第208話「女王と禿鷹」【挿絵あり】
木陰から現れたのは…
雌雄が決した後、森の中はしばしの間静けさに包まれた。聞こえて来るのは、風が草木を揺らす音のみ。ロビンは、気を失ったガランをしばらく無言で見つめていた。
そんな中、草の生い茂る大地を踏む足音が、ロビンの耳に届いた。
「アンタならこんなガキに負けないと思ってたわ〜」
「やっぱりお前だったか」
その足音の正体は、ジュディ・アージン。ロビンとガランの戦いを、彼女はひっそりと陰から見守っていた。
「アンタなら負けないと思ったから、咄嗟に変な嘘ついちゃっ⁉︎」
ジュディが苦笑いしながら苦しい言い訳をしていると、突然ロビンが彼女を抱きしめた。あまりにも突然の行動に、ジュディは顔を真っ赤に染める。
「良かった……お前なら、絶対に生きていると思っていたんだ」
「ちょ、ちょっと!いきなり何⁉︎」
恥ずかしさを隠しきれなくなったジュディは、居ても立っても居られ図にロビンから飛び退いた。柄にもないロビンの言葉を聞いて、ジュディの顔は赤く染まったまま火照っている。
「何であんな無茶をした?M-12を2人も相手にして……罠だと気づかなかったのか?」
「あ……アンタに心配される筋合いはないよ」
「関係は変わっても、お前は俺にとって大切な存在だ。心配しないわけがないだろう」
「な、なな何言ってんの?ハゲ‼︎」
「ハハハ!元気そうで何よりだ。だが、その呼び名を広げた事は許してないからな」
「うるさいな!」
嬉しさと恥ずかしさを抑えきれず、ジュディはロビンの目を見て話をする事が出来なかった。終始 俯いたまま、ジュディはロビンと会話を続けている。そんなジュディを見て、ロビンは顔を綻ばせていた。
「それより、これはどう言う事なんだ?なぜ他所者とお前が関わりを持っている?」
「それは……説明すると長くなるよ?」
「あぁ、構わない」
それからジュディは、ガランがロビンを襲う事になった経緯を説明した。ベルたちにも想像を超えるような環境の変化が起きているが、それに負けないほど、ジュディにも大きな変化があった。
今やジュディは“他所者の女王”。組織に属していた頃とは全く違う、自由な存在。彼女は、誰の指図も受けず、自分の目的のためだけに生きる事を許された“女王”となった。
「それにしても、M-12を相手にしてよく生き残れたな」
「あんな奴に感謝なんてしたくないけど、ジョーカーから貰った力があったおかげかな」
「そう言えば、お前は騎士団に入る前からトランプ・サーカスのメンバーだったらしいな」
「そうだよ。その前はウィッシュバーグの第2王女。もう誰かの下につくのはうんざりなんだよ。これからは自由に生きるんだ!」
「良かったら、お前の過去をもっと教えてくれないか?」
「いいよ」
全てから解放されたジュディは、これまで語らなかった過去を詳しくロビンに明かした。
“盗賊の女王”となるまで、彼女はずっと誰かに支配されて来た。窮屈で、上の者に気を遣う生活が、彼女に自由を渇望させた。
結果としてジュディは自由を得るための強力な力を手にした。それに、“女王”となった後も、彼女は他人に服従を強いたりしない。
「……俺は、お前のことを何も知らなかったんだな。愛想を尽かされて当然だったと言う事か」
「そんな……そんな事ないよ!何も打ち明けなかったウチも悪いんだし……」
ようやく、ジュディは本当の自分をさらけ出す事が出来た。支配に苦しんだ過去も、マーチとジュンとの死闘も、彼女には必要なものだった。ありのまま、何も隠さない自分になるために、必要なものだった。
ロビンの優しい微笑みを見ていると、ジュディの口許は自然に弛む。ロビンと再会してからと言うもの、ジュディはほとんどロビンと目を合わせる事が出来ずにいた。ロビンと同じように、ジュディも彼のことが嫌いなわけではなかった。
「ずっと気になってたんだが、なぜこの盗賊が俺の命を狙う事になったんだ?」
「だから、アンタなら負けないと思って、咄嗟にアンタの名前出しちゃったの!」
「それは理解しているが、なぜ本当の事を言わなかった?アイツにとって大切な存在は、すぐ傍にいるだろう?」
「アイツには申し訳ない事したし、もうこれ以上つらい目には合わせたくなかったから。アイツ絶対怒ってるだろうな。
あのお嬢ちゃんもめっちゃ良い子だし、あの子もあの子で苦しみ抱えてるから、余計な事に巻き込みたくなくってさ」
「俺なら面倒事に巻き込んでも良いのか?と言うか、アイツをラビトニーから連れ帰ったのも俺だぞ」
「悪かったよ!」
「ハハ!冗談だ。俺を信頼してくれて嬉しいよ」
ジュディはジュディなりに、ヴォルテールでベルにした事を反省していた。彼女の裏切りが原因で、ベルは戻りたくもない牢獄に戻る事となった。
その結果ベルやロビンたちは監獄で大暴れしたのだが、ジュディにはそれを知る由もない。
「ウチ、なんかお詫びしたいんだ。アイツ、また何か面倒な事に巻き込まれたりしてないよね?」
「……………いや、アイツは特に問題なくやっている。今のお前は騎士団に関わるべきじゃない」
「今の間、怪しすぎるんだけど。それ、絶対またなんかに巻き込まれてるやつじゃん。しかも、また騎士団関係っぽいね」
「そ、そんな事はないぞ!黒魔術士としても着実に成長し、上手くミッションをこなしているさ」
「ムゥ……なんか言えない事情があるんだね。とにかくウチはずっと味方だから。困った時は助けるから」
今確実にベルは面倒な状況下にいる。ロビンはベルに起きた大きな変化を知らないのか。それとも、知っていて隠しているのか。
ロコを訪ねた後、ナイトはロビンのもとを訪れている。ナイトの中のエルバが“印”を残したのだとすれば、ロビンが“大逃亡作戦”について知っている可能性は十分にあった。
「もし何か困った事があったとしても、お前を巻き込むような真似はしたくない」
「なんかウチのこと、か弱い女の子みたいに思ってない?ウチ、騎士団にいた頃よりめっちゃ強くなってるから。もしかしたら、アンタより強いかもよ〜」
「それは頼もしいな」
「ほら、だから安心してウチを頼りな!」
ジュディがロビンの手を握ると、ロビンの顔は一気に赤くなった。
ベルと出会う前、いつも一緒だった頃、2人は頻繁に頬を赤く染めていたのだろう。離れてから大切な存在を再認識する。そんな事もあるのかもしれない。
「じゃ、じゃあ一緒に墓を建ててくれるか?」
「え?墓?あぁ、また大切な家族が居なくなっちゃったんだよね……」
「サラ、ウンダ、シル、ジェン。皆俺にとっては大切なエアロクウェイクだった……」
2人は少し歩きながら、先の戦闘で消えてしまった命についての話を進めていた。
「ガランは生きてるけど、復讐してやろうって気はなかった?もしそんな事になってたら、ウチが止めてたけど」
「あの盗賊を恨んでいないと言ったら嘘になる。それに、許したわけじゃない。だが、ハピの時のように俺は油断していた。復讐を果たしたところで、何か帰って来るわけじゃない。それは痛いほど分かっているからな」
「この世界には、必要のない鎖が色んなところに巻かれてる。アンタは確かに、その一部をぶち壊した。あるべきじゃない鎖は、どんどん壊して行こうよ」
「あぁ。いつかは奪い合う時代の終わりが来ると願っている」
偶然なのか必然なのか、気を失っている間に思い出したジュディの言葉が、ロビンの行動を変えるきっかけになった。それは、間違いない事実だ。
2人は言葉を交わしながら、4つの墓を作り上げていった。それは木の枝で作られた簡素なものだったが、2人の想いが丁寧に込められたものだった。
枝で作られた十字架には、それぞれの名が刻まれていた。
ガランの黒魔術によって、4匹は消し飛んでしまった。もう亡骸は存在しないが、弔いのために墓を建てるのだ。
ロビンとジュディは4つの墓標の前に座り込み、消えてしまった命の冥福を祈った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
“盗賊の女王”になったジュディ。新たな存在となった彼女の出番は、第5章の中にもまだまだあります!




