第23話「大富豪の呪い」【挿絵あり】
ゴーファー邸探索に向けて、いよいよベルたちは動き出す。
改稿(2020/06/14)
ハウゼント医院に着くと、ベルはすぐさま今日起こったこと、炭鉱長から聞いたことを洗いざらいジェイクに報告した。話を聞いたジェイクは、ハメルと同じようにゴーファー邸を調べることに賛同した。
そして、ベルはすぐに眠った。今日は本当に大変な1日だった。そもそも、暗いレッド・ウォール炭鉱の中でゴーストに怯えながら歩いていた時点で、ベルの体力はかなり消耗していた。
それから炭鉱長との対決に、炭鉱長の長い話。かなり疲れが溜まっていたのだろう。
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翌朝、ベッドの上で横になっているベルが、ウトウトしながら目を開くと、何やら黒い塊が視界に入って来た。
ゆっくりと、意識をはっきりさせていったベルは、目の前にいるのが人間だと気づく。
「あなた、ホントに寝相悪いわね」
「っせーな〜…」
ベルの枕元にセドナが立っていた。彼の寝相を見れば、誰でもそう言いたくなるだろう。シャツはめくれ上がり、腹は丸出しになっている。盛大に寝癖をつけた髪は、まるで爆発に巻き込まれたかのようだった。顎には、よだれの垂れた跡がある。
ベルが起床すると、ハウゼント医院で会議が始まった。
ゴーファー邸の秘密について議論する会議だ。この会議に参加するのはベル、リリ、ジェイク、セドナ、ハメル、そして炭鉱長。彼らはハウゼント医院の応接室で、それぞれ思い思いの場所に座ったり、壁に寄りかかったりしている。姿のないアレンは、別室でぐっすりと寝ているのだろう。
「さて、俺たちは今起きている数々の面倒な事件を解決してくれる何かが、ゴーファー邸にあると考えている」
最初に口を開いたのは保安官ハメル。
「そこで、私はすぐにでもあの屋敷に行って、中を徹底的に調べるべきだと思うの」
続けてセドナが言う。
「ちょっと待て。アンタ“黒い少女”だよな?とっくにあの屋敷の中のことは知ってるんじゃないか?」
ベルは頭に浮かんだ疑問を、すぐさま彼女にぶつけた。
「………初めてこの町に来た時、1番オーブが集まってるあの屋敷に行ったの。でも、すぐこの保安官に見つかって、ちゃんと中を見ることは出来なかった」
「なるほどね」
「話を本題に戻すぞ。セドナの言う通り、あの屋敷に入って、中を調べるべきだ。そこに事件の鍵となる何かがあるかもしれない」
「あの屋敷は広いですし、僕には気がかりなことがあります」
「気がかりなこと?」
「はい。11年前にゴーファー氏が失踪を遂げたことはご存知ですよね」
ジェイクの質問に、そこにいる全員が頷いた。
「それには、ある椅子が関わっていると言われています」
「…………呪いの椅子」
ジェイクが言う前に、セドナがその椅子の呼び名を口にする。
「そう、呪いの椅子。ゴーファー氏は、大富豪となってからは悪魔と関係していると言われる品や、凄惨な事件に関わった品など、いわくつきの品々を集める趣味がありました」
「本当か?それは初耳だな」
ハメルは、レイヴン・ゴーファーがそう言った趣味を持っていることを知らなかった。
「はい。失踪する前、彼はよくこのハウゼント医院を訪れていました。僕に黒魔術について尋ねてきたことからも、それは確かなことだと思います。彼の集めていた品の中でも、アドフォードで一時期有名になったのが、“呪いの椅子”です。その椅子に座った者には死が訪れる。そんな噂が、以前この町で流れました。当時はその椅子が誰のもので、この町のどこにあるのか、それを誰も知りませんでした」
「確かに、その頃は困ったものだった。度胸試しだ何だと言って、勝手に他人の家に侵入して、手当たり次第に椅子に座る輩がいたな……」
ハメルは当時のことを思い出していた。
「そうです。呪いの椅子は、アドフォードにおいて度胸試しのネタとして一時期有名になったのです。それなのに、椅子に座って死んだ人間はこの町からは出なかった」
「……ジェイクさん。そんなものはタダの噂で、実際は存在しなかったんじゃないですか?」
話を聞いていたリリは、思ったことをそのまま口にした。
「いいえ、リリさん。呪いの椅子とは、この町だけで流行った噂じゃないんです。さっき言いましたよね、椅子に座って死んだ人間はこの町“では”出なかったと」
ジェイクは真剣な表情でリリを見つめている。最初は笑顔だったリリは、段々と真顔になっていった。
「つまり、他の町では死人が出たんですか?」
ベルは話の続きが聞きたくてたまらない。今この部屋にいる全員が、ジェイクの話に釘付けになっていた。
「はい。気になった僕は、呪いの椅子について調べました。あらゆる資料や文献を探して、なぜその椅子が、“座る者は必ず死ぬ”と囁かれるようになったのか。そして、その椅子はどのような経緯でこの町に来たのか。
それをこれからお話ししましょう。
その昔、この近くのヴォルテールと言う町で、肉屋を営む1人の男がいました。彼の名は、レオナルド・ギャツビー。彼の店はそれなりに繁盛していました。毎日家畜を育てては、殺してその肉を売る日々。そんな彼に、転機が訪れます。
ヴォルテールは、セルトリア王国でも移民の多い町で、そこには異国の富豪も多数生活していました。
ある日、評判を聞きつけたある大富豪が、ギャツビーの肉屋を独占したいと言い始めたのです。それは決して悪い話ではありませんでした。今まで通り決まった価格で肉を売るより、多大な利益が見込める提案でした。ギャツビーは、二つ返事で提案を受け入れました。
レオナルド・ギャツビーは大富豪に気に入られ、やがて富豪の仲間入りを果たしました。
そして彼は、権力の象徴とされていた椅子を、貴族からプレゼントされるのです。それは、施された彫刻の美しい、ロッキング・チェアでした。彼はそのプレゼントに喜び、その椅子を愛用していました。
しかし、それが彼の運命を大きく変えてしまうことになるのです。大きく膨れ上がったのは、彼の富だけではありませんでした。富と比例するように、彼の態度も大きくなっていった。ギャツビーは次第に、雇い主である大富豪に対しても、横柄な態度を取るようになっていったのです。
ある日、ギャツビーの横柄な態度に痺れを切らした大富豪が、数人の召使いを連れて、彼の家を訪れていました。ギャツビーに釘を刺しておくために。
ところがギャツビーは出掛けており、そこにいたのは彼の妻だけでした。大富豪はギャツビーの帰りを待つことにしました。彼の愛用している椅子に座って。
しばらくしてギャツビーが帰って来ると、大事な大事な自分の椅子に、大富豪の男が座っているのを目撃します。そして、それを愛する妻が黙って見ている。ギャツビーの中で、怒りがフツフツと沸き上がりました。自分だけの大切な椅子に、他人が堂々と座っている。この時のギャツビーは、正気を失っていた。自分が1番偉い、全て自分の思い通りになる。そう思い込んでいたのです。
“俺の椅子に座るな!”
部屋に置いてあった肉切り包丁で、突然ギャツビーは大富豪に斬りかかりました。首筋を斬られた大富豪は即死でした。ギャツビーの怒りはそれで収まることはなく、周囲にいた召使いも見境なく斬りつけました。ギャツビーと妻以外は、全員死んでしまいました。
“レオナルド、やめて!”
凄惨な殺人現場を目の前で目撃したギャツビーの妻は、悲痛な声を上げて、正気を失ったギャツビーを止めようとします。
しかし、それも無駄だった。
“何で俺の椅子に、俺以外が座っているのを黙ってみてた…”
何と、ギャツビーは最愛の妻さえも手にかけてしまったのです。そこにいた全員を、レオナルド・ギャツビーは殺害してしまいました。
しばらくして、レオナルド・ギャツビーの絞首刑が宣告されました。数多くの命を奪ったのですから、当然です。死を宣告されても、彼の横柄な態度は全く変わることはありませんでした。
そして最期の時。首に縄を掛けられて絞首台に立たされたレオナルド・ギャツビーは、最後の言葉を残しました。
“あれは俺の椅子だ!誰も座るんじゃないぞ、座った奴は殺してやる‼︎”
これがギャツビーの最後の言葉でした。それからギャツビーの家は売り払われることになったのですが、誰もがギャツビーの椅子を怖がり、その椅子だけには買手がつきませんでした。
店主の死後もしばらく経営されていた肉屋にその椅子は数年置かれていました。恐ろしいことにギャツビーの遺言通り、興味本位でその椅子に座った人々は、次々と不可解な死を遂げたのです。これを気味が悪がった当時の店主は、すぐさまその椅子を売り払いました。その頃には、その椅子が狂気の殺人犯レオナルド・ギャツビーのものであるということは、人々から忘れさられていた。
当時“ギャツビーズ・チェア”として名を馳せていた椅子は、“呪いの椅子”に名前を変えて、様々な町を転々として行きました。時が経っても、その呪いが消えることはなく、座った人々には必ず不幸が訪れていました。呪いの椅子はよく酒場に置かれ、度胸試しとして座る人が後を絶たなかった。
そして、長い年月を経てその椅子に目をつけたのがレイヴン・ゴーファーだったのです。彼が目をつけた頃には、呪いの椅子はすでに63人の人間を殺していました。いわくつきの品を収集していた彼は、“呪いの椅子”という言葉に魅了され、そして持ち主が自分と同じ大富豪であると言う点に、親近感を抱いていました。
ほどなくしてレイヴン・ゴーファーは呪いの椅子を手に入れ、それと同時に座った者は必ず死ぬという“呪いの椅子”の噂も、アドフォードに流れ込んで来たのです。
誰も呪いの椅子を探し当てることが出来なかったのは、その椅子がゴーファー邸の中に存在するから。比較的気軽に住民が出入りする民家と違い、ゴーファー邸には、限られたごく一部の人間しか入ることが出来なかった。家主のいない今となっては、屋敷に侵入する人間もいますが、当時はほとんど誰もあの屋敷に近づけなかったようです」
“呪いの椅子”について知っている話の全てを、ジェイクは皆に伝えた。恐ろしい大富豪が所有していた椅子が、現在は別の大富豪の所有物になっているのだ。
「話はよく分かった。だが、それがゴーファー邸を捜索することに何か関係するのか?」
「レイモンドさん、知らないんですか?ゴーファー氏は11年前に姿を消す前、その椅子に座ったと言われています。この町で椅子に座って死んだ人間はいないと言いましたが、もしかしたら彼が、この町で唯一の犠牲者なのかもしれません」
ジェイクは神妙な面持ちでそう言った。それを聞いて、ハメルは一瞬言葉を失った。レイヴン・ゴーファーが“あの夜”の事件とは別件で失踪したと言われている理由が、今明かされた。それを聞いたベルとリリは固唾を呑んだ。
「それは困る!もし奴がすでに死んでいるのなら、俺たちのこの怒りはどこにぶつければいいんだ‼︎」
黙って話を聞いていた炭鉱長は、ここで声を上げた。憎きレイヴン・ゴーファーが、すでにこの世にいないかもしれない。それは彼にとって、受け入れがたい話だった。
「炭鉱長。まだゴーファーが死んだと決まったわけじゃありません!落ち着いてください」
怒りに燃える炭鉱長を、ジェイクがなだめる。
「つまり、あの屋敷には未だに呪いの椅子が存在すると言いたいのよね」
炭鉱長が落ち着いたことを確認したセドナは、ジェイクにそう言った。
「まさしくその通りです。噂がどうであれ、あの椅子が63人の人間の命を奪ったことは紛れも無い事実です。そんな椅子ですから、座りたくなくても座ってしまう、怪しげな魅力があるのかもしれません」
「心配することはないわ。何があっても、その椅子に座らなければいいだけの話でしょ」
セドナはジェイクの心配を物ともしなかった。彼女には、呪いの椅子に座らないという絶対的な自信があるようだ。
「呪いの椅子だけではありません!ゴーファー氏は、そのような品を好んで収集するような人間です!他にも危険なものが多数潜んでいるかもしれません!」
ジェイクは、人一倍心配性な気質を持っていた。
「分かってるわ。細心の注意を払えばいいんでしょ。幸いここには、強〜い霊猟家と黒魔術士がいるの。恐るるに足らず!よ」
セドナは、ジェイクの心配を振り払った。
「しかし……それは……」
ジェイクは言い返すことが出来なかった。
あまりにも自信満々にセドナが主張するものだから、段々と彼女が正しいのではないかと思うようになっていったのだ。
「そんなに心配なら、あなたも一緒に来ればいいわ!」
「……分かりました。そうしましょう」
ジェイクは、セドナの言う通りにすることにした。
「呪いの椅子がそんなに怖いものなら、逆に呪いの椅子を探し出して、絶対に座れないようにしちゃった方がよくないですか?」
ここでリリが提案した。絶対に座れないようにするとは、一体何をするつもりなのだろうか。
「確かに、それは素晴らしいアイデアだわ。お医者さんの心配も消えるし、危険もなくなる。それでいいでしょ?」
セドナはリリの提案を採用し、ジェイクの顔を見る。
「……それで決まりですね」
ジェイクは諦めがついたような表情で返事をすると、ハメルの方を見る。
「な、何だ……?」
ハメルは、明らかに声を掛けられて動揺していた。
「ははーん……さてはおぬし、屋敷に行きたくないのだな?」
セドナは意地の悪い顔で、ハメルを見つめている。ハメルは何が苦手か、そんなことは彼女にはお見通しだった。
「そ、そそそんなことはないぞ!」
「あらあら。保安官さんはユ〜レイがコワ〜イんじゃなくて、ただの情けない怖がりさんなのね」
セドナの悪い癖が出る。普段堂々と威張っている保安官を貶すのは、彼女にとってはとても楽しいことだった。
「やめないか、セドナ…………」
何度も何度も、人前でプライドをズタズタにされたハメルは、深刻なほどに落ち込んでいた。こうなってしまったら、彼はしばらく立ち直れないだろう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
世にも恐ろしい“呪いの椅子”。ゴーファーの失踪と何か関係があるのでしょうか。次回からはいよいよゴーファー邸を探索します!




