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第156話「マインド・ストーム」(2)

「私はいつでもお前と共にある。トランプ・サーカスで会った時よりも、少し成長したようだな……」


「何言ってやがる⁉︎あん時のテメェは幻だったんだろ?」


「いかにも。だが言っただろう?私はいつでもお前と共にある」


 ヨハン・ファウストの言葉はベルを惑わす。彼の言う事から推測すると、やはり今目の前にいるのは、ベルの心の中に焼き付けられた憎き父の幻影なのだろうか。


「ワケ分からねぇ事言ってんじゃねぇ…さっさと俺の前から消えろ‼︎」


「おや……あれは何かな?」


 取り乱したベルが大きな声で叫ぶと、突然ヨハン・ファウストがどこかを指差した。促されるがままその方角を見たベルは、言葉を失ってしまった。


「父ちゃん!母ちゃーん‼︎」


 ベルの耳には、そんな声が飛び込んで来た。

 その声の主は、燃え盛る町の傍で泣き叫んでいる。赤々と燃える業火が、1つの町を丸ごと包み込んでいた。


「…………」


 大火の前に泣き崩れる銀髪の少年は、ベルにとって見覚えのある人物だった。盗賊ガラン・ドレイクだ。

 ただ、今ベルの前にいるガランは幼かった。そこにいるのがガランだとすれば、今ベルが目の当たりにしているのは“ヴァルダーザの大火”なのだろう。


 ヴァルダーザの大火。それは、ベルが抱える最も大きなトラウマだった。自分の意思でした事でないとは言え、自分の姿をした悪魔が、1つの町を焼き払った。その事実は、ベルに重くのしかかっている。


「あれは…⁉︎」


 そして、ベルはヴァルダーザの炎の中に、ある人物を見つける。悪魔のような形相で、燃え盛る町中を歩く少年。金色の髪をした少年は、両目に赤い光を灯し、右手の呪われた印から炎を解き放っていた。


 幻影とは言え、1つの町を地獄に変えている自分の姿を見て、ベルは絶句した。マインド・ストームは対象者の深層心理から、最も精神的ダメージを与えられるものを探り出すとでも言うのか。今ベルが見ているのは、あまりにもリアルな幻だった。


「お前は人殺しだ…悪魔だ‼︎」


「⁉︎」


 ヴァルダーザの大火を目の当たりにして放心状態に陥っていたベルに、少年ガランがそう言い放った。

 その言葉は、ベルに突き刺さる。大切な家族を失う経験をした事のあるベルには、ガランの想いが痛いほど分かっていた。

 もしベルの母ヘレンが誰かに殺されていたとすれば、ベルも彼と同じくその犯人を恨んでいただろう。


 ガランの言葉を受けたベルはしばらく目を瞑り、再び燃え盛るヴァルダーザの町に目を向けた。


「⁉︎嘘だ…」


 しばらく町の様子を見ていたベルは、目を疑う。燃え盛る町の中に、ベルは別の見覚えのある人物を発見していた。


「助けて‼︎」


 そこにいたのはヘレン・クイール。ベルの母親だった。ヴァルダーザの大火が起こる何年も前に、ヘレンは死んでいる。絶対にそこにいるはずがないのだが、ベルの目にはその姿がはっきりと映っていた。


 町の中にヘレンがいる事も全く気にせずに、小さなベルは真っ赤な業火を放っている。悲痛な声を上げて逃げるヘレンから、ベルは目を逸らしたくなっていた。

 やはりこの幻は、ベルを精神的に追い詰めるためのものらしい。


「そんなまさか…」


 続いて、ベルはまた別の人々を発見した。それもまた、絶対にヴァルダーザにいなかったはずの人々だった。


 ベルが視線を動かして行くと、燃え盛る町の中にリリ・ウォレス、アレン・レヴィ、ジェイク・ハウゼントの姿が確認された。彼らは、ベルにとって掛け替えのない存在だ。


 炎に逃げ惑うのは、彼らだけではなかった。レイリー、エミリア・ランバート、バーバラ・ハワードまでもが、燃え盛る町の中で走り回っていた。

 これまで関わって来た大切な仲間たちが、ベルの炎に苦しんでいる。


 それが例え幻であったとしても、ベルの心は押し潰されそうになっていた。これが白い少年の狙いだとすれば、作戦は大成功だ。今の精神状態では、ベルにはとても戦闘を再開する事は出来ないだろう。


「やめてベル‼︎」


「殺さないで‼︎」


「熱い…熱い!」


「いやあー‼︎」


「人殺し…」


「悪魔!」


 掛け替えのない仲間たちの悲痛な声が、ベルの頭の中に響き渡る。最も見たくない光景と、聞きたくない言葉が、ベルを容赦無く追い詰める。


「やめろ……やめてくれ‼︎俺は何もしてない‼︎」


 その光景にとても耐えられなかったベルは、全てを掻き消すように大きな声で叫んだ。彼は大きな声で、聞こえる声を掻き消し、目をつぶって燃える町から目を背けた。


「目を背けるな…この期に及んで被害者面か。お前が多くの人の命を奪った事は、否定しようのない事実だ。お前は立派な殺人犯なんだよ」


「……………」


 憔悴しきっていたベルに、ヨハン・ファウストが声をかける。ベルがヴァルダーザの大火を見ている間も、彼は傍でずっとその様子を見守っていた。


「あの夜、お前の人生は変わった。もう綺麗に生きて行く事など出来ないのだよ」


「……ぇ」


 ヨハン・ファウストの言葉は、容赦無くベルを追い詰めて行く。


「悪魔を受け入れたのなら、もう全てを受け入れてしまえ。お前はまだ本当の自分を知らない。心の底では、どうしようもない殺人衝動に駆られているのではないか?」


「うるせぇ……」


「それに、お前は本当にアローシャの力を手中に収めた気になっているのか?悪魔の力は、人間には到底手に負えない代物だ。その力がいつお前に牙を剥き、周囲の人間を傷つける事もあるだろう」


「うるせぇって言ってんだろが……」


 憎き父の言葉を掻き消すように、ベルは次第に声を大きくして行く。ベルの人生をめちゃくちゃにしたのは、ヨハン・ファウストに他ならない。

 だが、今彼が言う事は全て正しいのだった。


「お前が聞きたくなくても、私は喋り続ける。悔しければその炎で、私を殺してみろ」


「言われなくてもやってやる…」


「そうすれば、お前は本当の意味で人殺しになってしまうがな」


「もうテメェの言葉は聞き飽きた。さっさと消えちまえ…」


 この時すでに、ベルは正常な思考が出来ない状態となっていた。精神的に追い詰められたベルは、ただ目の前にいるヨハンを消し去ろうとしている。ヨハンの憎き声は、ベルの頭にこびり付いて離れない。


 怒りを増長させるベルの身体は、燃え盛る業火に包まれ始めていた。ベルの怒りに応えるように、身体の赤い“印”がみるみるうちに広がり始めている。


「それで良い…お前は立派な人殺しだ!」


「失せろ‼︎」


 そのひと言がきっかけとなり、ついに炎の印がベルの全身に広がった。ベルの全身を包む深紅の業火は、それと同時に見渡す限りに広がった。

 かつてない威力を持つ業火が、ベルを取り囲む幻の渦を呑み込んで行く。


 やがて、マインド・ストームはすっかりアローシャの業火に包み込まれてしまった。かつてないほど強力な炎が、人の心を惑わす想いの渦を焼き払って行く。赤く染まった想いの渦は小さくなり、業火の中に消えていった。


 この世に取り残された哀れな魂たちも、ベルの炎によって消化された。想いの渦に呑まれそうになっていたベルは、半ば強引にそれを乗り越えた。

 古代のオーブを集めた白い少年の攻撃は、これまでにないほど、ベルを追い詰めていた。


「…幻を殺しても、人を殺した事にはならねぇだろ」


 想いの渦から解き放たれたベルは、呟くようにそう言った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


マインド・ストーム…なかなか鬱な精神攻撃でした。マインド・ストームを破ったベルには、白い少年との直接対決が待っています。

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