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第169話「迎え撃つ頭脳」(1)【挿絵あり】

ついに始まった、ベルゼバブとハウゼント兄弟の戦い。悪魔と契約を結んでいないレオンとジェイクは、知恵を絞って対抗する。


改稿(2020/11/13)

「もう少し…もう少しだ‼︎兄さんが稼いだ時間を、決して無駄にはしない!」


 レオンが為す術もなく吹き飛ばされた頃、ジェイクの姿は医院の1番奥の部屋にあった。薬の調合や黒魔術(グリモア)の研究のためにある研究室で、彼は何やら薬品を調合していた。


 ジェイクは当然、今レオンがどんな状況下に置かれているかを知る由はない。兄レオンの強さはジェイクが1番知っているが、彼が気を緩める事はなかった。常に最悪のシナリオを想定しながら、ジェイクは動いている。


「お前に焼かれた喉の痛み…今でも鮮明に思い出すぞ」


“クソ…もう来たのか”


 必死に薬品を調合するジェイクの前に、早くもベルゼバブが姿を現す。すでに暴食の悪魔は研究室に足を踏み入れており、標的であるジェイクを睨みつけている。


 ベルゼバブの接近に気づいてはいるものの、ジェイクが悪魔の言葉に返事をする事はなかった。薬の調合に夢中で、答える余裕が無いのだろう。


「無視とは…礼儀がなっとらんな!」


「くっ‼︎」


 そして時を移さず、ベルゼバブの恐ろしい顔がジェイクの眼前に現れる。ジェイクが薬の調合に夢中になっているうちに、ベルゼバブは彼との距離を詰めていた。


「お前の兄は、口が達者なだけだった。1発でノックアウトだ」


「そんなのは信じない。兄さんはそんなチョロい相手じゃないよ。兄さんがぶっ飛ばされたって言うのなら、それはきっとわざと攻撃を受けたんだ」


「人間は、わずかな希望にすがりつく。惨めなものだ」


「希望は決してわずかじゃない。望み薄なのは、お前の方だ!」


挿絵(By みてみん)


 ジェイクは何の前触れもなく、手にしていた丸底フラスコをベルゼバブに投げつけた。喋っている間に、調合が完了したのだろう。ガラスで出来た丸底フラスコの中を、真っ赤に輝く液体が満たしている。


 ベルゼバブは、すぐさまジェイクが投げた丸底フラスコを破壊する。暴食の力により破壊された紅い液体は、当然ベルゼバブの胃袋の中へと消えて行く。


「ぐぅ……エリクサーか…」


「エリクサーを持ってるのは兄さんだけじゃない。僕たち兄弟をあまりナメない方が良い」


「ハハハ…それで勝ったつもりか?そうやってレオン・ハウゼントも勝ち誇ったような顔をしていた。だが、俺はこうしてここに来た」


 ジェイクがベルゼバブに向けて投げた液体の正体は、エリクサーだった。人工的に生み出された星の力が、ベルゼバブの腹部にごくわずかな穴を空けた。確かにベルゼバブは苦悶の表情を浮かべたが、それは悪魔にとって大した問題ではなかったようだ。


「そう…お前はそうしてここに来た。まんまと…ね」


「何?」


「所詮お前は、僕たち兄弟の手の平の上で踊らされていたに過ぎないんだ」


 しかし、ここに来てジェイクは突然落ち着いた声でそう言った。おそらく、さっきまで焦って薬を調合していたのは演技だったのだ。レオンとジェイクは、最初からベルゼバブをこの部屋におびき出すつもりだった。


「何を言うかと思えば…少々腹に穴が空いたからと言って、暴食の力が衰えるわけではない。悪魔を手玉に取ったと思っているのなら、それは大きな勘違いだ。人間」


「少々か…ヒントをありがとう」


 兄弟の思い通りに動かされていたとしても、それはベルゼバブにとって大きな問題ではなかった。


 ジェイクもまた、ベルゼバブ同様微塵も焦りを見せていなかった。人間と悪魔は、互いに1歩も譲らない。勝機を見出したジェイクは、机上に並ぶフラスコや試験管を、ベルゼバブに向かって立て続けに投げ始めた。


「ええい!そんなオモチャで、この俺様を殺せると本気で思っているのか⁉︎」


 ベルゼバブは苛立ちを隠せない。さっきと同じように、ベルゼバブは暴食の力を使って、飛んでくるフラスコや試験管を次々と破壊して行く。


 ニヤリ…


 ベルゼバブが次々と薬品を破壊して行く様子を見て、ジェイクは思わず笑みを浮かべた。ベルゼバブはそのわずかな表情の変化を見逃さなかった。異変を察知したベルゼバブは、すぐに“暴食”を止めた。


「まさか、貴様…⁉︎」


「そのまさかさ!僕たちが所持しているエリクサーは限られている。お前はそう思い込んでいたんだろう?残念ながら、僕が投げていたのは全てエリクサーだ。そんなことを夢にも思わなかったお前は、まんまと僕の策にハマったと言うわけさ」


 ジェイクを侮っていたベルゼバブは、痛手を負ってしまった。ジェイクの瞳に映るベルゼバブの腹部には、人の頭が1つ入ってしまうほどの大きな穴が空いていた。大量に摂取されたエリクサーによって、空けられた穴だ。


「どこまでも憎たらしい小僧よ…俺様を怒らせたいようだな。悪魔は人間如きが操れる存在じゃあない」


「実際、お前は僕たちの頭脳に丸め込まれてるじゃないか。このまま僕が攻撃を続ければ、暴食の悪魔は確実に死ぬ」


「良いだろう。思う存分攻撃して来い。だが、お前は大きな勘違いに気づく前に命を落とす事になる」


「脅しても無駄だ。僕はベルゼバブを殺す男だ‼︎」


 一旦手を休めていたジェイクは、再びエリクサーによる攻撃を再開する。ジェイクは、これまでと全く同じ攻撃を続けていた。エリクサーの入った瓶をひたすら投げ付ける。単純だが強力な攻撃だ。


「……………」


 ところが、さっきまでとは明らかに状況が変わっていた。ベルゼバブは、一向に暴食の力を使おうとしないのだ。

 引っ切り無しに飛んで来るエリクサーを、ベルゼバブは避けている。当然ベルゼバブは先ほどの失敗から学んでいた。避けられる事が分かっていても、なぜかジェイクは同じ攻撃を続けている。


 投げられたエリクサーは、ベルゼバブの周辺にどんどんぶちまけられて行く。その様子を見て、ジェイクは満足そうに笑みを浮かべていた。


「面倒な事をしてくれたな…」


 この時、ベルゼバブはジェイクの思惑を見抜けていなかった。ちょうどその時、足元にこぼれたエリクサーが、ベルゼバブの素足に触れた。

 すると緑色の肌が、その箇所だけ肌色に戻った。エリクサーによって、侵蝕(イロージョン)が一時的に抑えられたのだろう。


「僕が攻撃を続ければ、どんどんお前は追い詰められる。上手く攻撃を避けたつもりなのか?それでお前は動けなくなった。もはや袋のネズミさ」


 ジェイクは、ただがむしゃらにエリクサーを投げ続けているわけではなかった。投げ続けられたエリクサーは、ベルゼバブを囲むように床に散乱していた。ジェイクは見事、ベルゼバブの動きを封じる事に成功したのだ。


「なあに、焦ることはない。俺はここから1歩も動かずに、お前を殺す事が出来るんだ…頭の良いお医者さんが、そんな事も忘れていたのか?」


「フ…フフ…お前はそこからじゃ、絶対に僕を殺せない!」


「試してみるか?」


 ベルゼバブがジェイクを喰らおうとした時、タイミングを合わせてジェイクがエリクサーを投げつけた。当然エリクサーが暴食の餌食となり、ベルゼバブの胃の中へと転送されて行く。

 これにより、ベルゼバブの胃袋には回復する間も与えられない。


「ベルゼバブ。お前は無闇に暴食の力を使う事が出来ない。その身体が再起不能になったら、お前はオズにいられなくなる」


「フン…どれだけ多かろうと、エリクサーにも限りがあるだろう。エリクサーが底を突いた時、それが貴様の最期だ」


 ジェイクには、絶対この場で死なない自信があった。この状況において、ベルゼバブが使う暴食の力は、大きなリスクを伴うものだった。エリクサーは悪魔にとって、決して侮るべきではない代物だ。


「確かにエリクサーには限りがある。だけど、お前にはもう逃げ場が無い。これがどういう事か分かるか?もうお前にエリクサーを避ける事は出来ないんだ!」


「そうか…俺とした事が忘れていた」


「エリクサーを浴び続ければ、侵蝕(イロージョン)は解除され、黒魔術(グリモア)のレベルは著しく低下する。そうなれば、もうお前に僕を殺す事は出来ないはずだ!」


 戦況は、ジェイクの優勢。完全にベルゼバブがジェイクのペースに乗せられている。足場を失ったベルゼバブは、もはやエリクサーを避ける事が出来ない。

 つまりそれは、黙って弱体化させられるのを待つしかないという事を示していた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


レオンが旅の中で集めていたエリクサーを駆使し、兄弟は着実にベルゼバブを追い詰める。その天才的な頭脳は悪魔さえもねじ伏せてしまうのか…?

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