ほとんど手入れされていない物置の片隅に置いてあった事も、それを証明している。


 最初にステラを呼び出したのは、空腹に耐えかねたからだったのだろう。すぐにでも食べたくて堪らなかった魂を、ハリーは食べなかった。


 悪魔は永遠の存在ではあるが、オーブは悪魔の存在を安定させるもの。長い間オーブを取り込まなかったハリーは、深い眠りについてしまったのだった。“眠りの呪い”に掛かって眠っている現在のステラと同じように、ハリーは何十年もずっと眠っていた。


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「おいらはずっと眠っていた。でも、つい最近めを覚ましたんだ。あのリリって女と一緒にいたもう1人の女の黒魔術(グリモア)に刺激されて、おいらはまた動けるようになったんだ!」


「へ〜!お前本当に悪魔だったんだな!」


「って、まだそこ疑ってたのかよ!」


 アシュリーは、人の記憶をたどるナイトのような黒魔術(グリモア)は持っていない。本当に偶然に偶然が重なって、リリとハリーは巡り合ったのだ。


「それで、ステラがいつもつけてたリボンをアイツがつけてたから、取り返したってわけさ!」


「お前がリリの母ちゃんの知り合いだって事は分かったから、そのリボン返せよ」


「嫌だ!これはおいらが直接ステラに返すんだ!」


 ハリーはまだリボンを返そうとしない。このリボンが戻って来なければ、リリは元には戻らない。


「お前な……そのリボンは、そのステラって人がリリにあげたものなんだよ。それにな、今ステラに会いに行っても無駄だと思うぜ?」


「それはどういう事だ⁉︎」


「ステラは、“眠りの呪い”に掛かってずっと目を覚まさないんだ。それも、お前みたいに黒魔術(グリモア)で刺激されただけで簡単に目覚める事は出来ないらしい」


「何⁉︎そんなの嘘だ!大体、誰がそんな事したんだ⁉︎」


 当然、ハリーは現在のステラを知らない。“眠りの呪い”の話を聞いた途端、ハリーは取り乱した。少し前までのハリーのように、ステラはずっと眠っている。


「嘘じゃねえよ!騎士団のマリスって奴がステラを眠らせたんだ」


「何だそいつは⁉︎」


「ロン毛で、眼帯つけたイケ好かないオッサンだ」


「そんな奴絶対見つけ出して、ギッタギタにしてやる!」


 ステラを呪いに掛けた張本人の存在を知ると、ハリーは小さな身体を大きく動かして、全力で怒りを表現した。

 リリにとってもハリーにとっても、マリスは憎き存在だ。マリスが呪いを掛けていなければ、そもそもハリーがリリのリボンを盗むような展開にはなっていない。


「だから今は、そのリボンはリリが持ってるのが1番良いんだよ!だから返せ!」


「嫌だね!」


「何でだよ⁉︎」


 何度頼んでも、ハリーはリボンを手放そうとしない。頑固なハリーに、ベルは嫌気がさしていた。ステラが目を覚まさないというのに、ハリーがリボンをリリに返さない理由はないはずだ。


「このリボンは、おいらが直接ステラの娘に渡す!」


「分かったよ。それでいいけど、絶対渡せよ?」


「分かってるさ!」


 こうして、ぬいぐるみに閉じ込められた悪魔ハリーは、ベルと行動を共にする事になった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


これにてリボンの問題は解決?

新たにハリーを仲間に加え、反乱者たちはセルトリア脱出を図る!

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