第192話「超えるべき壁」(1)【挿絵あり】
リリの修練もいよいよ大詰め。最後に、彼女に課せられたものとは⁉︎
改稿(2020/11/26)
それから数日間、リリの修練は続いた。リリが黒魔術の精度上げに専念する傍、アレンもアシュリーから何やら魔法の手ほどきを受けていた。一体アレンにはどんな力が眠っているのだろうか。彼もまた、リリと同じように“鬼”だったりするのだろうか。
アレンは真面目に修練に取り組んでいたが、数日で彼の力が目覚めることはなかった。少なくともリリがアレンに隠された力を目の当たりにすることはなかった。
ある日の朝、リリとアレンはいつも通りアシュリーの元を訪れていた。
「あなたもだいぶ、黒魔術士らしくなってきたわね」
「本当ですか⁉︎」
「えぇ!今のあなたなら、M-12に太刀打ち出来るかもしれないわ!」
「今は身体の奥底から力が湧き上がって来るのを感じるし、上手くコントロール出来るようになって来た。本当に信じられないけど、私も黒魔術士になったんですね…」
これまでとは大きく変わった現実味の無い現実を、リリは無理やり実感しようとしていた。今の彼女は、護られるだけの足手まといでは無い。
「そうよ!と言うわけで、今から抜き打ちテストをしたいと思います!」
「へ?」
「このテストは抜き打ちだけど、最終試験でもある。合格すれば、私があなたに教えることはないわ」
「最終試験⁉︎え?どう言うことですか?」
「もう私たちは結構長く一緒だし、あんまりこれ以上一緒にいると、お互いにとって良くないと思うのよね。だから、これが最後。もし合格出来たら、これからはあなたの出来ることに集中なさい」
「テストって何するんですか?」
「決まってるじゃない。私に勝てたら合格よ!」
「………え?勝つ?えっと…え?」
あまりにも急な宣告に、リリの頭は真っ白になっていた。
「だから、私と手合わせして勝てたら合格ってこと。それに試験の対象はあなただけじゃないわ。アレン君にも参加してもらう」
「やっぱり……都合良いこと言って、私たちをまとめて消すつもりなんですね」
「あらあら。そんな怖い顔しないでよ。確かに私はあなたたちを殺すつもりで戦うけど、本当に殺しちゃったりはしないから。そこは安心して欲しい」
「本当に、信じていいんですか?」
「信じる信じないは、あなたの自由よ。ただ、生身の黒魔術士と戦うことは、確実にあなたの成長に繋がると思う。アレン君を護りながら戦うんだから、スーちゃんと戦った時とは比べものにならないほど大変な戦いになるとは思うけどね」
「……………」
リリはしばらく疑いの視線をアシュリーにぶつけ続けた。それでも、アシュリーはいつも通り笑っている。いつまで経っても、リリには彼女の腹の中が分からなかった。アシュリー・ノーベンバーは、本当に底が知れない女性だ。
「どうするのかしら?」
「分かりました。私やります!もしあなたが私たちを消そうとしているんだとしても、私にはあなたに勝つ自信がある。勝ってみせる‼︎」
「強気なところも可愛いわね……それじゃ、始めましょ!」
リリの決意により、アシュリーによる最終試験の幕が上がった。テストとは言え、リリはM-12の1人との直接対決に挑む。
アシュリーは身構えると、さっそく動き出した。
「っ⁉︎」
目にも留まらぬ速さで距離を詰めたアシュリーは、容赦無くリリの右ふとももを斬りつけた。治癒の特訓をしていた時と同様に、彼女の手にはメスのような刃物が握られている。
「うわ〜ん!痛いよ〜‼︎」
そしてその直後、リリの背後からアレンの泣きわめく声が聞こえて来た。リリの反応は確実に遅れていた。これは護り抜く戦い。自分のことだけ考えていては、アレンを危険に晒してしまう。
“まず脚を斬りつけて、動けなくさせるつもりね”
リリが後ろを振り返ると、そこには左脚を斬りつけられたアレンがいた。戦いの中で初めて傷つけられたアレンは、涙を流して叫び続けている。
この時のリリは、至って冷静だった。これも大きな力を手にした故の成長。これまでのリリなら、きっと頭が真っ白になっていたことだろう。
確かにアシュリーは素早いが、その動きはバーサーカー・モードになった殺戮人形ほどではない。リリはアシュリーの動きを追えていた。緋色の刃の猛攻を防いだリリなら、きっとアシュリーの速さについて行ける。
「私よりも、アレン君を早く治さなきゃ‼︎」
リリの頭の中は、アレンを助けたい気持ちでいっぱいだった。アシュリーの動きに気を配りつつ、リリはアレンの元へと走り出す。アレンはまだ小さい子ども。同じ傷を負わされても、アレンの方が失う血の割合は多い。
「ひとつのことだけ考えてたら、私には勝てないわよ!」
「うっ‼︎」
ところが、アレンにたどり着く前に、リリは再びアシュリーに斬りつけられてしまった。それをきっかけに、小さなメスが何度もリリの身体に傷を残して行く。
傷を負うほどリリの動きは鈍くなり、アレンの元へたどり着くまでの時間も長くなって行く。このままアレンの傷を癒すことが出来なければ、命の危険に繋がってしまうかもしれない。
「ひとつのことだけ考えてたら……そうだ。私の黒魔術はひとつじゃない。出来るか分からないけど、やってみるしか‼︎」
リリは、この状況の打開策を思い付いていた。殺戮人形の猛攻から一旦遠ざかった時のように、リリは目をつぶって集中力を高め始めた。それから左手を自分に向け、右手をアレンがいる方に向け、呼吸を整えてひたすらイメージを膨らませて行く。
祈るようにリリが目を開くと、視線の先にいたアレンの左脚に変化が起きていた。血だらけのアレンの脚には銀色の魔法陣が輝き、みるみるうちに傷が癒えて行く。
この時、リリはアレンの傍にはいなかった。それは、治癒と領域を組み合わせた遠隔治療術だった。
「よし!上手く行った‼︎だいぶコツが掴めて来た!」
「なかなかやるわね。あなたの成長には、目を見張るものがあるわ」
アレンを治療するのと同時に、リリは自分が受けた傷も癒していた。リリはだいぶ黒魔術の扱いに慣れていた。光に包まれた傷は、跡形も無く消え去った。
「お姉ちゃんをいじめるな‼︎」
「⁉︎」
「何が起きたの⁉︎」
リリのおかげで元気を取り戻したアレンは、威勢良く吠えた。
それと同時に、彼とアシュリーの間で何らかの変化が起きる。リリがいる場所からは、2人の間で起こった変化を見ることが出来なかった。
数秒後、アシュリーは何か大きな衝撃を受けたかのように、片膝をついた。アレンがアシュリーに向けて何かを放ったのは確実だったが、その詳細を知る者はこの部屋にはいなかった。何かを放った張本人であるアレンでさえ、ぽかんと口を開けて呆然としている。
「ふふ…アレン君も着実に力を身につけていたみたいね」
未知の攻撃を受けたアシュリーは、なぜだか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「笑ってる場合じゃ…ないですよ‼︎」
「⁉︎」
そこですかさずリリは苦痛の創造を使い、アシュリーの動きを封じた。完全に油断していたアシュリーは、際限なく発生するイバラに身体の自由を奪われた。修練の中、リリは確実に戦闘センスを磨き上げている。
拘束されてもなお、アシュリーの顔から笑みが消えることはなかった。イバラのトゲでアシュリーの身体は確実に傷つけられている。
それなのに、彼女の顔から笑顔は消えなかった。この状況を打破する何らかの策を彼女が持っている。そう考えたリリは、アシュリーから一瞬たりとも目を離さないことにした。
捕らえられたアシュリーは、手首のスナップを使って、手にしていたメスを投げ飛ばした。投げられたメスは、まるで矢のように、真っ直ぐアレンを狙っていた。
「させない‼︎」
アシュリーの動きを見逃さなかったリリは、イバラを使って飛んで来るメスをはたき落とした。領域を使い、アシュリーの拘束に使っていたイバラのうち1本を移動させたのだ。
「これはマジック・メス。魔力から作られたものだから、いくらでも作り直せるし、手に握ってなくても操れるの」
「まずい‼︎」
イバラによって床に叩きつけられたマジック・メスはまるで生きているかのように、独りでに動き出す。
リリがそれに気づいた時、すでにアシュリーの右手には新たなマジック・メスが握られていた。アシュリーの魔力が底をつかない限り、マジック・メスは半永久的に増え続ける。
「痛いっ‼︎」
2本目のマジック・メスもアシュリーの手を離れ、アレンに襲い掛かった。リリは2本目の斬撃を何とかイバラで食い止めたが、1本目はアレンに届いてしまった。アレンに魔法の才能があったとしても、まだまだその実力は戦闘出来るレベルに達していない。
「っ‼︎」
間髪入れず、リリにもマジック・メスが襲い掛かった。イバラで叩き落としたところで、マジック・メスの動きを封じることは出来ない。1本目はアレンを襲い、2本目はリリを襲った。2人を襲った2本のマジック・メスは、宙を舞ってアシュリーの手元に戻った。
「アレン君。少しだけ我慢してね……」
遠隔治療術を使って、リリはさっそくアレンの傷を癒し始めた。リリにも同じような傷があり痛みを感じているが、彼女は何よりもアレンの安全を優先していた。アレンに少しも痛い思いをして欲しくないのだ。
いくら試験だとは言っても、そんなのはただの口実で、アシュリーは甚振りながら2人の命を奪おうとしている可能性だって否定出来ない。
「嘘……そんな………」
アレンの傷が完全に治った時、アシュリーの姿を見たリリは言葉を失った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
容赦なく襲い掛かるアシュリー。必死に立ち向かうリリ。リリは最終試験を突破出来るのか!?




