第190話「抱かれた鬼胎」(2)
ブレスリバーから戻って来た翌日。黒魔術の修行を終えたリリには、新たな“修練”が待っている。
さっそくリリはアレンを連れて、セントラル病院を訪れていた。
「あなたの黒魔術は、私の想像以上に強力よ。無事に黒魔術が覚醒したから、次はコントロールね。今のあなたは、全然自分の力をコントロール出来てない。それじゃ、一緒に戦う仲間を傷つけちゃうわ」
「私にコントロール出来ますかね……なんか今はこう、湧き出して来るものがワーッてなる感じなんですよね」
「私は鬼じゃないからいまいち分からないけど、黒魔術をコントロールするには、イメージを明確化することが大事なの。特に苦痛の創造と領域を使いこなすには、イメージが重要になって来る。
治癒は私の得意分野だから、あとでじっくり教えてあげるわね」
「ちょっと待ってください。私って領域も、治癒も使えるようになるんですか?」
「あれだけの潜在能力があるんだから、リリスが使える黒魔術はほとんど受け継いでると思うわよ!覚醒はもう済んでるから、あとはあなたのイマジネーションで、力を呼び出すだけ。使いこなすには、ちょっと時間がかかっちゃいそうだけどね」
「えへへ〜」
「照れるのは、自分の黒魔術をコントロールしてからにしましょうね!」
「はい………」
「大事なのはイマジネーション。具体的なイメージを思い描くこと、それと強い想い」
「イマジネーションですか…」
殺傷能力のある苦痛は、特にしっかりと制御する必要がある。潜在的な黒魔術が覚醒しても、コントロール出来なければ、何の意味もない。
「さてさて始めましょうか!今のあなたは、黒魔術を使おうとすると、歯止めが効かない。だから、まずはイバラを1本だけ発生させる練習をしましょう。それからだんだん本数を増やしていけば、力加減が分かるはずよ」
「1本だけ……1本だけ…………えいっ‼︎」
「う〜ん…これは先が思いやられるわ」
「あは、あはははは」
リリは、頭の中で1本のイバラを思い描いきながら黒魔術を発動する。
ところが、最初の時と同じように、アシュリーの部屋全体を無数のイバラが覆ってしまった。誰も傷つけていないのは進歩かもしれないが、イバラの本数を減らすことは全然出来ていない。
リリがイバラを生やし、皆でそれを片付ける。そんなことが、何度も何度も繰り返された。回数を重ねる毎に、徐々にリリは苦痛の創造の規模を抑えることが出来るようになり始めていた。
そして、修練を始めて5時間ほどが経った頃。
「1本だけ!今度の今度こそ‼︎」
ぽっ…。
「成功よ!やっとコントロール出来始めたみたいね!」
全神経を使って慎重に黒魔術を発動したリリは、ついに苗木のように小さなイバラを1本だけ生やすことに成功した。
ようやく次のステップを踏んだリリに、アシュリーは笑顔で拍手を送る。
「さ、休んだ分今日はガンガン行くわよ!次はイバラを思い通りに動かしてみましょうか!」
「え〜⁉︎鬼だ……」
今日は長い1日になる。アシュリーは、リリにみっちり修練をさせるつもりだ。
それから、リリの修練は何時間も続いた。回数を重ねるほどに、リリは具体的なイメージを浮かべることが出来るようになっていた。イメージが具体的であればあるほど、術者は黒魔術を手足のように扱うことが出来るようになる。
「かなり良いんじゃない?今日はこのくらいにしておきましょうか」
「本当ですか⁉︎」
「さあ、次は治癒よ!」
「えぇ〜⁉︎終わりって言ったじゃないですか〜」
「攻撃系はこのくらいにしておきましょうって言ったの」
「は〜い……」
アシュリーは、優しい顔をした鬼教官。もうリリがここに来てから半日ほど経っているが、今日の修練はまだ終わらない。
「治癒は、傷や痛みを癒すための黒魔術。もちろん術者の魔力量に依存するけど、その場ですぐに傷を癒すことが出来るの。治癒が使えれば、回復薬なんて必要なくなるんだから」
「なんか、とっても難しそうですね……」
「そうね……苦痛の創造とはまた違うイマジネーションが必要になって来るわ。何かを創り出すイメージじゃなくて、欠けたものを元に戻すイメージが必要ね。元に戻れって言う強い想いを持ってみて」
「痛いっ‼︎」
アシュリーが治癒について説明していると、突然リリの右脚のふくらはぎに強烈な痛みが走る。
ふとアシュリーの手元を見やると、そこにはメスのような刃物が握られていた。話をしながら、アシュリーは突然リリを斬りつけたのだ。
「何するんですか⁉︎」
「さあ、さっそく治癒を使ってみましょう!今出来た傷に両手をかざして、元に戻れって強く念じるの。早くしないと、傷跡が残っちゃうわよ!」
「乱暴すぎますよ‼︎」
リリは涙目になりながら、アシュリーに言われた通りにする。アシュリーの教育はかなり乱暴だが、そのおかげでリリは間違いなく、黒魔術を急速に上達させている。
両手をかざして必死に傷を癒そうとするリリだが、変化が起こる様子は一向に見られない。ただ傷口から血が流れ続けている。痛みを堪えながら治癒を使おうとしても、何も起こらない。
「ほら!早くしないと綺麗な足に傷が残っちゃう!傷なんてあったら、ベルから嫌われちゃうわよ!」
「だから…………そんなんじゃないってば‼︎」
わざとらしくアシュリーがベルの名前を出すと、リリは感情を爆発させた。
それは、黒魔術を覚醒させた時ほどではないが、それに匹敵するほど大きな感情の爆発だった。そこには怒りや恥じらい、他にも様々な想いが込められていた。
その時、これまでとは違う輝きが、リリの身体を包んでいた。
「それでこそ私の弟子ね」
「へ?」
リリがふと右のふくらはぎに視線を落とすと、パックリと開いた傷が、いつの間にか完全に閉じていた。それどころか、傷痕すら残っていない。治癒が成功したのだ。
「傷が治ってる‼︎」
「それが治癒だもの」
リリはわけも分からず、素直に喜んだ。治癒が使えれば、怖いもの知らずだ。
「前から思ってたんだけどさ、何であなたいつもそんなに強く否定するの?」
「何のことですか?」
「何って、ベルのこと」
「だから、そう言うのじゃないんですって‼︎」
「だって、そう言うのじゃん。私はもう、結構前にあなたの心の声聞いたからね」
アシュリーに心の声をしっかり聞かれていたことを知ると、リリの顔はたちまち真っ赤に染まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます‼︎
着々と、リリが戦力を身に付けています。彼女は、これからの戦いでどんな活躍を見せてくれるのでしょうか⁉︎




