第177話「殺戮人形」(2)
「ひえぇぇぇぇ‼︎」
すると、スーちゃんこと殺戮人形は、真っ赤な刀を構えてリリ目掛けて突進する。
容赦無く襲いかかるスーちゃんから、リリは必死で逃げ回る。何も武器を所持していないリリには、殺戮人形から逃げ回るしか生き残る道が残されていなかった。
その狂気とは裏腹に一切表情を変えない人形は、より一層不気味さを際立たせている。
「逃げない!集中して感情を高ぶらせるの!絶対にこんなところで死ぬわけにはいかない。そんな気持ちでこの場を乗り切ってみて!」
「そんなこと言われても…うわっ‼︎」
必死に殺戮人形から逃げ回るリリに、アシュリーはアドバイスする。
ただ、今のリリは冷静にアドバイスを聞いていられる状態ではない。色々と無茶なアシュリーの修行に、リリはすでに踊らされていた。
「このくらい乗り越えてもらわなきゃ、これからが心配になっちゃうわ」
今のリリは確実に“命の危機”という極限状態に置かれているのだが、彼女は逃げることしか考えていない。この危機的な状況を回避するためには、この極限状態が引き起こす感情の爆発が必要不可欠なのだ。
殺戮人形は、リリに休む間を与えない。人を殺すための人形なのだから、当然のことだ。幾度となく振りかざされる赤い刃を、リリはギリギリのところで避ける。
この極限状態は確実に、リリの身体能力を高めているが、魔力の覚醒にはまだ繋がっていない。このままではいずれ体力の限界が来て、彼女は赤い刃の餌食になってしまう。
「仕方ない…手助けが必要みたいね」
そうつぶやくアシュリーは、ただリリを見つめている。アシュリーはただ見つめているだけで、殺戮人形の魔の手からリリを救おうとはしない。言っている事と、やっている事が矛盾しているではないか。
「…くっ!」
リリの息はすでに切れ切れ。スーちゃんの猛攻をかわし続けるリリの体力は、時間の経過と共に奪われて行く。殺戮人形の攻撃は絶え間ない。リリの体力は、もう限界を迎えようとしていた。
そんな中、リリの脳裏にある人物の顔が浮かび上がる。それは他でもない、ステラ・ウォレス。リリの育ての母親だ。
彼女の旅の全ての始まりは、ステラ・ウォレスの眠り。彼女が眠っていなければ、リリはベルと出会うことはなかったし、こうして自身に秘められた魔力に気づくこともなかったはずだ。
リリ・ウォレスが突き進み続ける原動力。
それは、たった1つの彼女の強い想い。母にかかった“眠りの呪い”を解く。それが、リリの全ての源。それだけで、彼女はこれまでも、これからも前へ進むことが出来る。
“ステラ・ウォレスは、あなたの母親じゃないわ”
リリの頭の中を、ステラへの想いが埋め尽くしていた時、そんな声が雷のように突き刺さる。
「⁉︎」
「かはぁっ‼︎」
それと同時に、リリは腹部を殺戮人形に突き刺されてしまった。赤い刃の餌食となったリリは、耐えられず苦痛に満ちた声を上げた。
赤く、長い刀身は、深くリリの腹部に刺さっている。一刻も早く殺戮人形の動きを止めなければ、リリには確実に死が待っている。
「…お母さんは1人だけ。たった1人!」
決意に満ちた目で、リリは殺戮人形を睨みつける。
グサッ…
ところが、突き刺すようなリリの目は殺戮人形を止められず、反対にリリが再び赤い刃に突き刺されてしまった。必死に魔力を覚醒させようとしているリリをあざ笑うかのように、殺戮人形は攻撃の手を休めない。
「ハァ………ハァ………」
今の一撃で、リリは虫の息になってしまった。殺戮を目的として製造された殺戮人形は、人間に確実なダメージを与える。リリの予想通り、本当にアシュリーは彼女を殺そうとしているのかもしれない。
だが、今のリリにはそんなことを考えている余裕はなかった。
「………お母…さん」
死を目前にして、リリは脳裏にステラの寝顔を見続けていた。すでに致命傷を与えられたリリは、息をするのも辛いはずだ。そんな彼女を今も辛うじて生かしているのは、間違いなくステラの存在だった。
“私…死ぬのかな。何も出来なかった……こんなところで騙されて終わりだなんて…”
死がすぐそこに迫っていることを実感したリリの瞳からは、涙が溢れていた。そもそも敵を信用したのが間違いだったのだ。
殺戮人形は、リリにトドメを刺すために、赤い刃を振りかぶっている。もう1度刺されれば、リリは確実に死ぬ。
「こん…な…とこで……………終われない‼︎」
今にも赤い刃がリリに突き刺されようとしたその瞬間、リリは力を振り絞って叫んだ。か細い声しか出せないはずの今の彼女は、これまでで1番大きな声を出していた。
ひたむきで真っすぐな想いが、死の淵に立った彼女を突き動かしているのだ。
「ハァ……ハァ………え?」
もう1度襲い掛かる刃に、何とか耐えようと思っていたリリは、息を切らしながら、間の抜けた声を漏らす。腹部に刺さっているはずの赤い刃は、リリの目前で止まっていた。
殺戮人形は動きを止めたのだ。と言うことは…
「おめでとう〜!やるじゃない!これで第1段階クリアよ。なかなか順調なんじゃない?」
見事に殺戮人形を止めてみせたリリに、アシュリーは大喜び。彼女が喜んでいるのは単純にリリが課題をクリアしたからなのか、それとももう少しでリリが命を落とすからなのか。
「ハァ……あ、あのぉ………」
「あ!ごめん‼︎今すぐ回復させるから!」
今にも息絶えそうなリリと何度か目を合わせ、アシュリーはようやく今自分がやるべきことに気がついた。彼女はM-12のメンバーである以前に、優れた医者なのだ。
アシュリーがリリの腹部に両手をかざすと、緑っぽく輝く光がリリを包み込んだ。
その光が消えると、リリの腹部にパックリ開いていた傷口は、あっと言う間に閉ざされてしまった。
傷口から流れていた大量の血も、すっかり止まっている。それだけでなく、絶え絶えになったリリの息も元通りになっていた。と言うことは、失われた血液も戻っているはずだ。
「…………」
「何?その顔。まさか本気で私があなたを殺すとでも思ってたの?」
「だって……あんな危険な目に合わされたら、誰だって疑いますよ…普通」
「ごめんなさい。私、弟子なんて持ったことないから、どう修行をつけていいのか分からなくて……ちょっと厳し過ぎたかしら?」
「厳し過ぎとかじゃなくて、危険過ぎです…」
「極限状態が必要だったんだもの……これからはこんなに危険じゃないはずだから、安心してちょうだい」
アシュリーの治療を受けたリリは、完全に回復していた。アシュリーの治癒はかなり高度なものだった。彼女の治癒は、万能薬である星空の雫と同等の回復力を持っている。
命を落としかけたが、リリは何とか魔力の覚醒に成功した。
「さぁ!魔力を呼び起こすことは出来たから、次は黒魔術の覚醒よ!」
リリとアシュリーの“キケン”な修行は、まだまだ始まったばかり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
手荒なアシュリーの修行で、リリは危うく命を落としかけた。彼女は本当にリリに修行をつけているのか、それとも…




