表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
296/388

第176話「鬼」【挿絵あり】

エルバとナイトはM-12を上手く騙したはずだったが、アシュリー・ノーベンバーは反乱者たちの思惑を見抜いていた。果たして、リリの運命やいかに⁉︎


改稿(2020/03/06)

「あなたは、私たちのことをずっと見張っていたってことなんですね…」


「そうよ」


 “大逃亡作戦”が本格的に始動する前に、リリの前には巨大な壁が立ちはだかる。アシュリーにはすでに、ベルたちが逃亡を企てていることがバレてしまっているに違いない。


 それは、リリたちにとって非常にまずい事態であったが、同時にそこには不自然な点が浮かび上がっていた。

 このタイミングで、騎士団が反乱者たちの情報を握っていると明かすメリットは、どこにあるのだろうか。まだ大逃亡作戦は実際に始まったわけではない。ベルたちが動き出す前にそれを止めてしまえば、エルバは何か別の作戦を用意して騎士団を出し抜くかもしれない。


「って言ったら満足かしら?」


「……え?」


 ところが、ここでアシュリーはリリが予想だにしない言葉を投げかける。

 アシュリーの言葉を聞いたリリは、思わず間の抜けた顔になってしまった。これまで極悪人のような形相をしていたアシュリーが、今では正反対の柔らかい笑顔を浮かべているではないか。


「当然、あなたたちがやろうとしていることには、大体見当が付く。でもね、私はあなたたちを止めようなんて思ってない」


「…ちょっと意味が分かりません。あなたはM-12なんですよね?M-12は、私たちがやろうとしていることを許さないはず」


 真意の見えないアシュリーの言葉が、リリをさらに混乱させた。M-12は血眼になってエルバの居場所を探している。ベルたちがエルバに協力していると言う事実を知れば騎士団は全力でそれを止めに来るし、何があってもセルトリア王国外へ出してはくれないはずだ。


「M-12にも色んな人がいるの。皆が皆グレゴリオ様の忠実な(しもべ)ってわけじゃないわ」


「どう言うことですか?あなたは、私をどうしたいんですか?」


 どれだけ話を聞いても、リリにはアシュリーの意図するところが分からなかった。

 M-12にはグレゴリオに忠実でない者もいる。結果的に、ナイトはグレゴリオを裏切っている。アシュリーが言いたいのは、ナイトのように騎士団に疑問を持っているM-12もいるのだと言うことなのかも知れない。


 出会ったばかりのアシュリーの目的が、リリには分からなかった。リリたちの心の声を聞き、彼らが国外逃亡を企てているのを分かっているのに、それを止めるつもりはないとアシュリーは言う。これまで彼女が言ってきたことが全て真実だとすれば、それは一見すると何の意味もなさない、無駄な行動に思えた。全てが真実だとすれば。


「弟子にしたい」


「…………は?」


 リリはアシュリーの言葉を理解するのに、しばらく時間が掛かった。それはまたも、リリの想像を遥かに超えた言葉だった。アシュリーの言っていることが、リリにはまるで理解出来ない。ひょっとしたら、アシュリーは単なる敵ではないのかもしれない。


「だから!弟子にしたいの。女の子の弟子なんて、とっても可愛いじゃない!あなた、黒魔術(グリモア)が使えるようになりたいんでしょ?」


 アシュリーは両手をぐっと握って、飛び跳ねて喜びを表現して見せた。まだリリは何の返事もしていないのに、まるでリリが彼女の弟子になることが決まったかのような状況になった。

 アシュリーの言動はリリの理解を超えているが、当の本人は逆に不思議そうな目でリリを見つめている。


「あなた、自分が何を言っているのか分かっているんですか?」


「えぇ…分かってるけど、それがどうしたの?可愛い弟子をもらって何が悪いの?」


「あの……あなたは騎士団に対抗する力を育てようとしているんですよ⁉︎M-12ともあろう人が、そんなことして良いんですか?ダメでしょ!」


 素直にアシュリーの協力を受け入れられないリリは、何度も彼女の真意を確認する。リリを弟子に付けるという行為は、明確な騎士団への反逆になるはずだ。


「別に良いんじゃない?」


「……はい?」


「だって、あなたたちが反逆しなくったって、とっくに騎士団は危ない状態なの。あなたたちがやらなくても、いつか誰かが騎士団を滅ぼす。それがあなただとしても、私は構わないわ」


 アシュリーはリリが想定していない答えを続ける。彼女にとって、騎士団はそれほど大した存在ではないのだろうか。


「ちょっと待ってください。それってどういうことですか?」


「騎士団の中には、もう反逆する団員たちが出て来てるっていうお話。あなたもジュディ・アージンは知ってるでしょ?彼女、もしかするとM-12を2人も殺しちゃってるかも知れないのよ」


「え⁉︎それって本当なんですか?」


「だから本当だって言ってるじゃない。たった1人に、M-12が2人も消されたかもしれないの。まだ証拠は何もないけどね。もう騎士団は崩れかけているのよ」


 ベルを陥れたあのジュディが、今や自分と同じ立場にあることに、リリは驚きを隠せなかった。ジュディもまた、騎士団にとっての反乱者。


 アシュリーは、騎士団の未来について悲観的だった。彼女は騎士団の意向より、自身の欲求を優先しているようだ。


「じゃ、じゃあ本当に私に黒魔術(グリモア)の使い方を教えてくれるんですか?」


「さっきから言ってるじゃない。私の弟子にしてあげる」


「嘘じゃないんですよね?」


「ビアトリクスじゃあるまいし、そんな意味の分からない嘘はつかないわ」


 リリはようやくアシュリーの提案を受け入れる準備を始めた。騎士団の未来が危うい。その事実が、アシュリーの突拍子もない提案に、わずかながらも根拠をもたらしていた。


「……本当の本当ですか?私から情報を抜き出すために近づこうとしているんじゃないですよね?」


「用心深いわね〜。そんなに気負うことないわ。私は、ただ純粋にあなたの力になりたいだけ。こんな可愛い女の子、他にいないもの」


 それでもまだ、リリは用心深かった。M-12は敵。その大前提が、リリには簡単に崩せなかった。いくらもっともらしい理由があったとしても、そこには巧妙な策略が隠されているのかもしれない。リリはそんなことを考えていた。


 アシュリーは絶えず柔らかな笑顔を、リリに向けていた。リリはなぜか、育ての親ステラ・ウォレスの笑顔と彼女の笑顔を重ねていた。リリは目の前の笑顔に、なぜだか懐かしさを覚えていたのだ。これが、リリの疑念を払拭するきっかけを作った。


「信じて……いいんです…よね?」


「全く……可愛いんだから。もちろんよ。今日から私は、あなたの頼れる師匠よ」


 未だに疑念を完全に払拭出来ないリリに、アシュリーは変わらない笑顔を向ける。


 こうして、2人の間にはあり得ない師弟関係が結ばれた。もしアシュリーが巧妙に嘘をついているのだとしたら、リリはまんまと騙されたことになる。

 しかしながら、リリはその可能性を考慮しても、自身の黒魔術(グリモア)の覚醒を重要視していた。


「本当に、私なんかが魔法を使えるようになるのかな……今まで1度も使ったことないし」


黒魔術(グリモア)には、使ったことがあるかどうかなんて関係ない。契約が全てなんだから」


 リリがリリスの娘だと知らないアシュリーは、当然のように黒魔術(グリモア)に必要不可欠な契約の話を持ち出す。


「分かってます。でも私…」


「悪魔の子。でしょ?」


「…え?」


 リリには契約が必要ない。リリが言う前に、アシュリーが彼女の言いたいことをズバリ言い当てた。何でも知っているアシュリーに、リリは戸惑いを隠せなかった。やはり油断ならない人だ。


「あ、ごめ〜ん。あなたが言おうとしていることは、口から出る前に私に伝わっちゃうのよ」


「…調子狂うので、私の会話のペースに合わせてもらえませんか?」


「うふふ、そうね。そうするわ」


挿絵(By みてみん)


 アシュリーがリリの正体を知っていた理由。その答えは単純だった。彼女は、近くにいる人間の心の声を読み取ることが出来る。リリが言いたいことは、頭に思い浮かべた途端にアシュリーに伝わってしまうのだ。


「悪魔の子ってことは、あなた“鬼”だ」


「お姉ちゃん鬼さんなの?」


「あの、さすがに鬼ってひどくないですか?まだ会ったばかりの人にそんな悪口言われたくないです」


 突然アシュリーはリリのことを、“鬼”呼ばわりする。あまりに唐突で意味不明な悪口に、リリは気を悪くした。


「あ、ごめん。何か誤解させちゃったみたいね。決して悪口を言ったんじゃないの。鬼。この世界では、悪魔と人間、両方の血を継ぐ者のことをそう呼ぶのよ」


「じゃあ、私みたいな悪魔と人間のハーフは鬼って呼ばれるんですね」


「そう。半純血(ハーフ・ブラッド)、魔人。他にも呼び方はいっぱいあるけど、私は鬼って呼んでる。鬼はね、稀に悪魔よりも強力な魔力を持つことがあるの。血は半分でも、受け継がれる黒魔術(グリモア)は親と同等以上の場合が多い」


 “鬼”とは、悪魔と人間のハーフを指す呼称だった。すでに呼称が存在するということは、リリのような鬼が他にも存在しているということになる。契約無しに黒魔術(グリモア)を使えるのは大きな強みだが、鬼は得てして悲しい境遇を持つ。


「私にも、リリスと同じ魔力が…」


「そっか、あなたはあのリリスの娘なんだ。だったら、きっと強力な黒魔術士(グリゴリ)になれるわね。ブラック・サーティーンにも負けないかも」


 リリは鬼であり、悪魔の中でも大物であるリリスの娘。つまりそれは、リリの黒魔術(グリモア)のポテンシャルが、今のベルを超えるレベルかもしれないことを意味していた。現状はか弱いヒロインかもしれないが、リリは決して護られるだけの存在ではない。


「本当に…私ベルみたいに強くなれるのかな」


「なれる‼︎強くなって、ベル君を護りたいんでしょ?」


「また私の心読みました?」


「えへへ…ごめん」


 アシュリーは普段の癖で、ついつい相手の心を読んでしまう。リリはそれが気になって仕方がないようだが、不思議と嫌そうな顔はしていなかった。


「さてと!こんなところで話してるのもなんだから、ひとまず私の部屋に行きましょうか」


「えっと、あの…アレン君は…」


 さっそく黒魔術(グリモア)の修行が始まろうとしていた時、リリはふとアレンが傍にいることを思い出す。リリがもし力を覚醒させても、制御出来なければ黒魔術(グリモア)でアレンを傷つけてしまう可能性もある。リリの修行中、アレンはロコの元に帰らせるべきだ。


「そうね〜あなたたち何だか危険なことをしようとしてるみたいだから、その子も多少は力をつけた方がいいかもね」


「アレン君もですか⁉︎アレン君に黒魔術(グリモア)が使えるようになるんですか?こんな小さい男の子に契約なんかさせたくないですよ」


 ところが、アシュリーはアレンを帰らせるつもりはなかった。確かに、これからセルトリア国外へ出ることを考えれば、アレンにも最低限の戦闘力を求めざるを得ない。

 だが当然、リリはアレンが悪魔と関わりを持つことを避けたがった。


「契約なんて必要ないわ。あなたとは何か違うけど、アレン君からとてつもなく大きな力が感じられるの。何て言うのかな…何か大きな力が閉じ込められてる感じ?その力を解放してあげれば、きっとアレン君だって戦えるようになる」


「僕、お兄ちゃんの力になりたい‼︎」


 アシュリーは人一倍 魔力の感受性が高かった。アドフォードからずっと共に行動して来て、リリは1度も彼女の言う大きな力を感じたことがない。鬼の魔力とは違う、大きな力。それが何かは分からないが、アレンにもリリ同様潜在的な力が眠っている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


アシュリー先生はまさかの味方⁉︎


まだリリは彼女のことを信頼しきっていませんが、次回からはリリのグリモアの修行が始ります。リリは己に秘められた力を引き出せるのか。そして、アシュリーの思惑とは⁉︎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ