第26話「呪いの椅子」【挿絵あり】
ベルは無事なのか……!?
(2020/06/14)
爆発音を耳にしたジェイクとセドナは、エントランスに戻っていた。もちろんセドナは、リリとアレンも連れて来ている。
「セドナさん、リリさん、アレン君がここにいると言うことは…」
「ベルのいる場所で爆発が起きたと言うことね」
ジェイクとセドナの顔を一筋の汗が伝う。今この時、ベルの身に何かが起きているのは紛れも無い事実だ。
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爆発に巻き込まれたベルは、しばらく意識を失っていた。彼が目覚めたきっかけは、誰かの声だった。
「おい少年。大丈夫か?」
薄っすらと目を開けるベルの前にいたのは、微かに光る炭鉱長だった。爆発を聞いてすぐに駆けつけたのだ。
「……炭鉱長?」
ベルはすぐ目の前にいるのが炭鉱長だと理解し、辺りを見回す。
この部屋は、今までと違って生活感があった。えんじ色の壁紙に囲まれたこの部屋は、動物の剥製が置いてあったり、いかにも高級そうな家具が所狭しと並んでいる。鼻につく金持ちの部屋と言ったところか。
「俺たちが死んだ時と同じ音が聞こえたから来てみれば、お前が倒れていた。俺は今のような爆発音を聞いた直後、爆発に巻き込まれたんだ」
「そうだったんですね…イテテ……」
ベルは身体中に痛みを感じていた。階段を転がり落ちる間に、身体のあらゆる場所をぶつけていたのだ。ジェイクは心配性過ぎると思っていたベルだったが、彼の心配も行き過ぎではなかった。
「とにかく無事で良かった。不在にしている自宅に爆弾を仕掛けていたとは、やはり事件の犯人はゴーファーだ」
炭鉱長は、29年前のレイヴン・ゴーファーの犯行を確信していた。それも、確固たる証拠があるわけではないのだが。
「………そうかもしれないですね」
もちろん、ベルはこれが爆発事件とレイヴン・ゴーファーを繋げる有力な情報になるとは思っていない。
ふと炭鉱長の顔を見ていると、彼は視界に何かを捉えていた。
「それはそうと、これが噂の呪いの椅子ではないのか?」
炭鉱長の視線の先には、立派な椅子があった。
「これが……」
ベルは息を呑んだ。座りたくなくても人を座らせてしまう、怪しい魅力を秘めた椅子。実物を見ると、その理由が分かる気がした。“呪いの椅子”という呼び名のついたレオナルド・ギャツビーの椅子は、美しかった。
その背もたれ部分は、美しく木彫りされている。美しい曲線が組み合わさったそれには、ずっと見ていると引き込まれてしまいそうな魅力があった。
「座れば死ぬなんぞ、到底信じられん!」
炭鉱長は呪いの椅子を噂を笑い飛ばしていた。それもそうだ。炭鉱長が健在だった頃、まだ悪魔だの呪いだのと言った超自然現象は、世間でほとんど受け入れられていなかった。そんなものは、気の狂った人間の戯言だった。
「呪いは存在します。信じられないようなものだとしても、実在するんです」
ベルにはそれがよく分かっていた。実際彼の身体の中には悪魔が存在する。それだけでなく、信じられないようなものに人生を狂わされたのだから。大体幽霊が呪いを信じないということ自体が、おかしな話だ。
「………座った人間は死ぬんだろ?」
「はい」
炭鉱長は、何か考えを巡らせているようだ。ベルは炭鉱長の顔を、不思議そうに見つめている。
「では、すでに死んでいる人間が座ったらどうなるのかな?」
「…………何も起きないんじゃないですか?」
ベルは呆気にとられた。そんなことは、考えてもみなかったのだ。それは、幽霊だからこその発想だった。
「ふん。それなら座ってみようではないか」
炭鉱長の口許は弛んでいた。彼は、幽霊が椅子に座っても、何も起きるはずがないと思っているのだろう。
ベルが何も言わないのを確認すると、炭鉱長はゆっくりと呪いの椅子に腰掛けた。幽霊でも、椅子に座ることは出来る。
「え?」
その直後、ベルは目を丸くした。炭鉱長が忽然と姿を消したのだ。部屋中見回しても、どこにも炭鉱長の姿は見当たらない。
だが、ベルはすぐに思い出した。炭鉱長は自由自在に姿を消すことが出来る。レッド・ウォール炭鉱では、彼のその業に翻弄されたものだ。
「炭鉱長、ふざけないでくださいよ。俺をおどかそうとしてるんですか?何でまたそんなこと………」
これは炭鉱長の悪い冗談。ベルはそういう結論に至っていた。ギャツビーの椅子にかけられた呪いは、生きている人間にのみ通用する。ベルはそう決めつけていた。
しかし、待てども待てども炭鉱長が再び姿を現すことはなかった。これは、段々とベルを不安にさせた。
「悪い冗談なんでしょ?…………炭鉱長?」
ベルは徐々に恐怖を覚えていた。いくら呼びかけても返事がない。呪いの椅子は、幽霊までも殺してしまうのか。そもそもすでに死んでいる幽霊を、どうやって殺すというのか。幽霊が座れば、その存在が消滅してしまうのだろうか。
このまま、ここにいても埒が明かないと思ったベルは、入り口の扉のドアノブに手を掛ける。
「⁉︎」
ところが、扉は開かない。ドアノブを回して、押してみても、引いてみても扉はビクともしない。一体どうなっているのだろうか。これもこの屋敷に仕掛けられた罠なのだろうか。
振り向けば、反対方向にもうひとつ扉がある。ベルはそちらに向かった。
「何なんだよ‼︎」
しかし、ベルのわずかな希望は打ち砕かれた。もうひとつの扉もビクともしない。扉から部屋を出ることが出来ないとすれば、残るは窓しかない。
窓は、高級そうなカーテンで閉ざされている。
勢いよくそのカーテンを開くと、そこには当然窓があった。ところが、その数センチ先には石畳の壁。窓から外に出ることは不可能だ。この部屋は、完全な密室となっていた。
「俺魔法使えるじゃん……」
ここでベルは、忘れていたことに気づく。密室に閉じ込められて動揺していたが、彼には炎の魔法陣がある。閉ざされている扉は木製。炎を放てば、扉を物理的に破ることが出来るかもしれない。
そう考えたベルは、入り口の扉に右手を触れる。
すると怪しい赤い光と共に、魔法陣が展開された。魔法陣の消滅と共に、扉を炎が包む。それは、ベルが吸収しておいたロック・ハワードの炎。
「よしよし、いいぞ……」
目の前の扉は燃え盛っている。扉に使われている木材は、大して厚くはない。燃えて脆くなった扉を蹴破れば、外に出られるはずだ。
「おりゃ!」
しばらく時間を置いて、ベルは扉を思い切り蹴飛ばした。
だが、ドンと鈍い音を立ててダメージを受けたのは、ベルの右足の方だった。
「痛ってー‼︎」
ベルは、右足を抱えて飛び跳ねている。扉は簡単に破れるものだと思っていたため、その痛みは想像以上のものになっていた。予期せぬ衝撃ほど痛いものはない。
そして、その直後に起きた出来事に、ベルは目を疑うことになる。扉を包んでいた炎の勢いは徐々に弱まり、やがて完全に消えてしまったのだ。
そこに現れたのは、全く焦げついていない扉だった。その扉は、ロックの豪炎に包まれてもビクともしない。
「ウソだろ……」
ベルには、その光景が信じられなかった。木を燃やせば、焼けて脆くなる。それは誰にもで分かることだ。それなのに、この扉は炎に包まれても、焦げ目ひとつ付いていない。この扉には、何か魔法が掛かっているのだろうか。扉はもうひとつあるが、同じことをしても同じ結果が待っていることは、目に見えていた。
脱出を諦めたベルの視線は、呪いの椅子に向かっていた。
「座れってことか……」
まるで、この部屋全体がその椅子に座れと言っているかのようだった。この部屋自体に魔法が掛かっているのか、それともこれが椅子に掛かった呪いの力なのか。それは誰にも分からない。
「おもしれーじゃねえか。座ってやるよ」
ベルは歪んだ笑顔でそう言った。“座った者には死が訪れる”。その噂が、ベルに少なからず恐怖を感じさせていた。
しかし、この部屋を出るには呪いの椅子に座らなければならない。きっと、この部屋にはそんなカラクリが仕掛けられているのだ。
覚悟を決めたベルは、静かに呪いの椅子に腰掛けた。そして恐怖から目を背けるように、目をつぶった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついにベルは呪いの椅子に座ってしまった!
消えた炭鉱長はどうなったのか、そしてベルはどうなってしまうのか!?




