第146話「古代のオーブ」(1)
騎士団証を盗まれたベルは、ナイトと共に遺跡地区へ…
改稿(2020/11/04)
それからしばらく時間が経って、ベルとナイトはバレンティス遺跡地区の目の前に立っていた。
2人の眼前に広がるのは、広大な遺跡と廃城の群れ。そのどれもが壮大で、見る者に神秘的なものを感じさせる。
だが、現代に残る遺跡から、かつての帝国の姿を想起するのは少し難しかった。と言うのも、そこにあるほぼ全ての建造物は朽ちていて、蔦が絡まっていて、廃れてしまっている。そこに広がるのは、美しくも儚く、虚しい景色だった。
ベルが視線を上空に移すと、そこにはおびただしい数のオーブが漂っている事が確認出来た。その中には、グレゴリオの言う通り異質な輝きを放つものも見受けられる。エルバ帝国時代の記憶を持つ魂たちが、今も尚この地には眠っているのだ。
ナイトとベルはしばらく進むと、再び立ち止まった。彼らの行く手を塞ぐように、そこにはセルトリア王軍の軍服を着た2人の男が立っていたのだった。
「私はセルトリア王軍大尉マルコだ。この先は立ち入り禁止の遺跡地区。騎士団の方々が、何の用ですかな?」
間も無く、2人のうちの1人、マルコ大尉が口を開いた。彼らは遺跡地区の門番のような存在なのだろう。
「騎士団長グレゴリオの命で、ミッションを遂行するために遺跡地区に入りたいのですが」
「これは失礼。M-12のディッセンバー殿でしたか。して、そちらの方は騎士団証をお持ちでないようですが…」
ナイトの姿を見ていたマルコ大尉は、すぐに目の前にいるのがM-12隊長である事に気がつく。
そして、ベルが騎士団証を所持していないことにもすぐ気がついた。
「彼はブラック・サーティーンだ。騎士団の中でも精鋭なんだよ」
「金髪に、火傷のある顔……何かと話題のファウストですか」
「そう、ベル・クイール・ファウスト君だ」
「だからと言って、騎士団証を持たない人間を通すわけには…」
「気にしない気にしない!彼は僕のバディだ。本部からずっと一緒だから、別人である可能性はないよ」
「…スリにあったのなら、仕方ありませんね」
一応指名手配中のベルの顔は、セルトリア王国中に広まっていた。マルコ大尉はルールを遵守する頭の固い男だったが、ナイトの言い分を聞いて、状況を察した。この場合に限り、ナイトはベルにとっての騎士団証の役割を果たしていた。
そうして、ベルとナイトはようやくバレンティス遺跡地区に足を踏み入れた。
「ベル君、古代のオーブ回収も重要だけど、最も重要なのは不審人物の発見だ。オーブを回収している間も、周りには常に気を配って欲しい」
「分かってます!こんだけ広くて誰も居なかったら、すぐ見つかるぜ」
「でも、セルトリア王軍がどれだけ探しても見つからなかったんだ。今日は長くなるよ」
「それは、王軍の奴らが無能だっただけじゃないんですか〜?」
今回のミッションの最大の目的。それは不審人物の調査。ベルはすぐ傍にマルコ大尉がいる事を知っていて、わざとらしく大声でセルトリア王軍を批判した。
「何⁉︎指名手配犯にそんな事を言われる筋合いはない‼︎」
「え?別にアンタに言ったわけじゃないけど…」
「ベル君、そう言うのはよろしくないよ」
「……すいません」
当然ベルの雑言はマルコ大尉の耳に届いており、頭の固いマルコはすぐにベルに反発し始めた。周囲との関係を拗らせるのは、ベルの悪い癖。それを知っていたナイトは、口を真一文字に結んでベルを戒めた。
「危ない‼︎」
「⁉︎」
すると突然ナイトが大きな声を上げる。それに反応したベルは咄嗟に背後を振り返り、身に迫る脅威を確認する。
ベルの背後に迫っていたのは、見た事のない鎧に身を包んだ兵士だった。その兵士を注意深く見てみると、鎧の中には誰もいない事が分かる。ベルに迫っているのは、独りでに動く空っぽの鎧だった。
古代のオーブは遺物に憑依する。雷に打たれたようにベルはその言葉を思い出し、すぐさま右手に炎を灯した。
ブンッ
空虚な鎧は握っていた剣を、真横に振った。ベルは身を屈めてその攻撃を回避し、すぐさま燃え盛る業火を、鎧に向かって飛ばした。
鎧に触れた途端、業火は一気に燃え上がり、鎧全体を包み込んでしまう。次第に、鎧はカタカタと音を立て始めていた。後は崩壊した鎧から古代のオーブを取り出すだけ。そう思っていたベルは、懐からオーブ・アブソーバーを取り出して構える。
「何だって⁉︎」
しかし、鎧は燃え盛る業火から抜け出して、再びベルに剣を振りかざした。ベルの目の前にいる鎧は、アローシャの業火に負けないほどの耐火性を持っていると言う事なのだろうか。
「気をつけて!帝国時代の鎧には、何か特殊な材料が使われているのかもしれない。鎧の動きを止めるのが難しそうだったら、僕が相手をするよ」
「ここは俺に任せて下さい。ついでに黒魔術の練習もしておきたいんです」
「分かった。でも無理はしないで。危ないと思ったら僕がすぐに助けるから」
ベルは鎧との戦闘を、黒魔術の特訓に置き換えようとしていた。侵蝕により、ベルはこれまでとは比べ物にならない火力を手に入れたが、それを自分の手足のように使いこなさなければ、効率的に戦う事は出来ない。
「っしゃ!やってやるぜ!」
こちらへ向かって来る鎧に向き合うと、ベルは笑みを浮かべた。アローシャの業火に耐え得る物質はそう存在するものではない。彼の目の前にいる帝国の鎧は、ベルにとって都合の良い練習相手だった。
ベルは右手に炎を灯すと、その手をそのまま地面についた。
すると、そこから赤い炎が細く伸びて、鎧の方へと進んで行く。その様子は、さながら炎の蛇のようであった。
しかし、ベルのコントロールが上手くないからなのか、炎の蛇は途切れ途切れになっていた。
「イメージ通りに炎を操る練習をしているのか…」
傍でナイトは、ベルのやろうとしている事を分析している。彼の予想通り、ベルはアローシャの業火を思い描いた通りに操る練習をしている。
他に襲って来る敵もいないこの場所は、ベルにとって最高の黒魔術練習場だった。現在ベルに襲いかかって来ているのは、目の前の鎧1体のみ。ベルは心置き無く、1対1の戦闘に集中する事が出来ていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
バレンティスの遺跡。そこはベルにとって格好の黒魔術練習場だった。




