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第2話「脱獄」【挿絵あり】

“ブラック・ムーン事件”が少年ベルに及ぼした影響とは…⁉︎


改稿(2020/04/26)※間違いを訂正しました(1年後→10年後)

 それから10年後……


「……」


 とある牢獄の中で、1人の少年が力なく座り込んでいた。この牢獄の中には、彼以外誰もいない。そんな牢獄の外から、誰かの話し声が聞こえる。


「こんな若いのが終身刑だとよ…」


「何でも恐ろしい魔術士らしい」


 何もすることのない少年の耳には、その会話がしっかりと届いていた。


“俺、こんなところで死んで行くのか…こんなところに入ってなかったら何をしてたんだろ…そういえば俺は今何歳だ…?16か”


 少年は1人そんな事を考えていた。10年近くも牢獄の中で1人過ごせば、自分の年齢さえ分からなくなる。

 そして、1人で会話も成立してしまうのだ。多感な時期をすべて牢獄で、たった1人で過ごしてきた少年には、外の世界のことも、教養もない。ただひたすら生きてきたが、このまま生きていて意味があるのか。そんな疑問も抱き始めていた。


 彼が今16歳であれば、ここに入ったのは6歳だったと推定される。6歳の少年が一体何をすれば、大事な時期を10年間も牢屋で過ごすことになるのだろうか。孤独で狭い牢屋での10年間は、彼を変えてしまった。少年の目から希望が失われ、虚ろになっている。表情もなく、魂が抜けてしまったかのようにさえ見える。


 陽月歴1523年。連邦国家リミア。監獄町ラビトニー第4地区、ベリト監獄。ここが、少年の収容されている監獄。


「俺はもう1人の魔術士さんのところに行って来る。ま、ここは任したぞ」


「あ、あぁ」


 少年のいる牢獄の前で会話していた2人の看守のうち、1人が別の牢獄へと向かった。


 その場に残った看守は、呑気に外を見ながら鼻歌を歌っている。無気力な少年を見て、何の心配もないと思っているのだろう。


 看守は、幾つかの鍵のついた、鉄の輪を指で回しながら、引き続き鼻歌を歌っている。


「ギャーッ!」


 その直後、もう1人の看守の悲鳴がこだました。別の牢獄。そう、もう1人の魔術士の様子を見に行った看守の悲鳴だ。


「どうした⁉︎」


 少年の前にいる看守は、急な出来事に慌てる。最悪の状況を想像するが、看守はその考えを振り切るように頭を振ると、悲鳴の聞こえた方へと走った。


 看守が息を切らしながら駆けて行くと、通路には目を疑うような光景が広がっていた。たしかに、そこにもう1人の看守の姿はあった。しかし、それは変わり果てたものだった。


 その身体は力なく座り込んでいて、真っ赤な血に染まっている。そのまま目線を上げてみると、そこには首がなかった。まるで化け物に噛み千切られたかのような傷跡があるのみだ。そこからは今でも血が飛び出しており、見るに堪えない。


「……‼︎」


 それを見た看守は、思わず言葉を失った。それと共に吐き気を催した。目の前に広がるのは普通に生活していれば、まず見ることのない光景だ。


 直後、看守の気づかぬうちにその背後に恐ろしい影が忍び寄るのだった。彼は、生きてそれに気付くことはなかった。


 その時、少年にも異変が起こりつつあった。突然、少年は右目に激しい痛みを覚えた。右目は、長い前髪で隠されている。前髪の下から、右手で右目を押さえる。


「うっ!」


 その痛みは今までに経験したことのない、思わず声が漏れてしまう程の痛み。少年はひどくもがき苦しんでいる。10年間ここにいて、彼がこんな経験をするのは初めてだった。


“久しく景色が見たいな…あの夜以来、お前は何も見せてはくれない。少年よ、お前の瞳に映る景色を見せてはくれぬか”


 そんな声が、少年の頭の中に響いた。時が経つにつれ、少年の感じる痛みはひしひしと強くなって行く。その痛みは彼の限界を越え、意識は少しずつ薄れていく。やがて、彼の意識は遠のいてしまった。


 この時意識が失われてしまったため、ベルはこれ以降に起きた出来事を一切覚えていない。


“こんな狭い場所に留まる私ではない”


 その声の主は少年の意識を奪い取り、少年の身体の主導権を握っていた。彼は長い前髪で隠されていた右目を、この時さらけ出していた。両の瞳とも普段とは違う赤色。特に右の瞳は炎のように光りを放っていた。


 右目の周り、つまり顔の右半分のほとんどは痛々しい火傷の痕が残っている。幼い頃に少年を襲った恐ろしい体験が、まさに傷痕として残っているのだ。


 ここは監獄の1室。目の前には鉄格子が立ちはだかり、少年と声の主を、狭い空間に捕えている。


「ベル・クイール・ファウストか?」


 その時、彼の耳に誰かの声が届く。


「誰だ?」


 少年とは違う何者かがその声に答える。彼に話しかけるその声は、鉄格子の向こうの暗がりから聞こえる。


「そうか……感じるぞ。お前はアローシャだな」


 彼に声をかけた人物は、ゆっくりと暗がりから姿を現す。


「その薄汚い声は、ベルゼバブか」


 彼、つまり少年ベルの中に存在する悪魔アローシャは、語り掛ける男の正体を知っていた。ベルの意識を奪ったアローシャの前に現れたのもまた、悪魔だった。


挿絵(By みてみん)


「いかにも。俺はあの夜、この身体を手に入れた。そして、この身体は完全に俺のモノになった………お前はその様子だと、身体の自由が利かないようだな」


 ベルゼバブは少しばかりの優越感に浸っていた。なぜ少年ベルは投獄され10年もの長きに渡り、監獄生活を余儀なくされたのか。その理由は、10年前の“ブラック・ムーン事件”にあった。


 ヨハン・ファウスト博士が引き起こした“ブラック・ムーン事件”により、少年ベルは悪魔アローシャを身体に住まわせる事となった。それから、体内の悪魔がベルの意識を乗っ取り暴走でもしたのだろう。とにかく、少年ベルが投獄された原因は悪魔アローシャにある。


「その口数の多さはなんとかならんのか」


 アローシャは、ベルゼバブの言動が気に入らない様子。


「いい気分だ。感じるんだ。この身体がこの俺様に馴染んでいくのをな。10年だ。無駄に牢屋の中で過ごしていた訳じゃない。十分に身体を馴染ませた。満足に力も使えるようになった」


 ベルゼバブは10年ぶりに檻から出て、気分が解放されているらしい。そして自分の力がうまく使えていることに、喜びを隠せなかった。


「それに引き換え、そんなガキ1人の身体も奪えずに10年も無駄に過ごしてきたか。悪魔が聞いて呆れるぜ」


 ベルゼバブは、アローシャのことを笑い飛ばす。自分が優位に立てていることが嬉しいのだろう。


「勝手に言っていろ」


 アローシャはベルゼバブが気に食わないが、反論する気はなかった。何を言おうが、今身体が馴染んでいることを自慢されるだけだ。


「と、そんな事はどうでもいいからよ。早いとこ逃げた方がいい。すぐに追手が来る。それに、アンタの身体が自由に動くかも分からないだろ?」


 ベルゼバブは嫌味を挟みつつ、そう言った。彼の右手には、さっきの看守が持っていたものと同じ、鍵が連なった鉄の輪が握られている。やはり、あの看守はすぐに殺されてしまったのだろう。鉄の輪には、少量の血液が付着していた。


「……何のつもりだ?」


 アローシャはベルゼバブが牢の鍵を握っているのに気づくと、怪訝な表情をした。


「お前をここから出すつもりに決まってるだろ?それ以外に何がある?」


 ベルゼバブは、笑いながらそう言った。


「こんな鉄格子、私の力で簡単に壊せる」


 アローシャは、ベルゼバブの助けなど借りるつもりは毛頭なかった。


「意地張る必要はねえぜ。身体の主導権を握ったばかりのお前が、自由に力を使えるのか?」


 ベルゼバブはまたもやアローシャを小馬鹿にする。彼の言っていることは、確かに一理あるが、アローシャはそれを認めたくはなかった。


 アローシャが言い返す前に、ベルゼバブは鍵を使って重い鉄格子を開いた。


「ま、良いってことよ」


 ベルゼバブはわざとらしくそう言う。


「……」


 アローシャは、何か恩を売られたようで、気持ち悪く思っていた。


「まずはこのベリト監獄を出るぞ」


 ベルゼバブがそう言って走り出すと、それにアローシャも続く。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


“ブラック・ムーン事件”により悪魔に憑依された少年ベルは、投獄されてしまいましたが、悪魔ベルゼバブの助けにより脱獄。次話では、2人の悪魔の脱獄の続きを描きます。


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