第152話「幻夢の支配者」(1)
幻夢の支配者同士の対決‼︎勝つのは…
改稿(2020/11/06)
「俺は、最初からアンタを殺すつもりでやってやる」
ジャッカスは、どこからともなく現れた黒い羽根を右手で掴み、そっと息を吹きかける。
すると、エルバの周囲を漂う夢の塊が、たちまち無数の羽根へと姿を変えた。
動くジャッカスの指に従うように、無数の羽根はエルバに向かって猛スピードで移動する。横殴りの羽根の雨が、瞬く間に帝王エルバの身を襲った。
「くっ……‼︎」
突然の攻撃に対応出来なかったエルバの身体は、絶え間なく襲いかかる羽根の刃の餌食となった。羽根は容赦無くエルバを襲い、その身体に数え切れない切り傷を残して行く。猛スピードで動く羽根は高い殺傷能力を誇り、このまま羽根に当たり続ければ、エルバも無事ではいられない。
しかし、エルバに襲い掛かっていた無数の羽根は、突然攻撃をやめた。かと思えば、羽根は再び夢の塊へと姿を戻した。
続いて夢の塊は、エルバの身体を完全に覆ってしまうほどの巨大な手に変化した。巨人のようなその手は、出現した直後に、エルバの身体を握って拘束した。
「抵抗すら出来ないのか?同等の力を持っていても、実力の差は明確だな」
「ほざいていろ。この程度で勝った気になっているのだとしたら、お前はこの戦いに負ける」
「偉そうに喋ってんじゃねぇ、人間風情が」
ただ黙って攻撃を受け続けるだけのエルバに、ジャッカスは次第に苛立ちを募らせて行った。お互いの力を遺憾無く発揮出来る夢の中にいると言うのに、エルバはその力をまだ1度しか使っていない。
「さっさと死ね」
「…………」
そして、エルバが反撃する事なくジャッカスの攻撃が再開される。彼は再び1枚の羽根に息を吹きかけた。
すると、今度はどこから共なく現れた巨大な拳が、エルバの身体を下方に殴りつける。
それをきっかけにして、エルバの上方から拳の雨が降り注いだ。夢の塊を瞬時に変化させて、数え切れないほどの拳打を生み出しているのだろう。止まない拳の雨は、容赦無くエルバの身体を傷つける。
「…………」
降り注ぐ拳は1つ1つが重く、それを受ける度にエルバは悲痛な息を漏らしていた。エルバがまとっていた緑色のマントには血が滲み、着用している鎧はへこんで、彼の身体を圧迫している。身体のあらゆる場所に出血が見られるエルバは、開戦早々瀕死状態に陥っていた。
「何だ、結局大人しく殺されたいんだろう…アンタ」
「……………」
「……………夢の中でも、痛みは感じるのだな」
「は?」
「いや、むしろ夢の中の痛みの方が、現実より重いのかもしれん……私はまだ死ねんよ」
「アンタ ドMか?死にたくないのなら、少しは反撃してみたらどうだ?」
「言われずとも、そのつもりだ」
エルバが右拳を握り締めると、周囲の夢の塊がたちまち彼の身体を包み込んでしまった。
“歪んだ夢の塊に呑み込まれたら最後、2度と目覚めなくなっちまう”
いつかそうアイザックが言っていたが、術者の場合は違う。術者にとって、夢の塊は万物に変容する最強のアイテムだった。
エルバを包んでいた夢の塊は次第に小さくなって行き、やがては彼の身体の中に溶け込んでしまった。さっきまでそこにいたのは満身創痍のエルバだったが、今の彼は無傷の状態に戻っていた。幻夢の支配者にとって、夢の世界はまさに、全てを思い通りに出来る空間なのだ。
「私でなければとっくに死んでいた。お前の強さは良く分かった。さて、反撃させてもらうとしようか」
「そう来なくちゃ面白くない」
ようやくエルバの反撃が始まる。帝王が両手を足元につくと、複数の蔦のようなものがジャッカスを取り囲む。
うねりながら動く蔦は、やがてジャッカスを包み込むように、覆い被さった。隙間を埋めるように次々と蔦が覆い被さり、ジャッカスは完全に閉じ込められてしまう。
エルバが生み出した牢獄は、蕾のような形をしていた。中に閉じ込められたジャッカスは、なぜかそこから抜け出そうとはしなかった。先ほどのエルバと同じように、敵の技を観察しようとしているのだろう。
帝王が指を鳴らしたのを合図に、悪魔を閉じ込めた蕾は急激に縮小を始めた。中に閉じ込めたジャッカスを、押し潰そうとでも言うのだろうか。
しかし、蕾が悪魔を押し潰す事はなかった。蕾はまるで吸収されるかの如く、ジャッカスの身体の中へと消えてしまった。ジャッカスの黒魔術の方が、エルバの能力よりも上だったと言う事なのだろうか。
「何のつもりだ?」
意図の見えないエルバの攻撃に、ジャッカスは呆れて溜め息をついた。だが、その瞬間に変化は起きた。
煌めきをまとった美しい花びらが、突如ジャッカスの身体から飛び出したのだ。飛び出した幾つもの花びらは、ジャッカスの周りを煌びやかに舞い散って行った。
「咲き誇れ」
そしてエルバの言葉を合図に、さらなる変化が起こる。ジャッカスの全身に、カスミソウのような花が咲き乱れたのだ。
瞬く間に咲き乱れた花は、輝きながらジャッカスの全身を覆い尽くす。
「かはぁっ!」
帝王の美しい攻撃を受けた悪魔は、口から血を流した。おそらく、あの花によって内部から身体を破られたのだろう。エルバの攻撃は、もはやジャブなどではなかった。それは、一切手を抜いていない本気の必殺技。
「さすがは帝王様。そりゃあ、やられっぱなしなわけないよな」
「その程度で死んでもらっては、こちらも拍子抜けする」
それでも、ジャッカスは余裕の笑みを浮かべていた。ここは夢の世界。現実とは全てが違う。致命傷を与えるのではなく、一撃で相手を消し去ってしまうような攻撃を仕掛けなければ、勝敗は決まらない。
「そう言うアンタが、呆気なく死んだりしてな‼︎」
エルバ同様に回復を終えると、ジャッカスの反撃が始まった。今度は夢の塊を何かに変化させるのではなく、ジャッカスは夢の塊そのものでエルバの身体を包み込もうとする。
エルバもすかさず、同じ手でジャッカスの動きを封じようとした。もう帝王も、黙ってやられたりはしない。
「……………」
やがて、帝王と悪魔はどちらとも夢の塊に呑み込まれてしまった。
そこから、しばしの沈黙が夢の世界を支配する。夢の塊に呑み込まれてしまった2人は、どうなってしまったのだろうか。
沈黙を破ったのは、何かが羽ばたく音だった。
エルバを包んだ夢の塊からは白い鳥の群れが出現し、ジャッカスを包んだ夢の塊からは、黒いコウモリの群れが出現していた。
白い群れと黒い群れは、現れるなり、お互いに向かって突進を始める。
無数の鳥とコウモリが身体をぶつけ合い、2つの群れは次第に小さくなって行く。すれ違った2つの群れは、すでに元の姿を留めてはいなかった。
白い群れはいつの間にか傷だらけのエルバへと姿を変えていた。同様に、黒い群れは傷だらけのジャッカスになった。同じような攻撃をぶつけても、与えられるダメージは同じ。
もう1度回復した2人の幻夢の支配者は、休む間もなく攻撃を再開する。大津波や竜巻、無尽蔵の武器。夢の世界では、想像したものをすぐに生み出す事が出来る。
それが、幻夢の支配者に与えられた特権だ。
しかし、両者がいくら攻撃を続けても、決着がつく事は無かった。2人の力は、完全に拮抗していたのだ。
「どうやら、私とお前の力は互角らしい」
「気に入らないな」
「気に入らなくても、それが真実だ。こうなれば、私とお前、先に力尽きた方の負けだ」
「ここは夢の世界だぞ?真実なんてもんは、いくらでも捻じ曲げられる」
「ほう、実に悪魔らしい物言いだな」
「出し惜しみをしている場合じゃないみたいだな」
会話を終えると、ジャッカスはこれまでとは違う動きを見せ始めた。これまでジャッカスは、羽根を1枚掴んで息を吹きかけていた。
だが今度は、両手をゆっくりと広げ始めた。
すると、背中に携えた12枚の翼が大きく開かれ、ジャッカスの姿は何倍にも大きく見えた。
そして、ジャッカス特有の蒼い瞳が怪しく輝き出す。それだけではなく、身に付けたネックレストップにある蒼い宝石までもが、同様に輝き出した。
“……何かが、来る”
エルバは、ジャッカスがこれから今までとは次元が違う攻撃を仕掛けて来ようとしているのを、察知した。
未知の攻撃に備えるため、エルバもある行動に出た。
彼が徐に右手を振り上げると、どこからともなく出現した障壁がエルバを包み込んだ。あらゆる方向からの攻撃に対応するため、エルバを包む障壁は卵型に形を変えた。
ジャッカスが不気味な笑みを浮かべると、12枚の翼から、黒い羽根が一斉に抜け落ち始めた。やがて、全ての羽根がジャッカスの背中から消える。
黒い羽根の数々はジャッカスの周囲を踊るように舞い、その1つひとつが眩い輝きをまとい始める。
「……………」
しばらくすると、光をまとった羽根の動きに規則性が生まれ始めていた。輝く羽根が動くと、その軌跡には光の線が残される。規則的に動く幾千もの羽根は、何やら模様を描いているようでもあった。
羽根が描く光の筋は、夢の世界をどこまでも広がって行く。それでも、エルバはジャッカスが何をしようとしているのかを理解していなかった。
ジャッカスは無限に広がる夢の世界に、超巨大な魔法陣を描いていたのだ。
光で描かれる巨大な魔法陣は、見渡す限りに広がって行く。薄暗かった夢の世界は、光の魔法陣によって、明るく照らされ始めていた。
当時は黒魔術を使う者がほとんどいない時代。これが、エルバが初めて魔法陣を目撃した瞬間だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
幻夢の支配者同士の異次元の戦い。夢の中の戦いを制するのは…




