第186話「ぶつかり合う視線」(2)
同じ頃、ナイトの姿は図書館にあった。彼が訪れていたのは、セルトリア王国で最も大きな、ヴィルヘルム図書館。王都エリクセスに位置する重要な施設のひとつだ。
ナイトが手に取ったのは、“黒魔術士騎士団の軌跡”と題された分厚い本だった。“忠誠の鎖”を解くヒントを少しでも得るために、調べ物をしているのだろう。
「隊長!調べ物ですか?」
「エリオット。君も調べ物かい?」
「はい。些細なことでも、エルバに繋がる情報が何か掴めればと思って」
図書館の中でナイトが出会ったのは、M-12の1人エリオット・セプテンバー。ローランドと違い、彼はもともと王都残留組だ。
短く切りそろえた黒髪と、知的なメガネから、真面目な印象を受ける少年だ。エリオットの見た目は若く、ベルと同じくらいの年齢に見える。
「そういう隊長は何を調べているんですか?“黒魔術士騎士団の軌跡”………なぜ騎士団の本を?」
出会って早々、エリオットはナイトに疑いの目を向ける。1人残らず騎士団の人間がエルバの尻尾を掴もうと躍起になっているこの時期に、ナイトが騎士団について調べているのは、極めて不自然な状況だった。
「敵を知るには、まず味方から。万が一、エルバとぶつかり合うことにでもなったら大変だ。だからこそ、最悪の事態に向けて、改めて僕たち騎士団についての理解を深めておこうと思ったのさ」
「そう……ですか」
アイザックと違い、疑われてもナイトは一切表情を変えることはなかった。助言をくれるエルバが傍にいることも、彼にとってこの場を切り抜ける大きな助けになっているのかもしれない。
「隊長。あなたはあの時、嘘をついていたんですか?」
「急にどうしたんだいエリオット。全ては、あの時言った通りだよ。エイプリルが疑い深いだけさ」
「本当にそうなんですか?だったら何で、エイプリルはファウストを襲撃したりしたんです?エイプリルもそこまで馬鹿だとは思えません」
「エイプリルはグレゴリオ様に叱られていただろう?結局全ては彼女の思い違い。嘘を嗅ぎ分ける才能を否定されたのが、よっぽど悔しかったんだろう」
「確かにエイプリルは、ひどく叱られていた。ではやはり、僕の思い違いなのでしょうか…」
「思い違い?」
「グレゴリオ様も僕たちも、死力を尽くして探しているのに、なぜこうもエルバの尻尾が掴めないんですか?ここまで情報が手に入らない状況が続いているのは、やはり変です」
エルバの作戦は上手く行っていたが、それが却って、エリオット・セプテンバーに疑念を抱かせていた。黒魔術士騎士団には、選りすぐりの黒魔術士たちが揃っている。そんな精鋭たちがどれだけ探しても、エルバの手がかりさえ掴めない。
「隊長、あなたはエルバについて何か知っているのではないですか?ドリーマーの力がありながら、あなたが何も情報を掴めなかったとは思えない。
もし情報が掴めなかったのだとすれば、それは掴めなかったのではなく、掴もうとしなかったんだとしか思えません。一体バレンティスで何があったんですか?」
「……………」
「何か言ったらどうなんです?僕はあなたに憧れて騎士団に入り、M-12まで登りつめた。どんな時も、僕はあなたの背中を追って生きて来た。そんなあなたが騎士団に背信行為を働くなんて、考えたくない。そんなはずはない。
……答えてください!」
「エリオット…実はあの時話していなかったことがあるんだ。エルバはもしかしたら、僕のドリーマーと同じような力が使えるのかもしれない。奴の夢の中を僕は支配出来なかった。だから、何も情報を掴めなかったんだよ」
「⁉︎……何でそんな重要な情報を、皆の前で言ってくれなかったんですか⁉︎」
あろうことか、ナイトは重要な情報を、自らエリオットに暴露した。騎士団側の人間は、まだエルバの力について何も知らない。エルバの能力を知ったエリオットは、驚きを禁じえなかった。
「それはねエリオット、誰にも教えるつもりがないからだよ。これまでも、これからも…」
「⁉︎」
エルバの能力を漏らした直後、ナイトはエリオットの額に手を触れた。抵抗する間も無く、ナイトの力によって、エリオットは昏睡状態に陥ってしまった。
「あれ………僕は何を」
眠りから覚めた時、エリオットは本を何冊も広げて、図書館の机に座っていた。
「エリオット、こんなところで居眠りかい?頑張りすぎもほどほどにね」
「隊長…あなたも調べ物ですか?」
どうやらエリオットは、ナイトと会ったところから、記憶を消されてしまったらしい。
この時、ナイトの手にあったのは、“エルバ帝国の真実”と題された本だった。ナイトは、さっきまでのエリオットとの会話を、全て無かったものにした。ナイトの黒魔術は、都合の悪い記憶を消してしまうことが出来る。
「あぁ。皆頑張ってくれてるから、僕も頑張らないとね」
「一緒にエルバの尻尾を掴みましょう!」
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時を同じくして、ブレスリバーに目を向けて見る。
王国で1番大きな港から少し離れた水面で、うごめく怪しい影があった。
「裏切り裏切り……裏切りは許されない」
水面でブクブクと弾ける泡の音と共に、不気味な声が聞こえて来る。
それから間も無くして、水面に顔を出す1人の女性。褐色の肌、そして怪しく輝くオレンジの瞳。
何よりも特徴的なのは、長い髪だった。幾本もの太い束となった髪の毛が、水面を漂っている。その様は、まるでうごめくタコ足のよう。
「裏切り裏切り……」
同じ言葉を繰り返しながら、謎の女性はゆっくりと陸に上がる。
陸に上がった時、初めて彼女の全身が露わになった。彼女が身を包んでいるのは、赤い騎士団着だった。
ブレスリバーに派遣されているM-12の名は、ウルスラ・オーガスト。
「裏切り裏切り……裏切り者は海の底に沈め」
1人呟くオーガストの眼は血走っていた。彼女が言う“裏切り者”とは、一体誰のことなのだろうか。M-12がエルバたちの思惑に気づくのも、時間の問題なのかもしれない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回でようやく、M-12全員を個々に描写することが出来ました!
次回からは、再びアドフォードの戦いにフォーカスします!




