表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/388

第174話「暗闇を照らすもの」(2)【挿絵あり】

 業火の化身を止めようとするベルの右手には、アローシャの牙が握られていた。それは、業火の化身が持っているとは別のもの。つまり、ベルがたった今作り上げたものだ。


「俺のフリしてるつもりか?俺は化け物だって言いたいんだな」


「……………」


 ベルは業火の化身に対して、静かな怒りを燃やす。対する業火の化身は、一切言葉を発することなくベルを見つめている。


「お前は俺が、止めてやる」


 ひと呼吸置いて、ベルは業火の化身に飛びかかる。


 一気に距離を詰めたベルは、黒い刃を業火の化身に向けて振るう。即座にベルの攻撃に反応した業火の化身は、同じく黒い刃でベルの刃を弾き返す。


 それから黒い刃は、幾度となくぶつかり合った。互いに一切譲ることなく、何度も何度も2本の刃は高い音を奏で続けた。どちらかが押し勝つわけでもなく、戦況は完全に拮抗していた。


“くそ……アローシャの牙を使ってるってことは、アイツの全身を覆ってるのはアローシャの炎。俺の黒魔術(グリモア)ぶつけても、状況は変わらない…”


「そうか‼︎」


 ベルはひとり考えていると、突然何かを閃いた。何かを思いついたベルは、最初と同じように、業火の化身に向かって飛び掛かる。ところが、今回ベルは刃を振り被ってはいなかった。


 そのまま業火の化身の目の前に着地したベルは、両手を地面に叩きつけた。

 すると、ベルの両手を中心にして、深紅の魔法陣が広がって行く。これがベルの考えた策だった。炎は、魔法陣で吸収することが出来る。


「化けの皮引っぺがしてやる!」


 業火の化身は魔法陣から逃げるわけでもなく、その場に突っ立っている。ベルはそのまま吸炎魔法を発動し、業火の化身を包む“業火”の除去を試みる。目の前にいるのがただの炎の化け物なら、その姿は消えてなくなり、そうでなければ、化けの皮が剥がれる。


 やがて、ベルの思惑通り、目の前の人物を包む業火は魔法陣の中へと消えて行った。


 ついに怪物の正体が明らかになる。


「⁉︎…………何で俺なんだよ…」


 炎の皮膚を剥がされた怪物は、ベル・クイール・ファウストと全く同じ姿をしていた。変わり果てた自分の姿を目撃したベルは、握っていたアローシャの牙を手放し、驚愕する。


 見知らぬ港街に炎を放っていたのは、他ならぬベル自身だった。“業火の化身”はベル独自の覚醒状態なのだから、当然と言えば当然だ。


 さっきまで戦っていたのが自分自身だと知ったベルは、驚愕のあまり膝から崩れた。


「……………」


 ベルは何とも言えない気持ちの悪さを感じていた。これはベルの深層心理に眠る自責の念なのか、それとも予知夢のようなものなのか。どちらにせよ、ベルの気持ちは暗く重く、意識の奥底に沈んでいく。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 気づけば、ベルの周りは再び真っ暗闇に戻ってしまっていた。炎に包まれた見知らぬ港街も、もう1人の自分ももういない。


 ベルの意識は、再び奥底の暗闇へと突き落とされた。もしかしたら、さっきのが目覚めの兆しだったのかもしれないが、ベルはその大きなチャンスを逃してしまった。


「何なんだよ…何がしたいんだよ…‼︎」


「……」


「……………」


「………………………」


 目覚めかけた直後だからなのか、さっきまで音がなかった空間に、ベルの声が響き渡った。

 しかし、やはり聞こえるのはベルの声だけ。この真っ暗な空間には、ベル以外の存在はない。


 それから程なくして、どこからか鐘の音が聞こえて来た。鐘の音のあと、また違う音が、ベルの耳に届く。


「ベル、怖がらないで。あなたは何も悪くない」


「⁉︎……母さん?」


 途方もない闇の中で再び塞ぎ込もうとしていたベルの耳に、彼のとは違う声が飛び込んで来る。ベルは思わず耳を疑った。それもそのはずだ。聞こえて来たのは、彼の実母ヘレン・クイールの声だったのだ。


「ベル。あなたは、こんなところで眠ってちゃいけないの」


「………あったかい」


挿絵(By みてみん)


 次の瞬間、声だけだったヘレンが突然姿を現した。突如現れたヘレンは、ベルの身体を優しく包み込む。彼女は暗闇で取り乱すベルを救う光。彼女の身体はなぜか温かな光を帯びていた。彼女は、ベルの中にいつまでも存在する光の標だった。


 それは、暖かくて優しい抱擁。10数年ぶりに感じる母の温もりに、ベルの瞳からは自然と涙が溢れていた。


「目を覚まして、お父さんを助けてあげて。あの人には、あなたが必要なのよ」


「…は⁉︎何で、あんな奴助けなきゃいけないんだ⁉︎」


 それから、ヘレンはおよそベルには理解できない言葉を投げかける。ベルの実父ヨハン・ファウストは、ベルが誰よりも忌み嫌い、憎む存在。ベルの身体に悪魔を召喚し、若くして獄中生活を送る理由を作った張本人だ。

 いくら母からの頼みだからとは言え、ベルは簡単に首を縦に振れなかった。


「あなたのお父さんは……」


「待って、母さん‼︎」


 ヘレンは悲しそうな目をして、ヨハン・ファウストについて何か語ろうとするが、その途中で声が途切れてしまった。


 ベルにヨハンに関する何かを伝えようとしていたヘレンは、光の粒子となってパッと消えてしまった。ここは、あくまでもベルの潜在意識の奥底。自分の中から、自分自身が知らない知識を得ることが出来ないのは、当たり前だ。


「母さん‼︎」


 ベルは無我夢中で母の姿を探す。ベルを包み込んだ優しい母は、もうどこにもいない。再び闇に包まれた世界で、ベルの気持ちはさらに落ち込んだ。それはまるで、誰かがベルの心を弄んでいるかのようでもあった。


 ただ、今回はいつもと少し違っていた。ヘレンが消失した直後、ベルの周囲が次第に明るくなり始めたのだ。ベルはすぐそれに気がついた。ベルがいるこの空間は、さっきまで光さえも届かない闇の底だった。


 それも、もう過去の話。今や、確かに温かな光がこの場所に届いている。

 やがて光は暗闇を隈なく照らし、全ての影を消し去った。ついにベルは、この途方もない暗闇から解放されたのだ。


 温かな光に包み込まれたベルは、そっと目を閉じた。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「あったかい…」


 次にベルの瞳が開かれた時、そこに映るのは、セントラル病院の1室の天井。ようやくベルは目を覚ましたのだ。目覚めた時、ベルが感じていたのは温もり。


 当然ベルはここがどこなのか分かっていないし、自分がバレンティスのシップ・ポートで倒れたことすら覚えていない。久しぶりに目を覚ましたベルは、しばらくボーッとまっすぐ前を見つめていた。


「………リリ?」


 しばらくして、リリが抱きつくようにして寝ていることに、ベルは気がついた。


「ん…………え、ベル⁉︎いつ起きたの⁉︎」


 ベルが顔を覗き込んでいると、リリもすぐに目を覚ました。彼女の表情は驚きに満ちていた。もちろんベルの目覚めを彼女は喜んでいるはずだが、今は驚きの方が勝っているのだろう。


「お、おう……今起きたところ」


「良かった………」


 いつもと様子が違うリリを見て、ベルは戸惑いを隠せない。ベルからの返事を聞いた途端、リリの瞳からは自然と涙が溢れていた。死んだように眠っていたベルが目覚めたのを、彼女は心から喜んでいるのだ。


「おかえり!」


 リリは、涙でぐしゃぐしゃになった笑顔をベルに見せる。彼女は涙ではなく、笑顔でベルを迎えたかったのだ。

 これまで状況を掴めなかったベルだったが、リリの反応を見て、自分の身に起きたことを察していた。


「変な顔」


「うるさい‼︎」


 そして、いつも通りのやりとりが始まる。ようやく、この世界にベルが戻って来たのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


今回で第5章エピソード2「目覚め」が終了となります。次回からエピソード3。ベルも目覚め、大逃亡作戦は次の段階へと進んでいく⁉︎


M-12の動き、そしてハウゼント兄弟とベルゼバブの戦いからも目を離せません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ