第175話「妖艶の策士」(2)
「リリ、俺本当に2週間も寝てたのか?」
「え?え、えぇ…そうだけど」
リリが心の中で抱えているものを一切気にせずに、ベルは話し始める。ベルはバレンティスのシップ・ポートで気絶してしまった。アシュリーから自分の身に何が起こったのかは聞いているはずだが、彼は会話のきっかけを作りたかったのだろう。
「何だか大変なことになっちまったな。今までより危険な旅になりそうだけど、大丈夫か?」
「大丈夫‼︎……って言ったら嘘になる。正直不安で不安で仕方がない。私は黒魔術使えないし、アレン君だって本当はおうちに帰してあげたい。何であの人は私たちを選んだんだろう…」
目覚めて少し時間が経って、ベルは“大逃亡作戦”のことを思い出していた。ベルを前にして、リリは思わず本音を吐露していた。
エルバが彼らを“新たな反乱者”に迎え入れた理由。それは本人にしか分からない。リリには少なからず不安があった。
「別に無理する必要なんかないんだぜ。お前は十分頑張っただろ?」
「ううん……私は暁月の調べを手に入れるまでは、この旅をやめられない。まだまだ私は頑張れる」
「お前は強いな」
「強くなんかないよ。黒魔術だって、まだ使えるか分かんないんだし」
ベルは怯えるリリに、優しい言葉を投げかける。リリは十分強かった。ベルは父親への復讐心で動いていて、リリは母親を目覚めさせたい一心で動いている。ベクトルは全く違うが、それは同じくらい強い気持ちだった。
「黒魔術が使えなくったって良い。何も心配すんな。元はと言えば、俺が巻き込んだんだ。最後まで護ってやるさ」
「も、もう‼︎何言って………」
そして、ベルは柄にもない言葉でリリをドキッとさせる。それは実に男らしく、頼もしい言葉だった。彼の強さも相まって、その言葉はとても力強くなっていた。
まるで彼氏が彼女に向けるような言葉に、リリは再び顔を真っ赤に染める。
「何だよ、護って欲しくないのか?」
「そうじゃないの!ちゃんと護って。君が巻き込んだんだから」
しかし、当のベルはその言葉に深い意味は込めておらず、再び不思議そうな顔でリリを見つめる。
ずっと一緒にいても、まだ関係を進展させることに全く関心がないようなベルに、リリは少し怒っていた。怒っていながらも、ベルからもらった言葉を、彼女は心の奥底で噛み締めるのだった。
「おう」
「僕は護ってくれなくて良いよ!僕だって、勇敢に戦うんだ‼︎」
「ハハッ!頼もしいな!」
「フフ」
アレンはシャドウ・ボクシングのように動いて見せると、力強く宣言した。そんな彼の無邪気な行動に、ベルもリリも思わず笑顔になった。
「リリ、お前もバレンティスで色々あったんだから、ゆっくり休んでろ。こんなところで色々話すのも良くないだろうし」
「そうよね。とりあえず私は戻る。ベルもゆっくり休んでね。元気になってもらわなきゃ、困るよ。また会いに来るから」
「無理すんなよ」
“大逃亡作戦”に参加するベルとリリ、そしてアレンには大きな責任が付きまとう。
敵陣で長話をして、情報を漏洩させることは避けるべきだった。反乱者にとって大きな過ちを犯す前に、2人は会話を切り上げた。
「うん。ほら、アレン君帰るよ」
「またね、お兄ちゃん」
それからすぐに、リリとアレンは病室を後にする。アレンは事の重大さが分かっていないが、ベルとリリは分かっている。黒魔術士騎士団に刃向かうと言うのは、当然簡単なことではない。
責任の重さを感じながら、リリは無口にセントラル病院の出口を目指す。アレンは退屈していたが、リリの気持ちを察して、みだりに騒いだりはしなかった。
「黒魔術って、どうやれば使えるようになるんだろう…」
5階から下る階段に差し掛かった時、リリはぼそっと独り言を呟いていた。彼女は、思わず心の声を口に出してしまうことがある。
普通の人間ならば、悪魔との契約を以て黒魔術が使えるようになる。
しかしながら彼女は違う。黒魔術の根源たる悪魔の血を引く彼女は、自身の奥底に眠る黒魔術の力を目覚めさせる必要があった。
「そうねぇ…私なら何とか出来るかもね」
「え⁉︎」
独り言に返って来た返事に、リリは思わず大きな声を出す。1人で完結するから独り言。そこに誰かが返事をすれば、それは独り言ではなくなってしまう。
リリは慌てて、独り言に返事をした人物を探す。
「ごめんね。独り言聞いちゃって」
「ずっとここにいたんですか?」
リリの独り言に返事をした人物。それは、あのアシュリー・ノーベンバーだった。敵方の黒魔術士が、病室からそう遠くない場所に立っていた。
リリはこれまでのベルとの会話が聞かれている可能性を考え、警戒心を露わにした。
「そんな怖い顔しないで。職業柄、独り言とか、心の声とか聞いちゃうの」
アシュリーは穏やかな笑顔を浮かべているが、彼女が喋っている内容はリリを震撼させた。独り言ならまだしも、心の声を聞かれてはまずい。心の声を聞かれているのだとしたら…
「だとしたら……私たちがこれからやろうとしていること、知っているってことですか?」
「知ってるわ」
アシュリーはいかにも悪そうな笑みを浮かべて、リリの瞳をまっすぐ見つめていた。
開始早々、“大逃亡作戦”は岐路に立たされてしまった。1番厄介な人物が、ベルの傍についていたのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
M-12の1人、アシュリー・ノーベンバーが本格的に登場するお話となりました。ますます雲行きが怪しくなる大逃亡作戦。これからどうなって行くのか!?




