第203話「機械仕掛けの神」【挿絵あり】
決戦は限界のその先へ…
戦いを制するのは、兄弟の想いか、悪魔の強大な力か…
「腹の中から抜け出したからといって、何だと言うんだ?丸呑みがダメなら、少しずつの身体を千切って喰うまでだ!」
「やれるものならやってみろ‼︎」
侵蝕を最終段階に進められなくなったベルゼバブは、焦りと苛立ちを隠せずにいた。長期化した戦いの中で、ハウゼント兄弟は確実にベルゼバブを追い詰めている。
「お前たちに後が無いことも分かっているぞ。いつまでそんな口を叩いていられるかな?」
不気味に笑うと、ベルゼバブは再び捕食の黒魔術を発動した。
これまでと同じように、レオンとジェイクを囲むように無数の魔法陣が出現した。ジェットパックを失った今、以前のように2人が自由自在に逃げ回るのは難しいだろう。
魔法陣と魔法陣の間にはある程度の隙間があるが、そこには魔法陣を使わない捕食点が仕掛けられている。レオンとジェイクは掛けているメガネを通して、それを理解している。
「ジェイク、分かってるな!」
「あぁ、兄さん!」
2人はほぼ同時に頷いた。
その直後、2人の姿はベルゼバブの前から突然消えてしまった。
「⁉︎」
手品を見せられた客のように、ベルゼバブは呆気に取られた。これまでも、レオンとジェイクは同じような手段でベルゼバブから逃げたことがある。2人はソニック・ブーツを使って、瞬時に遠くに移動したのだ。
「もう飽きたぞ!それしか出来ないのか?そんなでは、いつまで経っても私たちを喰うことは出来ないぞ!」
1度消えたレオンとジェイクは、一瞬のうちにベルゼバブの目前に姿を現した。レオンの発明品は、ベルゼバブにとって非常に厄介なもの。ソニック・ブーツを使われてしまえば、ベルゼバブは永遠に2人の魂を奪うことが出来ない。
「……何も、貴様ら2人を食べる必要はないんだ」
「あぁぁぁぁ‼︎」
ベルゼバブが小さな声でそう呟いた直後、ジェイクが大きな悲鳴をあげた。
「ジェイク⁉︎」
何が起きたのか分かっていないレオンは、すぐにジェイクの方を見やった。
すると、そこには右腕を失ったジェイクの姿。ジェイクの右の肩から先が、食い千切られて無くなっている。
「兄さん‼︎一瞬たりとも気を抜いたらダメだ!」
「分かっている!」
完全にベルゼバブから目を離していたレオンは、ジェイクの言葉ですぐに後ろを振り返った。
背後には暴食の魔法陣が迫っていて、レオンはすぐにソニック・ブーツを使ってその場を離れた。しっかりとジェイクの左手を握って、レオンは一旦戦場を退いた。
「クソッ…すまないジェイク。すぐに止血しよう」
「ベルゼバブは急に戦法を変えたんだ。元々アイツの狙いは僕1人。ソニック・ブーツを履いてない僕なら、簡単に殺せると思ったんだよ。それに、狙いが僕だけになれば、捕食点を広範囲に広げる必要もない。意識を集中出来る分、狙いも正確になったんだ」
「あまり喋るな‼︎そんなことは言われなくても分かっている!今すぐにでも決着を付けなくては…」
レオンはネクタイを外して、出血が多いジェイクの右肩を縛った。たったの一撃で、状況は一変した。いざ大切な家族が傷を負った姿を見てしまうと、レオンは途端に冷静ではいられなくなった。
「星空の雫があれば、僕が兄さんの足を引っ張ることなんかないのに…」
「すまない。せっかく準備していたのに、こっちに持って来ることが出来なかった」
「兄さんは悪くないよ……僕が無力なんだ」
「お前は無力なんかじゃない。お前は多くの人を救って来たヒーローだ。私がなれなかったヒーローなんだ」
「兄さん……」
レオンと話すジェイクの声は、時間が経つにつれて、小さくなっている。もしもベルゼバブの牙が再びジェイクに届いたら、その時こそ本当の終わり。
「お前はここで待っていろ」
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レオンはジェイクを置いて、ベルゼバブの元に戻った。せっかく戦場を離れたのに、手負いのジェイクを連れ戻す理由はどこにもない。
「戻って来たか。思い出すぞ……あれは確か10年前だったか?次はお前の弟の腹をえぐってやろうか?」
「……何の話をしている⁉︎」
「忘れたとは言わせないぞ?エマ・ハウゼントとシリウス・ハウゼントの死を」
「っ⁉︎何を……言っている?」
「頭の良いお前なら、もう分かっただろう?エマ・ハウゼントとシリウス・ハウゼントを殺したのは、他でもないこの俺だ」
「……確かに、洞窟の崩落というのには私も違和感を覚えていた。あれは引き千切られたと言うより、噛み千切られたと言った方がしっくり来る。だが、なぜだ?」
ベルゼバブの衝撃の告白を聞いても、レオンが驚くことはなかった。
「なぜかって?教えてやろう。レイヴン・ゴーファーの記憶を引き継いだ俺は、お前が驚異的な頭脳を持っていることを知っていた。年不相応の技能を持つお前は、必ず死の淵に立たされた両親を救おうとすると考えたのさ。
救おうとしても救えないようにしておいた。お前に絶望を味わわせるためにな!洞窟の崩落なんてのはでっち上げだ。俺があの2人に瀕死の重傷を負わせたんだ」
「……なぜ、そんなことをする必要があった?」
「お前を騎士団に招き入れるためさ。町医者にしておくのは勿体無い。騎士団の噂を流しておいたら、お前は簡単におびき寄せられた。身近な存在を護る力を手に入れるためには、身を寄せる巨大な組織が必要だった。そうだろう?
幼い頃から悪魔の力や星の力に興味を持っていたお前を誘導するのは、実に簡単なことだった。まんまとおびき寄せられたお前は、俺が思っていた通り、技術的に騎士団を大きく発展させた。おかげで騎士団はさらに勢力を拡大することが出来た。感謝しよう」
ベルゼバブは人間の肉体を手に入れた頃から、騎士団に助力していた。レオンがいなければ、騎士団は未だに飛空艇を開発出来ていなかったかもしれない。
「まんまと誘導されていたのは、ベル・クイール・ファウストだけじゃない。罠に掛かったのはお前の方だったんだよ。レオン・ハウゼント」
「言い残したことはそれだけか?」
「はぁ?」
「言い残したことはそれだけかと聞いているんだ」
「あぁ…これが全てだ。人間如きが、悪魔を上回れるとでも思っていたのか」
「……消え失せろ」
「っ⁉︎」
レオンは瞬く間に接近し、ハート・ブレイカーをベルゼバブの腹部に接触させた。ベルゼバブに触れたレオンの左手は、怒りで震えていた。何かがレオンの中でプツンと切れて、怒れる獅子が目を覚ましたのだ。
ハート・ブレイカーは青白い光を放ち、すぐにその機能を発揮しようとする。
「へっ!ハート・ブレイカーか。無駄だ。オーブを1つや2つ消したところで、俺は止められん!」
ところが、ベルゼバブは余裕綽々。ハート・ブレイカーは、人間の身体を奪った悪魔にとっては、あまり効果が期待出来ない武器なのかもしれない。
ベルゼバブは、間髪入れずにその場で魔法陣を展開した。目の前のレオンを捕食するつもりだ。
「機械仕掛けの神!」
「⁉︎」
一貫の終わりかと思われたその時、レオンが高らかに声をあげる。
ベルゼバブの腹部に注目してみると、そこにはまだレオンの左手が密着したまま。レオンが声をあげた直後、ハート・ブレイカーからは眩い黄色の光が放たれた。その光は、これまでの青白い光の何倍も眩しく、あっという間にベルゼバブの視界を奪った。
眩い光の発生と同時に、ベルゼバブが展開していた魔法陣は姿を消した。
「目くらましか……そんなもので俺から逃れられ……」
「目くらましなんかじゃない。お前は絶対に許さん!この左手で、確実に葬ってやる‼︎」
視界が取り戻された時、ベルゼバブは自分の身に起こっている異変に気がついた。レオンのハート・ブレイカーが触れている部分から、ベルゼバブの身体がみるみるうちに金属に変化していく。
すでに、ベルゼバブの腹部は、金属で組み立てられたロボットのような見た目に変化し始めていた。そこにあるのは、金属板やケーブル、歯車。瞬く間に、ベルゼバブの肉体は機械仕掛けの人形に変わっていく。
「逃げられないのはお前の方だ、ベルゼバブ。ハート・ブレイカーのシークレット・ギミック“機械仕掛けの神”。触れた者を金に変えてしまう黒魔術からヒントを得て開発した。これで、その肉体は終わりだ」
「契約なしにここまでの黒魔術を再現するとは……」
「機械仕掛けの神は諸刃の剣。ターゲットの肉体を機械化する代償として、術者本人の肉体も機械化してしまう」
「共倒れというわけだな」
ベルゼバブの肉体が急速に機械化する一方で、レオンの身体も少しずつ機械に侵蝕され始めていた。自らの肉体を削り、相手から肉体を奪い去るレオンの奥義。それは、まさに対ブラック・サーティーンに特化した人工魔法だった。機械化された肉体は、当然本人の意思では動かせなくなってしまう。
「いいや、そうではない。機械化の速度は、お前の方が私より10倍も速い。私が動かなくなるよりかなり早い段階で、お前は肉体を失う。私を怒らせたことが、お前の敗因だ。お前は私にとってのタブーを全て犯した。両親を殺害し、今は亡き2人を侮辱した。町医者にしておくのは勿体無いと言ったな?母さんも父さんもヒーローだった。誰より優れた人間だった‼︎」
「お前は両親を亡くしたおかげで、さらなる知識の探求を始めたんだろう?」
「黙れ‼︎些細な幸せがあれば、私はそれで良かったんだ。だが、両親を奪った後、貴様はジェイクまでも私から奪おうとした。今度は貴様が奪われる番だ!」
最初は静かだったレオンの怒りは、今では激しく燃え上がっていた。ベルゼバブは、レオンに力を与え、その他の全てを奪い去ろうとした悪魔。皮肉にも、それは犠牲を払って、強大な力を得る黒魔術に似た構図だった。
「まだ俺は終わらんぞ‼︎必ずお前と……」
威勢良く吠え続けるベルゼバブの口は、ついに音を発さなくなった。それから間も無く、ベルゼバブの肉体は足の先から頭のてっぺんまで、完全に機械になってしまった。ベルゼバブに所有されていたレイヴン・ゴーファーの肉体は、機械仕掛けの人形と成り果てた。
ベルゼバブの動きを完全に封じたレオンの肉体にも、異変が起こっていた。レオンの顔は、侵蝕を進めた黒魔術士のように、3割ほどが機械に侵蝕されている。衣服の上からでは分からないが、おそらく顔以外にも機械に侵蝕されている箇所があるに違いない。
肉体への負担が大きかったのか、レオンは息を荒げながら、水面に片膝をついた。長きに渡る戦いに勝ったことを噛み締めながら、レオンは水面に映る自分の顔を見つめていた。
「終わった……やっと終わったんだ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
レオンの執念が、ついにベルゼバブを滅ぼした‼︎長きに渡る壮絶な戦いに勝ち抜いたレオンは、無事に元の世界に帰ることが出来るのか…⁉︎




