第172話「少女の決意」【挿絵あり】
リリは、ロコを連れてエリクセス・セントラル病院を訪れていた…
改稿(2020/03/05)
M-12の会議が終わった頃、リリはロコを連れてセントラル病院を訪れていた。バレンティスで倒れたベルは、セントラル病院に運び込まれた。リリはベルが倒れた事だけでも心配だったが、加えてその病院を管理しているのがM-12の一員と来た。リリは気が気でなかった。
「あら。こんな朝早くからどうしたのかしら、パラディさん。もしかして、また大きくなり過ぎて困ってるのかしら?」
「ちが、違います‼︎今日はお見舞いで来たんですっ‼︎」
リリとロコが病院に足を踏み入れると、ちょうどそこにはM-12の1人アシュリー・ノーベンバーが立っていた。ナイトと同じ赤いベストを見て、リリはすぐに彼女がM-12のメンバーだと気づいた。
突然敵と対面したリリは、思わず身構えてしまう。
しかしながら、リリの心配とは裏腹に、M-12はまだ“新たなる反乱”については何も知らない。
アシュリー・ノーベンバーは、大人の魅力溢れる女性だった。美しくウェーブした灰色の長髪に、グラマラスなボディライン。敵だということを忘れてリリが見とれてしまうほど、アシュリーは美しかった。それだけではなく、彼女の身体からは何とも言えない良い香りが漂っている。
「そうなの?最近入った患者と言えば…ベル・クイール・ファウスト君のお見舞い?」
「はい。バレンティスで突然倒れたと聞いたので心配で」
「その可愛らしいお嬢さんは、どなたかしら?」
当然アシュリーはロコの隣にいるリリの存在を見逃さなかった。アシュリーはリリ・ウォレスという名前は当然知っている。
だが、彼女がリリと顔を合わせるのは、これが初めてだった。
「私は……リリ・ウォレス。ベルの友人です」
「うふふ…可愛いわね。ベル君なら、5階の騎士団員専用の病室で眠ってるわ」
リリは鋭い目つきで、アシュリーの顔を睨みつけた。対するアシュリーは一切臆することなく、美しい笑みを浮かべている。向けられた敵意を、アシュリーは軽く受け流した。リリの憎悪の感情は、彼女には伝わっていないようだ。
「……ありがとうございます」
「いってらっしゃい。今日はまだ目覚めないかもしれないけど、そのうち目覚めた彼に会えるはずよ」
感情が先走りそうになるのを必死で抑え、リリは嫌々アシュリーに礼を言った。そんなリリとは対照的に、アシュリーは終始涼しい顔をしている。
必要な情報を聞き出したリリは、すぐさまその場を離れてベルの元へ向かった。彼女がここに来たのは、アシュリーと話をするためではない。ベルの顔を見るためだ。
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「昨日まであんなに元気だったのに…」
「ベルさん……きっとバレンティスで大変な思いをされたんですね」
ベルが眠るのは、エリクセス・セントラル病院5階の1室。騎士団員のために用意された特別な病室だ。この病室は完全な個室で、ベッドは1つしか置いてない。
病室のベッドに横たわるベルは、包帯で全身を覆われている。ベルが見せた新たな覚醒“業火の化身”は、想像を絶する負荷を被ってしまう危険な代物だった。星空の雫がない今、危険を顧みない行動は命取りになる。もっとも、業火の化身の反動に星空の雫が効果的なのかも分からないのだが。
リリはベルの変貌ぶりに、驚きを隠せなかった。つい昨日バレンティスにいた時、ベルはいつも通りの振る舞いを見せていた。あの時ベルは無理をしていたのか、それとも疲労が急に押し寄せて来たのか。ベルが目覚めない限り、それさえ知ることは出来ない。
「ベル……起きてよ」
「……………」
「起きて!月の花探しの旅には、君が必要なの‼︎ねえ……」
ロコが見守る中、リリは次第に感情を高ぶらせて行く。一晩明けて冷静さを取り戻したはずのリリだったが、いざ倒れたベルを目の前にすると、冷静ではいられなくなった。
死んだように眠るベルを、リリは激しく揺さぶった。ベルがこんなにも長い時間気を失っているのを、彼女は見たことがなかったのだ。どれだけ揺さぶられても、ベルが目を覚ますことはない。
「起きてよ………いつもみたいにからかって…」
「リリさん……」
やがて、リリの大きな瞳から一筋の涙がこぼれた。それは、ベルが大切な存在だと、リリが強く実感した証拠でもあった。
アドフォードで会ってから、リリは半ば強引にベルの旅について来た。その中で、ベルは何だかんだいつもリリのことを護っていた。今リリの脳裏には、これまでベルが彼女のために戦って来た姿が浮かんでいた。
「きっと私を護ったせいだ……あの時私を助けてなかったら、ベルはきっとこんなことにならなかった」
リリは、横たるベルの身体にしがみついた。彼女の瞳から溢れる大粒の涙が、ベルにかけられた毛布を濡らす。ベルと行動を共にしてから、リリは少なからず危険なことに巻き込まれて来た。それでも、リリはこれまでの経験を決して後悔していなかった。
「リリさん…ベルさんがリリさんを助けなければ、あなたは死んでいたかもしれないじゃないですか。死んでいたら、リリさんのお母様にかけられた呪いを解くことも出来ない。ベルさんは死んだわけじゃないんですから、そんなに悲観することありませんよ!」
「でも……でもここはあのノーベンバーって人が管理してる病院なんですよね?死なないって保証がどこにあるんですか⁉︎」
「リリさん…私はノーベンバー院長を知っています。あの方は、患者を見殺しにするような人間じゃありません。たとえ私たちの敵だとしても、医者としてベルさんを死なせるはずはありません!」
「そう…ですよね。ごめんなさい、私ちょっと冷静じゃなかった…ですよね?」
ロコはリリを慰める。物事を悪い方向ばかりに考えてしまう今のリリに、ロコの言葉は良い薬となった。
そして、ロコがM-12は共通の敵であるという見解を示したことも、リリを安心させる材料の1つだった。
少し冷静さを取り戻したリリは、途端に恥ずかしくなって頰を赤らめる。
そして彼女はすぐに、ベルの身体から離れるのだった。
「リリさんが謝ることはありません!大切な人がこんな姿になってしまったら、誰だって冷静じゃいられなくなります。本当に美しい…“愛”ですね」
「そ、そんなんじゃないですよ‼︎そういうのじゃなくて、旅の大切な仲間ですから」
「へぇ〜。フフ、そういうことにしておきます」
病室を訪れてからのリリの言動は、“好き”という言葉を使わずに愛情を表現しているのと同意だった。その真っ直ぐな愛情にロコはうっとりしていたが、リリは全力で彼女の言葉を否定する。
リリは、その感情を認めるのがまだまだ恥ずかしいようだ。
「今度は私が助けるから。私がベルを護るから」
再びベルの身体に抱きついて、リリはベルの耳元で力強くそう言った。もはや彼女は、護られるだけの存在ではない。これまでは黒魔術が使えない非力な人間だったが、今はもう違う。
“悪魔の子”である彼女には、きっと潜在的な黒魔術の力が眠っているはずなのだから。
「今のリリさんからは、黒魔術の力が感じられます。きっと、目を覚ましたベルさんの力になれますよ!」
「え⁉︎もしかして聞こえてました?」
「そんなに大きな声で言ってたら、嫌でも聞こえちゃいますよ」
「わー‼︎もう‼︎……えっとロコさん、今私に黒魔術の力が感じられるって言いました?」
「ええ。今までは少しも感じられなかったのに、今ではひしひしと感じられますよ」
「私に黒魔術の力が…」
リリの決意がこもった言葉は、ロコの耳にも届いていた。恥ずかしさで顔に火が点きそうになったリリだったが、ロコの“今のリリから黒魔術の力が感じられる”という言葉が、話を逸らす良いきっかけとなった。
今まではリリから黒魔術の力が感じられなかったのに、今では感じられる。
それはつまり、リリの黒魔術の力が覚醒しつつあることを示していた。“悪魔の子”であることを自覚したのをきっかけに、リリの中で眠っていた力が呼び起こされそうになっているのだろう。
ドサッ……
「あれ?起きたばっかりなのに、もうおやすみですか?」
会話の最中に、リリはベルに抱きついたまま動かなくなってしまった。それも、ベッドから両脚を投げ出したまま。
ロコは、そんなリリを心配そうに見つめている。
気絶しているのか寝ているのか。その違いは側から見れば分からない。あまりにも唐突に、リリは目をつぶって動かなくなってしまった。
気絶したと考えるのが自然だが、ここが魔法の世界であることを忘れてはいけない。誰かが彼女を意図的に眠らせたという可能性も考えられる。一体彼女の身に何が起きているのであろうか。
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「……どうなってるの?」
急に倒れてしまったリリの意識は、ロコとベルがいる病室とは違う場所にあった。確かにここには、リリがさっきまでいた病室と同じ景色が広がっている。騎士団員用に準備された個室の病室だ。
リリは病室の真ん中にぽつんと置かれたベッドに、上半身だけうつ伏せになっていた。ひざ立ちの状態で、上半身だけベッドでうつ伏せになっている。さっきと同じ部屋のはずなのに、そのベッドにベルの姿はなかった。
「ベル?……ロコさん?」
そして、リリはすぐさまロコの姿がないことにも気がついた。リリはロコと共に、ベルの眠る病室を訪れた。それは紛れもない真実なのに、ベルが眠っていた病室には、リリ1人の姿しかない。他には誰もいないのだ。
「何これ…」
何か異変が起きていることを悟ったリリは、ひとまず病室の窓から外を覗いてみた。外の景色を見たリリは、何かがおかしいことを確信する。
上空に立ち込めている黒雲は、不気味な赤い光を帯びている。リリの記憶が正しければ、彼女は生まれてこの方、そんな空は見たことがない。赤く光る雲は、朝の王都を怪しく照らしている。リリは突然違う世界に迷い込んでしまったような感覚に陥っていた。
外の景色に起きた異変はそれだけではなかった。王都の街に、人が1人も見当たらないのだ。エリクセスといえば、“眠らない王都”としても有名な街。時間に関係なく、街には絶えず人が溢れているはずなのに、誰もいない。
ましてや、ここはセントラル病院が位置する王都の中心地。探さなくても、街を歩く人間の姿が目に入って来るはずだ。
誰かが、リリ以外の人間を消し去ったとでも言うのだろうか。
「もしかして、M-12の仕業…?」
この異変を、リリはすぐにM-12と関連付ける。もしかすると、“新”反乱軍の結成にいち早く気づいた何者かが、王都全体に影響を及ぼす黒魔術を仕掛けたのかもしれない。
今起きている異変の原因を探るため、リリは病室を後にした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
第5章が始まって6話目にして、ようやく主人公ベルの出番が回ってきました(まだ眠ってるけど)
今回の話は、これまであまり描写していなかったリリのベルへの気持ちにフォーカスしてみました。これまでとは状況も変わり、リリもただの無力な少女ではなくなって来ています。第5章で、リリはこれからどんな活躍を見せてくれるのでしょうか。




