第151話「白昼の悪夢」(2)【挿絵あり】
「何だ、子どもじゃないか。君、ここは帝王である私の部屋なんだ。帰りなさい」
しかし、帝王エルバは来訪者の姿を見た途端、警戒心を緩めた。玉座の間に待機している衛兵たちも、ジャッカスの姿を見た途端、構えていた武器を下ろした。
「ごめんなさい。僕、迷子になってしまったんです」
「全く……衛兵!迷子だからと言って、この部屋に一般人を入れてはならん」
帝王は多少の違和感を抱いていたが、あまりそれを気にはしていなかった。来訪者が武器を所持した暗殺者ではなく、小さな子どもだった事に安心していたのだ。安心感が、違和感を掻き消していた。
「⁉︎」
その刹那、部屋中の衛兵が突然動きを止めた。かと思いきや、まるでおもちゃの兵隊かのように、全員が動きを揃えて、次々に玉座の間を後にした。
やがて扉が閉まり、エルバとジャッカスだけが部屋に取り残された。
なぜかさっきから衛兵たちは、ジャッカスの思惑通りに動いている。衛兵がジャッカスを帝王のいる部屋へ侵入させ、帝王の身を守る衛兵は、全員その場から消え去った。これが、侵蝕を進めたジャッカスの力だとでも言うのだろうか。
「さてはお前、子どもではないな」
「ごめんなさいね、帝王とやら。これは俺の意思じゃあない。頼まれたんだよ、ギギって女からね」
エルバが目の前にいる子どもが普通ではない事に気づくと、ジャッカスも小芝居を打つのを止めた。
そして、なぜか彼はギギの命で動いている事をいとも簡単に明かしてしまった。
「やはり、この日を狙ってきよった。一体お前は何者なんだ?」
「俺は、ジャッカスと言う名の悪魔だ。つっても、お前たちは悪魔の存在なんか信じちゃいねぇんだろうけどな。なんでも、お前の力に打ち勝つには、俺の黒魔術が必要だったらしい」
当然エルバも、ギギたちがこの日を狙って何か仕掛けて来る事は予期していた。エルバの前にはもう、あどけない顔をした少年はいなかった。そこにいるのは、小さな姿の恐ろしい悪魔だ。
「私の力は唯一無二。お前が悪魔だとしても、私の力には……」
喋っている最中、帝王エルバの頭の中で、ついさっきの光景がフラッシュバックする。命に代えてでも帝王を守り抜くはずの衛兵が、まるで何者かによって操られているかのように、その場を去った。この事から、エルバは1つの可能性を考えていた。
「まさか……」
「そう、そのまさか。夢は人の記憶の欠片より作られる。記憶には、人々の様々な思念が込められている。記憶は繋がり、想いもまた繋がる。俺は夢の繋がりを自在に付け替え、行き来し、操る。つまり、俺が持っているのは、夢を支配する能力だ」
「私と……同じだ」
ジャッカスの黒魔術は、夢を支配する最強の幻想だった。能力の内容を聞いたエルバは、驚きを隠せなかった。彼が黒魔術士なのかどうかは分からないが、エルバもまた、似た能力を持っているのだった。
「だから、唯一対抗出来るのさ」
「よもや、同じ能力を持った相手に出くわすとは」
「俺はアンタを殺しに来た。逃げも隠れも出来ないぞ。俺とアンタの能力は似ているが、同じではない。どっちの力が優れているか。それだけが勝敗を決める」
同様の能力を有しているのであれば、その力を使いこなしている方が勝利を手にする。それは誰にもで分かる事だ。
「支配者と言うのも楽ではない。いつか、このような日が来る事は分かっていた。お前に命を奪われれば、私はこの重責から解放されるのかもしれんな」
「面白い。そんなに死にたきゃ、殺してやるぜ」
「だが、今死ぬわけにはいかない」
これまでずっと玉座に座っていたエルバは、ゆっくりと腰を上げて立ち上がる。
「死にたいのか死にたくないのか、どっちなんだよ……ったく‼︎」
「今死ぬわけにはいかない!日に日に勢力を拡大し続けている反乱軍を、何としても止めなければならないんだ」
「それは、アンタの身勝手な都合なんじゃないか?民は帝国の滅亡を望んでるって話だぜ?」
「心配せずとも、帝国はそのうち滅びるだろう。だが、ギギは危険だ。私の支配は、決して正しくはなかった。ただ、帝国が滅びた後の世界を導くのは、彼女ではない。私と同じ道をたどる事になりかねん」
この頃の帝王は、すでに自身の行いを悔いていた。他人に無い力を手にしたエルバは、これまで傲慢な態度を取り続けていた。
ところが、反乱軍の隆盛により、自らの支配が間違っていたと、帝王は思い知らされたのだ。
そして帝王は、ギギが過激な思想の持ち主である事にも勘づいていた。
「フン…そんなもん、どうなろうが知ったこっちゃないね。俺はアンタが殺せれば、それで良い。さっさと始めよう」
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ジャッカスが喋り終えたその瞬間、2人の意識は別の場所へと飛ばされた。ベルが見た事のあるドリーマーと違い、そこは現実世界のどこかが再現された場所では無かった。
それは、ベルが1度呑み込まれた事のある、夢の塊で埋め尽くされた空間だった。見渡す限りの景色が歪んでいて、見ているだけも吐き気を催しそうだ。
「ほう…俺は玉座の間を再現したつもりだったが、同等の力がぶつかり合うと、こうなるのか…」
「これが、夢の本来の姿。世界中の人々の思念がひしめく空間だ」
ジャッカスとエルバ。2人の力がぶつかり合い、夢の世界は本来の姿を露わにしていた。世界中の人々の思念が絶えず漂う空間。それが夢の世界だ。
「んな事は分かってるさ」
「それが、お前の本当の姿と言うわけか…」
この時、夢の世界には検体番号1290の姿はどこにも無かった。あの少年はあくまで器であり、ジャッカスの中身ではない。拮抗した夢の世界では、本来の姿が曝け出される。
白い長髪の中に生える、2本の黒いツノ。
そして、背中から漆黒の翼が六対。青白い顔には、蒼眼が光っている。彼はギギと同じように、羽のコートに身を包んでいた。
「そうだ。これが悪魔の姿。城のエントランスにある彫像は、間違いだらけだ」
「お前の言う通り、悪魔は空想上の生き物だとばかり思っていたからな…」
「フン…アンタらは、つくづく哀れな生き物だな」
当時の人々は、悪魔を架空の存在だと認識していた。帝国時代の人々は悪魔の存在を知らなかったわけではないが、存在するとは夢にも思っていなかったのだ。
「人間を甘く見ない方が良い。お前たちの思惑通りにさせるものか」
「悔しけりゃ、言葉以外で思い知らせてみろ」
「よかろう」
エルバは初めて目にする悪魔の姿に臆する事なく、先制攻撃を仕掛けた。
帝王がジャッカスに向けて右掌を向けると、ジャッカスの足元にあった夢の塊に、変化が起こる。エルバの動きを合図に、夢の塊は突如柱状に形を変化させた。
ドンッ‼︎
そして、そのまま下からジャッカスの身体を突き上げる。突然攻撃を受けたジャッカスは宙を舞う…が、彼には実に12もの翼があった。
「暗殺者に向かってジャブはないぜ」
幻夢の支配者は、黒い翼を羽ばたかせて体勢を立て直した。さっきのエルバの攻撃は、挨拶代わりだったのだろう。
ここに、2人の幻夢の支配者による戦いが始まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
ジャッカスは作戦通りエルバ城に潜入し、帝王エルバと対面。今のところ、ナイトの知る“エルバ大戦”のように大きな争いは起きていませんが、反乱軍と帝国の戦いはどういった結末を迎えるのでしょうか。




