第211話「小さきもの」【挿絵あり】
ブレスリバーに到着したベルとナイトの前に現れたのは……
Episode 12: The Secret of the ribbon /リボンの記憶
朝陽に照らされた海辺の道を、ベルとナイトが歩いていた。2人は飛空艇に乗り、短時間でブレスリバーに到着していた。リリたちは少し後に出発したらしく、まだ姿は見えない。
このミッションが罠であると、まだ決まったわけではない。ひとまず、2人は騎士団長から言い渡された“海賊退治”のミッションを遂行しているフリをしていた。上手く騎士団の目を欺いて逃亡出来るのなら、それに越した事はない。
「なんか平和そうだけど、海賊なんているんですかね」
「ブレスリバーを行き来する人の数は、他の都市の比じゃないからね。危ない人たちが紛れてても不思議じゃないよ」
ベルとナイトは海賊退治のミッションを遂行するフリを続けている。どこで騎士団が見張っているか分からない以上、極力怪しい動きはするべきではない。
「お、あれって……」
しばらく海賊を探すフリをして歩いていると、ベルは見覚えのあるものを発見した。
「あいつのリボンじゃないか?って事は、あれがリボン泥棒のぬいぐるみか!」
「⁉︎」
ベルが見つけたのは、リリのリボンを盗んだあの黒いぬいぐるみだった。ナイトの言う通り、彼はまだブレスリバーにいたのだ。
リリの宝物を発見したベルはすぐにぬいぐるみに向かって駆けて行くが、それに気づいたぬいぐるみは慌てて逃げ出した。小さいながらも羽を持っているぬいぐるみは、ベルよりも遥かに速い速度で飛んでいく。
今はミッションを遂行しているフリをしなければならないが、ベルにとってはミッションよりもリボンを取り返す事の方が優先順位が高かった。
「おい待てコラ!」
「待てって言われて待つ奴がいるか!バーカ!」
黒いぬいぐるみは、どんどんベルとの距離を離していく。ベルは無我夢中でぬいぐるみの後を追い続けた。
「ぬいぐるみのくせに生意気だぜ。舐めんなよ!」
大きく距離を話されて焦っていたベルは、咄嗟に業火を放った。
ベルの右手に展開された魔法陣から飛び出した業火は、ぬいぐるみの飛行速度よりも速く飛んでいき、ぬいぐるみの目の前に着弾した。
進行方向を炎の壁で閉ざされてしまい、黒いぬいぐるみは逃げ場を失った。
「捕まえた‼︎」
それでも尚逃げようとするぬいぐるみだったが、いとも簡単にベルに取り押さえられてしまった。
「放せコノヤロウ‼︎」
「放すもんかバーカ」
黒いぬいぐるみは必死にもがいているが、一向にベルの手から抜け出す事が出来ない。喋ったり飛んだりする事が出来ても、所詮はぬいぐるみ。人間の力には敵わない。
「そのリボンを返してくれたら、放してやってもいいぜ?」
「これはおいらのリボンだ!」
黒いぬいぐるみは、長い尻尾を巻き付けて、大事そうにリリのリボンを抱えている。
「何言ってんだ?お前のじゃないだろ。それはリリの大切なもんなんだよ!」
「うるさい!お前が何を言おうが、これはおいらのものだ!」
「ったく……意味分かんねえな」
リボンの所有者は自分だと主張するぬいぐるみに、ベルは少々呆れていた。あのリボンは、リリが母親から受け継いだもの。間違っても、ベルの目の前にいるヘンテコなぬいぐるみのリボンではない。
「これはそのリリとかいう女のものじゃない!このリボンは、ステラのものだ!」
「ステラ……?」
ぬいぐるみの口から飛び出したその聞き覚えのある名前を、ベルは記憶の中から引っ張り出そうとしていた。
「ステラってもしかして、ステラ・ウォレスか⁉︎」
「何だよ?ステラを知ってるのか?」
ステラ・ウォレス。それは、言わずもがなリリの育ての親。今も尚、リミア連邦リオルグで眠り続けている、リリの大切な人。どんな時もリリを突き動かして来た、力の源。
なぜだか、ベルの目の前にいる黒いぬいぐるみはステラ・ウォレスという人物を知っているようだ。
「知ってるも何も、そのステラって人はリリの母親だからな」
「何⁉︎ステラに娘がいるのか⁉︎」
「だからそう言ってるだろ?分かったらさっさとそのリボン返せよ」
「嫌だ。リボンは渡さない!」
ステラとリリの関係を知っても、ぬいぐるみは頑なにリボンを渡そうとしなかった。
「何なんだよ。つーか、ぬいぐるみのくせに、何でお前はリリの母ちゃんのこと知ってるんだ?」
「おいらはぬいぐるみではない」
「はぁ?どっからどう見てもぬいぐるみだろ?」
「確かにこの身体はぬいぐるみだが、おいらは悪魔だ!ちゃんと名前もあるんだぞ?ハルファスという立派な名前がな!」
「ハルファス……?。ハリー!何でお前はステラ・ウォレスを知ってるんだ?俺の質問に答えろ」
「⁉︎」
ベルにもう1度ステラとの関係を聞かれると、なぜかハリーは驚いたような顔をして見せた。今のベルの言葉の中に、何か引っ掛かるものがあったのだろうか。
「何だよ……何か言えない理由でもあんのかよ?」
「いや……そういえば、ステラもおいらのことをそう呼んでたな」
ハリーの顔は憂いを帯びていた。ぬいぐるみの表情のバリエーションは人間に比べると少ないが、それでもハリーが感傷に浸っている事は理解出来る。
「どういう事だ?やっぱリリの母ちゃんのこと知ってるんだな?」
「あぁ。あれは何年前の事だったか……」
ベルとの会話で過去に想いを馳せ始めたハリーは、知られざるステラ・ウォレスとの関係を語り始めた。
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今から41年ほど前。リミア連邦・港町リオルグのとある屋敷に、ひとつのディア・サモナーが存在した。
ディア・サモナーは、人間の魂を奪うため、悪魔がオズの世界に置いている召喚道具。その道具に触れた者、使った者は、悪魔の眼前に呼び出されてしまう。
それは、真っ黒なぬいぐるみだった。まさしく、リリのリボンを盗んだぬいぐるみと全く同じ姿をしている。その昔、あの黒いぬいぐるみは、悪魔ハルファスのディア・サモナーだったのだ。
この頃、黒いぬいぐるみは、屋敷の物置の片隅に佇んでいた。本来は別の場所にあり、巡り巡ってこの屋敷にたどり着いたのだろう。今では屋敷の人間に気づかれる事もなく、ぬいぐるみはホコリを被っていた。
「あれ?……君、迷子なの?」
そんなある日、1人の少女がホコリまみれのぬいぐるみを発見する。
灰色の髪が特徴的な少女は、ホコリ臭い物置の中に足を踏み入れて、可愛らしいぬいぐるみを見つけたのだ。ネイビーブルーのワンピースを汚しながら、少女はぬいぐるみの前に立った。
そんな彼女の髪には、特徴的な黒いリボンが結んであった。
「君ヘンテコだね。何の動物なのかな?」
純粋な少女は、柔らかな口調でぬいぐるみにずっと喋りかけている。見たところ年齢は10代半ば頃のようで、まだまだ遊び盛り。幼いながらも彼女は深い愛情を持っていて、想像力も豊かだった。
「私ステラって言うの。よろしくね!」
少女ステラは、目の前にあるのが悪魔の道具だという事も知らずに、無邪気な笑顔を見せる。
そして、そのままステラは、ホコリまみれのぬいぐるみを抱え上げた。本来ならその瞬間にステラは悪魔の世界へ召喚されてしまうはずだったが、何も起こらなかった。長い間誰にも触れられず放置されていたために、ディア・サモナーとしての力が無くなってしまったのだろうか。
ステラはぬいぐるみに被っていたホコリを丁寧に取り払い、抱きかかえて自分の部屋に戻っていった。
それからと言うもの、ステラはどんな時もそのぬいぐるみと一緒に過ごした。起きる時も寝る時も、食事をする時も、どこかへ出かける時も。
毎日毎日触れていても悪魔の世界に召喚されないと言う事は、やはり本来あったはずの力は無くなってしまったのだろう。
ステラは、黒いぬいぐるみを弟のように感じていた。来る日も来る日も、少女は持ち前の底無しの優しさを汲んで、ぬいぐるみに注いでいた。抱きしめたり、しゃべりかけたり、時にはおままごとをしたり。一緒に過ごす時が長くなればなるほど、ステラにとって“黒いぬいぐるみ”は必要不可欠な存在になっていった。
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「うふふ……楽しいね!」
ステラはいつものように、ぬいぐるみと戯れていた。
窓を背景に飛行しているように見えるように、ステラはぬいぐるみを掴んで動かしていた。持ち前の豊かな想像力で、彼女はぬいぐるみと一緒に空想の世界に浸っている。
表情がないはずのぬいぐるみの顔は、なぜだか笑っているようにも見える。そう思わせるほど、ステラは楽しそうに遊んでいた。このぬいぐるみと一緒なら、少女はいつまでも遊んでいられるのだった。
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「あれ?ここは……どこ?」
時間を忘れて空想の世界に浸っていたステラは、いつの間にか真っ暗な世界に足を踏み入れていた。
どんなに辺りを見回しても、何も視認する事が出来ない。広がるのは、ただひたすら暗闇のみ。
「怖いよ……」
ステラは暗闇に恐怖をいだいていた。さっきまで空想の世界にいたはずなのに、ステラの傍にあのぬいぐるみの姿はない。たった1人になってしまった事が、ステラの抱く恐怖に拍車を掛ける。
怖くても、何もしなければ何も解決しない。ステラはそれを理解していた。
足を震わせながら、少女は光を求めて歩き出す。せめて微かな光でも見つける事が出来れば、少しは不安も和らぐはずだ。
「やあ、ステラちゃん」
その時、ステラの耳に聞き覚えのない声が届いた。
「……⁉︎」
後ろを振り返ったステラが目撃したのは、世にも恐ろしい化け物だった。暗闇の中にいるのに、その化け物の姿ははっきりと確認する事が出来る。
ステラは恐怖のあまり、声すら出せなくなっていた。目の前にいるのは、一見すると可愛らしい鳥だが、その身体の大きさは普通ではなかった。ステラの何倍も大きいのだ。
鳥の化け物の瞳は真っ赤に光っていて、ずっと見つめていると気分を悪くしそうだ。その頭部には、ツノのようなものも確認出来た。
何よりも恐ろしいのは、その形相。真っ赤な瞳の浮かぶその顔は、見る者を恐怖に陥れる。
ステラは、恐怖で動けなくなっていた。
「あ……あ……」
「ん?」
「あ……あなたは誰?」
ステラは、自分を奮い立たせて、声を振り絞った。今すぐにでも襲い掛かって来そうな恐ろしい化け物に、少女は勇敢に立ち向かっている。そんな彼女の頰には、涙が伝っていた。
「おいらはハルファス。恐ろしい悪魔だ。これからお前の魂をいただくのさ!」
ステラは暗闇に迷い込んだのではなく、ぬいぐるみに掛けられた黒魔術によって、悪魔の世界に召喚されてしまったのだ。ぬいぐるみに宿された力は消えたわけではなかった。ちょうど良い頃合いを狙っていたのだろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついにあのぬいぐるみの正体が明かされました!次回は、知られざるハリーとステラの物語です!




