第156話「マインド・ストーム」(1)【挿絵あり】
アドフォードで中断された白い少年との戦いが、再び始まろうとしていた…
改稿(2020/11/08)
一方城外では、ようやくベルが白い少年の背中を捉えていた。白い少年を追いかけるベルはすでに息が上がっており、時折痛みに顔を歪めていた。リリスから受けた傷が痛むのだろう。
「おやおや、ボロボロじゃないか。そんなんじゃ、わざわざオーブを奪われに来たとしか思えないなあ」
「偽物はいつまで経っても偽物だ。お前なんかにオーブはやらねぇよ」
ベルが追い付いた事を知ると、白い少年は突然立ち止まって、後ろを振り返った。
ついさっき悪魔と戦ったベルと違い、白い少年の身体には傷ひとつない。もしも持っている力が同レベルだとすれば、ベルが圧倒的に不利な状況だ。
「つーか、お前死んでなかったんだな…アローシャに殺されたと思ってたぜ」
「僕を甘く見るな。侵蝕を第2段階にさえ進めていない貴様の攻撃程度で、この僕が死ぬわけないだろ」
「ふ〜ん…侵蝕の事も知ってんのか」
「当然だ」
白い少年と対峙して、ベルは改めて最初に戦った時の事を思い出していた。覚醒したアローシャにより圧倒された白い少年は、あっという間に敗北してしまったはずだ。
「じゃあ、何であの時急にいなくなった?お前は瞬間移動出来るわけじゃないだろ」
「確かに、僕はそんな力は持っていない。知らないか?ドッペルゲンガーは人間によって生み出された存在。答えは単純さ。僕を生み出した人間が、僕を回収しただけの事」
「誰だよ…こんな悪趣味な事しやがるのは」
「貴様が知る必要は無い。今日で貴様の人生は、僕のものになるんだからな!」
ドッペルゲンガーである白い少年は、自分の意思だけで動いている存在ではなかった。彼を生み出し、知識や力を与えた人間がいる。ベルはその人物の正体を知りたがったが、白い少年にはそれを教える気はないようだ。
「まあいい。お前が俺を殺そうとしてるって事はよく分かった」
「そうだ。それだけ分かってれば良い」
「ちょっと待てよ…エルバと一緒にいたって事は、お前とお前のご主人様は、“エルバの意志を継ぐ者”なんじゃないか?」
「ふざけるな…あの人は私を創り出しただけで、ご主人様などではない。それに、帝王とは利害が一致しただけだ。僕も帝王も、貴様を誘き寄せたかったんだ」
続いて、ベルはエルバと白い少年の関係性を予想するが、それは的外れなものだった。そもそも“エルバの意志を継ぐ者”など存在しない。というエルバの言葉を、ベルはすっかり忘れていた。
白い少年は本物に成り代わるため、ベルを誘き寄せたかったのだが、エルバは一体ベルに何の用があると言うのだろうか。玉座の間でも、エルバは確かにベルに用があると言っていた。
「大体あの一つ目の化け物が、俺に何の用があるっつーんだ」
「それは僕も知らない。協力してもらえるのなら、僕は何でも良かったんだ」
あの時エルバと白い少年が一緒にいた理由は、利害が一致。ただそれだけだった。2人はお互いに、それ以上干渉しようとはしなかった。白い少年に協力したエルバは、ベルにとって新たな脅威となるのだろうか。
「無駄なお喋りは終わりにして、そろそろ僕を本物にならせてくれないか?」
「お前は一生偽物のままだよ……そんな武器持ってたか?」
白い少年は、右手に掴んでいた不思議な武器を肩に担いだ。アドフォードでベルと対峙した時、白い少年は何も武器を所持していなかった。彼が使っていたのは、オーブを操る不思議な力だけだった。
「あぁ、これの事か。これは“魂の刃”。刃を持った魔法の杖だ。ソード・スタッフとも呼ばれてるらしい」
「そんなオモチャで、俺に勝てると思ってるのか?」
「ボロボロの身体で言われても、何も怖くないな」
魂の刃。それが白い少年が新たに手にした武器の名前だった。それは1メートル長の刃に、木製の杖が絡み付くような形状をしていた。綺麗に研ぎ澄まされた刃と、賢者が持つような魔法の杖が融合した武器だ。
「その武器ごと、俺が燃やしてやるよ」
「果たしてそんな事が出来るかな?…想いに苦しめ‼︎」
好戦的な笑みを浮かべるベルに、白い少年も笑顔を返した。
そして、彼は魂の刃を、両手を使って勢いよく回転させ始めた。
すると、まるでその動きに合わせるかのように、周囲に漂っていた古代のオーブたちが渦巻き始める。
緑色の竜巻は、古代のオーブを巻き込みながらどんどん肥大して行く。エルバ城さえ呑み込んでしまうほど巨大化した魂の渦は、ベルのすぐ傍まで迫っていた。
「何なんだ……」
「この中には、数えきれないほどの想いが渦巻いている。想いの渦に耐えられるかな?」
白い少年は自慢げにそう言うと、想いの渦をベルに向けて移動させた。
「そんなもん焼き払ってやる‼︎」
ニヤ…
ベルはさっそく侵蝕を第2段階に進めて、想いの渦を焼き払おうとする。
ところが、白い少年が不敵な笑みを浮かべると同時に、ベルの動きは止まってしまった。
「この痛み…あの時と同じだ…」
この時、ベルはある痛みを感じていた。それは、アドフォードで白い少年と対峙した時に感じたものと同じ痛み。
まるでオーブを抜き取られてしまうかのようなその痛みが、ベルの動きを完全に止めてしまった。
痛みにもがくベルは、侵蝕を進める前に想いの渦に呑み込まれてしまった。
「はぁはぁ……これ、あの渦の中か」
胸部の痛みが解消された頃には、ベルはマインド・ストームの中心に立っていた。マインド・ストームは外側から見ればただの緑色の竜巻だが、内部から見た景色は全く違っていた。
無数のオーブがぐるぐると内部を巡り、時折それが人の形を形成する事もあった。古代のオーブはゴースト化しやすい。想いが渦巻く中、古代の魂たちは晴れせなかった想いを口々にしていた。
「あぁぁぁぁ‼︎」
「うちの子は…うちの子はどこ⁉︎」
「死ねぇ…死ねぇ‼︎」
「苦しいよぉ…」
「許さない…」
「どこ行った⁉︎」
100年経ってもこの世に留まり続ける魂の叫びは、負の感情ばかりだった。聞くに耐えない苦しく重い叫びが、緑の渦の中にこだまする。100年経っても晴らせない想いたちが、ベルを容赦無く襲った。
「はぁ…はぁ…はぁはぁはぁ…」
マインド・ストームの中で過ごす時間が長くなればなるほど、ベルは息苦しくなっていった。幾千もの魂たちに、まるで自分が責め立てられているかのような感情に陥っているのだ。それこそが、白い少年の狙いだった。
数え切れないほどの悲痛な叫びが行き交う渦の中。この渦の中で長時間過ごせば、どんな人間であろうと、精神に異常を来してしまうだろう。想いの渦に呑まれたベルは、思わず目を瞑ってしまった。
「息子よ…アローシャとは仲良くしているかな?」
「…何でテメェが出てきやがんだ‼︎」
目を開いたベルの前に姿を現したのは、彼が世界で最も憎む男だった。ベルを徹底的に追い込むために、白い少年が意図的にヨハン・ファウストを出現させたのか。それとも、追い込まれたベルがヨハンの幻影を自ら作り上げてしまったのかは定かではない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
渦の中でベルを襲う魂たちの叫び。そんな中現れた父ヨハンは、何を語るのか…




