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第145話「消せない記憶」【挿絵あり】

出発の朝、ベルは1人眠り夢を見ていた…


改稿(2020/02/28)

 それから1週間が経った朝、ベルの姿は騎士団の談話室にあった。1週間の休みでは足りなかったのか、彼は真っ黒なソファーの上で、大口を開けていびきをかいている。そこにまだナイトの姿はなく、どうやらベルの方が、少し早めに騎士団本部に到着したようだ。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 その頃、ベルは夢の中で騎士団本部にいた。ただ、そこはベルにとって見覚えのない場所だった。夢の中でベルがいるのは、立ち入り禁止の2階。深層にある潜在意識を、ベルは夢の中で見ているのだ。魔法の力を以てしても、完全に記憶を消し去る事は出来ないと言う事なのだろう。


 当のベルは、この場所が騎士団本部の中である事さえ知らなかった。記憶を消されたベルにとって、この場所は彼がまだ訪れた事のない場所なのだから。


 1階と違って赤く、ゴージャスな雰囲気に包まれたこの空間に、ベルは圧倒されていた。おそらくベルは、この空間に初めて足を踏み入れた時と同じ感情を抱いているのだろう。


「?」


 そして、ベルは鏡の中に映る自分の姿を見て、首を傾げる。そこにあるのは自分の姿であるはずなのに、なぜか鏡の中にはレオン・ハウゼントの姿が映っている。この状況は、ベルには理解し難いものだった。


 まだこの状況を呑み込めていなかったベルは、取り敢えずその場を離れて、歩き出す。今彼が歩いている廊下はゴージャスな雰囲気が漂っていて、それなりに広い。ところが、そこを歩いている者は1人もいなかった。その光景に、ベルは少し不気味さを感じていた。


「何なんだ…この場所」


 この場所はベルの記憶から抹消されている。彼が知らないのは当然だが、なぜかベルの足は勝手にどこかを目指していた。記憶は失われても、身体が覚えているのだろうか。


「…………」


 知らないはずの場所を、ベルはさも知っているかのようにどんどん進んで行く。彼は恐怖を抱いていたが、その中に少しばかりの好奇心も抱いていた。


 そして、ベルは隣にいつの間にか見知らぬ女性が歩いている事に気がつく。その女性の正体は、ビアトリクス・エイプリル。M-12の1人でベルを欺いた策士であるが、今のベルは彼女の存在を完全に忘れてしまっている。


「では、お言葉に甘えて参加させてもらうとしよう」


“⁉︎”


 ベルは、独りでに動き出した自分の口に動揺を隠せない。確かに、ベルは以前にビアトリクスに全く同じ言葉を掛けた事がある。今ベルが見ているのは、記憶に基づいた夢なのだ。


 やがてベルが行き着いたのは、不気味で薄暗い部屋だった。その部屋は、これまでの赤くゴージャスな空間とは対照的な空間だった。部屋の中央には真っ白な長机。その周りには、ビアトリクスを含め、13名の人物が腰掛けている。


 そこにいる全員の顔を、ベルは以前確かに見た事がある。だが、この夢の中では、M-12全員の顔が、ノイズのようなもので隠されて見えなくなっていた。ベルは深層に眠る記憶を無意識に呼び起そうとしているが、ナイトの力によってそれがブロックされているのだろう。


「……何なんだよ」


 そして、そこにいる全員の顔に、不気味な赤い瞳が浮かび上がる。26の赤い瞳は、ひとつ残らずベルに向けられている。その光景に、ベルは言いようのない恐怖を感じていた。彼はそこにいる者たちの正体を知らないが、それが敵である事だけは理解していた。


 ベルは、ただただ混乱していた。これは経験した事の再現なのだが、今の彼にはその全てが理解出来ていない。


 程なくして、ベルは暗闇から1人の人物が現れた事に気がついた。彼はフードを深く被っていて、その顔を確認する事は出来ない。


「………」


 間も無く正体不明の人物は、ゆっくりとフードをずらす。その中からは、ベルにとって見覚えのある顔が現れた。


「うわぁっ‼︎」


挿絵(By みてみん)


 その顔を目撃したベルは、思わず大声を上げて飛び退いてしまった。フードの中から現れたのは、緑色の忌まわしい顔。悪魔ベルゼバブの顔だったのだ。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


 その衝撃をきっかけに、ベルは現実の世界に引き戻される。ベルの頭の奥深くには、消されてしまったはずの記憶が確実に眠っている。夢の中でベルはベルゼバブを目撃したが、全てを忘れてしまっている彼が、騎士団とベルゼバブを結び付ける事は出来なかった。


「どうしたんだい?悪い夢でも見たのかな?」


「………ナイトさん」


 目を覚ましたベルが1番最初に目にしたのは、上から覗くナイトの顔だった。さっきまでベルが見ていた夢はナイトが見せていたものなのだろうか。だとすれば、彼の真意は不明だ。


「なんだか、おかしな夢を見ました。知らないとこにいるし、ベルゼバブは出て来るし…」


「それは興味深い夢だね。僕は夢に詳しいから、君がそんな夢を見た理由を探ってあげるよ」


「お願いします!」


「と言ってあげたいところだけど、そろそろ出発の時間なんだ」


「え?もうそんな時間なんですか⁉︎」


「ベル君。君は一体いつから、ここで寝ていたんだい?」


「2時間前くらい?…です」


 ベルは寝入ってからすぐに夢を見ていた。あの夢は2時間ほどの長さがあったのに、ベルにとってそれは、ほんの数分に感じられた。


 ナイトと会話を続けながら、ベルはシップ・ポートへと向かう。シップ・ポートで2人を待つのは、言わずもがなマリス艇長。彼はリリの母親ステラに呪いを掛けた張本人だが、今ではベルはすっかり、その真実を忘れてしまっている。


「マリス艇長。今日はよろしくお願いします」


「これはこれは隊長殿。今日はファウストがバディですか」


 シップ・ポートに到着するなり、ナイトはマリスに声を掛ける。ベルの前には、ベルが真実を知る前の、何の疑いもない騎士団の日常が広がっている。少年は何も知らないまま、これからも黒い騎士団の思惑に従って動いて行くのだ。


 いつも通りベルはバディと飛空艇に乗り込み、エリクセスを発った。ようやく、ベルの4度目のミッションが始まる。


「さ、ここがバレンティスだ。遺跡部分が土地の大半を占めちゃってるから、居住区域は本当に狭いんだ。狭いけど人は多い」


「何で人が多いんですか?」


「仮にも南部都市だからね。かつて栄華を極めたエルバ帝国の風を感じながら生活出来るって言う事に、魅力を感じる人が多いんじゃないかな」


「他の町では、エルバ帝国の風は感じられないのか?」


「ここは100年ほど前まで、ここはエルバ帝国の首都だったから特別なんだよ。他の町にエルバ帝国の名残が残っていないこともないけど…」


 1時間ほど経って、2人はバレンティスに到着した。2人は飛空艇から降りると、バレンティスのシップ・ポートで話し込み始めた。


 ここバレンティスは、セルトリア王国の他のどの町とも違う雰囲気を持っていた。どの町も少なからず過去の帝国の名残があるが、この町だけは帝国の街並みが手付かずのまま遺されている。取り分け、エルバ帝国の面影を感じる事の出来る場所なのだ。


「つまり……?」


「セルトリア王国の主要都市の名前を思い出して欲しい。首都エリクセスのE、北部ロッテルバニアのL、南部バレンティスのB、東部ブレスリバーのB、そして西部アドフォードのA。これらの頭文字を合わせるとELBBA(エルバ)。この国全体に、エルバ帝国の面影が残っているんだ」


「……………なるほど‼︎」


「ハハ。じゃあ、そろそろ行こうか」


 セルトリア王国の地名には、エルバ帝国を表す文字が隠されていた。暗号の類に弱いベルは、それを理解するのに少し時間が掛かった。現在を生きる人々にとって、エルバ帝国は歴史の闇。それでも、それは忘れてはならない記憶。決して消えてしまわないように、建国者がエルバの名前を散りばめたのだろう。


「エリクセスより人多いんじゃないか…」


「確かに、人口密度はこっちの方が高いかもしれないね」


 シップ・ポートを出て町に足を踏み入れると、2人を待っていたのは人の群れだった。遺跡保全のため、一般人の生活の場は非常に狭い。歩くのも困難なほど、バレンティスには人が溢れていた。


「ベル君、くれぐれも逸れないように。人混みは危険だからね」


「子どもじゃないんだから、大丈夫ですよ〜」


「油断は禁物だよ…」


 そして、2人は満員電車が如き街中に足を踏み入れる。ナイトは至って真面目にベルに忠告をしたのだが、当のベルはそれを真剣に受け取っていなかった。何度もこの町に来た事のあるナイトは、この町の人混みの危険性を知っている。


 人混みに巻き込まれてわずか数分で、ベルは自身の考えを改めざるを得なくなる。どれだけ足を動かしても、一向に前に進めないのだ。どこからともなく断続的に人の波が押し寄せ、ベルはしばらくその場に留まるしかなかった。


「どんだけ居るんだ…よ‼︎」


 人混みに慣れていないベルは、必死に人混みを掻き分けながらナイトの背を追う。敵と戦っているわけでもないのに、この人混みを抜け出すのにベルはかなりの体力を消費していた。


 息を切らしながら、ベルは少しずつ人混みから脱け出して行く。


 一体どれほどの時間が経った事だろうか。ようやくベルは息絶え絶え、バレンティスの人混みから脱した。シップ・ポートから出たすぐの場所には、空港や駅など交通機関があり、混雑しやすい場所だった。


「ハァハァ…………あっ‼︎無い⁉︎」


 人混みの先に待っていたナイトの前で息を整えていたベルは、突然大きな声を発した。そんな彼の顔は焦燥しきっていて、彼の両手はベルトの辺りに触れていた。みるみるうちに、ベルの顔は青ざめて行く。


「あ〜…やっちゃったか」


「え?」


「だから、油断は禁物だって言ったんだよ。人混みは危険だから」


 ナイトは、ベルに何が起きたのかをすぐに理解していた。ナイトの忠告を真に受けずに人混みに突入してしまったベルは、案の定失態を犯していた。


「騎士団証って、新しく作り直せるもんなんですか?」


「あぁ、もちろん可能だよ。でも、それには一旦エリクセスに戻る必要がある。騎士団証を泥棒から取り返すのが1番良いんだけど、それは非現実的だ」


「じゃ、じゃあどうすれば…確か遺跡地区に入るには、騎士団証が必要とか言ってたよな」


「僕がいるから安心して。君は貴重なブラック・サーティーンで、僕はM-12リーダー。まず問題なく遺跡地区に入れるはずだよ」


 その者が騎士団員である事を証明する騎士団証を、ベルは誰かから、スられていた。騎士団としての権力を行使するために必須となるIDは、バレンティスのコソ泥によって盗まれてしまった。


 この小さな事件が、今後大きな問題に繋がらなければ良いのだが…

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


バレンティス到着早々騎士団証を失くしてしまうベル。幸先悪いスタートは、これから待ち受ける波乱を予感させます。


過去の帝国の記憶が眠る遺跡で、一体何がベルたちを待ち受けているのか⁉︎

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