第139話「覚めない夢」(1)【挿絵あり】
過去の記憶が眠る地に、怪しい影が2つ…
改稿(2020/11/03)
第4章「失われた記憶」編(Chapter 4 : Lost Memories)
Episode 1: The Dream Goes On /覚めない夢
乾き切った空の下に、過去の帝国の残骸が広がっている。かつてこの場所には、栄華を極めた世界一の大帝国が存在した。
だが、それも今や昔。今この場所に広がっているのは、かつての大帝国の変わり果てた姿だった。どこからも、当時の活気を感じ取る事は出来ない。
まるで時が止まってしまったかのように、辺りには朽ち果てた住宅が並んでいる。朽ち果ててしまった街並みの上には、ゆっくりと流れる雲の群れ。その光景は、まるでこの時が永遠に続くかのように錯覚させる。
ここはセルトリア王国南部遺跡都市バレンティス。今の王国にとって、この場所は過去の遺物。国の中枢を担う首都エリクセスとは違い、この町は大方観光地としての役割しか果たしていなかった。
バレンティスは、かつて繁栄していた大帝国エルバの首都であった。
しかし、世界中に名を轟かせていた帝国の繁栄も長くは続かなかった。独裁政治には限界があったのだ。帝王の独裁に異議を唱えた反乱分子たちが、反旗を翻したのである。反乱分子との内戦により、エルバ帝国は崩壊した。
遺跡都市の中心には、一際大きな城が佇んでいた。周囲にある家々と同様に城も朽ちているが、朽ちてもなお、その城は異様な存在感を放っていた。なぜだか、その城からだけは、かつての活気を微かに感じ取る事が出来た。
そんな城の中で、怪しい動きを見せる2組の男がいた。2人がいるのは玉座の空間。それはかつて帝王が鎮座していた玉座なのだろうが、今ではすっかり廃れてしまっている。
1人は、上半身に衣服をまとっていない白髪の少年。もう1人は、全身黒ずくめのスーツの紳士だった。
白髪の少年と比べ、スーツの紳士の姿からは、異質な雰囲気が漂っていた。スーツだけでなく、彼の肌も影のように真っ黒なのだ。
そして極め付けはその顔。彼の真っ黒な顔には、たった1つの瞳が浮かんでいた。スーツの男は、単眼の紳士だったのだ。
「お前と私の目的には、共通項がある」
しばらくすると、玉座の間にそんな声が響き渡った。その声が白髪の少年のものなのか、単眼の紳士のものなのかは分からない。
廃れてしまった城の玉座の間に、男が2人。彼らは同じ目的を持ち、この場に立っている。同じ目的を持っていると言っても、彼らの目的は分からない。彼らの正体も、謎に包まれたまま。
エルバ帝国の姿が唯一残された町バレンティス。この世界にとって重要な遺物であるこの場所に、正体不明の人間が2人。
彼らは、以前フィニアス・テイラー・ジョーカーが言っていた“エルバの意志を継ぐ者”なのであろうか。
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南部遺跡都市で不穏な動きがある事などつゆ知らず、首都エリクセスにはいつもと変わらない景色が広がっていた。王都も兼ねている首都には、今日も数えきれないほどの人が行き交っていた。
そんな人の流れの中に、ベルの姿があった。ナイトによって重要な記憶を失ったベルは、何かモヤモヤした思いを抱えたままエリクセスの街中を歩いていた。ナイトの記憶の消し方が不完全だったのか、ベルは自分が何かを思い出せない事は理解していた。
程なくして、ベルは家にたどり着いた。この家は狂人ヨハネ・ブルクセンの所有物だが、今はベル、リリ、アレン、ロコ、ジュディの住まいだ。久しぶりに家に帰って来たベルは、徐に扉を開けた。
「お兄ちゃん‼︎」
扉が開かれた瞬間、アレンがベルの身体に抱きついた。ベルがアレンと離れていたのはたった数日だったが、その数日がアレンには長く感じられたのだろう。
「ベル‼︎遅かったじゃない!」
「お、おう」
アレンに続いて、リリもベルの姿を確認する。心配そうに見つめて来る彼女の表情を見て、ベルはほんの少し照れ臭くなるのだった。
「何だか大変な事になってるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「?」
ロコはベルが秘密のミッションに取り掛かった事を知っていた。一足先に帰宅していたリリから話を聞いたのだ。
リリ同様心配そうに見つめてくるロコに、ベルは困惑する事しか出来なかった。2人と違って、ベルは何も覚えてはいないのだから。
「それで、評議会はどうだったの?」
「…評議会?何だそれ」
当然リリがベルから聞きたかったのは、秘密の評議会について。
ところが、彼女の予想に反して、ベルはポカンと口を開けている。今のベルは秘密の評議会の内容どころか、レオンとの会話さえ忘れてしまっていた。
「何言ってんの‼︎君は騎士団の裏の顔を知るために、2階に行ったんでしょ?」
「騎士団の裏の顔?2階?何言ってんだよリリ。おかしくなっちまったか?」
ベルが記憶を消されたとは夢にも思っていないリリは、ベルが会議室で見聞きしたものを聞き出そうとしていた。レオンから話を聞くまでは、彼女も騎士団は善良な組織だと思っていたが、真実は違う。リリの母に呪いを掛けた犯人が騎士団にいるのだ。
しかし、ベルはそれを伝える事が出来ない。
「ベル、ふざけないで。私は真面目に話をしたいの」
「どこがふざけてるんだよ‼︎俺は真面目だ!さっきから、ワケ分かんねぇこと言ってるのはお前の方だろ‼︎」
段々と2人の間の空気が悪くなり始めていた。リリはベルが部分的に記憶を失った事を知らないし、ベルはレオンに与えられた秘密のミッションの事を忘れてしまっている。どれだけリリが聞き出そうとしても、ベルの口から秘密の評議会の内容を知る事は出来ない。
「どこがワケ分かんないの⁉︎まさか、上手く行かなかったから誤魔化そうとしてるんじゃないでしょうね?」
「だから何の話だよ!俺はミッションの報告で本部に行っただけだ。それ以外は何もない」
「そんなわけないでしょ‼︎スノウ・クリフのミッション以外にも、大事なミッションがあったじゃない‼︎」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも喧嘩しないで…」
ベルとリリの会話は、平行線をたどる一方だった。ベルは雪男討伐ミッションの報告をしに騎士団本部に赴いた。ただそれだけの記憶しか持っていない。本当に大事な事は全て忘れてしまっているのだ。もしベルの中に記憶が残っているのなら、“眠りの呪い”に関する事をリリに伝えないはずがない。
「ちょっと待ってくださいリリさん。ベルさんはふざけているわけではないようです」
「え?」
ベルとリリの様子をずっと見ていたロコは、薄々ベルの様子がおかしい事に気がついていた。リリと言い争っているベルが嘘をついていない事を、彼女は見抜いていたのだ。
「ロコさん、ベルがふざけてないってどういう事ですか?」
「ベルさんは嘘をついていないと思うんです」
「嘘をついていないって…ベルが評議会の事知らないはずないじゃないですか‼︎」
リリはロコの意見に納得出来ていなかった。彼女は未だにベルが嘘をついているものだと思っている。評議会に潜入する事が出来なかったから、ベルは誤魔化そうとしている。それがリリの意見だった。
「ベルさんは記憶を消されてしまったんではないでしょうか‼︎」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
記憶を失ったベルは、リリに大切なことを伝えられない…




