第178話「秘められた力」(1)【挿絵あり】
リリの修行は次の段階へ。少女に立ちはだかる、新たな試練とは…
改稿(2020/11/17)
「ちょっと休憩しませんか?」
「これが終わったら休憩しましょ!」
「鬼だ…」
「え?」
「聞こえてるのに、聞こえないフリしないでくださいよ…」
「うふふ…可愛い〜」
「なんか、いつもそれで無理やり片付けてませんか…?」
休む間も無く、アシュリーは次の修行に移ろうとしている。リリとアシュリーのペースは、ことごとくズレている。決して気の合う2人ではないが、相性が悪いというわけではないようだ。
「まあ良いじゃないの!さてさて。次はこれを使うわよ!」
「何ですか?この黒くて丸いの」
次にアシュリーがリリの前に出したのは、真っ黒な球体だった。当然リリはその球体を目にしたことがない。殺戮人形と言い、黒い球体と言い、アシュリーはリリの知らないものばかりを所有している。
「これは黒鱗晶。魔力を引き寄せる力を持った球体よ」
「こくりんしょう…?」
「黒鱗晶はね、キュリアスと、黒龍のウロコから作られる結晶のこと。かなり希少だから、騎士団でも私しか持っていないわ。似たような力を使う剣士はいるけどね」
魔力を引き寄せる力を持つ黒鱗晶。その能力だけを聞くと、アイザックの愛刀デル・モアが連想される。
「その黒鱗晶で何をするんですか?」
「ちょっとゴメンね〜」
「え?痛っ!」
リリが首を傾げていると、アシュリーは突然、手のひらでリリの身体を正面から強く叩いた。唐突に攻撃されたリリには、為す術もなかった。一体なぜアシュリーは突然リリに危害を加えたのか。
「…えぇ⁉︎」
その理由は、すぐに明らかになった。叩かれた痛みにより、1度目をつぶっていたリリが、もう1度目を開くと、彼女の目の前には決して存在するはずのない、もう1人のリリが存在していた。
あまりに不思議なその光景を前に、リリはトランプ・サーカスでの出来事を思い出していた。今の攻撃で、アシュリーはリリという人間を複製したのだろうか。
「このために、黒鱗晶が必要だったのよ」
「私の分身を作るために?」
「うふふ…分身なんか作ってないわよ。さっき生じたあなたの魔力を、あなたの身体から引き離したの」
「へ?つまり、どういうことですか?」
「黒鱗晶は魔力を引き寄せる力を持っている。でもね、引き寄せる力が弱すぎて、人に宿る魔力を吸い寄せることは出来ないの。だから、魔力を帯びた衝撃を与えることで、あなたの身体から魔力を剥がしやすくしたのよ」
アシュリーの何の前触れもない攻撃には、ちゃんとした意味があった。
「せっかく魔力が滲み出てきたのに、何でそんなことするんですか?」
「必要なことなのよ。今のあなたは、本当のあなたではない。今のあなたは、リリ・ウォレスの魔力体。あなたの意識は、魔力と共に体外に引き剥がされたの」
「それで、私はどうすれば良いんですか?」
「自分の身体に戻りなさい。一旦身体を離れた魔力が元に戻れば、きっと黒魔術が目覚めるはずよ。今のあなたは微弱な魔力体だけど、一旦身体に戻れば、それに誘発されて、未だ眠っている膨大な魔力が目を覚ますはず」
「そんなことで良いんですか?」
「えぇ。身体に戻りさえすれば、黒魔術は覚醒するはずよ!」
リリは拍子抜けしていた。アシュリーの話を聞いているだけなら、第2段階へと進んだ修行は、第1段階よりもとても簡単に聞こえたのだ。
「よおし!さっさと終わらせて休憩させてもらいます!」
「いってらっしゃ〜い」
早く休憩を取りたかったリリは、さっそく自分の身体に向かって歩いて行く。魔力体を肉体に戻す。リリがやらなければならないのは、ただそれだけのことだ。
スルッ
「あれ?」
リリが自分の肉体に到達しても、魔力体が肉体に還ることはなかった。魔力体となったリリは、肉体をすり抜けてしまった。リリはゴーストになった気分を味わっている。
「たまたま上手く行かなかっただけよ!」
偶然上手く行かなかっただけかもしれない。そう思ったリリは、再び肉体に戻ろうとする。
しかし、何度やっても結果は同じだった。
「あら……まだ気持ちが出来てないみたいね」
「気持ち?」
「言ったでしょ?心が黒魔術を目覚めさせる。あなたは自分に魔力があることを自覚し、自分が置かれた運命を受け入れつつある。でも、それじゃ不十分なの」
しばらく黙って様子を見守っていたアシュリーが、ようやく口を開いた。
「感情は爆発させたし、あと何が必要だって言うんですか?」
「あなたの中には、まだ迷いと拒絶が感じられる。自分自身をすべて、受け入れなさい。まるごと受け入れてしまうの。光も闇も。
あなたはまだ、自分に残された“リリスの部分”への嫌悪の感情を強く抱いている。頭では受け入れようとしていても、心はまだ拒絶している。次に進むためには、心があなた自身を受け入れるしか方法がない。あなたに残った“リリスの部分”は、あなたの力になる。心の底から、運命を受け入れなさい」
「分かってる…そんなのは、分かってる。もう整理は付いているはずなんだから…受け入れるしかないんだから!」
アシュリーの助言を聞いたリリは、自分を鼓舞するように、決意の言葉を口にした。強がっているリリだが、リリスとの出会いからそんなに日が経っているわけではない。
唐突に突き付けられた事実を拒絶する気持ちが、リリの中には根強く残っているのだ。
リリは心を入れ替えて、再び自分の身体に戻ろうとする。
「……⁉︎」
すると、それを阻むかのようにリリスが姿を現した。これまでリリが自分の肉体に近づいても、このような現象が起こることは無かった。これは、リリの心が変わろうとしている証拠なのだろう。
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。
そこにいるのは、明らかに本物のリリスではなかった。リリスは、リリにとって自分の中の闇の象徴。自分が嫌う自分を具現化した存在なのだ。自分自身を全て、丸ごと受け入れる。そのためには、好きな部分も、嫌いな部分も、全てと向き合わなければならない。
受け入れ難いのは、自分が嫌いな自分だ。受け入れようとするリリを、反対に彼女の闇が吞み込もうとしている。
リリスと共に辺りを暗闇が包み込み、リリの肉体を隠してしまう。
「あなたは私の子。悪魔の世界にいらっしゃい。あなたは、どんな人間からも受け入れられない。あなたが大好きなステラだって、あなたが人間じゃないって分かれば拒絶するわ」
「それは……」
「ほら、愛される自信がないでしょ?こっちにいらっしゃい。こっちに来てしまったら、もう何も面倒なことを考える必要はなくなる」
リリスの言葉は、リリから自信を奪って行く。悪魔の子。それは、どうやっても変えることの出来ない、彼女のアイデンティティ。
しかしながら、悪魔というのは、人間には受け入れ難い存在だった。実際、ステラを眠らせているのも悪魔の力であるし、ベルだって悪魔の存在によって人生を狂わされている。
リリは、闇に引きずり込まれようとしていた。全てを受け入れようとすると、逆にリリの許容を外れた部分が、ここぞとばかりに彼女を暗闇に落とし込もうとするのだ。呑み込んでしまうのと、呑まれてしまうのとでは、全く意味が違って来る。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
リリの中に存在するリリスは、彼女を闇に引き引きずり込もうとする。




