第143話「風炎の処刑人」(2)
奔流の盾を身にまとったジュディは、鬼火の雨を防ぎながら、巨大なユニへと近付いて行く。身体を自在に分散させるユニに攻撃は通用しないが、彼女はなぜかユニに近づいている。
「馬鹿のひとつ覚えだな。それではただ魔力が尽きるのを待つのみ。貴様に勝ち目はない!」
「言ってろチビ女‼︎」
劣勢のジュディは諦める様子を見せないが、状況はユニの言う通りだった。もはやジュディは万策尽きた状態。鬼火を防ぎながら本体に近づいたところで、彼女がユニに致命傷を与える事は難しいだろう。
ジュディは一矢報いようと、身にまとう奔流の一部を鬼火巨人にぶつけた。
しかしながら、その攻撃はユニにとって無意味だった。奔流がぶつかる瞬間、巨大な鬼火は微細に分散し、いとも簡単にジュディの攻撃は無効化されてしまった。
そして間髪入れずユニの反撃が始まった。耐えずユニの巨体の周囲を舞っている鬼火が、ジュディを取り囲み、全方位から襲い掛かる。
「くっ‼︎」
ジュディはその全てを受け流す事が出来ず、ついに鬼火を浴びてしまった。右頬と腹部に火傷を負ったジュディは、それでも怯まず突き進む。
限りなくユニ本体に近付いたジュディは、なぜか急に方向転換し、近くにいたアレスの方へ向かっていた。アレスの目の前まで来たジュディは、あろう事か奔流の盾から飛び出して、巨漢に襲い掛かった。
「…………」
「仏頂面は嫌いだよ‼︎」
奔流の盾から飛び出したジュディは、その勢いのままアレスの腹部に右拳で突きを入れた。ところが、その突きはアレスにダメージを与える事は無かった。これは、万策尽きたジュディの最後の悪あがきなのだろうか。
「下っ端舐めてると、痛い目見るよ」
奔流の盾を再形成する魔力すら無いジュディは、丸腰のまま巨大な鬼火の中へと飛び込んで行った。防御を諦めたジュディの身体は、周りを飛び交う鬼火によって容赦無く傷めつけられていく。
「ついに血迷ったかプリンセス」
「プリンセスじゃない!クイーンだ‼︎」
ジュディの一連の行為は、ただの乱心だと思われた。ユニの言う通り、ジュディの捨て身の攻撃はまさに血迷った行動。魔法を使って戦っているのに、体当たりでダメージなど与えられるはずもない。
ドサッ…
「⁉︎」
しかしその直後、砂漠のどこかで重たい何かが砂に埋もれる音がした。その音を聞き逃さなかったユニは、音の発生源を見やる。
するとそこには、力なく倒れた大男アレス・マーチの姿があった。その様子を見たユニは、この一瞬の間に何が起きたのかを理解出来ずにいた。アレスが倒れたのには、きっと先ほどのジュディの接触が関係しているはずだ。
「ごめん…ウチも奥の手隠しちゃってた」
「何⁉︎」
ユニがそれに気づいた頃には、ジュディは彼女の目の前に迫っていた。不敵な笑みを浮かべたジュディは、自分の身が傷つく事を一切気にせず、右手を伸ばして飛び掛かる。
その刹那、砂漠を蒼く照らしていた鬼火巨人の姿は忽然と消えた。
そして、さっきまで巨大な鬼火が存在していた上空から、気を失ったジュディが落下する。
周囲の砂漠には倒れたアレス・マーチと、空中を落下しているジュディ・アージン。2人の姿は確認する事が出来るのに、どこを見てもユニ・ジュンの姿を確認する事は出来なかった。鬼火と共に、彼女は消えてしまったのだろうか。
アレス・マーチは倒れ、ユニ・ジュンは姿を消した。それは、ジュディ・アージンの勝利を意味していた。風炎の処刑人は、裏切りの王女によって排除されたのだ。一瞬のうちにジュディが仕掛けた“奥の手”とは、一体何だったのだろうか。
身体中に火傷を負って砂漠に落ちたジュディは、走馬灯のようにフィニアス・テイラー・ジョーカーとの会話を思い出していた。
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「貴方には、この力を差し上げましょう。クイーン・ハートに相応しい力です」
「私に相応しい力?一体どんな力なの?」
「ご覧下さい。これは、世にも珍しい霊魂の黒魔術書です」
それはジョーカーがジュディに、新たな黒魔術を授けようとしている時の話だった。
「貴方は、自由に魂を奪える女王となる」
「どう言う事?」
「つまりはハート・テイキング。この力を得た貴方は、人間の身体からオーブを取り出す事が出来る。悪魔と同じように」
「そんな強力な黒魔術を貰っていいの?」
「ええ。貴方の水流の黒魔術だけでは、いずれ限界が来るでしょう」
ハート・テイキング。それがジュディの勝利の真相だった。触れる事で敵のオーブを掴み取り、身体から抜き取る事が出来る。レオンのハート・ブレイカーと似た力だが、オーブを消すのではなく抜き取ると言う点が、異なる点だ。
つまり、アレス・マーチもユニ・ジュンも、ジュディからオーブを抜き取られた事になる。これこそが彼女の奥の手。霊魂の黒魔術だった。
「ありがとう!この力があれば…」
「ただし、条件があります」
「?」
「貴方が、ウィッシュバーグ元王国第2王女である事も、現在 黒魔術士騎士団に所属している事も私は知っています。如何なる時も、貴方は私の、トランプ・サーカスの意思を優先して下さい。そうすれば、その力は永久に貴方のもの」
「……分かったわ」
ただし、ジュディが手にした絶大な力には制約があった。ウィッシュバーグ王国で暮らしていた時と同じように、彼女はジョーカーに頭が上がらない生活を続けなければならないのだ。
自由と力を求めたジュディは、力を手にする代わりに、再び自由を失った。彼女が騎士団を、ベルを裏切った理由。それは、手にした力を失わないため。
しかし力の根源であるジョーカー亡き今、ジュディが手にした霊魂の黒魔術は失われたはず。それを裏付けるように、ベルと戦ったエースは雷の黒魔術を失っていた。
ジュディが現在も霊魂の黒魔術を使える理由は、彼女しか知り得ない。
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激しい戦闘が終わったアムニス砂漠の中心に、ジュディ・アージンが倒れている。身体中に火傷を負って満身創痍の彼女の顔には、なぜだか笑みが浮かんでいるように見えた。捨て身の奥の手により、ジュディは辛くも処刑を免れたのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
劣勢だったジュディが奥の手を使い、M-12との戦いに勝利しました。騎士団を裏切った者には“忠誠の鎖”が牙を剝くと騎士団長が言っていたのに、そう言う描写が無かったじゃないかと矛盾をご指摘の方もいらっしゃると思いますが、その設定を忘れたわけではありません。
少し先にはなると思いますが、しっかりその点には触れますのでご心配なく。
次回からは、再びベルたちのお話です!




