第209話「逃亡作戦」(2)
「私のリボン……ぬいぐるみ………あぁー‼︎」
「おい、嬢ちゃんどうしちまったんだよ?」
明らかに様子がおかしいリリを見て、アイザックは苦笑いしている。これから“大逃亡作戦”が本格的に動き出そうとしていると言うのに、重要な戦力であるリリがおかしくなってしまった。
「リリ・ウォレス。事情は理解しているが、そのような状態では作戦に支障をきたしてしまいかねんな」
「ちょい待てよ。俺は何も知らねえぞ?嬢ちゃんは何で、こんな感じになっちまったんだ?」
魂の抜けたリリを見て、エルバが大きな溜め息を漏らす。エルバの言葉を聞いて、アイザックは抗議した。
エルバとナイトは他人の記憶にアクセス出来るため、リリに起こった大きな変化を把握しているが、アイザックにはそんな力は無い。
「俺もよく分かんねえけど、大事な大事なリボンを失くしちまったんだとよ」
「失くしたんじゃないもん‼︎取られたんだもん‼︎」
アイザックの欲しがっていた答えを、ベルが与えた。
ベルの口から“リボン”という単語が出た瞬間、リリはそれに素早く反応した。
「なぁ〜るほどねぇ。そりゃあ、よっぽど大事なリボンだったわけだ」
「ママからもらった私の宝物……絶対取り戻さなきゃ……」
ようやく事情を理解したアイザックは、豹変してしまったリリを面白そうに観察している。こうなってから、リリはずっと誰かから話しかけられても上の空だが、“リボン”というワードだけは聞き逃さない。
「作戦を実行する前に、この件は何とか解決しておかないとな……」
リリは、思わぬ形で作戦に支障をきたしている。このままセルトリアから抜け出そうとしても、彼女が足を引っ張るのは確実だ。
「さて、さっそくだが本題に入ろう。まずは、この作戦において非常に重要なものについて話すとしよう。セルトリア王国および黒魔術士騎士団から抜け出すにあたり、無視出来なくなって来るのが、その“忠誠の鎖”だ。“忠誠の鎖”を付けた者が主人に逆らえば、その者は強制的に服従させられる。鎖の効果が発動すれば、騎士団から抜け出すのはほぼ不可能だ」
「あぁ〜。今んところ、腕切り落とすしか解決策が無いやつね。ま、俺は最初から無いから関係ないけど」
「僕とエルバはM-12として立ち回りながら、ずっと“忠誠の鎖”を外す方法を探っていた」
「それで……見つかったのか?」
「うん、見つかった」
「本当ですか⁉︎なら、さっそくこの鎖を解きましょう!」
「それが……」
「どうかしたんですか?」
最初はスラスラと喋っていたナイトの口の動きが、どんどんスローになっていった。どうやら、“忠誠の鎖”を外す事は、ベルが思っている以上に難しい事のようだ。
「“忠誠の鎖”を外すのに必要なものは見つけたんだけど、それはとても希少なもので、この国では手に入らないかもしれないんだ……」
「何勿体ぶってんだよナイト。そいつは一体何なんだよ?」
「“星灯の腕輪”。月の涙を特殊加工して作られた腕輪。あらゆる服従魔法を解く優れものだよ」
「月の涙っつったら、めちゃくちゃレアなアイテムじゃねえか‼︎そんなもん探してたら、騎士団抜けられるのは、もう何十年も先の話なんじゃないか?」
“忠誠の鎖”を外す事は、思った以上に厄介な事らしい。それにこの国で手に入らないとなれば、逃亡も難しくなって来る。
「つーか、お前の黒魔術使えば、すんなり見つかるんじゃねえか?」
「ヒントがあまりにも少なくて、たどり着けないんだ。1人1人の記憶をたどってたら、時間がいくらあっても足りないから。それに、騎士団長は最初からこの鎖を外す事なんか考えてなかったみたいだし」
「おいおい、エルバとお前の力でも見つからないなら、お手上げじゃねえかよ。どうすんだ?ベルとナイトを騎士団から逃がすのが1番の目的なんだろ?」
「だからこそ、我々はM-12と接触せずにこの国を抜けるのだ。気づかれなければ、逆らったと見做される事はない。そうすれば、“忠誠の鎖”の効果も出ないはずだ」
“忠誠の鎖”が外せないとなれば、残された道はただ1つ。騎士団長グレゴリオ、そしてM-12に、この“大逃亡作戦”を一切悟られないようにしなければならない。
「もしバレたらどうするんだ?バレちまったら、M-12と戦う事になるんじゃないか?」
「万が一M-12との全面戦争に発展した場合。M-12を可能な限り分散させて戦う。鎖の効果が発動した場合、ナイトとファウストは我々に牙を剝く事になる。もしそうなれば、私がナイトを内側から押さえ込む事が出来る。
ファウストに関してはアイザック、お前に任せる。お前のその魔剣があれば、十分太刀打ち出来るはずだ。幸い、アローシャは鎖の影響を受けない。気絶させれば問題はないだろう」
「おいおいおい、そりゃとんでもなく恐ろしい話だな」
「これは万が一の話。一戦も交えずにこの国から抜け出すのが最善だ」
騎士団側に作戦がバレるのとバレないのとでは、シナリオが大きく変わって来る。果たして彼らは、当初の予定通り無事にブレスリバーを発つ事が出来るのだろうか。
「そのためにも、ファウスト。これからのお前の行動も非常に重要になって来る」
「俺は何をすれば良いんだ?」
「ひとまず、グレゴリオに退院した事を報告に行け。そこで何らかのアクションがあるはずだ。お前は何も知らない。ただ静かに、肉体の回復を待っていただけ。奴らの前では、何も知らない自分を演じ抜け。くれぐれも、余計な事を口走ったりするな」
「なんか緊張するぜ……」
ベルの退院により、“大逃亡作戦”は大きく動き出していく。
これからは、かつてないほど1人ひとりの行動に重い責任が生じる。それを心に刻み、ベルは固唾を吞んだ。
「………誰かいる。会話を聞かれていたのだとしたら、非常にまずいぞ」
その時、エルバは扉の向こうに何者かの気配を感じ取った。作戦を実行に移す前に内容がバレてしまえば、上手く行くはずはない。
「何言ってんだよ?ここは俺たちしか入れないんだろ?気持ちは分かるが、ちょっとピリピリし過ぎだぜエルバさんよ」
「ハハハ……それもそうだな」
しかし、ここは限られた者しか侵入を許されない夢幻の世界。エルバの魔力の影響を受けた反乱者しか存在するはずがない。
それからは、エルバが怪しい気配を感じる事は無かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
不安な要素をいくつも抱えながら、いよいよ作戦が動き出します。次回はグレゴリオへ退院の報告です。




