第205話「疼く火傷」【挿絵あり】
セルトリアの外れの森でも、不穏な空気が流れていた…
今回の挿絵は、第5章キービジュアル完成版(chapter5.2)です!
Episode 10: The Hammer Sanction/裁きの鉄槌
小鳥のさえずりが聞こえて来る閑静な森。木々が生い茂る中、木造の家が1軒ポツンと佇んでいる。ここは、王都の外れの小さな森。その中にある小さな家には、動物を愛する男が住んでいる。
リリが大切なリボンを失くした頃、平和な森の中に足を踏み入れる者がいた。その瞳は銀色に燃え上がり、目の前に佇む家を捉えている。
平穏を乱す者は、何の前触れもなく、目の前の扉を乱暴に開いた。
「ファウストの兄貴分ってお前だろ?」
扉を開くなり、少年は荒々しい声を発した。開かれた扉の先にいたのは、言わずもがな“禿鷹”ロビン・カフカ。自宅でくつろいでいた彼は、思いがけない来訪者に驚きを隠せない。
「動物たちが急に静かになったのはお前のせいか……ところで、何の話だったか?」
「この‼︎……ファウストの兄貴分はお前かって聞いてんだよ!」
「兄貴分?ファウストには俺じゃなくて、本当の兄貴がいるが?」
「何をワケ分からねぇこと言ってんだおい、コラ‼︎」
「騒がしい……大体何の用だ?お前は誰なんだ?」
ベルと似て気性の激しい少年を見て、ロビンは溜め息をついた。ロビンは、変な男が迷い込んで来たという程度にしか考えていないのだろう。
「俺は他所者ガラン・ドレイク。お前を殺す男だ!」
ロビンを訪れたのは、ガラン・ドレイクだった。ガランはジュディの言葉を信じ、ロビンがベルにとって大切な存在だと思い込んでいる。
ガランの顔の左半分には、痛々しい火傷が残っていた。それは、ベルが初めて使った黒魔術によって付けられた傷。アムニス砂漠で付けられた火傷は、今もなお治ることなくガランに刻まれている。
ベルと会った時と同じように、その背中にはガラクタを組み合わせて造られた巨大なハンマーが見える。
「他所者……ファウストに恨みを持っている男か。お前の素性はよく分かったが、なぜ俺を狙う?」
「お前はアイツの大切な兄貴らしいじゃねえか!」
「ファウスト……俺をそんなに大切に思っていたのか……いや、待て。それは誰から得た情報だ?」
ガランの話に、ロビンはいまいちピンと来ていない。ベルはロビンと面識があるが、ロビン以上にベルと接点が多い人間は他にもたくさんいる。あらゆる可能性を探っているうちに、ロビンは1つの仮説を立てた。
「黙れハゲ‼︎」
「今のでよく分かった。その情報はおそらく間違っていると思うが?」
ガランのひと言で、ロビンは仮説を立証し、情報源を特定した。それは、ロビンが最も嫌う呼び名を広めた人物。
「はぁ⁉︎そんなに自分の命が惜しいか?アイツにとって、お前が大事な存在だって事は分かってるんだよ‼︎」
「言うだけ無駄か……」
あくまでジュディの情報を信じて疑わないガランに、ロビンは頭を抱えていた。ガランは話が通じる相手ではない。会話だけでは、何も解決しない。
「⁉︎」
早々に和解を諦めたロビンは、挨拶代わりに強烈な蹴撃を繰り出して、ガランを自宅の外に追い出した。目にも留まらぬ速さの熟練された蹴撃を受けたガランは、否応無しに後方に移動させられる。
「やるじゃねぇか!火傷が疼いてきやがった。忘れねぇぜこの痛み!この火傷が俺に痛みを思い出させるんだ」
ガランは顔の火傷を手で押さえながら、背中に背負った巨大なハンマーを握った。復讐を誓う少年は、なぜだか奇妙な笑みを浮かべている。
「…………」
ガランは気持ちを高ぶらせて闘志を燃やしているが、一方のロビンの表情は冷え切っていた。ガランのことを大した脅威ではないと思っているのか、ただ単に苦手なだけなのか。
“ついついアイツの名前出しちゃったけど、大丈夫かな…”
今にも始まろうとしている戦いを、木陰で見守る1つの影。風下の木陰に身を潜めているのは、ジュディ・アージン。今や“他所者の女王”となった彼女は、かつての恋人と現在の仲間の戦いを静かに観察していた。
「砂漠での生活は俺を強くした‼︎黒魔術士騎士だか何だか知らねぇが、お前の命もこれでお終いだ!」
口上を述べると、ガランはとても重そうなハンマーをロビン目掛けて振り下ろした。振り下ろされたハンマーは、心なしかベルと遭遇した時よりも大きくなっているように見える。
しかしながら、ロビンはいとも簡単にガランの一撃をかわした。日頃から脚を鍛え抜いているロビンにとって、これくらいは造作も無い事だった。
それからガランは何度もハンマーを振るうが、ロビンは踊るようにその全てを避けた。激しく動いた後でも、ロビンは一切呼吸を乱していない。
「やるじゃねぇか。さすがはあの悪魔が大切にする男だ」
「感情的で単調な攻撃。そんなものが俺に当たると思ったら大間違いだ。そんなでは、俺に傷ひとつ付ける事も出来ないだろう」
「生意気なロン毛野郎だな……もう2度とそんな口叩けないようにしてやるぜ‼︎」
熱血的なガランと、沈着冷静なロビン。まさに2人は正反対だった。
まだガランは1度もロビンに攻撃を当てる事さえ出来ていないが、その顔に焦りの色は見られなかった。ロビンが本気を出していないのと同じように、ガランにも何か隠し球があるのだろう。
「やってみろ。俺の命を奪いたいんだろう?さっさと本気を見せてみろ」
「言われなくてもやってやる‼︎後悔すんなよ?今度はさっきみたく避けられねえぞ‼︎」
ロビンの挑発に乗ったロビンは、いつかベルの前でしたのと同じように、巨大な鉄槌を大きく振りかぶった。
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時を同じくして、王都の中心にはナイトを除くM-12の面々が集結していた。その中には、当然ながらアレス・マーチとユニ・ジュンの姿はない。この時集まっていたのは8名。
ナイトとエルバの努力もむなしく、セルトリア中に散らばっていたM-12全員が、もうすでに騎士団本部に帰還していた。確実にその人数は以前より減っているが、反乱者にとっての脅威はむしろ大きくなっている。
「さて、最近はこうして頻繁にM-12を緊急招集しているわけだが……何か報告がある者がいるらしいな」
秘密の会議室の1番奥には、いつも通り騎士団長グレゴリオが座っている。普段から感情を表に出さないグレゴリオも、さすがに苛立ちを隠せずにいた。
「私から報告があります。ブレスリバーに潜伏していたオーガストからの情報によって、メイ・メイの裏切りが発覚しました。グレゴリオ様のお手を煩わせないためにも、すでに私とオーガストの2人で、彼女の処刑を実行しました」
「ただでさえM-12は減っていると言うのに、また1人減ったのか⁉︎」
「これもエルバの策略なのか⁉︎」
アシュリーの口から出た言葉に、そこにいる全員が騒めき出した。騎士団の戦力は日に日に削がれている。
「このままでは、エルバの思う壺だ」
「そういうアンタは、何も見つけられなかったのか?フェブラリーさんよお」
「黙れオクトーバー。私とジュライは隅々までロッテルバニアを調査した。ロッテルバニアでは、エルバに関わる情報は何ひとつ得られなかった」
「ダッセーな、おい。気合い入れてそのザマかよ」
「そう言うお前は、エルバの影が色濃く残るバレンティスで、何も見つけられなかったわけではあるまいな?」
「お……おう。何も見つけられなかったさ」
イゴール・フェブラリーもローランド・オクトーバーも、それぞれの場所でエルバに関係する情報を何も得られていなかった。それもそのはず。いくら探しても、エルバはそこにはいないのだから。
「もう皆この違和感に気づいているな?ここに隊長の姿が無い事が、M-12の意思がひとつである事を表している」
「マジで違和感だらけ。これだけのメンツがいて、何も情報得られないわけないじゃん。夢の中でエルバと隊長、ファウストたちが繋がってるってのは間違いなさそうだね」
マリス艇長の意見に、ビアトリクス・エイプリルが賛同する。
「そう考えて間違いないだろうが、結局は全て推論の域を出ていない。エルバとの繋がりを断定するには、確固たる証拠が必要だ。そこで、私はセプテンバーに協力願いたい」
「僕……ですか?」
「まさか、この期に及んで、まだ隊長を信じているとでも妄言を吐くんじゃないだろうな?」
マリスの思いがけない提案に、エリオット・セプテンバーは動揺を隠せなかった。記憶を改ざんされて以来、エリオットはナイトを疑う事を避けて来た。
ナイトに対して何か特別な想いを抱いているエリオットは、反乱者にとって大事な存在だった。協力者のメイ・メイが抹殺された今、ベルたちの命運は彼に掛かっていると言っても過言ではない。
「分かりました……認めます。確かに隊長がエルバと繋がっていると考えれば、散らばっていた点が全て繋がる。それで、僕は何をすれば?」
「言わなくても分かるだろう?隊長のドリーマーに匹敵する幻想を持っているのはお前だけだ」
「こういう事は、きちんとおっしゃっていただかないと……」
「フン……ファウストや隊長と、エルバが繋がっているという証拠を掴むんだ。お前の黒魔術なら、少しくらい夢の中を覗き見る事も出来るだろう?」
ナイトを信じて疑わなかったエリオットまでもが、とうとう意見を変えてしまった。上手く騎士団の目を欺くためには、おとりも必要不可欠だった。騎士団の前に全く姿を見せなかった事。情報をほとんど流さなかった事が、逆に仇となってしまったのだ。
「我からも頼むとしよう。M-12が死力を尽くして探し回っても見つからないとなると、反乱者が密会している場所は“夢の中”以外に考えられない。エリオット・セプテンバー。反乱の証拠を見つけ出せ」
重々しいグレゴリオの声が、部屋中に響き渡った。絶望の影が、ベルたちのすぐ傍まで迫っている。




