表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
299/388

第178話「秘められた力」(1)【挿絵あり】

リリの修行は次の段階へ。少女に立ちはだかる、新たな試練とは…


改稿(2020/11/17)



「ちょっと休憩しませんか?」


「これが終わったら休憩しましょ!」


「鬼だ…」


「え?」


「聞こえてるのに、聞こえないフリしないでくださいよ…」


「うふふ…可愛い〜」


「なんか、いつもそれで無理やり片付けてませんか…?」


 休む間も無く、アシュリーは次の修行に移ろうとしている。リリとアシュリーのペースは、ことごとくズレている。決して気の合う2人ではないが、相性が悪いというわけではないようだ。


「まあ良いじゃないの!さてさて。次はこれを使うわよ!」


「何ですか?この黒くて丸いの」


 次にアシュリーがリリの前に出したのは、真っ黒な球体だった。当然リリはその球体を目にしたことがない。殺戮人形(スローター・ドール)と言い、黒い球体と言い、アシュリーはリリの知らないものばかりを所有している。


「これは黒鱗晶(こくりんしょう)。魔力を引き寄せる力を持った球体よ」


「こくりんしょう…?」


黒鱗晶(こくりんしょう)はね、キュリアスと、黒龍のウロコから作られる結晶のこと。かなり希少だから、騎士団でも私しか持っていないわ。似たような力を使う剣士はいるけどね」


 魔力を引き寄せる力を持つ黒鱗晶(こくりんしょう)。その能力だけを聞くと、アイザックの愛刀デル・モアが連想される。


「その黒鱗晶(こくりんしょう)で何をするんですか?」


「ちょっとゴメンね〜」


「え?痛っ!」


 リリが首を傾げていると、アシュリーは突然、手のひらでリリの身体を正面から強く叩いた。唐突に攻撃されたリリには、為す術もなかった。一体なぜアシュリーは突然リリに危害を加えたのか。


「…えぇ⁉︎」


 その理由は、すぐに明らかになった。叩かれた痛みにより、1度目をつぶっていたリリが、もう1度目を開くと、彼女の目の前には決して存在するはずのない、もう1人のリリが存在していた。


 あまりに不思議なその光景を前に、リリはトランプ・サーカスでの出来事を思い出していた。今の攻撃で、アシュリーはリリという人間を複製したのだろうか。


「このために、黒鱗晶(こくりんしょう)が必要だったのよ」


「私の分身を作るために?」


「うふふ…分身なんか作ってないわよ。さっき生じたあなたの魔力を、あなたの身体から引き離したの」


「へ?つまり、どういうことですか?」


黒鱗晶(こくりんしょう)は魔力を引き寄せる力を持っている。でもね、引き寄せる力が弱すぎて、人に宿る魔力を吸い寄せることは出来ないの。だから、魔力を帯びた衝撃を与えることで、あなたの身体から魔力を剥がしやすくしたのよ」


 アシュリーの何の前触れもない攻撃には、ちゃんとした意味があった。


「せっかく魔力が滲み出てきたのに、何でそんなことするんですか?」


「必要なことなのよ。今のあなたは、本当のあなたではない。今のあなたは、リリ・ウォレスの魔力体。あなたの意識は、魔力と共に体外に引き剥がされたの」


「それで、私はどうすれば良いんですか?」


挿絵(By みてみん)


「自分の身体に戻りなさい。一旦身体を離れた魔力が元に戻れば、きっと黒魔術(グリモア)が目覚めるはずよ。今のあなたは微弱な魔力体だけど、一旦身体に戻れば、それに誘発されて、未だ眠っている膨大な魔力が目を覚ますはず」


「そんなことで良いんですか?」


「えぇ。身体に戻りさえすれば、黒魔術(グリモア)は覚醒するはずよ!」


 リリは拍子抜けしていた。アシュリーの話を聞いているだけなら、第2段階へと進んだ修行は、第1段階よりもとても簡単に聞こえたのだ。


「よおし!さっさと終わらせて休憩させてもらいます!」


「いってらっしゃ〜い」


 早く休憩を取りたかったリリは、さっそく自分の身体に向かって歩いて行く。魔力体を肉体に戻す。リリがやらなければならないのは、ただそれだけのことだ。


 スルッ


「あれ?」


 リリが自分の肉体に到達しても、魔力体が肉体に還ることはなかった。魔力体となったリリは、肉体をすり抜けてしまった。リリはゴーストになった気分を味わっている。


「たまたま上手く行かなかっただけよ!」


 偶然上手く行かなかっただけかもしれない。そう思ったリリは、再び肉体に戻ろうとする。

 しかし、何度やっても結果は同じだった。


「あら……まだ気持ちが出来てないみたいね」


「気持ち?」


「言ったでしょ?心が黒魔術(グリモア)を目覚めさせる。あなたは自分に魔力があることを自覚し、自分が置かれた運命を受け入れつつある。でも、それじゃ不十分なの」


 しばらく黙って様子を見守っていたアシュリーが、ようやく口を開いた。


「感情は爆発させたし、あと何が必要だって言うんですか?」


「あなたの中には、まだ迷いと拒絶が感じられる。自分自身をすべて、受け入れなさい。まるごと受け入れてしまうの。光も闇も。


 あなたはまだ、自分に残された“リリスの部分”への嫌悪の感情を強く抱いている。頭では受け入れようとしていても、心はまだ拒絶している。次に進むためには、心があなた自身を受け入れるしか方法がない。あなたに残った“リリスの部分”は、あなたの力になる。心の底から、運命を受け入れなさい」


「分かってる…そんなのは、分かってる。もう整理は付いているはずなんだから…受け入れるしかないんだから!」


 アシュリーの助言を聞いたリリは、自分を鼓舞するように、決意の言葉を口にした。強がっているリリだが、リリスとの出会いからそんなに日が経っているわけではない。

 唐突に突き付けられた事実を拒絶する気持ちが、リリの中には根強く残っているのだ。


 リリは心を入れ替えて、再び自分の身体に戻ろうとする。


「……⁉︎」


 すると、それを阻むかのようにリリスが姿を現した。これまでリリが自分の肉体に近づいても、このような現象が起こることは無かった。これは、リリの心が変わろうとしている証拠なのだろう。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。


 そこにいるのは、明らかに本物のリリスではなかった。リリスは、リリにとって自分の中の闇の象徴。自分が嫌う自分を具現化した存在なのだ。自分自身を全て、丸ごと受け入れる。そのためには、好きな部分も、嫌いな部分も、全てと向き合わなければならない。


 受け入れ難いのは、自分が嫌いな自分だ。受け入れようとするリリを、反対に彼女の闇が吞み込もうとしている。


 リリスと共に辺りを暗闇が包み込み、リリの肉体を隠してしまう。


「あなたは私の子。悪魔(こちら)世界(がわ)にいらっしゃい。あなたは、どんな人間からも受け入れられない。あなたが大好きなステラだって、あなたが人間じゃないって分かれば拒絶するわ」


「それは……」


「ほら、愛される自信がないでしょ?こっちにいらっしゃい。こっちに来てしまったら、もう何も面倒なことを考える必要はなくなる」


 リリスの言葉は、リリから自信を奪って行く。悪魔の子。それは、どうやっても変えることの出来ない、彼女のアイデンティティ。

 しかしながら、悪魔というのは、人間には受け入れ難い存在だった。実際、ステラを眠らせているのも悪魔の力であるし、ベルだって悪魔の存在によって人生を狂わされている。


 リリは、闇に引きずり込まれようとしていた。全てを受け入れようとすると、逆にリリの許容を外れた部分が、ここぞとばかりに彼女を暗闇に落とし込もうとするのだ。呑み込んでしまうのと、呑まれてしまうのとでは、全く意味が違って来る。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


リリの中に存在するリリスは、彼女を闇に引き引きずり込もうとする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ