第151話「白昼の悪夢」(1)
エルバを終わらせるための、ギギの作戦とは⁉︎
改稿(2020/11/06)
「鍵は舞踏会だ」
「え?」
「ギギ、本気なの?」
「舞踏会だと?お前の頭の中は、お花畑なのか?」
ギギの唐突な言葉に、そこにいる誰もが耳を疑った。作戦を聞いた張本人である悪魔ジャッカスでさえ、ギギを小馬鹿にしている。
「本気だ。どこに冗談を言う必要があると言うのだ?」
「でも、舞踏会がエルバを終わらせる鍵ってどう言う事なの?」
「エルバ帝国が建国された11月6日に、毎年エルバ城で舞踏会が開かれているのは知っているな?」
毎年、建国記念日に開かれる盛大な舞踏会。一体なぜ舞踏会が、エルバの支配を終わらせる鍵となるのだろうか。
「えぇ」
「この日は、年に1度エルバ城が一般に開放される又と無い好機。これが意味するところが分かるか?」
「あぁ、お前の言いたい事は分かる。だが、帝国側に顔を知られている俺たちは、舞踏会に参加出来ないはずでは?」
「その通り。我々反帝国主義が誕生する前とは違う。宴の場であっても、武装した兵士たちが城中を巡回している。我々が出向けば、拘束されてお終いだ」
例年の舞踏会は、誰もが参加出来るオープンなイベントだったが、それももう昔の話。今年の舞踏会は警備が強化されており、反帝国主義の人間が武器を隠し持って侵入しようものなら、すぐさま捕まって処刑されてしまう。
「だから、帝国側に顔が割れていない“兵器”が必要だったのだ」
「ほう…ここで俺の出番と言うわけか」
ここで、ギギの思惑が明らかになった。自分の役どころを察したジャッカスは、不敵な笑みを浮かべる。
「…そうか、そう言う事だったのか!」
「なるほど。それなら確かに、問題なくエルバ城に侵入出来るわね」
「さすがはギギ。考える事が違うな」
トラーバ、アスネッド、コーエンがそれぞれ感嘆の声を漏らす。反帝国主義の彼らにとっては少々歯痒い事かもしれないが、帝王に直接手を下さない事が、勝利の鍵なのだ。
「武器を隠し持とうものなら、すぐさま気づかれて没収されてしまうだろう。だが、ジャッカスは誰にも没収出来ない。それに、悪魔の存在に気づく人間もいないだろう」
「そもそも、帝国側の奴らは悪魔が存在している事さえ知らないだろうしな」
「ハハハ、勝利が見えて来たではないか‼︎」
悪魔を憑依させた兵器を、敵の拠点に忍び込ませる。今でこそ上手く行かない作戦かもしれないが、当時は失敗の可能性がほとんどない完璧な作戦だった。
「加えて、これは奇跡としか言いようがないのだが…総じて人は子どもに油断する。まさか小さな子どもが、帝王の命を狙う暗殺者だとは、誰も思うまい」
「天が味方してくれてるんだわ」
「こんなにも成功を確信出来る作戦が、かつてあっただろうか」
ジャッカスが選んだ器が、小さな子どもだった事はギギたちにとって、奇跡とも呼べる幸運だった。無邪気な顔をした小さな子どもを、誰も反帝国主義の兵器だとは思うまい。
「今日は10月31日。ジャッカスには、私が考えた作戦をしっかりと覚えてもらう。油断は命取りになるからな」
「了解した」
こうして、“死の舞踏会”作戦が本格的に始動した。作戦当日までの1週間、ギギとジャッカスは図書館の禁断の部屋に籠って、入念な打ち合わせをした。成功が確実な作戦とは言えど、油断は禁物なのだ。
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そして迎えた1週間後。検体番号1290の身体を手に入れたジャッカスは、エルバ城の前に立っていた。全盛期のエルバ城は、現在の姿と違い、全体が美しく輝いていた。それは、支配者のみが住む事を許された覇者の住まいだった。
この日は、庶民は到底入る事の出来ない城に、入る事が出来る唯一の日。城の前は多くの人でごった返していた。ジャッカスが城内に侵入するのには、しばらく時間が掛かりそうだ。
“チッ…人間と言うのは、つくづく分からない。そんなにこの城に入りたいのか”
約1時間後、ジャッカスは心の中で悪態をつきながら、ようやく城のエントランスに足を踏み入れていた。当然、入り口で周囲を警戒する兵士たちは、ジャッカスを引き留める事すらしなかった。
現在ではすっかりボロボロになってしまった彫刻も、当時は傷ひとつない美しい姿で鎮座していた。
「コイツは…アスタロトのつもりか?悪魔を空想上の存在としか思ってないから、こんなにお粗末なものが出来上がるんだ…」
「ん?僕、何か言ったかい?」
「い、いいえ。何でもありません!」
悪魔をイメージしたと思われる彫像を見たジャッカスは、思わず本音を口に出してしまった。周囲の人間に独り言を聞かれそうになったジャッカスは、慌てて無邪気な子どものフリをした。
「あれ〜?どこかな〜?」
ジャッカスは、ギギの指示通り、迷子になったフリをしていた。もちろん彼は迷子になっているわけではなく、ある部屋を目指して突き進んでいた。
一方エントランス奥にある大広間では、華やかな舞踏会が始まっていた。開場と共に建国記念日の祝いは始まっており、すでに大広間は多くの人で埋め尽くされていた。
オーケストラが優雅な音楽を奏で、それに合わせてエルバ帝国民がワルツを踊っている。それぞれが思い思いに着飾り、踊りを楽しむためだけにエルバ城を訪れている。ただ1人、小さな少年を除いて。
まだ反帝国主義勢力となる前、ギギは1度エルバ城に入った事があった。そんな彼女から、ジャッカスは城内図を頭に叩き込まれていた。舞踏会の本会場は1階の大広間だが、彼が目指すのは、最上階の玉座の間だった。
“…甘い甘過ぎる”
悪魔ジャッカスは、あっという間にエルバ城最上階まで上り詰めていた。迷子のフリをしながら、彼は巧みに人目を盗んで階段を登り続けたのだ。小さな身体だからこそ、ジャッカスは誰にも気づかれずに最上階の回廊へたどり着く事が出来た。
「あれ〜…おかしいな」
「何だ?ここは立ち入り禁止だぞ。一体どうやって潜り込んで来たんだ?」
玉座の間の扉前でわざとらしくジャッカスが声を出すと、当然衛兵がその存在に気づく。監視の目が光っている階段を上り詰めて、立ち入り禁止の最上階まで侵入した人間がいる事自体が不自然なのだが、衛兵は全く警戒心を抱いていなかった。
「おじさん、踊るところはどこ?」
「舞踏会場を目指して、こんなところにまで来たのか?踊るところは、そこの階段を1番下まで降りた所だよ」
「そうなんだ。ありがとう‼︎………親切なおじさん」
さっきまで無邪気な表情を浮かべていたジャッカスは、突然不気味な笑みを浮かべた。その時、彼は低くおどろおどろしい声で喋っていた。
普通そんな子どもを見れば、誰もが気味悪がるものだが、ジャッカスの目前の衛兵は違った。ついさっきまで困り顔だった衛兵は突然無表情になり、何かをブツブツ呟きながら、身を翻した。
コンコンコン
そして、衛兵は唐突に目の前の荘厳な扉をノックした。衛兵は、ジャッカスに何か魔法を掛けられているのだろう。
「何だ?誰だね?」
「………………」
ノックに反応した帝王が声を発するも、扉の向こうから返事は無い。衛兵は一切帝王に返答する事なく、無言のまま大きな扉を開いた。
この時、帝王は警戒心を強めていた。これまで衛兵が無言で扉を開く事など、無かったからだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
悪魔を憑依させた少年が、ついに帝王エルバの前にたどり着いた。
これから起こるのは、エルバにとって白昼の悪夢だ。




