表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
341/388

第201話「救えなかった命」【挿絵あり】

ベルゼバブに呑み込まれてしまったレオンとジェイク。窮地に立たされた2人は、隠していた気持ちを口にする…

Episode 10: No Pain, No Gain/一得一失


「私が何のために故郷に戻って来たと思っている?私が絶対に、お前は死なせない。もう家族は失いたくないんだ」


「……僕は護ってもらう立場なのに、文句言えないよね。正直、兄さんがこんなに僕のことを考えてくれてたなんて、思ってもみなかった」


「それはどういうことだ?」


「だって……兄さんはいつも、全てにおいて僕よりも優れていた。僕はいつも兄さんの背中を追っていたんだ。だけど、僕は兄さんに追いつけない。追いつくどころか、兄さんはどんどん距離を離して、僕には到底手が届かない場所に行ってしまうんだ」


 ベルゼバブの腹の中で、レオンとジェイクは初めて腹を割って話し始めていた。どれだけ努力しても、追い付いたと思った時にはレオンはジェイクの何倍の距離、先を歩いている。どれだけ手を伸ばしても届かない。兄は弟にとって、憧れの存在だった。


「そんなことを考えていたのか……私こそ、お前がそんなことを思っていただなんて、思ってもみなかった。母さんと父さんが死んでから、私の家族はお前ただ1人になった。お前はたった1人の家族だ。私にとって、何よりも大切な存在だよ」


「兄さん覚えてる?お母さんとお父さんは、本当に凄い人だったよね」


「あぁ。母さんは少し厳しかったが、とても聡明だったし、いつも私たちのことを考えてくれていた。父さんは少し頼りなかったが、大きな優しさで私たちを包んでくれた。今でも2人の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない」


 ジェイクとの会話に花を咲かせるレオンは、今は亡き両親の姿を思い出していた。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 まだ“ブラック・ムーン”が起きていない頃のアドフォード。幼いハウゼント兄弟は、毎日両親の姿をすぐ傍で見ていた。


 エマ・ハウゼントと、シリウス・ハウゼント。2人はアドフォードの片隅で、小さな医院を営む夫婦。当時は、2人ともアドフォードでは評判の、優れた医者だった。

 この頃は、まだ黒魔術(グリモア)の存在が世間ではあまり認知されておらず、アドフォードには心なしか今よりも穏やかな空気が流れているようにも思えた。


 来る日も来る日も多くの町民がアドフォード医院を訪れ、エマとシリウスに感謝して帰って行く。


 2人とも評判が良かったと言っても、実際医院を訪れる患者の診察を行っていたのは、ほとんどエマだった。ジェイクに似た髪型をしているエマは、メガネの奥に覗く切れ長の目が印象的な女性だった。その見た目からも、彼女が聡明な女性だということが伺える。


 夫のシリウスは、患者の心に寄り添う役割を担っていた。妻のエマは少々さばさばしていて、良い意味でも悪い意味でも包み隠さない発言をするため、たまに無意識に患者の精神をえぐる時がある。


挿絵(By みてみん)


 そんな時、患者の気持ちに寄り添うのが、シリウスの役目だった。彼は人の気持ちに共感したり、寄り添う能力が高かった。底なしの優しさを持ち、患者の全てを受け入れ、まず認める。それがシリウスのやり方。エマとシリウスの絶妙なコンビネーションが、ハウゼント医院が町民に愛される秘訣だった。


 エマ・ハウゼントとシリウス・ハウゼントは、アドフォードを救う正義のヒーロー。黒魔術(グリモア)を使って町民を危険から護っていたわけではないが、夫婦は魔法のように町民を元気にしたし、心身の健康を守った。


 目立ちはしないが、2人は確実に町民を救っていた。町民は2人を必要としていた。エマとシリウスは、町民にとって心の拠り所にもなっていた。誰もが、この穏やかな日々が続くと思っていた…


 今から10年前のある日、エマとシリウスは、アドフォードをしばらく離れることとなった。医療体制充実のため、ハウゼント夫妻は近隣の町を回るのだ。複数の町を回り、最後に夫妻はヴォルテールを訪れる予定となっていた。


 夫妻が出発して約1週間。アドフォードの住民にとっても、レオンとジェイクにとっても衝撃的な知らせが入った。


「エマ先生とシリウス先生が事故にあった」


 エマ・ハウゼントとシリウス・ハウゼントは、変わり果てた姿でアドフォードに帰って来た。


 エマは右腕を失い、腹部を大きく損傷。シリウスは左腕を失い、胸部を大きく損傷していた。傷はかなり深い。2人とも、もうすでに死んでいても何ら不思議ではない状況だったが、アドフォードに搬送されて来た時、2人にはまだ息があった。


 ヴォルテールからハウゼント夫妻を運んで来た数人の話によると、2人は洞窟の中で病を患っていた旅人を救おうとした。

 ところが、その洞窟が突如として崩落を始め、2人は落石の下敷きになったそうだ。


 ヴォルテールは移民の町。旅の者が多く行き着く町でもあった。旅人がヴォルテールの洞窟や森の中で生き絶えることも、決して珍しくはなかった。


 だが、中にはエマとシリウスは怪物に襲われたんだと主張する者もいた。そこにいる誰もがパニック状態に陥っていたため、その報告はただの妄言だということで片付けられた。


「皆、協力してくれ‼︎一刻も早く母さんと父さんの命を救う‼︎」


 息絶え絶えになって帰って来た両親の姿を見て、レオンが狼狽えることはなかった。この頃のレオンは、良い意味でも悪い意味でも怖いもの知らずだった。


 一方のジェイクは、両親の死がすぐそこまで迫っていることに恐怖し、身体を震わせ、静かに涙を流していた。ジェイクはレオンのように両親の命を救おうとするどころか、言葉を発することも出来なかった。他の町民と同じように、パニック状態に陥っていたのだ。


 それからすぐに、エマ・ハウゼントとシリウス・ハウゼントの緊急手術が始まった。この手術の陣頭指揮を取るのは、他でもないレオン・ハウゼントだった。


 この時レオンは16歳。まだまだ子どもだが、その頭脳はすでに大人を上回っていた。町医者になることを目指し、日常的に医学に関心を持っていたレオンは、両親の傍で積極的に学習していた。


 レオンにとってはこれが初めての手術だったが、躊躇している時間はない。何よりも大切な両親の生命の灯火が、今にも消えようとしている。理不尽に大切な存在を奪われようとしていることに、レオンは今まで感じたことのない感情を抱いていた。


 最初は、周りの大人たちも戸惑うばかりだった。だが、圧倒的な知識量と人並み外れた思考力を目の当たりにした大人たちは、次第にレオンの言う通りに動くようになった。


 手術は何時間にも及び、困難を極めた。隣町と言えどアドフォードとヴォルテールは10キロ以上も離れていて、2つの町を繋ぐ線路もない。搬送されている間にも、ハウゼント夫妻は死に近づいていた。


 緊急手術が行われている間、ジェイクは手術室の外に座り込んでいた。15歳のジェイクは、壁に背中をつけて、俯いている。ジェイクのメガネは、絶えずこぼれ続ける涙に濡れていた。


「僕はなんて無力なんだ………兄さんはあんなに頑張っているのに、僕は……僕はここで泣いてることしか出来ないのか」


 両親の死がすぐそこまで迫っている恐怖。そして自分の不甲斐なさに、ジェイクは涙していた。

 レオンと同じようにジェイクも医学を学んでいたが、レベルが違った。レオンが医者として申し分ない技能を身につけていても、ジェイクはまだまだその領域には到達していない。


 ジェイクが手術に携われるかどうかと言う議論をする前に、ジェイクは動くことが出来なくなっていた。恐怖に支配されたジェイクは、自らをその場に縛り付けていた。傷ましい姿になってしまった両親を、本能的に視界に映さないようにしているのだ。


「…………?」


 ジェイクが俯いていると、見つめていた床に影が伸びる。


 恐怖で硬直した顔を強引に動かしながら、ジェイクは影の持ち主を見上げた。そこにいたのは、一切の表情を無くした兄レオンだった。その瞳には、全く輝きがない。いつもの力強い目をした兄の姿は、どこにもない。


「に……兄さん。お母さんとお父さんは?」


 恐る恐る手術の結果を聞くジェイク。少し沈黙が流れた後、レオンは力なく首を横に振った。天才レオンの頭脳を以てしても、エマとシリウスの命を救うことは出来なかった。


 エマとシリウスが逝ってしまったという現実が、時間差でジェイクに襲い掛かる。受け入れたくない現実を突きつけられたジェイクは、さっきまでと同じように固まってしまった。ジェイクは何も表情を作れず、何も言葉を出せなかった。


 レオンとジェイクは絶望した。2人の憧れのヒーローだったエマとシリウスは、もうこの世界にはいない。その事実を、レオンとジェイクは信じることが出来ずにいた。つい1週間前まで、4人は仲良く笑い合っていた。何気ない日常が、これからはもう2度と訪れることはない。


 その残酷な現実に、レオンは初めて“恐怖”という感情を自覚した。それと同時に、抑えようのない怒りが彼の中で湧き上がっていた。それは、この世の無慈悲さ、残酷さに向けられたもの。世界は、無力な者から大切なものを平気で奪って行く。


 この時、レオンはさらなる知識の探求を決意した。この経験が、今のレオンを突き動かす原動力となっていた。残された、たった1人の家族を非情なこの世界から護るため、レオンは突き進んだ。その過程で、レオンはこの世の不条理を制する黒魔術(グリモア)の研究に没頭した。


 その中で彼が大切にしたのは、何も失わないこと。何も犠牲を払わないこと。その確固たる意志のもと、レオンはその知識で黒魔術(グリモア)の再現に成功した。


 アドフォードに残されたジェイクは、大好きなエマとシリウスの後を継ぐことを決意した。レオンやジェイクには及ばずとも、町民もエマとシリウスの死を悼んだ。町民の温かい支援もあり、ジェイクは立派な町医者に成長した。


 失くしたものが、2人を成長させたのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


不運な死を遂げたハウゼント夫妻。その大き過ぎる喪失は、レオンとジェイクを強くした。


レオンは無事にジェイクを護り抜けるのか⁉︎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ