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第29話「染め上げる赤」【挿絵あり】

目覚めたアローシャが、ベルゼバブに立ち向かう!

 右掌にある炎の印。その印を、アローシャはベルゼバブに向けた。


 間髪入れず、その印から燃え盛る業火が放たれた。ベルが放った炎よりも赤々と煌めき、そこから感じられる熱も比べ物にならなかった。ベルは至近距離の攻撃しか出来なかったが、アローシャは違う。炎の印から放たれた業火は、まっすぐベルゼバブに飛んでいく。


 ベルゼバブは、飛んで来た業火を当然のように呑み込んだ。その様子から、先ほどベルが戦っていた場面が思い返される。


「さすがはアローシャの業火‼︎子ども騙しの火とはわけが違う‼︎喉がカッとなったぜ。美味い酒みたいだ」


 ベルゼバブは魔法すら呑み込んでしまう。

 それでもアローシャは動じなかった。ベルゼバブに休む暇を与えず、絶え間なくその業火を撃ち続けている。彼にも何か考えがあるようだ。


「馬鹿だねぇ‼︎お前は俺の能力を十分に知っているはずだ。そんなものは何の意味も成さないと言うことが、分からないか‼︎お前の炎をそのまま返してやる‼︎」


 ベルゼバブは、膨らんでいる自分の腹を強く叩いた。


 それから彼は口を大きく開いた。喉の奥から、くすんだ色の揺らめく炎が吐き出される。その炎は異臭を撒き散らしながら、アローシャを狙う。ベルゼバブは、ただ敵の魔法を呑み込むだけではなかった。全てを呑み込む強靭な胃袋。その中で生成される胃液と混ざった魔法は、彼自身の力となるのだ。


 ベルゼバブは暴食の悪魔と呼ばれるほか、ハエの王と呼ばれたり、糞山の王と呼ばれることもあった。と言うのも、ベルゼバブの口から吐き出される魔法は、全てが異臭を放ち、腐っているからだ。そんなベルゼバブから吐き出された炎は、腐炎(ふえん)とでも呼ぶべきだろうか。


「他人の力を利用する……お前のその小賢しい力はよく知っている‼︎」


 飛んで来た腐炎に、アローシャは己の業火をぶつけた。


「何度やっても同じこと‼︎」


 ベルゼバブが放った腐炎は、完全にアローシャの業火に呑み込まれてしまった。さらに大きくなった真っ赤な業火は、ベルゼバブ目掛けて飛んでいく。


 しかし、これもベルゼバブの想定内。彼は再びその炎を飲み込むと、もう1度吐き出した。


「それはこっちのセリフだ!」


 もう1度飛んで来る腐炎に、アローシャは同じことはしなかった。彼は何もせず、腐炎に飛び込んだ。かと思えば、アローシャは一瞬にしてその手に燃え盛る剣を握っていた。剣を模した真っ赤な炎の刃だ。


 炎の剣で腐炎を一刀両断したアローシャは、そのままベルゼバブに斬りかかった。


「ぐわぁぁぁぁー‼︎」


 ベルゼバブの腹部は、いとも簡単に斬り裂かれた。アローシャの炎の剣は、ベルゼバブの魔法の胃袋まで到達していた。傷口からは、ベルゼバブが今まで呑み込んで来た炎や、その他様々なものが吐き出された。その中には、ベリト監獄を脱獄する時に呑み込んだレンガのブロックまであった。


「お前こそ、私の能力を十分に知っているはずではなかったのか?」


 アローシャは不敵な笑みを浮かべている。ベルゼバブよりも、彼は圧倒的に頭がキレる。ベルゼバブの腹部の傷口は赤く(ただ)れ、そのダメージの大きさが伺える。


「何⁉︎」


 その直後だった。優勢となり油断していたアローシャの胸部を、ベルゼバブの牙が襲う。彼は遠隔捕食能力を使ったのだ。それは、触れずとも捕食することが出来る恐ろしい能力。


 ところが、アローシャの身体に傷がつくことはなかった。慌ててアローシャが胸部を探ると、星空の雫の入った小瓶が忽然と姿を消していた。


「油断大敵。この言葉を知っているか?アローシャ」


 ベルゼバブは満面の笑みを見せている。彼は星空の雫を奪ったのだ。


 ベルゼバブは貴重な星空の雫を、腹部の傷口に慎重に垂らす。3滴の星空の雫が、ベルゼバブの腹部に開いた傷に、落とされた。


 すると、ベルの腹部の傷と同じように、青い光と共に傷口がみるみるうちに塞がって行く。


「全く卑怯な奴だ」


「もうお前の炎は怖くない!その身体、すぐ使い物にならなくしてやる。星空の雫のない今、お前は少しの危険も冒せないはずだ」


「身体を失うのは、お前の方だ‼︎」


 勝利を予感していたベルゼバブに、アローシャが叫ぶ。


 ふと彼が周囲を見回すと、360度ベルゼバブを取り囲むように、アローシャの炎の魔法陣が無数に出現していた。この全てから業火が放たれれば、ベルゼバブはたまったものではないだろう。


「油断大敵。この言葉を知っているか?ベルゼバブ」


 アローシャは、ベルゼバブに掛けられた言葉をそのまま返した。


 ベルゼバブが周囲を取り囲まれ、動揺している隙にアローシャは彼の背後に近づき、その手に握られた小瓶を奪い返した。勝利を予感した時、油断は生じやすいものだ。小瓶を奪ったアローシャは、すぐにベルゼバブから離れた。


「く………貴様‼︎」


 ベルゼバブがそれに気づいた時。すでに手遅れだった。ベルゼバブを取り囲む炎の魔法陣全てが、赤く輝き出す。一面の暗闇だったこの空間は、一瞬にして鮮やかな赤色に染め上げられた。


 一面に広がる魔法陣のひとつから、四肢を持った、力強い豹のような炎が飛び出した。炎の豹は、優雅に空中を待っている。それを目で追っていたベルゼバブは今までと同様、炎の豹を捕食しようとする。


 ところが、それは罠だった。ベルゼバブが炎の豹に目を奪われたその瞬間、彼を囲む全ての魔法陣から、真っ赤な業火が勢いよく放たれる。その様は、巨大な炎の球のようにも見えた。全方位から地獄の業火に包み込まれたベルゼバブは、その身を焼かれ、もがき苦しんでいる。


「勝負はついた。この小僧をさっさとこの空間から出してやれ」


 焼かれ続けるベルゼバブを、アローシャはただ見守っている。人を騙すのが得意な悪魔だが、全身を焼かれ、もがき苦しんでいるのは演技ではないだろう。


「ふざけるな………これで勝った気になるなよ…俺はお前よりも強い‼︎」


 ベルゼバブには、まだアローシャと口を聞く余裕があった。全身を焼かれてもなお、ベルゼバブは火球の中からアローシャを睨みつけている。そして彼は大きく両手を開いた。


 その直後、ある変化が起きる。ベルゼバブを包み込む巨大な火球が、徐々に小さくなっているではないか。アローシャは目を疑ったが、火球は確かに縮小を始めていた。


 やがて火球は完全に消滅した。ベルゼバブが火球を全て呑み込んでしまったのだ。それはそれは、恐るべき執念だった。


「何てやつだ、お前は………」


 この時、アローシャは勝利を確信して油断しきっていた。ここで決着が付くと思い込んでいたアローシャは、初めて焦りを見せ始めた。


「俺たちはお互いを十分に知っているつもりだったが、そうじゃなかったみたいだな…………お?」


 ベルゼバブはゲップと共に、少量の炎を口から漏らすと、アローシャにある変化が起きたことに気づく。アローシャは、その場に倒れ込んだのだ。


「ここでお前の運が尽きたな……こんなとこで引っ込んじまったか」


 ベルゼバブは高笑いした。ようやく戦いが勢いを増し、これからが最高潮だと言うところで、アローシャは眠りについてしまった。もうベルゼバブの勝利は決まったも同然だった。


「お前の思い通りには、させねえよ!」


 普段はアローシャに身体を乗っ取られた後、しばらく目覚めないベルだが、今回は違った。意識を取り戻したベルの表情からは、なぜだかたっぷりの自信が感じられる。


「何を言うか。威勢が良いだけでは何も出来んぞ」


「威勢が良いだけじゃねえよ。扉の奥に閉じ込められてる間、俺はどうすればお前を倒せるか考えてた」


 ベルの顔には、自信に満ち溢れた笑みが浮かんでいる。


「くだらん。お前が俺を倒せる方法など存在せん!」


「アローシャが俺の味方かどうか。分からなかったけど、扉に閉じ込められてる間、俺にはアローシャがお前と戦ってるのが見えた。ずっと、扉の隙間から見てたんだ」


 白い少年と戦っていた時と同じように、アローシャが覚醒している間も、ベルはその中で意識を保っていたようだ。


「何をわけの分からないことを!だったらどうしたと言うのだ‼︎」


「“今”は、アローシャは俺の味方だってことが分かった。そして、アイツが何を考えてるのか、お前に何をしようとしてるのかピンと来たんだよ。アローシャはそれが成功する前に寝ちまったけど……だから、俺がその先を見せてやる!」


 ベルは自信満々にベルゼバブを指差した。


「ハハハハハ‼︎笑わせる。アローシャがしようとしていたことを、お前が再現することなど出来るわけがない!」


「じゃ、さっそく先に進むぜ」


「構わん」


 ベルは炎の印がある右手を、ベルゼバブのいる正面に突き出し、その手首を左手で掴んだ。それは、これまでベルが見せたことのない構えだった。ベルゼバブは、それを興味深そうに薄ら笑いを浮かべながら見守っている。


「後悔するなよ!」


 ベルが声を発するのと共に、彼の右掌から、幾重にも重なった魔法陣が展開される。魔法陣は、何重にも水平に連なっている。ベルゼバブに向かって、それは円筒のような形を成していた。見たこともない魔法陣の使い方に、ベルゼバブは思わず驚嘆の声を漏らす。


 幾重にも重なった魔法陣は、ベルに1番近いものから順番に輝き出す。次々赤い光が連鎖し、やがて全ての魔法陣が赤く輝いた。


挿絵(By みてみん)


 1番手前の魔法陣から炎が放出されると、その炎はいくつもの魔法陣を通って、ベルゼバブに向かって進んでいく。吸収と放出。2つの力を持つ、幾重にも重なった魔法陣により、ベルの放った炎の威力と勢いは、何倍にも増大されていた。


「バーニング・ショット‼︎」


 膨れ上がった炎は満を持して、奥の魔法陣から勢いよく放たれた。飛び出した炎は、ガスバーナーの火のように線状に伸びて行く。普段は至近距離でしか使えないベルの魔法陣だが、増幅された炎を放出する、この技は例外だ。


「何かと思えば、ただの小細工ではないか‼︎そんなもので悪魔に勝とうなんぞ……1000年早いわ!」


 ベルの大技は、ベルゼバブの期待を裏切るものだった。もちろん悪い意味で。いくら人間が知恵と力を振りしぼったところで、たかが知れている。ベルゼバブは今までと同じようにその炎を呑み込んだ。


「………………」


 ベルは炎を呑み込んでしまったベルゼバブを、ただ無言で見つめている。


「どうした?諦めたか?絶望したのか?ハハハハハ‼︎この馬鹿めが!


……………………ん⁉︎」


 散々意気がっておいて、ベルが絞り出した新技はベルゼバブにとって大したものではなかった。人間の愚かさを改めて感じたベルゼバブは、腹の底から笑った。


 しかしその直後、ベルゼバブはある異変に気づくのだった。


「ほれほれ、お前は人間を見くびりすぎだぜ」


 ベルゼバブの腹部は次第に膨らみ、今にも破裂してしまいそうな風船のように、肥大化していった。


「貴様!何をした‼︎」


 ベルゼバブは焦りを隠せなかった。これまで散々馬鹿にして来た人間の少年に、してやられたのだ。その様子をベルは笑顔で見ている。


 次の瞬間、決定的な変化が起きた。耳をつんざく大きな音を立てて、ベルゼバブの胃袋が破裂したのだ。これこそ、ベルが狙っていたことだった。


 ベルゼバブの腹部は吹き飛んだ。辺りには、緑色の皮膚や、肉片が飛び散っている。彼の胃液も放出され、辺り一面が異臭に包まれる。


「汚ねーな」


 ベルは思わず鼻を摘んだ。それから、ベルは辺りに飛び散った肉片を踏んでしまわないよう気を付けながら、倒れ込んだベルゼバブに近づいた。


「お前は一体何をしたんだ……」


 辛うじて意識を保っていたベルゼバブは、虚ろな目でベルを見上げる。


「単純だ。所詮その身体は人間のもの。いくら悪魔が操ってるっつっても、限界があると思ったんだ。何でも食っちまうアンタでも、きっと許容量がある」


 ベルは座り込んで、ベルゼバブと顔を合わせている。


「……人間にしては上出来だ。今回のところは見逃してやる」


「何言ってやがる……見逃してやる?もうお前は終わりだろ」


「悪魔はしぶといぞ……いつか必ずお前を殺す。次会う時は、お前が死ぬ時だ。それを覚えていろ………」


 今のベルゼバブは表情を作ることさえ出来なくなっていた。それでも、その口から出たそのセリフは、重みを持っていた。完全に勝利した。そう思っているベルに不安を感じるさせる何かが、その声には感じられた。


「望むところだ。今戦った結果がこれだぜ?次会った時は、俺が殺されるどころか、お前が俺に殺されるさ」


 ベルがそう言っている最中、ベルゼバブは忽然と姿を消した。


 気がつけばベルはゴーファー邸の1室で、呪いの椅子に座っていた。ベルゼバブが姿を消したのではなく、ベル自身がオズの世界に引き戻されたのだ。


「はぁ〜…疲れた」


 大きな戦いを終えたベルは、しばらく呪いの椅子に座り込んだまま。ロッキング・チェアを揺らしながら、何気なく部屋の中で目線を泳がせていると、ベルは目の前の扉にわずかな隙間があることに気づくのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


何とかベルは、悪魔ベルゼバブに勝利することが出来ました!オズに生還したベルですが、まだまだ第1章は終わりません!

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