第189話「最終段階」(1)
ゴーファー邸に侵入するベルゼバブ。そこにはレオン特製のトラップが仕掛けられていて…
改稿(2020/11/21)
それからしばらくして、ベルゼバブは完全に以前の姿を取り戻していた。
「待っていろよ…お前たちは今日の晩餐だ」
元通りにになった両手で、ベルゼバブは門の鉄格子に触れた。
ギーッ……
ベルゼバブの予想に反して、鉄格子の門はいとも簡単に開かれた。レオンが“ベルゼバブホイホイ”と称するゴーファー邸。入り口にも何らかの仕掛けがあるはずだが、不具合があって作動しなかったのだろうか。
少しの違和感を抱きつつ、ベルゼバブはゴーファー邸の敷地内に足を踏み入れようとする。
「なっ⁉︎」
その時だった。突然どこからともなく暴風が吹き荒れ、ベルゼバブの身体はゴーファー邸に侵入する前に、空中に高く舞い上がってしまった。
そのまま暴風は渦を巻き、アドフォードの町を駆け抜けて、アムニス砂漠まで移動した。暴風の渦に巻き上げられたベルゼバブは、突然の出来事に対応することが出来ず、そのままアドフォードの町から弾き出されてしまった。
「忌々しい悪ガキどもめ……こんな小賢しい仕掛けで、俺を遠ざけていられると思うなよ」
暴風のトラップはベルゼバブを遠ざけることは出来ても、直接的なダメージを与えることはない。事実、アムニス砂漠まで吹き飛ばされたベルゼバブの身体には、傷ひとつ付いていなかった。
ぶつくさと文句を言いながら、ベルゼバブはゴーファー邸の門前へと戻った。こんなものはただの時間稼ぎにしかならない。
「いくら頭が冴えていても、越えられない壁があるんだよ」
ベルゼバブはアムニス砂漠からここまで歩いている間に、血が上った頭を冷やしていた。ベルゼバブも馬鹿ではない。当然彼がさっきと同じように、門に手をかけることはなかった。
ガシャン‼︎
ベルゼバブが手をかざすと、レンガと鉄格子で出来た門が、一瞬にして破壊されてしまった。ベルゼバブの暴食の黒魔術だ。
いとも簡単に崩れ去った門が行き着く先は、ベルゼバブの胃の中。その腹部に穴が空いていないことから、門自体にはエリクサーの力が施されていなかったことが分かる。
「ん?」
暴食の過程で、ベルゼバブは違和感を抱いていた。確かに門は崩れ去ったが、何かに弾かれるような感覚を、ベルゼバブは覚えていた。
「まさか……」
ベルゼバブは試しに、崩れ去った門の先に右手を伸ばしてみる。
すると、その手は何かに弾き飛ばされてしまった。それから何度もベルゼバブは手を伸ばしてみるが、もともと門があった場所で、弾き返されてしまう。
「小癪な……障壁を張ったか」
何度か触れてみることで、ベルゼバブは目の前に障壁が張られていることに気がついた。
さっきベルゼバブが抱いた違和感の正体も、これだった。おそらく、黒魔術を弾くエリクサー由来の障壁なのだろう。
「これなら、どうだ?」
しばらく考え込んでいたベルゼバブは、口から炎を吐き出した。
それは、赤々と燃える深紅の炎。アローシャの業火だ。脱獄の時に吸収したものか、アドフォードで対決した時に吸収したものか。それは定かではないが、この時までベルゼバブは、アローシャの業火を腹の底に取っておいたようだ。
深紅の業火は、障壁に穴を空けた。
ベルゼバブは、ベリト監獄を脱獄した時、リミア連邦軍のヘルズ少佐と戦った記憶を呼び起こしていた。ヘルズ少佐の絶対領域から放たれた雷は、ベルゼバブの動きを完全に封じた。
だが、アローシャの業火は違った。アローシャ自身はヘルズの雷に拘束されていたが、炎は封じられることなく、ヘルズの身体を焼き尽くした。
エリクサーとキュリアスは似たようなもの。キュリアスを打ち破ったアローシャの業火は、ベルゼバブの予想通りエリクサーをも打ち破った。
障壁には、ベルゼバブが通るには十分過ぎるほど大きな穴が空いていた。
「何ィ?フザけた真似を…」
ところが次の瞬間、ベルゼバブは障壁に空いた穴が縮小を始めていることに気がついた。
エリクサーは、キュリアスよりも優れていると言うことなのだろうか。穴が縮小する速度は、次第に速くなっていった。このままでは、せっかく空けた穴が閉じてしまう。
「ええい‼︎」
ベルゼバブは居ても立っても居られず、目の前の穴に飛び込んだ。ゴーファー邸の敷地内に侵入しようと無我夢中だった。ただ前に進むことしか、この悪魔は考えられていない。
「ぐはっ‼︎」
その直後、ベルゼバブの身体を10数本の矢が貫いた。それは屋敷の方から飛んで来たようだ。
頭から足の先まで、ベルゼバブの身体は串刺し状態になった。当然その矢の先端に据えられているのは、エリクサーの結晶で作られた刃なのだろう。
そのまま何もすることが出来ずに、ベルゼバブは庭に倒れ込んだ。全身に刺さったエリクサーの矢が、ベルゼバブの身体の自由を奪う。レオンは、ベルゼバブの行動を完全に予測していた。
休む間を与えず、次のトラップが発動する。
今度は、ベルゼバブの身体が、地面に接する面から凍り始めていた。抵抗することも出来ず、ベルゼバブの身体はみるみるうちに凍りついていく。完全に動きを封じてしまうのが、レオンの目論見だろう。
「おのれ悪ガキども‼︎必ずお前らのオーブはいただくぞ‼︎」
この時ベルゼバブの怒りは、頂点に達していた。今や、ベルゼバブは完全にレオンの手のひらの上で踊らされている。その怒りは身体を凍てつかせる氷を全て溶かしてしまいそうなほど、燃え盛っていた。
それからすぐに、その身体は完全に氷漬けになった。まるで、トランプ・サーカスで氷漬けにされていたジュディのようだ。
それでも、ベルゼバブの執念の炎を燃え続けている。
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「どうやら、ベルゼバブが我がレオン・ハウゼント邸の敷地に侵入したようだ」
「あの爆発でもたったこれだけの時間稼ぎにしかならないなんて…」
「悪魔に侵蝕された身体は、異次元の治癒能力を備えるようだな」
「エリクサーを使った攻撃でもこんなに早く再生してしまうのなら、あっという間にベルゼバブはここまでたどり着くんじゃない?」
「何を寝ぼけたことを言っているんだ、ジェイク。お前はこの屋敷の仕掛けを知らないから、そんなことが言えるんだ」
ベルゼバブの接近に、レオンたちは気づいていた。起動したトラップは、レオンが確認出来るようになっている。
「なんだか嫌な予感がするんだ。せめて、呪いの椅子はちゃんと壊しておこうよ」
「そうだな。まだ微かに黒魔術が残っている。ベルゼバブが人間の身体を保持したままあちら側に戻れる可能性は、完璧に潰しておこう」
余裕綽々のレオンと、不安に支配されたジェイク。彼らの元にベルゼバブが到達することは、果たして可能なのだろうか。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
レオンの仕掛けた罠に翻弄されるベルゼバブ。そして呪いの椅子に向き合う兄弟。




