第173話「目覚めの兆し」(2)
「じゃ、じゃあ‼︎ベルもロコさんも消えたわけじゃないってことですよね⁉︎」
「その通りだ。ここは、エリクセスの街並みを忠実に再現した夢の世界。私の魔力の影響を受けた者しか侵入を許されない秘密の隠れ家だ」
話している内容が高次元過ぎて最初はぽかんとしていたリリだったが、次第にエルバの話を呑み込んで行った。
突然リリが眠ってしまった時、彼女は夢の世界に足を踏み入れた。街中の人々が消えたわけではなく、リリの意識が夢の世界に飛ばされたのだ。夢の中は、グレゴリオの超視覚でも覗くことの出来ない、完璧な隠れ家だった。
「エルバさんの魔力の影響…?私、魔法かけられた記憶なんてないですよ?」
「そうだろうな。バレンティスで反乱者が6人揃った時。あの時すでに私はお前たち全員の精神にアクセスし、印を残した。一瞬精神に介入しただけだ。気づくはずもないだろう」
「ったく油断も隙もねぇよな。俺たちはどこにいても、先輩の魔力の影響を受ける」
「つまり、お前たちがどこにいようと、こうして招集出来るというわけだ」
バレンティスで6人の反乱者が集った時、すでにエルバはこの秘密の隠れ家のことを考えていた。反乱者がどこにいても、エルバの意思で一瞬にして全員を隠れ家に集めることが出来る。何か緊急で話し合いが必要になった時でも、場所を選ばず集まることが出来るのだ。
「でもベルは?いつでも私たちを魔力の影響下に置いているんだったら、意識だけでもここに呼び寄せることは出来るんじゃないですか?」
ここで、リリはひとつの疑問を抱く。場所を気にせず全員を集めることが出来るのならば、ベルもこの隠れ家にいるはずだ。
「気を失っている場合は例外だ。意識が遠のいている場合、その意識をこの世界に呼び寄せることは出来ない。意識が奥底に閉じ込められているのだ。目覚める時まで、ファウストは我らの作戦会議には参加出来ない」
「そんな……」
エルバの答えを聞いて、リリの表情は暗くなる。万能に見えるエルバの魔法でも、気を失ったベルの意識をこの世界に呼び寄せることは出来ない。ベルの意識は、エルバの力でさえ届かない精神の奥底に閉じ込められている。
「落胆することはない。お前も空を見ただろう?」
「空?あの赤く光ってる空のこと?」
「そうだ。一応、私もファウストの意識を呼び寄せようと試みてはいる。あれはファウストの意識がこの世界に近づいている証拠だ。目覚めの兆し。彼はそう遠くないうちに目を覚ますだろう」
「本当ですか⁉︎良かった‼︎」
ベルは目を覚ます。それを聞いたリリの顔は、パアッと明るくなった。
不気味な赤い光を帯びている空。それは、ベルの目覚めの兆しを示すものだった。業火の黒魔術士であるベルの意識がまとう光が、微量ながらもこの夢の世界に届いているのだろう。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。セルトリア王国を抜け出す上で、最も邪魔な存在。それはもちろんM-12だ。ナイトはブラック・サーティーンではないが、ナイトとファウストは騎士団にとって手放したくない存在。逃げ出そうとすれば、全力で止めに掛かるだろう」
「おいおい待てよ。M-12とぶつかるつもりじゃないだろうな?先輩がいるとは言え、6対11はキツいだろ」
「話を最後まで聞け。もちろんM-12との戦闘は避けたい。そこで、我らはM-12を分散させることに成功した。M-12に不正確な情報を流した結果、奴らはセルトリア王国中に散らばることになった。王都に残るのは、たったの5人だ。残りは各地に散らばる」
さっそくエルバは、王都に集中していたM-12が散らばることを報告した。それから、マーチとジュンが消息不明になっていること。M-12の誰が王都に残り、誰が他のどの場所に配置されるかというのも、エルバは事細かに説明した。
「大逃亡作戦。一気に現実的になって来たな」
「大事なのは、お前たちがどんな小さな失敗も犯さないことだ。お前たち全員が、この作戦を完璧にこなすこと。それが何よりも大事になってくる。決して、グレゴリオ側の勢力に我々の動きを勘付かれてはならない」
「騎士団長を含め、M-12には感知・探知に優れた黒魔術士がいる。隠れ家の外では、全ての言動に気をつけなくてはいけないよ。怪しまれる言動は少しもしちゃいけない。何も気づかれなければ、一切戦わずにこの国を出ることが出来る」
反乱者の動きは、騎士団に気づかれてはならない。エルバとナイトは、それを力説した。一切気づかれなければ、争いを起こさずに騎士団を抜け出すことが出来る。
だが、ナイトはM-12に調査・捜索に優れた黒魔術士がいることを知っている。ひと時も気を抜くことの出来ない任務が、この先には待っている。
「果たして、そんなに上手く行くもんかね。1度も戦わずに騎士団から逃げるのは、無理だと思うけどな」
「アイザック、何でそんな弱気なことを言うんだ?君はM-12と戦いたいのか?」
「んなわけねぇだろが‼︎M-12にはあの親父がいるんだぜ?そりゃ悲観的にもなるさ。分かるだろ?」
「ごめん、アイザック。僕は自分の親の顔も知らないから分からないよ」
「その…その境遇はイジリづらいだろ‼︎何も言えねぇじゃねえか‼︎」
悲観的に意見するアイザックに、ナイトは苛立ってみせる。アイザックは父親との複雑な関係性を理由に挙げるが、親も自分の本当の名前も知らないナイトには、それが分からなかった。
「私に…出来るかな…」
「ウォレス。お前には、その秘めたる力を解放してもらわなければならない。万が一に備えて…な」
「本当に…私に黒魔術の力なんてあるのかな…」
「あるとも。お前はリリスの娘なんだ。我々反乱者にとって、大きな戦力に十分成り得る存在だ」
言い争うナイトとアイザックを横目に、リリは責任の重大さに溜め息をついていた。不安を感じるリリに、エルバは励ましの言葉をかけた。リリの役目は、これまでとは大きく違って来る。
黒魔術の力を開花させた時、少女は力に翻弄される側の存在から抜け出すのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
自分以外の人間が消えてしまったというのは、リリの勘違いでした。反乱者だけが共有する夢の世界は、秘密の隠れ家。そして、ベルの目覚めの時は近い。




