第155話「もうひとりの自分」(1)
再び始まる帝国時代の物語…
改稿(2020/11/08)
Episode 6: Two Faces/もうひとりの自分
その頃エルバ城玉座の間では、エルバによる昔話が再び始まっていた。
146年前……
夢の世界での戦闘を終えたジャッカスは、現実の玉座の間へと戻っていた。ジャッカスの奥義により、エルバとジャッカスが創り上げた夢の中の戦場は崩壊した。逃げ遅れたエルバは、その崩壊の波に呑み込まれてしまった。
夢の中とは打って変わって、玉座の間は普段と何も変わらない。そこにいるのは、検体番号1290の身体を奪ったジャッカスと、動かなくなったエルバだけ。
夢の崩壊の前に現実世界へ戻ったジャッカスは、戦闘前と同様にピンピンしている。
しかし、夢の崩壊に呑み込まれたエルバは違う。夢の世界の崩壊は、その世界に取り残された者の心にまで影響を及ぼす。
「夢の世界で死んでしまえば、2度と現実に戻って来る事は出来ない。ギギもこれで文句はないだろう…?」
ジャッカスが勝利を確信してその場を去ろうとした時、ある変化が起きた。異変に気づいたジャッカスは、思わずその場で立ち止まった。
「……………」
「あり得ない…なぜ起き上がれる?」
目の前で屍のように倒れていたはずのエルバが、すっくと立ち上がったのだ。
ところが、彼の瞳に生気は感じられない。エルバは何らかの方法で、辛うじて現実世界に戻って来る事が出来たようだ。
「私を……馬鹿にするな」
「人間如きが、中々骨があるじゃないか」
「お前の……お前の力は、私の想像を遥かに超えていた。もう…私はこの場で息絶えるだろう」
「最期の言葉ってわけか」
エルバは崩壊する夢の世界から生還しただけでなく、意識を保っていた。だが、決して無事に生還したと言うわけではないようだ。
「だが…このまま死ぬわけにはいかない。ギギが創るこれからの世界が……良いものになるとは…思えないのだ」
「また始まった……だから、この世界がどうなろうと俺には関係ないと言っているだろ?」
「いいや…お前にも関係のない事ではない。このまま…このままには……絶対にさせない!」
「それはどう言う事だ?」
命尽きる時が近づいていると言うのに、エルバの言葉は次第に力強くなっていた。その執念に、ジャッカスは図らずも圧倒されていた。
それは、ジャッカスにこの戦いがまだ終わらない事を予感させるものでもあった。
「ぐっ……じきに分かる」
「?」
一旦会話を終えると、エルバは自身の左目に両手を重ね、何かの準備に移った。その場でトドメを刺す事も出来たが、ジャッカスはこれからエルバがしようとしている事が、気になって仕方がなかった。
「ぐ…ぐぐ……」
時が経つほどに、エルバの悲痛なうめき声は大きくなっていった。外見的には未だに変化は起きていないが、エルバの周りには異様なエネルギーが発生し始めていた。
異様なエネルギーは、次第にエルバの左目へと集中して行く。
「死の淵にいるアンタが、なぜこれほどの力を…」
エルバの左目を中心に渦巻くエネルギーはどんどん膨れ上がり、ジャッカスを圧倒した。
エルバはジャッカスと同じ幻夢の支配者。夢の中では絶大なエネルギーを操る事が出来るが、それが現実世界にも適用出来るとは考えにくかった。それが黒魔術であればの話だが…
「私は…大きな間違いを数多く犯して来た。だからせめて、これからギギが創る世界を、決して間違った方向へは進ませない。正しい方向に導く事は出来ずとも、最悪の道だけは絶対に歩ませはしない」
「へへ…間違いだとか正しいだとか、何の話をしているんだ。人間の世界の行く末なんざ、たかが知れてるだろ」
エルバは強い意志を持っていた。自分の間違いに気づいた頃には、時すでに遅し。そんな事はよくある事だが、帝王はそれだけで終わるつもりはなかった。
彼はこれからの世界に報いるため、最後の力を振り絞っていた。
「これからの世界には、悪魔が大きく関わって来るだろう」
「そりゃ嬉しいね。ギギみたいな人間が増えれば、俺らも食いもんに困らねぇ」
「私は無知だった。ごく狭い世界しか知らなかった。だが、そんな私でも分かる。お前のような悪魔は、他にも多く存在するのだろう。そんな強大な力を…人間が意のままに操る事は出来ないはずだ。私がそうであったように…」
死を目前にして、エルバはこれからの世界を予測していた。
「悪魔の力を用いて新たな時代を切り開くギギは、これからの世界にも、悪魔の力を取り入れるに違いない。多くの人間が超常的な力を手にすれば、そこには必ず争いが起こる。私のように、力を間違った事に使う者も少なくはないはずだ」
「いいじゃないか。間違ってるとか正しいとか、どうでも良いんだよ。俺たちは人間からオーブがいただければ、それで良い」
エルバは超常的な力を手にした人間の末路を知っていた。彼自身がそうなのだろう。人知れず幻夢の支配者となったエルバは支配欲に溺れ、傲慢に1つの国を治めた。意のままに国を支配して行ったエルバには、国民に殺されると言う結末が待っていた。
「このままでは歴史は永遠に繰り返す。思えば、過去の支配者たちもそうであった。この負の流れは、私の代で断ち切ってみせる。負の流れが連鎖すれば、やがて取り返しのつかない結末を招きかねん」
「めんどくせぇな…人間がどうなろうと知ったこっちゃない。そんな流れ、アンタ1人に止められやしねぇよ」
この時すでにエルバは、現代でまだ起きてもいない最終戦争を予見していた。
手に負えない強大な力を手にした人間たちが、やがて醜い争いを始める。それがエルバの想像する最悪のシナリオなのだろうか。
「私が断ち切る‼︎そのためには、その少年が必要だ」
「何をするつもりだ?」
ひと通り話終えると、エルバは左目に重ねていた両手を外した。エルバがエネルギーを込めた左目を目撃したジャッカスは、思わず息を呑んだ。
彼の左目の周囲は夜の闇のように、真っ黒に染まっていた。真っ黒な中に、黄色い瞳が不気味に輝いている。
「くっ…!」
そして間髪入れず、エルバは自身の左目をもぎ取った。右手に左目を掴んだエルバは、ゆっくりとジャッカスに近づいて行く。
顔に残された右目だけでジャッカスの姿を捉えたエルバは、少しずつ距離を詰めて行く。
「身体が…動かない?」
ジャッカスは戸惑いを隠せなかった。一切ダメージを負っていないはずのその身体は、なぜだか彼の思い通りには動かなかった。
それとは対照的に、エルバは着実にジャッカスとの距離を詰めて行く。エルバの強い後悔が、彼の身体を突き動かしているのだろう。
「未来の光の糧となれ‼︎」
ついにジャッカスの目前まで迫ったエルバは、右手に掴んだ“左目”を、検体番号1290の左目にぶつけた。それは最後の力を振り絞った、帝王最期の攻撃だった。
「ぐあぁぁぁぁ‼︎」
“エルバの左目”はジャッカスに触れた途端、どす黒いエネルギーを放出させた。ジャッカスの左目の辺りは、真っ黒なエネルギーに覆われてしまう。蒼かったジャッカスの左目は、やがて真っ黒なエネルギーに完全に包み隠されてしまった。
次の瞬間、玉座の間には眩いばかりの光が溢れた。エルバが生み出した光は周りの全てを包み込んだ。攻撃を受けたジャッカスは、夢の中のエルバのように、何が起きたのか理解出来ずにいた。
「…………」
しばらくして光が消えると、そこにエルバの姿は無かった。さっきの光で焼き付けられたのだろうか、床には細長い影が残されていた。その影の顔の部分には、不自然にたった1つの黄色い瞳があった。
その影と向かい合うように、検体番号1290の姿はあった。彼は両目を閉じて、立ちつくしている。エルバの最期の攻撃により、ジャッカスを宿した少年の身体に何か変化が起きたのだろうか。
光が発生する前と同様に、少年の左目周辺は夜空のように、真っ黒に染まっていた。
程なくして、少年は両目を見開いた。その右目はこれまで通り蒼い光を灯していたが、左目は違っていた。
少年の左目は、エルバ同様黄色い光を灯していたのだ。変化はそれだけに止まらなかった。左目周辺に広がった黒は、彼の髪にまで広がり始めていた。
白かった髪の毛は、みるみるうちに黒く染まって行く。それは、夜の闇のような深い黒だった。
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帝王エルバは、子どもの姿をした憑依兵器により暗殺されてしまった…




