第27話「レイヴン・ゴーファー」【挿絵あり】
呪いの椅子に座ってしまったベルの運命や如何に!?
改稿(2020/06/14)
Episode 6: The Demon In West/西の悪魔
ベルは目を開く。そこは広がっていたのは、見渡す限りの真っ暗な闇。目を凝らしてみても、見えるのはひたすら続く暗闇のみ。何かが影になって隠れているのではなく、本当にそこには暗闇しかないように見える。
しばらく目を泳がせていると、幽かに輝く炭鉱長の姿が目に入った。
「お前も椅子に座ったのか。やはり、座れば死ぬというのは嘘だったようだな」
炭鉱長は、椅子に座った2人とも、死なずにここに存在していることを確認した。
「そうみたいですね…ここは一体……」
どうやら椅子に座った者は死ぬのではなく、このどこかも分からない暗闇に飛ばされるようだ。
だが、そもそも、ここがこの世なのかどうかも分からない。
「お前が来るまでは、誰もいなかった。ただの暗闇だ」
ひと足先にこの空間に来ていた炭鉱長は、ベルが来るまでのことを説明した。ベルが来るまでは何も起きなかったようだ。
「暗すぎて何も分かりませんね」
そう言いながら、炭鉱でしたのと同じようにベルは炎を灯す。どこからともなく現れた炎に、炭鉱長は驚きを隠せなかった。
「な、何だそれは?」
炭鉱長が黒魔術を目にするのは、これが初めてだった。
しかし、それ以上の驚きが2人を待っていた。
「………⁉︎」
2人は思わず言葉を失った。黒魔術で炎を灯しても、そこに広がるのはただひたすら闇だったのだ。いくら照らしても、そこに何かを確認することは出来ない。
広がっているのは、まるで一面をペンキで塗りつぶしたかのように真っ黒な空間。炎を灯したまましばらく歩いてみたが、いくら進んでも景色は変わらない。そこには、全く現実味がなかった。
「うわっ!」
しばらくして、ベルは突然声をあげた。目の前に何かが現れたのだ。それは宙に浮かぶ緑色の顔。鋭い黄色の瞳がこちらを睨みつけていて、その口は耳まで裂けている。
よく見てみると、それは宙に浮かぶ顔ではなかった。“彼”は黒いローブを着ていた。服が景色に溶け込んで、顔だけが浮かんでいるように見えたのだ。
「………お前は誰だ?」
その不気味な形相を見て、ベルは冷や汗を流していた。目の前にある顔は、椅子に座る前に遭遇した怪物とそっくりだ。
「………俺のことを知らないと言うことは、お前はアローシャではないな?」
「何でそんなこと知ってるんだ?…………⁉︎」
ずっと黙っていた化け物は、ようやく口を開いた。ベルは動揺を隠せない。なぜこの化け物は、ベルの誰にも知られたくない秘密を知っているのか。そう考えているうちに、ベルの脳裏にある光景が思い出される。
アローシャが目覚め、ベリト監獄を脱獄したあの夜。目を覚ましたベルの目前には、黒いローブに身を包んだ緑色の肌の男がいた。
「思い出したようだな……俺は、アローシャと共にベリト監獄を脱獄した悪魔ベルゼバブだ」
ベルゼバブは気味の悪い笑みを浮かべた。1年前、アローシャと共に世に放たれた暴食の悪魔。そんな化け物が、なぜゴーファー邸の中に潜んでいるのか。
「………悪魔?何でお前がここにいるんだ?」
「分からないのか?呪いの椅子に座ったのはお前たちの方じゃないか」
ベルゼバブの声は、実に奇妙なものだった。聞いているだけで身震いしてしまいそうだ。聞いているだけで呑み込まれてしまいそうな、危険な声。
「それが何なんだ?」
「何だ、知らないのか。全てを知っていて、わざと椅子に座ったのかと思ったのだが」
ベルゼバブは溜め息をついた。どうやら、ベルたちが知っている呪いの椅子にまつわる物語には、間違いがあるようだ。
「何の話だ?さっきからお前の言ってることは全然分からない!」
ベルの頭はパンク寸前だった。彼には、今起きていることが一切理解出来ない。
「レオナルド・ギャツビーは知っているな?奴にあの椅子を渡したのは、紛れも無いこの俺だ」
「は?あの椅子は雇い主の金持ちからプレゼントされたものじゃないのか?」
ベルは頭を抱えていた。新たな情報が出るたびに、話がややこしくなってくる。
「何?世間ではそんな話になっているのか……つまらんな。あれはただの椅子ではない。悪魔が人間に干渉するための道具なんだよ‼︎」
ベルゼバブは、呪いの椅子の噂が現実とは違った形で世間に伝わっていることを知って、落胆した。
そして、新たな真実を明かす。
「どういう意味だ?」
「悪魔は、人間の世界“オズ”を訪れることは出来ない。だが、俺たちに欠かせないオーブは、オズに大量に存在する。俺たち悪魔はオズに干渉する必要があった。それを実現するのが、この”呪いの椅子“だ」
ベルゼバブは呪いの椅子について語り始める。これだけでは、彼の言おうとしていることはほとんど分からない。悪魔たちは、人間の世界のことを“OZ”と呼んでいた。これは、Orb Zoneの略。すなわち、オーブ帯という意味だ。
「お前の話はちっとも分かんねー」
「何も呪いの椅子だけではない。悪魔がオズに干渉するための道具は、世界中に存在する。俺たちは、それを“ディア・サモナー”と呼んでる。ディア・サモナーを使った人間は、悪魔の目前に召喚される。俺専用のディア・サモナーが、呪いの椅子だったってことさ」
「……俺たちはまんまと罠に引っかかったってことか…座った人間は死ぬって噂も、あながち間違いじゃないみたいだな」
ベルはようやく、自分が立たされている状況を理解した。やはり、呪いの椅子には座るべきではなかったのだ。座った者には死が訪れる。この噂は本当だった。座った者は、悪魔に魂を奪われて死ぬ。
「ようこそ悪魔の世界へ。活きの良い魂が2つも迷い込んでくれて、嬉しく思うよ」
ベルゼバブは不気味に微笑んだ。2人はまんまと、ベルゼバブの罠にはまったのだ。
「ちょっと待て。俺には何の話か全く分からんが、レイヴン・ゴーファーはどこに行った?この椅子によって失踪したと言うことは、奴もここに来たのだろう?」
それまで黙って話を聞いていた炭鉱長が、口を開く。レイヴン・ゴーファーは、悪魔ベルゼバブに殺されてしまったと言うことなのだろうか。
「ハハハハハハハ‼︎笑わせる!オズではそんな話になっているのか。全く馬鹿馬鹿しい。俺が真実を教えてやる。“ブラック・ムーン”は当然知っているな?」
ベルゼバブは腹を抱えて笑った。どうやら、レイヴン・ゴーファーが呪いの椅子によって失踪を遂げたというのも、真実ではないようだ。
「あぁ」
「11年前。お前の父親ヨハン・ファウストは、13人の友人を集め、その身体に悪魔を呼び寄せた。ほとんどの者は呼び出された悪魔に身体を奪われた。お前のような例外もいるがな。レイヴン・ゴーファーは、その13人の1人、“ブラック・サーティーン”だったのさ‼︎」
「何⁉︎ってことは、その身体は……」
ヨハン・ファウストがブラック・ムーンの首謀者だと言うことは、すでにベルは知っていた。驚くべきは、もうひとつの事実の方だ。
「そうだ。この身体はレイヴン・ゴーファーのもの。俺は完全にゴーファーの身体を支配した。悪魔にとって、オズで自由に動かせる身体があるというのは、実に便利なものだ。オーブを集めるのに事欠かない」
レイヴン・ゴーファーはブラック・サーティーンの1人だった。そして、今や死んだと言っても過言ではない。
「何を戯けたことを‼︎レイヴン・ゴーファーは悪魔に身体を奪われただと?俺は奴に復讐する必要がある!俺たちはアイツに殺されたんだ‼︎」
炭鉱長は激昂する。全くわけの分からない話を続けるベルゼバブに、彼は嫌気がさしていた。レイヴン・ゴーファーに復讐するためにこの世に留まっている炭鉱長は、レイヴン・ゴーファーの死を受け入れることが出来なかった。ベルがヨハン・ファウストの息子という事実も彼にとっては衝撃的だったが、それも気にならないほどに混乱しているようだ。
「誰かと思えば、お前は炭鉱長か。俺はレイヴン・ゴーファーの身体を奪い、奴の記憶をも引き継いだ。奴がこれまでして来たことは、全て知っている」
ベルゼバブはさらに衝撃の真実を明かした。それはつまり、彼から話を聞けば、事件の真相が明らかになるということ。
「つまりお前は、宝石の価値暴落と、レッド・ウォール爆発事件の犯人を知ってるんだな?」
「あぁ、そうだ。全て奴がやったことだ。奴はアドフォード中の宝石商と繋がり、ヨハン・ファウストと奴以外には金を渡さないようにしていた。
そして爆発の件。奴は事前に、炭鉱のあらゆる死角に爆弾を隠していた。あの日いち早く炭鉱に来ていた奴は、仕込んだ爆弾の導火線に火を付けた。爆発のタイミングを見計らって、ファウストを連れて逃げたのさ」
29〜30年前の未解決事件の真相が、ようやく明らかになった。炭鉱長が睨んでいたとおり、全てはレイヴン・ゴーファーの仕業だった。
「やはりそうだったか‼︎お前がレイヴン・ゴーファーではないとしても、その身体はレイヴン・ゴーファーのものなのだな?だったら俺が殺してやる‼︎」
炭鉱長はベルゼバブの話を理解していたが、自分が立たされている状況を理解していなかった。ゴーストでは、悪魔に到底太刀打ち出来ない。
白く輝きを帯びた炭鉱長は、恨みだけを抱いて、ベルゼバブに飛び掛かった。レイヴン・ゴーファーへの憎悪に頭を支配されている彼は、我武者羅だった。
「⁉︎」
しかし、炭鉱長の恨みが晴らされることはなかった。飛び込んで来た炭鉱長を、ベルゼバブは頭からがぶりと呑み込んでしまった。
ゆっくりと、炭鉱長の身体はベルゼバブに呑み込まれて行った。その様子を、ベルはただただ見ていることしか出来なかった。
「活きの良いオーブは美味い。自ら食べられに来るとは、相当な馬鹿だな」
そう言いながら、ベルゼバブは口の周りをペロリと舐めた。
「テメェ……」
いとも簡単に炭鉱長を殺されたベルは、鋭い眼光でベルゼバブを睨みつけた。呪いの椅子は、生きている者、死んでいる者を問わず、死をもたらす力を持っていた。
「お前も例外ではないぞ。すぐにそのオーブをいただいてやる」
ベルゼバブの不気味な声が、辺り一面に広がる暗闇に響き渡った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
数々の事実が明らかになり、無念にも2度目の死を迎えた炭鉱長。
恐怖の悪魔が、今ベルを襲う!!




